冤罪大国 マスゴミ

冤罪大国違法日本警察うーむ、昨日は可笑しな私の過去の駄文の閲覧が多いとは不可思議な話しでふな。そんな人数(ー3-)!”はい、では本題に袴田巖の姉は、冤罪を信じ違法司法と戦い抜く為に......
袴田巌氏は今も・・・
先週でしたか少し司法の動きがあったようなニュースが仕事先のテレビから流れていましたが仕事で言っているので聞き入る事ができませんでした。
ネットで検索してみましたが記事を見つけることは私には出来ませんでした。
拘禁反応・・・
頭の悪い松本智津夫だったかオウムの通名麻原彰晃が真似ていますが即刻死刑にしろと
腰抜けの過去現在の法務大臣に言いたいものですな。
私は冤罪で違法監禁5日ですが暫くの間【睡眠障害】でした。
未だに袴田巌は本当に冤罪か!
と屑が曰わっているようですが無能な輩が多すぎ本当に近代日本には反吐がでますな。
それと矛盾だらけの新宿痴漢冤罪自殺?事案の検索からここに来る無能な輩にも呆れていますがな。
http://shogi1.com/hakamadaiwao/
↓ ↓
「拘禁反応で不可解言動を繰り返す袴田事件の袴田巌さんがほぼ唯一できる日常の会話は
日本で最も有名な冤罪事件の一つである、袴田事件。
この事件のことは知っていても、罪を被せられた袴田巌さんがその後どのような生活をしているかは知らない方も多いと思います。私(管理人)も知りませんでした。大変辛い話なのですが、現在79歳の袴田さんは、拘禁反応という症状に見舞われているとのこと。
しかしその症状下でも、将棋だけは正しく指すことができるようです。
当サイトは将棋専門サイトですが、このような社会問題と将棋の関わりを伝えることも、意義があるかなと思い、ご紹介します。
拘禁反応とは
2014年の3月に拘置所から釈放された袴田さん。
2015年3月25日のTBS系「いっぷく!」では、
釈放から1年経った現在の生活について取り上げられていました。
事件については、そのWikipediaの記事を見れば概要はわかりますが、簡単に説明しますと、
袴田さんは1966年に無実の罪で逮捕され、1980年に死刑判決を受け、その後死刑囚として34年間、拘置所の独居房という約4畳の空間で過ごすことに。
2014年3月に再審開始と刑の執行停止が決定され、現在に至ります。
逮捕から実に47年以上、自由を奪われていたことになります。
しかも身分はいまだ「死刑囚」のまま。
そんな袴田さんですが、釈放されたからといってすぐに普通の日常生活を出来るわけではなく、現在も「拘禁反応」に苦しんでいるとのこと。苦しんでいるのは本人もそうですが、周りもです。
ハワイで生まれて、大学を主席で卒業
袴田さんは、番組スタッフから事件のことを尋ねられると
「私はハワイで生まれてハワイで育った」
「大学を主席で卒業してボクシングをやっていた」
「日本とは関係ない」
「こがね味噌事件(同事件の別名)もないし、死んだ人もいない」
などと発言。
これらの発言、ほとんど事実とは異なるものです。
プロボクサーとして活動した時期は確かにありましたが、ハワイで生まれ育った、大学を主席で卒業したという事実はありません。
ありえない話をする。
これが拘禁反応の症状の一つで、長期間に渡り拘束され、しかもいつ「執行」の日が来るかわからない状況で、それに直面しきれず、自己防衛的にこのような状態になるのだそうです。
全世界の天下を取った、王正2年
袴田さんの日記にも拘禁反応は現れ、
「全世界の天下を取った」「霊の国の決定」
「王正2年1月」
という支離滅裂な言葉が。
王正2年は、もちろん存在しない年号、すべて自分の中の世界の話なのですが、拘禁反応がそうさせているのだそうです。
会話はほとんどない
袴田さんは現在、姉と2人暮らしをしています。
ただし、袴田さんは姉を姉だと理解できていないようです。
その姉によれば、袴田さんは家の中で突然、一心不乱に同じ場所を何度も何度も行ったり来たりする状態になるそう。
毎日4、5回、それぞれ5分間にわたりこのような行動をとるとのこと。
釈放から1年経った現在でもそうですが、釈放直後は1日10時間も同じ行動をとっていたそうです。
2人暮らしですが、会話はほとんどなく、食事も離れた場所で別々にとるということです。
居飛車党か?
そんな袴田さんが笑顔を見せたのが、番組スタッフと将棋を指している時。
本人曰く
「毎日やっている。小さい時からやっている」
とのこと。
来客があると何よりもまず、将棋を指すのだそうです。
スタッフが尋ねた時も、挨拶を終えた直後に突然将棋盤を広げてやり始めました。
盤面はチラッとしか映らなかったのですが、袴田さんは居飛車で、居玉で、角を5五の地点に繰り出していました。
私の不勉強でこれがどのような戦法なのかはわかりませんが、後手番で若いスタッフを負かしていました。
姉曰く
「将棋は昔から強かった。子供の頃から兄弟で、一生懸命やっていた」
とのこと。
守りと攻撃のバランス
訪ねてきた寺澤さんという支援者の方とも将棋を指すことがあるようで、袴田さんは寺澤さんの将棋の弱点について「守りと攻撃の、バランスが違うんだね」と話し、また、ボクシングとの違いについて「ボクシングは先手だね、先手だからやられない。後手じゃやられる」とも話していまいた。
寺澤さんによれば、袴田さんは「将棋とボクシングについては(まともな)会話ができる」のだそう。
ほぼ唯一の会話材料
さすがに79歳でボクシングはできないでしょうから、将棋が唯一と言ってもいい日常の会話の材料なのだと思います。
これって重要なことだと思いませんか。
もし袴田さんが小さいころに将棋をやっていなかったら、現在はどんな会話ができていたのでしょうか。
もう一つ重要なのは、袴田さんが拘束されてからほぼ半世紀の時を経ても、当たり前なのですが将棋というゲームが存在し、そのルールを袴田さんが覚えていたということ。
例えばテレビゲームとか、スマホのゲームとか、私もやることはありますが、いくら面白くても半世紀後にも存在し熱中できるゲームがどれほどあるでしょうか。
袴田さんの不幸の傍にある、将棋という完成されたゲームの偉大さに気づきます。
完治できるかわからない
袴田さんのように、ほぼ半世紀という長期間、拘置所の独居房という狭い空間に拘束されて恐怖下に置かれていた事例は滅多にないそうで、その拘禁反応が完治するかどうかは専門家でもわからないとのこと。ゆっくり回復していく可能性もあるらしいのですが。
この事件、2014年3月27日に再審開始が決定されましたが、静岡地検はその4日後に即時抗告しています。
現在は東京高裁でこの即時抗告を審議中。
まだまだ無罪確定までの道は遠いという局面。
司法の次の一手が注目されます。」