功山寺決起

青山繁晴事務所から自由民主党の党員になりました。(2020年)

なぜ、由利公正か(2021-11-11 04:49:28)

2021-11-11 12:47:00 | On the Road
▼このブログには、書きあげていながら公開はしていないエントリーが、かなりあります。

 会員制レポートには、レポートを仕上げ終わっているか、またはほぼ書きあげたまま、会員に配信していないレポートが山のようにあります。
 さらに、作家として書いた書籍原稿で、自分の手元に置き続けるだけで、どの編集者にも見せていない原稿も非常に多くあります。

▼上記のうち、書籍原稿は、もしも命が続くのなら、あるいは時間のある日が来るのならば、おのれで納得できるところまで仕上げて本にして、世に出そうと、ぼんやりとは考えています。
 では会員制レポートは、どうか。
 次から次へと最新の動きが世に現れるから、会員のためには、それについて書いたレポートのほうが会員のためになるだろうと考え、必ずしも最新の動きについて書いたものではないレポートは、配信を後回しにしています。

▼しかし、冒頭に記したこのブログのエントリーは、書いたのにアップしない事情が、まったく違うのです。
 それは、ひとえに、読むひとへの影響を考えてのことです。

 会員制レポートは有償、書籍も有償 ( 図書館を除く ) です。
 すなわち意志を持って、ぼくの発信を手にしようというかたがたです。仮に無意識ではあっても、ある程度の覚悟があると言ってもいいと思います。

 けれども、このブログと動画は、まったくの無償で、無条件に不特定多数へ発信される情報です。
 ぼくの場合、無償というのは、ありとあらゆる意味で無償です。
 ブログに、スポンサーとのリンクを貼ったりまったくしないし、実は考えたこともありません。
 動画は、スポンサーが付いているけど、動画のスタートから繰り返し、事実を述べているように、そのスポンサー料はただの1円もぼくは受け取りません。
 撮影、編集で協力してくださっているみなさんが受領なさっています。

 この動画は、スタートから1年3か月半で再生回数が3300万を超えています。
 したがってスポンサー料もそれなりにあるのでしょうが、どうであれ、1円も受け取りません。金額もまったく知りません。
 いまだに「スポンサー料目当てで動画をやっている」という非難が来ますが、例によって、あまりにも事実と真逆ですね。主権者に情報を提供しているだけです。

▼ブログと動画は、無償で無条件の発信だから、どんなひとの眼にも、ふと、触れることがあるでしょう。
 そのために、情報の提供に、ほんとうはきわめて慎重で居ます。
 今朝も、夜が明けるまえから、このエントリーをアップしていいかなぁと考えつつ、記しています。



▼ぼくは少年時代から、幕末史とともに生きてきました。
 志の形成に、大きく影響していると考えます。同じですよというかたも、少なくないでしょうね。

 たとえば龍馬さんは、暗殺者の襲撃を受けて、死を悟ったとき、誰に別れを告げたのか。
 魂というものがあるとして、死が訪れるとき、肉体の桎梏 ( しっこく ) からその魂が解き放たれる、自由になるときがあるのかも知れません。
 父と母を喪ったとき、父も母も、持病に苦しんだひとでしたから、あまりにも深い悲しみに襲われる一方で、自由になった父と母を感じました。
 ぼくの体験だけではなく、不世出の天才レーシングドライバーであったアイルトン・セナがイタリアのサーキットで死ぬとき、サーキットに配属されていた無神論者の医師が、セナがセナから解放されて空へのぼるのを視た、あるいは感じたと告白している、これは良く知られていることですね。

 もしも龍馬さんが別れを告げたとすれば、あくまで仮定ですが、ひとりでは無かったでしょう。
 魂が肉体から自由になるのなら、一気にあちこちに行けるはずですから。
 そのうちの、もっとも大事な人は、実は由利公正 ( ゆり・きみまさ ) ではないでしょうか。
 越前で、その倒幕思想が大罪とされ、自邸に閉じ込められていたひとですね。閉門、蟄居 ( ちっきょ ) です。

 倒幕が実現し、龍馬さんが、この由利公正を訪ねてきた場面は、さまざまな史学者、作家が描いています。
 ところが、そのわずかなあとに、由利さんは異様な突風に襲われ、龍馬さんがくれた写真を風に奪われてしまいます。これも、よく知られた出来事です。

 ちょうどそのとき、龍馬さんは暗殺者の剣先を額に受けていたのでした。
 突風が別れを告げることであったのなら、なぜ、由利公正を龍馬さんが選んだのか。
 別れを告げるべき何人かのひとりとしても、いちばん劇的な別れにみえます。
 交遊の深さ、会った回数なら、もっと別れを告げるにふさわしい人物群は、龍馬さんにはたくさん居ました。
 なぜ、由利公正か。

 それは、正しいことを言いながら狭く暗く長く、閉じ込められた由利さんに、自由に歩いてきたはずの龍馬さんは、長い苦闘の果てにに光をみた喜びをいちばん共有できたからではないでしょうか。

 たとえばこのぼくに、その日は来るのか。
 ただ苦しんで戦い、光を見ることはなく、別れをことさら告げる気にもなれず、そのまま孤独に天へ戻るのだろうか。
 まだ正体不明の第二次岸田内閣が発足した翌朝、ふと、それを考えたのでした。

 だからどう、ということはありませぬ。
 主権者の負託を受けているのですから。
 きょうも、原稿を書く時間の無いまま国会に出て、どっと増えた公務日程に、変わらない屈しない志もて、臨むだけです。


 このエントリーを公開するかどうかは、あとで考えます。

※ 文中の会員制レポートは、これです。
  文中の動画は、これです。




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