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世界も日本も人類が混迷する現代において政治・経済・経営そして生活の全ての環境問題を厳しい眼で捉えてお伝えします!

マレーシア(クアラルンプール)視察記

2012年10月11日 18時38分49秒 | 海外経済
10/7ベトナム:ホーチミン市10/8ハノイ市10/9ハロン湾10/10ハロン湾鍾乳洞の訪問記に続いて今日はお隣マレーシアの首都クアラルンプールのレポートです。
私が始めてクアラルンプールを訪問したのは1970年代後半で、それから10年間隔で訪問する機会があり、最近では4年前にクアラルンプール、今年2月にボルネオ島のリゾート地コタキナバル観光以来の訪問でした。既に前回の訪問時に当時世界一の高さを誇るツインタワービルが存在した市街地は先進的な美しい高層ビル群と15世紀以降ポルトガル~オランダ~イギリスの植民地時代のヨーロッパ風の威厳のある建物が同居した独特の美しさにすっかり魅せられていましたので今回の訪問が本当に楽しみでした。
以下クアラルンプールの感想を列記します。

1、クアラルンプールはアジアNO1の美しい都市と思っています。他には人工美で近年物凄い上海やシンガポールが挙げられますが、自然との調和や歴史的な香りが漂う街で夜景も見事なクアラルンプールは一番と思います。特にシンボルの高さ452mの88階建のペトロナスツインタワーはステンレス製の外壁が夜のライティングにガラスのように輝いて幻想的ですし、もう一つのランドマークで高さ 421mのKLタワーからの眺望もスカイツリー以上に素晴らしいものでした。東京はそれに比べると皇居周辺以外はただ味気の無い美的感の薄い高層ビルだらけで美的な建物が少ないのが残念です。大型ショッピングセンターは東京では味わえない豪華さと広さで女性のハートを掴むでしょう。更にタイやベトナムに多く見られるオートバイが少ないのも良いです。市内の交通は東京とほぼ同じ光景でベンツやBMW等の高級車が多く走りまたバスだけでなくモノレール等の鉄道網もシッカリしているので上海やシンガポールよりまとまっていると感じました。

2、民族構成は母体となるマレー系(65%)に中華系(25%)、インド系(8%)の3民族中心の多民族国家ですが近年マレー系のイスラム教が結婚すれば両方ともイスラム教徒になる掟のせいか確実に勢力拡大中で建国当初に貢献した中華系(華僑)の力が落ちているそうです。東南アジアの成功した華僑はシンガポールを拠点とした人が多く、クアラルンプールは政治難民が多く中国ともシンガポールとも親密とは云えない仲だそうです。最近は有名大学への入学も高級官僚の道もマレー系に押され中華系が不利になっていると中華系のガイドが嘆いていました。市中を歩く人々はイスラム経とヒンズー経の民族衣装があちこち見られますが東京の光景と同じファッションの人も多く見られるので自由な感じに溢れています

3、経済は良好のようです。近年、タイの2倍というGDPが語るように活発な経済発展にあって市内の様子は活気があります。シンガポールが貿易と観光に頼っているのに対しマレーシアは余裕のある土地を生かした外資の導入が盛んでこれまでの天然ゴムや錫の生産に加え近年は日本の三菱やダイハツとのジョイントの自動車生産やITに力を入れるなど近代産業の推進が活発で今後、脱中国を計りたいメーカにはベトナム以上に良い受入国かも知れません。

4、日本人が望むロングステイの国NO1は実はマレーシアなんです。特にリタイアメントされた方の受け入れには国策で推進しているので既にクアラルンプールやペナン島辺りに1万人以上が暮らしているそうです。基本的に月20万円以上の定期収入が条件になるのですが、それだけあれば高級マンションを借りてお手伝いさんを雇い仕事は禁止なので日本人村で開催されている文化交流サークルやスポーツ同好会に参加して毎日優雅な生活が出来るそうです。
セカンドライフは年金では満足に暮らせない日本よりは、地震が無く安全な国で奥様が家事から解放されるマレーシアでというのは如何ですか!
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ベトナム世界遺産「ハロン湾内の美しい鍾乳洞」観光記

2012年10月10日 10時51分42秒 | 旅行
今日は昨日の<ベトナム世界遺産「ハロン湾」観光記>の中で触れた「ハロン湾内鍾乳洞」の観光記です。

素晴らしいハロン湾を観光船で1時間余り周遊した所で、3000もあるという小島の殆どが断崖絶壁で船が寄れないタイプですが、チャンと船着場(桟橋)が構築されている島に立ち寄りました。ここが巨大鍾乳洞のある島で日本では地下にあるのが多いと思いますが、ここは少し急な階段を登った所にあり別の出口まで一周すると約40分位掛かりますが。

