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続 時の往復 neo

過去⇔現在⇔未来

終戦から77年

2022-08-15 23:26:24 | 靖国神社

8月15日終戦の日。靖国神社参拝。
今年は夏休みが10日~14日だったから、
15日はどうするか。毎週参拝してるし。
とか考えながらも無理しない範囲で、
終戦の日にもあえて行く事の意味。
これを考えて有休を使いやっぱり参拝。
何かこの日って参拝者が多いってのもあるけど、
同じ混雑でも正月とは何か感じる空気が違う。
まぁ暑いってのもあるだろうけど、
そうではない事は確かな事。
色々と人の思いが集まる『気』というものが
あるの・かも・・・

 

9:50 靖国神社到着。
思ったよりも参拝者は少なく、
本殿前までは10分程で無事参拝。


 

 


毎度の鉄砲蔵氏とは遊就館で11:00に
合流予定でしばしの時間つぶし。
設置してある大砲を眺め、


 

さんざん見てきて今回何気に気付いた事。
大砲って法政大学のビルに向いてるぢゃん。


 

 

しかもちょっと軌道修正すれば直撃やん。


ざまーwww コラァーッヽ(`Д´#)ノ
おっと失礼。

 

しかしまぁライフリング見ると本物だなぁと。


 

 

 

 

時間通り合流し、今回は自分の提案で、
黙祷は恒例の靖国神社ではなく、
千鳥ヶ淵戦没者墓苑でやりましょうと言う事で、
戦没者墓苑へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

何時もよりも参拝者は多いが、
靖国神社のような混雑はなく、
来るべくして来られている尊い方々と言った感じで。


 

 

 

無事参拝。


 


安倍さんが総理時代、
安倍さんが参拝する事をすっかり忘れ、
その時間にバッティングしてしまい、
戦没者墓苑に参拝する直前で締め出されるといった、
思いもよらぬ一般人いじめに遭遇した過去を念頭に、
今回は時間を見てスムーズに参拝できた。


戦没者墓苑関係者の方に、黙祷の放送とかあるのか
尋ねたら、そういったものはないとの事で、
鉄砲蔵氏のスマホで政府の黙祷ライブ動画を
デジカメの横に添え置き黙祷。

 

◎黙祷動画

 

結局遺族会のセレモニーのようなものがあり、
黙祷の声合わせがあったが、少々遅れてしまったようで。

 

  ~ 

 

鉄砲蔵氏は靖国神社へまた戻り、
特攻の母の親子丼を食べに行くと言ったので、
靖国通りで解散。自分は暑いから帰宅した。

そんな帰り道、靖国通りの歩道橋付近で、
毎度の警視庁による蛇腹ゲートを使用しての交通規制。
その先で行われるこちらも毎度の、反天連デモの
ルートに右翼の街宣車が通行する事の取り締まり。
右翼らは通行出来ないのが分かっていても、
何台かは通行しようとするから、そのたびに
規制がかかり交通渋滞。一般人はたまったものではない。
言う事を聞かない似非右翼のおかげで、
国民の血税を使い警察に余計な警備をさせ、
一般人にも迷惑をかけている現状。
この連中の愛国心ってねぇ。だから似非右翼って
言われるんだよ。自業自得。

その反天連デモのゴール地点には、こちらも毎度の
自称保守のお出迎えコーナー。

スタートからゴールまでのコースの歩道には、
大勢の自称保守らが待ち受け大声で罵声を浴びせる。
もう何年続いているんだか毎年の恒例行事。
お互い皆で大騒ぎして汗かいてまるでお祭りの様でもあり、
楽しんでいる様にも見える。
本当に本気で阻止したいのなら、
スタート地点で食い止めればいいんだけど、
何だか法律で色々あるみたいで、
結局自称保守はそこに逃げてる気がしてならない。
法律度外視で命懸けでスタートさせない
愛国勇士はいないみたい。
そしてここでも国家反逆思想の集団を、
税金で警備して守る警察。
いくら民主主義で表現の自由とは言え、
理解するのが難しい。

