九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

東霧島神社(宮崎県都城市)

2009-01-13 14:52:25 | 神社参拝ー九州
 東霧島神社(宮崎県都城市)を掲載しました。

 東霧島神社(つまきりしまじんじゃ)
<通称>東霧島権現(つまきりしまごんげん)
【鎮座地】〒889-4504 宮崎県都城市高崎町東霧島1560 旧日向国 諸県郡
【御祭神】伊弉諾尊
【例祭】 3月21日 例大祭
【旧社格等】県社
      式内社 日向國諸縣郡 霧嶋神社
【御由緒】
 案内
東霧島神社
一、創建
   第五代孝昭天皇の頃建てられた伝説があり、その後応和三年(西暦九六三年)に
性空上人が霧島六所権現東御在所とした。

二、祭神
   主座 伊弉諾尊
   合殿 伊弉册尊、神日本磐余彦尊(神武天皇)瓊々杵尊、木花開耶姫命、
彦火々出見尊、豊玉姫命、葺不合尊、玉依姫命
三、祭日
   二月二十一日 三月二十一日 七月十一日 十一月二十三日
四、神石
   火神(軻遇突智)を難産し なくなった伊弉册尊を哀れみ怒った伊弉諾尊が十握の剣
   で石になった火の神を三段に切られた。
五、境内末社
   安産の神伊弉册神社(産婆祖母様)をはじめ十三社あり
六、宝物
   十握の剣 島津家寄進状 縁起書 棟札 御輿 外

東霧島山金剛仏作寺勅詔院跡
 応和三年性空上人(京都の人康保三年まで四年間滞在)が天台宗として開基し
 東霧島神社の別当とした。
 慶長四年(一五五九年)の庄内の乱では島津家久の本陣となる。
古代の遺跡 
 古墳、住居跡、祭祀遺跡、遺物包含地、五輪塔郡陣、端砦、六地蔵塔、板塀
御神徳
 農、工、商すべての開運福寿、方除治病、交通安全、旅行、航海、えん結び、安産等、
 世の中の幸福を増進する厄除開運の守護神であたせられる特に霊界の主宰神としての
 霊威は最も高く東霧島大権現と称されている式内名社である。 

 霧島連邦の東麓、宮崎県都城市高崎町(旧北諸県郡高崎町)にあります。JR東高崎駅から北西に数100m、東霧島の鬱蒼とした杜に鎮座しています。

  神石石階段入口手前、故有谷にあります。
 伊弉諾に十握の剣で三つに切られた軻遇突智とも、伊弉諾の涙が凝り固まったものとも云われています。

  東霧島神社の『神石』について
 天地が開け、万物が成長し初めた神代の昔。天地創造の神である、イザナギの尊、イザナミの尊が誕生されました。
夫婦となられた二人の神様は国土・山川草木に至る私たちの生活に必要な種々のものを生成なされました。
 あらゆるものを生み成していく中で、私たちの生活に最も大切な『火の坤』をお生みになられたことにより、妻イザナミの尊はこの世を去られたのであります。
 夫の神、イザナギの尊はまだまだこの世に残さねばならないことがたくさんあります。愛しい妻よ、今一度我がもとに帰ってくれよと嘆き、悲しめども亡き人は帰る術もありません。
その愛しい妻イザナミの尊を恋い慕う悲しみの涙で凝り固まったのが、『神石』(神裂右・魔石・雷神石・割裂神石)であるといいます。そして、夫イザナギの尊が腰に付けていた「十握の剣」で悲しみの涙で凝り固まった石を今後再びこのような災難に世人が遭わないように‥‥と、探き祈りの心を込めて三段に切ったといいます。『十握の剣』は当神社の神宝であり、厄除け・魔除けの神となり御社殿に鎮め納めております。

  狛犬石階段前の広場入口にあります。
 非常に珍しい朱塗りの狛犬です。

  境内社・伊弉册神社(産婆祖母様/うばみおやさま)石階段入口左にあります。
 本殿参拝は、石段が急勾配のため身重の婦人には無理であるので伊弉册神社に参拝して帰ることから俗に「坂の下参り」といっている。お参りした婦人が大楠を右に三回左に三回廻って祈り、ゆや谷の乳水を飲んで帰れば安産であるという。安産・子育ての神である。  
 (社前案内板より)