ハロン湾観光に含まれていることを当日まで知らなかったので余り期待していなかったのですが、いざ頂上の入り口に着いて今度はやや下りながら鍾乳洞に入るとそこは綺麗にライティングされたとても美しいファンタジーの世界でした。自然が織り成す石灰岩の侵食が様々な形になりその一つ一つにドラマが生まれガイドの口から語られると本当にそのように見えてくるから不思議です。特筆したいのは出口近くで外の太陽の光が綺麗な白い線となって差し込む処があってその線が5つあり正に後光が射す感動の光景でした。(写真あり)

ハロン湾の鍾乳洞は行ったらビックリの美しい絵になるスポットでしたのでその感動はフォトアルバムで味わって下さい!
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ベトナム世界遺産「ハロン湾」観光記

2012年10月09日 18時32分47秒 | 旅行
10/7ベトナム(ホーチミン)訪問記10/8(ハノイ)訪問記に続いて今日は1994年にユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されて以来評判の観光スポットである「ハロン湾」を観光しましたのでその楽しいレポートです。

ハロン湾はハノイから東へバスで3時間余りの所にあり、広さは大よそ東京都位で大小の小島が3000程点在し独自の美しいを風景を構成する湾で、漢字では「下竜湾」と書き竜が降り立つ湾として中国からの侵攻の際の守り神としても現地の人々に崇められているそうです。

今はまだ雨季にあり当日は晴天のブルースカイに輝くエメラルドグリーンの海と言うわけにはいかず、うす曇の中をブルーグレイ色の海を20人位が乗れる2階建ての小型観光船で途中人気の鍾乳洞見学を含めて2時間余りの観光でした。その景色は間違いなくワンダフルで正に絵にも写真にもなる光景で時間まで飽きる事の無い船旅でした。ハロン湾の写真はフォトアルバムに多数掲載しましたのでご覧下さい
途中立ち寄った「鍾乳洞」は差ほど期待出ずに行ったら、もうビックリする美しさで、これまで見た中でもNO1の鍾乳洞でした。
こちらは明日レポートしたいと思います!

ハノイを朝9時に出て途中ランチを食べて観光し、途中陶器で有名な「バッチャン村」やベトナム名産品の刺繍絵等のみやげ物屋に立ち寄って、帰りは夕方6時過ぎの1日観光でしたが大満足の旅でした。

不自由だったのはベトナムではトイレ(大)の際に紙で拭く習慣が無いそうで、ホテルや観光スポットのトイレには洗浄用シャワーが付いていましたがさすがに使いませんでした。ガイドは必ずポケットティッシュを持ち歩くようにと指示がありましたが、幸い私が利用したトイレは全て外国人用に普通のトイレットペーパーが付いていたのでラッキーでした。

ベトナム政府は今後日本人観光客を2倍にするプランが進行中だそうで、2年後にはハロン湾までの高速道路が出来て約2時間で行ける様になり、リゾートホテルや大型観光船も導入されると言うのでまた2年後に数日滞在して堪能したいと思いました。



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ベトナム(ハノイ)視察記

2012年10月08日 16時16分31秒 | 海外経済
昨日のベトナム(ホーチミン)の訪問記に続いて今日は北のハノイ市のレポートです。
1、ハノイはベトナムの首都であり政治の中心であるせいか南のホーチミンとは町並みも人の雰囲気も相当違って感じました。
日本で言えばホーチミンが大阪でハノイは東京なのでしょうが、実際のハノイはホーチミンと比較すると明らかに華やかさに欠け、古めかしくまだ発展前のマニラや現在ならバングラデシュの首都ダッカに雰囲気が似ています。近代的な建物と言えばヒルトンのような5つ星のホテルが主でホーチミンのようにヨーロッパの香りのするお洒落な建物が余り眼に入ってきません。人口は両市共に拡大中ですが合併効果で約650万人のハノイと経済発展で720万人に近いホーチミンなのですが、何故かホーチミンほどの活気を感じませんでした。

2、政治中心の街といってももちろん外資の参入は盛んですし、現在国際空港への高速道路や南のホーチミンを結ぶ新幹線も建設予定でいずれも2年後に完成予定との事でした。

3、ベトナム戦争に勝利した方ですからホーチミンと違って戦時の人材が国外逃亡していないので優秀な人が多く、他の共産主義国と同様学歴重視なのでハノイ大学は国で一番との事で、エリートの登竜門のようです。

4、東南アジアの多くの主要都市がいわゆる華僑により建設されたので、首都には大方「チャイナタウン」があるものですが、このハノイには無いそうです。ホーチミンにもあった「チャイナタウン」が無いということは中国の影響力が弱いのかと思ってしまいます。事実、現地のガイドによると昔より北部隣の中国は何時も侵略してきて無理難題な貢物を要求したそうで、どうやらベトナム人は中国が嫌いな方が多いようです。