 

 ・・・ 

 


黙祷動画撮影中黙祷が始まったと同時に、
自分の真横にいた明らかに戦争経験者とみられる、
90歳代の男性のお年寄りが黙祷中で
一気に静まり返っているなか喋り始めた。
自分は何んで喋ってるのか?
と思いながら黙祷が終了しそのお年寄りを見ると、
どうやら若い女性からインタビューを受けていたらしい。
まったく現代人は平和ボケして黙祷の意味と尊さを
全く分かって無いな。自分の記事だけ書ければ
それでいいんだな。とその時は思った。
でもしばらくして自分のなかでその考えが覆された。
聞いてほしいんだ。自分たちの体験を聞いてほしいんだ。
そして聞いた話を多くの人に伝えてほしいんだ。と。
喋っているのは一人のお年寄りだけど、
その言葉を借りて、その方の口を借りて、
戦争で亡くなった方々の思いが集まっているんだと。
深く考え込まず自分の頭のなかで無意識に浮かんだ。
黙祷も尊く大事な事だけど、それよりも伝えたい事が
沢山あるのだと、そのお年寄りの声を思い浮かべながら、
風化してはいけない過去の惨事を繰り返さない為にも、
各々が出来る事をするべきなんだと。
しかし今現在70年以上前のような人と人が
銃を向け撃ちあう戦争をしている。
人はやっぱり愚かで常に難儀な事をしてしまう。
水槽の中のメダカが喧嘩をしていても、
いつも通りエサはあげて水も取り換えて、
ただ水槽を眺めるだけ。これが人間。
賢いメダカは人間の存在に気付きあれは
神だと思うかもしれない。
戦争はいつの時代も終わらない。
そして人間が想う都合の良い神はこの世には存在しない。

 

 

 

 

 


新しき革進へ

2022-01-02 01:34:00 | 靖国神社


祝 2022
今年も初詣は靖国神社へ




9:30に到着し、参拝者はまだまばら。
今年も無事参拝。



去年はなんだかんだで毎週参拝で来ていたが、
本来それは目的ではなく、
上半期、気が付けば毎週参拝といった
記録を更新しつつ、このままいけばと
1年間毎週参拝記録を自分の中で打ち立てた。
なんか参拝すると言った本来の目的を
逸脱しかねない状況にも感じながらも、
とにかく参拝を毎週することが出来た事に、
平和へのありがたみをかみしめながらと。














     






毎度の如く遊就館で鉄砲蔵氏と合流し、
茶寮結でしばし談笑。
鉄砲蔵氏の今回のカメラは
ロシア製LOMO LC-A
絞り優先オート



毎回フィルムを現像所でスキャンしてもらい、
CDに焼いてもらっていて、
中盤はスキャンサービスは無いそうで
なので最近あまり中盤は使わないんだと。
氏とは年二回しか会わなくなったし、
そう言った時にどこかに行こうとか企画していて、
今回は三浦にまだ存在する戦争遺構、
水上特攻艇の格納庫に行こうと思いついたが、
場所柄自分が計画した内容が、
植物の枯れる冬季での大潮干潮時だったが、
それが合わなく今回は断念。
でまぁ鉄砲蔵氏とはここで散開。








今年初の靖国神社そばの
四川料理食為鮮でチャーシュー麵。



チーユ(鶏油)風味のスープと、
八角がきいた角煮のようなゴツイ焼豚が特徴で、
完全にリピーターになってるけど、
今回のチャーシューは八角を少し抑えた
味付けになっていたように感じたが、
相変わらず裏切らない美味さだった。
腹も満たして身体も温まり、
千鳥ヶ淵戦没者墓苑に向かい参拝。





運動がてら皇居を逆時計回りで、
東京駅まで散歩した。















     




