世界の常識を信じている「私」なのか?
世界の常識を信じていたい「私」なのか?
信じる以前に、必ず願望・欲望がある。
信じていることすら、普段は隠されている。
そして、信じていることに光が当たれば
その奥の願望・欲望が隠されていることに
いずれ気がつくだろう。
私たちは、望んでいないことを信じることは不可能だ。
だからこそ、何を望むのか?
自分の心の中心で統一されなければならない。
何を望み、何を望まないのか?
自分に問い続けることがとても重要だ。
安全地帯から飛び降りるんだ。
信じる力も、願う力も、神にあげてしまうと
愛は爆発する。