5、日中の領土問題と同様ベトナムも対中国との間に係争中の島があるそうですパラセル諸島はベトナム名を「ホアンサ諸島」、中国名を「西沙諸島」といい、スプラトリー諸島はベトナム名で「チュオンサ諸島」、中国名で「南沙諸島」と呼ばれ、パラセル諸島はベトナム・中国・台湾の3ヶ国が領有を主張しており、スプラトリー諸島はベトナム・中国・フィリピン・台湾・マレーシア・ブルネイの6ヶ国が領有を争っているとの事でした。特に「西沙諸島」では油田が発見されて以来強行に領土権を主張して来たそうですから、日本の尖閣諸島のガス田発見と同様の理由ですね。今後日本も領土権問題ではベトナムやフィリピンとも協調して中国に対抗すると良いと思いました。

6、ベトナム人民は圧倒的にキン族 (Kinh)が多く約86%を占めますが、それ以外にも54の民族がいて、国内で全く会話が通じないと言うのは珍しくないそうです。

7、写真に写る建物が3階建てや4階建てが目立ちますが、これは一般民家ですがベトナムの税制で間口が広いと高い税金を払う事になるので皆、狭い間口な為に家族と生活の為にはおくが長くても不足なので3~4階建てが普通なのだそうです。

以上ですが先に訪問したホーチミンとは相当な違いがあり日本が今後、ベトナムに進出する際はハノイに投資するかホーチミンかは大きなターニングポイントになりそうです。写真はブログ右上のフォトアルバムに多数投稿しています
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ベトナム(ホーチミン)視察記

2012年10月07日 09時31分54秒 | 海外経済
9/28~10/4でベトナム(ホーチミン&ハノイ)とマレーシア(クアラルンプール&マラッカ)を視察してきました。アジアは多くの国を訪問していますが今回のベトナムは数年前にチャンスを逃していて初めての訪問でした。今日は先ず最初の訪問地であるホーチミン市の感想を記します。
ホーチミン市は南北に長いベトナムの南に位置するので成田から約6時間一寸の長いフライトでした。5月~10月は雨季なのでホーチミン空港についてらどんよりした曇り空でやや蒸し暑い天気でしたが幸い雨は落ちませんでした。
ベトナムの首都は北の中国にも近い「ハノイ」ですが最大の都市で経済の中心はこの「ホーチミン」です。奇跡と思われた米国との戦争に勝ってベトナム戦争当時は「サイゴン市」と呼ばれていた名称を立国の英雄「ホー・チ・ミン氏」の名を取って今の「ホーチミン市」に変ったのは記憶に新しいところです。

以下ホーチミン市訪問で気付いた事を列記します。

1、1867年以降太平洋戦争までフランスの植民地だった事で市の中心部には到る所にフランスの香りがするお洒落な建物が多く建っていて、1960年12月~1975年4月30日のベトナム戦争の傷跡が殆ど目立たない思った以上に端正な街でした。丁度1990年頃訪れたタイのバンコク市に似た雰囲気でした。ただ街角にまだ乞食がいるのが哀れでした。

2、市の内外は日本資本が多く入っていて活発な産業振興中ですが、近年の急激過ぎた土地価格の上昇はその反動で今年40%も下落したそうで、今後の外資の導入は一服感がありますが、経済活動自体は順調で外資メーカの工場が順次稼動を始め雇用も改善し景況感は良いようです。

3、現地ガイドの話では政治は完全に北のハノイに掌握されているが経済ではホーチミンの方が活発で発展しているとの話ですが、ベトナム戦争で旧サイゴン陥落後、南の要人、知識層、富裕層は殆ど国を脱出したそうです。

4、人口が9千万人近くで元気な若者層が多いのと社会主義国で仏教徒が80%の人口構成で真面目な国民性もあり、その安くて豊かな労働力が魅力なので当面は隣の中国のカントリーリスクを逃れてくる輸出目的の工場の進出などの期待が大きい。

5、東南アジア共通の政策で車の関税が高いので(100%)市内はスクーターとオートバイだらけで殆ど車道を占領して走る風景で、おまけに暑い国のせいかエアコンの無い家にいるより良いのか、勤務が終わった後の夜に特に目的も無く市内を家族で夕涼みドライブする習慣があるそうで、夜はいよいよスクーター&オートバイのラッシュでした。

6、車もスクーターも日本メーカが大半で車はトヨタオートバイはホンダが多いそうですが、ガイドの話では近年トヨタは事故の際に脆いと言う理由で欧州プジョーや韓国ヒュンダイ等に押されているそうです。またオートバイはホンダが仕様で現地向き対応をしてくれないとの理由で現地対応をやってくれるヤマハが人気だそうです。

7、街の人民はまだ質素な服が多く、アオザイを着た女性は主に観光スポットの販売員や高級レストランスタッフには見られましたが普段着ではなさそうです。また伝統的な麦わらで作った山笠帽子は街の到る所に居る行商の女性に多く見られました。

総括するとホーチミン市は土地バブルの崩壊で一寸一服感があるものの発展途上の元気な街でした写真を多数フォトチャンネルに掲載しましたのでご覧下さい!
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