今年の初夢をわりとはっきり覚えていて、
ガンダムに出てくるガンキャノンで、
ガンガン空の敵に撃ちまくり、
自分のいる場所をあえて追手に知らせ、
そこからの逃走劇が始まる。
べつにテレビ番組の逃走中を見ていた訳で話無く、
それが夢に反応したとは思えなく、
一人ではなくバディがいてそれが知り合いだったり、
全く知らない人物だったりと色々と入れ替わり、
逃走中はかなりドキドキハラハラで、
それをどこか楽しんでいる感じもあり、
最後の最後で見知らぬ人物から、
あなたたちは逃げきることが出来ました。
と告げられ安堵して目が覚めた。
ちょっと調べたら追ってから逃げ切れる夢は、
わりかし吉夢らしいが、年末年始と個人的に
嫌な事が起こりこの先その不安がある。
しかも年末は二日続けて釣りの夢で、
楽しく大満足に大物を釣った夢をみて、
大物を釣る夢もかなりの吉夢らしいが、
良い事も良い思いも何にもない。
ふがいない毎日を送っていると、
そんな事に期待してしまうのだろう。
現実を見る事が大切だ。
それをわかったことが吉なのかね。
まぁ人生なんてそんなもんだろ。






終戦から76年

2021-08-17 22:19:00 | 靖国神社
8月15日終戦の日。靖国神社参拝。
今年は毎週なんだかんだで、
靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑を参拝している。
新型コロナウイルスデルタ株の影響で、
去年同様神社側が参拝日の分散を呼び鰍ッていたので、
今年は12日の木曜日に参拝。







お盆連休でもあったが、
やはり平日なだけあり参拝者は少ない。
遊就館も空いていたが、

     





神池庭園の水がいつもと違うディープブルー。




どうやら金魚飼育とかで使う薬液を投与したようで、
ここにはアメリがザリガニが沢山いて、
一時期減ったけどこの日はまた数匹湧いていた。
関係者の方いわく水をたまに抜く程度で、
駆除はしていないと言うが、
どうも減り方とかが極端だし、
何らかの対処はしてると思うがどうだか。







   ・・・ rain ・・・



15日は鉄砲蔵氏からの連絡があり、
タイミングもあいそうだったので、
1年ぶりに遊就館で合流。
お互い年取ると友達減るよなみたいな感じで、
自分にとっては数少ない貴重な友達。
雨だし傘同士が危ないし、事前参拝は済んでるし、
正午の黙祷後、
その足で千鳥ヶ淵戦没者墓苑参拝。
去年はここでは色々あったけど、
今年は何事もなく無事参拝できた。





街宣車に乗った右翼を警察が阻止する
場面もあったりして、
まぁ国士として言いたい事は良いとしても、
警察に対して拡声器でバカバカバカとか
連呼してたけど、あまりにも低俗。
正しい事伝えたいのなら言葉選びって重要で、
紳士的でなければ世間は認めない。
警察おちょくる暴走族と同レベル。残念だな。
でもまぁ反天連のデモを右翼から守るのって
凄く矛盾してるし、警察へ言いたい気持ちは
分かるけどねぇ。

それと毎年の事だけど、
九段坂の歩道はいつもビラ配りの人で
大混雑で凄く迷惑。



密だし傘さしながらの人混みって、
丁度目の高さに露先があるから危ない。
伝えたい気持ちは大事だけど、
もっと効率的に考えを働かせた方がいい。
なんかはたから見ると、毎年のお祭り行事
のような気がしてならない。
もちろん午後に毎年行われる、
反天連のデモ&いちゃもん右翼の
恒例行事と同じくくり。
皆騒ぎたいのかね。お祭り好きなのか