 御神木性空上人御霊徳樹「幸招大楠」
  東霧島神社の大クス
                      (町指定天然記念物)
 通称性空上人御霊徳樹幸招大クスと言い、樹齢1000年とも言われます。この大クスは本殿へ昇る石段の左側に幹を大きな洞をかかえるようにしてそびえたっております。
 この洞をくぐり、右に3回左に3回めぐり、乳水・龍神水をいただくと無事出産安産であり、病魔を払うといいます。
 なお、クスの木はこの地方の特産木でありました。クスの樹皮を蒸留加工した樟脳は島津藩財政の収入源でもあったようです。
 境内にはイチ・カシな、ど大木がたくさんありますが、この大クスは東霧島神社の歴史と神話伝説を今日に伝える唯一の古木であります。

 石階段入口の鳥居左に御神木の幸招大楠、右は赤鬼です。
 鬼は石階段を一晩で積み上げた鬼です。右手に大きな金棒を持ち、左手のひょうたんから「神水」が流れ出ています。

    石階段
 自然石の乱れ積みの階段のため、階段の数は170~180段と数え方により異なります。

  東霧島神社の『石階段』の伝説
その昔、この地方を治めていた豪族で鬼といわれるほど恐れられ、善良なる土民に悪の限りを尽くしていたという。
ところで、この善良なる土民の一人に、気品ある娘がおったという。悪しき豪族、その娘を嫁にせんがため、再三口説くもその願いかなわず、ついには田畑を荒らし、土民を困らせたという。土民はほとほと困り果て、ついには守り神である霧島の神様に願いをかけたのであります。
 霧島の、鬼どもを集めていはく。『この神殿に通ずる階段を一夜にして一千個の石を積み上げたならば、お
前たちの願いをかなえ、もし、そのことがなし得られない時は、この地を去れ』と契約をなされたのであります。
 ある日のこと、夜も更け静まりかえったある時のこと。鬼どもは約束の石段作りに取りかかった。集った鬼どもはあの怪力をもって!!あれよ あれよ!!という間に石段を積み上げていったという。
 霧島の神 ハタと困り、このままでは悪がはびこり、善はすたるの御心にましまして、東の空、しらじと明るくし、長鳴き鳥を集めて鳴かしめ、鬼どもは夜明けと思い、九百九十九個の石を積み上げたところでそうそうに退散したという。
この石階段を鬼磐階段と言い、振り向かずにこの階段を心を込め顔い事をとなえながら登ると顔いが叶うと言い、『振り向かずの坂』とも言います。
 なお、今でも霧島の神には鶏を殺し、御供えすることを禁じています。

 石階段から神門石階段をの終点は神門です。
神門の近くはかなりの急勾配でひとつひとつの石もかなり大きく最後の難関です。

 神門から拝殿神門を入ると社殿が並行してあります。

 拝殿かなり老朽化していますが、木鼻など見事な彫刻が随所に見られます。

   本殿
 御祭神は伊弉諾尊、東霧島権現と呼ばれていた霧島六所権現の1つ、第5代孝昭天皇代創建とされています。社名の「つま」には霧島の東の端という意味があります。
 本殿左は、境内社・愛宕神社です。愛宕権現とも称し、火之迦具土神(火産霊神)を祀ります。

 本殿の彫刻

  境内社・白髭神社本殿右にあります。
 延命長寿の神、七福神の寿老人を祀ります。
 
 社殿全景社殿右、白髭神社の前には「伽藍石」と呼ばれる神石があります。
 
 神門神門のそばに大きな茶筅のようなものが置いてありました。
なにかいわれがあるのでしょうか。

 神門から石階段
 両脇に、商売繁盛の守護神・大巳貴尊、道案内交通安全の守護神・猿田彦尊、霧島六所大権現宮があります。
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