雨が降る中、九段下で鉄砲蔵氏とは散開。







   ~ bye




12日の日は参拝の後アメ横に行き、
タイ米を5kg買った。
数日前にアメ横の怪しい
アジアン地下食品売り場にあるのざわやへ、
初めてタイ米を買いに行った時に
各1kg三種類買って、
ジャスミンライスとタイ米とバスマティライス。
ジャスミンライスに関しては、
品数の多い店だと結構おいてある米で、
タイ米ってジャャjカ米と比べ、
米同士がくっつかなく、炒飯やカレーライスに
向いていると言われているが、
このジャスミンライスは、形こそ細長いが、
焚きあがりはジャャjカ米に近く、
自分のイメージしているタイ米とは違って、
味もジャャjカ米に近く、炊飯時の香りも強く、
又の名を香り米とも言うらしく、
けしてジャスミンの香りではなく
コメの香りの事で、ジャスミンとは
ジャスミンの白い花をイメージにした
白い米の事で、なんだか複雑なネーミングな米。
調べて見たらタイ米を品種改良した、
日本で言う所のササニシキやコシヒカリ的な
高級米なんだそうで、結局ジャスミンライスは、
炒飯やカレーライスには使えない事がわかり、
次に普通のタイ米。
これはイメージ通りのぼそぼそ米で、
炒飯やカレーライスで美味しく頂けた。
してバスマティ。

     

これはインド産で通常のタイ米よりも更に
細くて長くで、かなりぼそぼそ感が強く、
なおかつ水加減を多く焚いても柔らかくなるどころか
ぼそぼそのまま量が増える感じ。
けして悪くはないが通常のタイ米が,
いちばん使いやすいと思えた。
そんな事で二度目の来店でタイ米5kg購入。

     


そしてこの日は12日と言う事もあり、
米持って羽田空港に向かった。
何故に羽田空港?この日は、
1985年の日本航空123便墜落事故の日にち。
当時自分は高校生で、その日に限り縁側に顔を出し
座布団を二つ折りにして枕にして、
空を仰ぎ何故か顔だけ出して顔を日焼けしていた。
こんな事やったのは初めてだったが、
その日の夕方に飛び込んできた
日航機が行方不明の報道。
何の虫の知らせなのかはわからないけど、
その後は何の因果か新卒で羽田空港で働く事になり、
今回の事故(事件)はどうしても気になっていて、
当時空港で働いていた上司の話や書籍や、
知り合いの自衛隊員や、ネットとかでも調べていた。
事故原因に関しては陰謀論も含め、
色々言われ続けているなか
風化してはいけない事故でもあり。
空港に行くと言う行動。
これが何になるわけではないが、
自身の中での風化をさせない事かも知れなく、
過去にも何度か繰り返していた。
そして今回が初の12日に羽田空港。
事故のあった当時の旧ターミナルは、
現在の国際線第三ターミナルの位置に
あった事で、第三ターミナルに向かった。
こんな時期でもあり空港内は静かで、
ほとんど人もいなく、
非常に落ち着ける空間になっていた。











     












最近はもっぱらネットでの情報を得てはいるが、
大よそが今までの情報をまとめたものとかが多いなか、
ワタナベケンタロウさんのユーチューブチャンネルが、
新旧情報を交えながら、また違った角度からの
事故原因究明のアプローチをされていて、
今自分の中では一番注目しているチャンネル。
しかしながらやはりこの手の内容の動画配信には、
どこかみなさん陰謀論ってやつへの興味を持ち、
その陰謀論を肯定してほしい雰囲気を感じて、
自分も確かに陰謀論や都市伝説には
凄く興味はあるが、あくまで
雑学の一つであると言う事。
陰謀論や都市伝説が完全に肯定できる
意見が出たら、世の中がおかしくなる事は確か。
自分としては圧力隔壁破壊説で、
反論できないくらいの完全な意見の方を望んでいる。
特に123便の陰謀論的な説が完全に肯定できる
意見や証拠が出たら、相当マズイ事になる。
犠牲者が大勢出た事故でいて、
ふさわしい言葉ではないが、
圧力隔壁説は健全で平和的な説になる。
陰謀論肯定派は真実の究明と言うスタンスでありながら、
裏事情の存在を知りたいのだろうが、
それは裏事情の存在をどこか認め求めているとも言える。
これは一歩離れて冷静に考えてみればわかる事で、
そう言った負の世の中で自分が生きる事になる
と言う事を考えれば、
興味本位で陰謀論ばかりの解明を求め
追及することは非常に恐ろしい事になる。
だからと言って信じ難い事に背を向けるのも
危険でもある。現代人はこれから起こる事に対し、
心を開き準備し受け入れる状況を
作っていく必要がある。
この世の中が永遠に続くなんて保証はない。

雨の日靖国神社に向かう時、
オカンが「うちに戦死した人はいないのに
何で靖国神社に行くの?」なんて言った。
説明したら長くなるので答えずに家を出たが。
戦争を経験したのにこう言う考え、
これこそ戦後日教組教育の悪しき現れ。
オカンの昔話で、戦後の食糧難の時
母親がヤミ米を持って帰ってきたが、
警察だか刑事がヤミ米を怪しんで
付いて来たそうで、
ヤミ米を持った母親が玄関の扉を開けた時に、
子供(当時のオカン)たちが一斉に
おかえりなさいと元気に迎えたら
その付いてきた人物は何も言わず
立ち去ったそうだ。
人の情ってものだろう。
今回たかが5㎏のコメでも、
持ち歩くのに結構辛かった。
当時の人は生きる為に手に入る
持てるだけの食べ物を沢山持って、
命懸けで家族の元に運んだのだろう。
令和の時代にたった5㎏の米で感じた、
軟弱な自分を垣間見たある日のお盆。















激動の年から激動の年へ

2021-01-04 00:35:00 | 靖国神社



 祝 2021






世界中が激動の年を終え
大変な思いをし年が明けた。
今年も初詣は靖国神社へ。
今年は元旦ではなく3日に初詣に行った。
というより行けたった感じで。
このコロナ感染の中、
初詣の分散参りを各所で促していたので、
大晦日に参拝に行ったけど、
何時もと同じ雰囲気で、
前唐オ初詣と言った雰囲気はなく、
恒例の鉄砲蔵氏との合流も今年は取りやめて、
各々行こうと決め、31日に続き元旦も
靖国神社に夕刻に向かったものの、
全く列が途切れることなく、
その時点で神門をくぐることなく帰宅。



元旦17時頃の神門前。



靖国神社側が混雑のライブ配信をしていて、
それを確認しながらだけど、
いかんせん自宅で見て出かける訳で、
1時間程のタイムラグ。
ほとんどあてにならなかったようで、
2日めの参拝も諦めた。



靖国神社の前にまずは
千鳥ヶ淵戦没者墓苑に参拝。
こちらはほとんど人はいなかった。















『 山下達郎のサンデー・ソングブック 』
をリアルタイムで聴きながら、
靖国神社到着が14:30頃で、
靖国神社で知り合いになった
靖國青空友の会のオカリナ奏者の谷口さんと
しばし談笑し、神門に向かうと途切れぬ列。








とりあえず時間つぶしと考え、
休憩所でサンソンを聴き、
放送がぽわってから行列に向かうと、
流れが速かったので並んだ。








30分もかからなかったか無事参拝。








     













能楽堂では島根囃子。
































獅子舞が登場し舞台から降りはじめ、
係りの人がかじられたい人言ってくださいと
言った途端、人々が駆け寄り密状態。





こんなご時世で皆の頭噛みまわったら
クラスターだぞと思ったけど、
よく見ると近づいてカパカパと
かじる仕草だけだった。





客席に交わるこの光景に、
これもしかしてプロレスの場外乱闘の元祖か!
ブッチャーやシークも獅子舞をヒントにしたのか?
な事はないにしても、
人を楽しませる事の共通点は同じなのかもしれない。









舞台に戻った獅子舞が床に置いてあった
筒状のモノをくわえて、
もしかして今流行りの鬼滅の刃にちなんだ ・・・








ではなくお正月のおめでたい挨拶だった。

     






能楽堂での奉納券\も終わった頃には
行列も少なくなっていた。








帰りきわにオカリナを聴きに
谷口さんの所にまた寄った。



先日この谷口さんの活動が、
大窒ワことさんと壇蜜さんの、
文化放送の番組で取り上げられ、
いわゆるこういった業界での事って
自分の考えに不本意な表現の
され方があったりするけど
ご本人も納得の内容で、
去年この場で録音した放送を聞かせてもらった。
多くの英霊にこの活動が伝わっていると思います。





  ~ clover ~




去年末の事だけど、
星野源と言う人の音楽に出会った。
はっきり言ってほんと今更なんだけど、
出逢いに今更も昔からもは無いわけで、
星野源さんのイメージって俳優やったり、
歌手やったり、やけにNHKの番組に
出てるし女装したりと、
いったい何なんだくらいの感じていて、
ただYMOのファンだって事は知っていた。
そんなさなか中野でヲタな買い物中、
店内で流れていたのが『 Family Song 』
もちろん曲名は後から知ったんだけど、
歌声で星野源だとわかって、
次の曲が『 Nothing 』と
星野源ってこんなにもシティャbプなんだと愕然。
その後星野源さんの人となりを知ったりと。
今年も大変な時代になると思う。
氏の音楽はそんな時代の中での必然にも感じた。
才能ある人って時代ごとにぽつりぽつりと現れて、
星野源さんはその一人だと思う。
特にこの時代バンド演奏にこだわる精神はとても尊い。
天才だよ。

すっかりファンになってしまい、
アルバム全部そろえてしまった。
ブックオフで ・・・




  Family Song ~♪



















終戦から75年

2020-08-16 16:19:00 | 靖国神社
8月15日終戦の日。靖国神社参拝。

今年は新型コロナウイルスの影響で
靖国神社は8日~16日を
戦歿者追悼週間とし、
参拝者の分散をお願いした。
そんな事もあり今年は13日に、
毎年靖国で落ち合う鉄砲蔵氏と合流。
戦歿者追悼週間中とはいえ参拝者は少ない。








茶寮結の氷いちご。








鉄砲蔵氏が今から正式参拝すると言いだしたが、
時間がかかるからと今回に限り断念してもらった。

     






やはり参拝者はちらほらと言った感じ。

     





靖国神社から千鳥ケ淵戦没者墓苑に移り参拝。















休憩所で涼んでいたら、
水辺は涼しいだろうから、
ボート遊びしたいと鉄砲蔵氏。








手漕ぎボートはコロナ期は一人乗り限定だから、
スワンもあったけど、屋根付きペダルボートに
中年オヤジ二人で乗船。




確かに風が吹くと涼しい。
が!吹いている時だけ。
もちろん絶えず風があるわけではなく、
結果汗だく。






カワウがいたり。
















歴史的建造物を水辺から見るのは、
又一味違った風味があり。

     






     






桜の時期はレンタル料金少し割高になるそうで。
熱中症警戒アラート発令中のボートは危険だった。

     





15日は合流はせず各々参拝と言う事で解散。






15日は予想通り大行列。








靖国神社側からの発表で、
今年は参拝者が少ないとはあったが、
参拝者同士の間隔開けで、
10時の到着時点で外苑休憩所前が最後尾。
あまりのも混雑していたら、
参拝せず帰宅するつもりではいたが、
この時点で並ぶのを諦め北門から入り、
本殿側面から参拝。








正午の黙祷まで時間もあり、
千鳥ケ淵戦没者墓苑へ移動。
入口付近に物々しい警官の数がいて、
近くの警官に尋ねたら、
毎年同じですとの返答で、さほど気にせず
この時点ではまだ気付いていない自分。
入ろうとしたらいきなり警官か
規制入りますと言いながら柵を設置。
自分の目の前でやられ面食らったから、
その警官ら数人に規制の理由はと尋ねたら
完全無視。聞こえてないのかと
何度か聞いたが完全無視。
暑かったしもうこの時点でかなり怒りの
ボルテージが上がり始めたが、
少し離れた他の警官に聞いたら、
要人ですと答えてくれてようやく理解。
そう。靖国神社参拝をしない安倍総理が
武道館に行く前にここに来るって事を
完全に忘れていたわけ。
最初から把握していれば
時間をずらしたけど後の祭り。
とりあえず気持ちを落ち着かせ、
入り口前で待っていると、



隣に来た人が誰が来るんだと独り言。
安倍総理ですよと教えてあげたら苦笑い。
10分ほど経過したあたりに、
今度は更に30m程移動要請が来て、
ここでさっき隣にいた人が
警官らにブチギレ。
最初からその位置で規制線を張れと
思ったのは自分だけではなかったようで、
参拝しに来たら要人警護で入れず、
待っていたら今度はさらなる移動に
イラっと来てもおかしくないなと思う。
しかも自分は先程の無礼な警官との
やり取りも含め、その人が
キレていなかったら自分が
キレていたかもしれない、、
なかなか収まらないさっきの人を、
とりあえず行きましょう行きましょうと言い、
規制線まで移動。















待っている時目の前にいる警官見て、
アメリカのデモと何かダブるような
気もしないでもなかったけども、
30分程が経ち蚊に刺されながらも
規制線が解かれ六角堂まで行くと
何とも今度はマスコミ報道者らが独占。








これじゃ参拝できないと思ったら、
案内の方からこちらからどうぞと、
横に誘導され横から参拝。
ここで怒ってもどうにもならないし
とにかく参拝させていただいた。



先程キレた人も笑顔も見せながら、
しっかりと参拝されていた。

普通に来て普通に参拝するだけなのに、
一般人ってこんなにも
ないがしろにされるのかと
悲しく痛感。



そして靖国神社に戻り正午の黙祷。

 黙祷動画




夕方靖国は空いていると予想し、
時間つぶしに中野に行く途中、
九段下交差点に行ってみると、
今年も絶賛反天連のデモを、
自称愛国者や似非右翼らが
お出迎えするレーンが設置。



ニュースにもならないから
意外と知られていないが、
毎年終戦の日の午後は、
反天皇制運動連絡会がデモをして、
九段坂交差点辺りがゴール地点。
デモ行進中も一触即発な場面は展開するが、
一度移動しながら実況撮影したけど、
自分の見た感じは互いの夏の恒例行事。
もしくは大声出して騒いでガス抜的な
雰囲気を感じ取れた。
国家反逆思想のデモを容認し、
警察官と警備員を導入し、
柵等の設置もすべて税金でまかなう
かなり理解しがたいのが今の日本。
逆に反天連にデモをさせないように
取り締まるのが普通の考えだけど、
民主主義。表現の自由だからってねぇ。






中野から再度靖国神社に向かい、
到着したのが17:15辺り。
17:30閉門予定だけど、
列は短くなったものの参拝者は全く途切れず。








どうやら閉門時間延長らしく、
並ぶ事にして、















30分程で本殿前につき参拝。




長い一日の終わり。



お年寄りも沢山見かけたけど、
高齢者があの暑さの中での行列に並び
参拝するのは無理。
ピーク時には2時間以上待ったらしい。
道路でバス専用レーンってあるけど、
今後は高齢者専用ルートを設置し、
ほとんど待たずに参拝できるようにするべき。
若者の参拝も大事だけど、
長く生きてきた人生の先輩方の参拝も大事。
そこの所の優遇を考える必要が要求される。






18時を過ぎても行列は途切れなかった。









参拝者によってオカリナで吹いていた軍歌が、
夕刻の靖国神社に静かに響いていた。