goo blog サービス終了のお知らせ 

毎日がスペシャル!

teacupからのお引越し
トライアスロン・読書日記・日常のあれこれ

エクシブ 湯河原離宮

2018-01-27 16:54:00 | 旅行
Thursday,25 January


















ノブリンの会社の社長が社長と会長名義で「エクシブ」を買ったので、湯河原離宮に行ってきた。お部屋は広すぎるぐらいで、温泉もある。

ノブリンの70歳の誕生日だったのでノブリンに内緒でレストランに連絡し、お誕生日プレートを用意して頂いた。

湯河原の海見えマンションを見にきたときに走ったり、熱海の合宿でみんなと走ったりしたところで懐かしく思い出深い場所。
Saturday,27 January

東京30K。ノブリンと一緒に4時間以内の一番後ろからのスタート。10kmの折り返しを過ぎてから、4時間のペースランナーの前に出た。ノブリンはもっと先に行ってしまい追いつけない。残り3kmぐらいに4時間の集団に巻き込まれ、残り1kmで足が攣りジョグ。風が強く寒かった。タムリン、かなみちゃんも走っていた。サシューさんが応援してくださっていた。ありがとうございました。

一周忌

2016-03-09 04:28:00 | 旅行
Saturday,5 March

父の一周忌の為、福岡、糸島へ。除夜の鐘をついていたお寺の鐘。

父、母、祖父母、曽祖父、先祖が眠る納骨堂。

本堂。












福岡空港で姉と待ち合わせ。地下鉄で筑前前原まで行く。タクシーで糸島のオーベルジュ「僧伽小野 一秀庵」に向かう。海の見える個室で贅沢なランチ。      http://hitosara.com/0006036390/

伊都彩々。お気に入りの場所。東京でもJAでTVのCMが流れている。お寺に供えるお花、くだものを買った。あまおうのソフトクリームが絶品。

母の弟である叔父の家に泊まる。弟夫婦もきてお寿司をご馳走になった。ありがとうございました。
Sunday,6 March

姉は電動自転車、私はRunでお散歩。父と母が好きだった田舎の風景。

ブロッコリーの収穫をしていた。




叔父の家から1kmぐらいの平原遺跡。

「おこもり」をしていたお宮。

やぎ。

雷山小学校の校歌にもあった「大ため池」がなくなっていた。校歌はどうなっているんだろう?

雷山小学校校庭。


父の名義のままの土地。まだいくつかあるけど、よくわからなかった。

ももちゃん。放し飼いになっていた。

Kじくんのおうちのもこちゃん。びびり犬で私たち知らない人がいったら、びびっておもらしをし、車の下にかくれてしまった。かわいそうなことをした。Kじくんのお姉さんのFえちゃんは世田谷に住んでいて、Fえちゃんのご主人は福岡マラソンも、東京マラソンも、京都マラソンも走ったらしい。


無事、父の1周忌をとり行うことができた。ありがとうございました。


父の妹である叔母夫婦の家にいき、糸島名物の牡蠣小屋に連れて行ってもらった。ビール、お酒、ワインは持ち込みオーケー。ぷりぷりしていて美味しかった。ありがとうございました。


叔母の手作りの「さげもん」 午前1時過ぎまで、飲みながら長々とお話してしまった。色々とありがとうございました。
Running 4km
Monday,7 March




叔母の家の近くの生きの松原 元寇防塁。福岡マラソンでもこの付近を走り、叔母夫婦が応援してくれた。






姉は、帰京。私は天神のど真ん中のホテルにもう1泊。福岡マラソンのスタート地点でもあったソラリア。天神からランニングで、福岡城址。



福岡ランナーの聖地、大濠公園。1周2kmで走りやすい。ホテルと直結しているスポーツクラブのプールで泳いだ。子どもたちのスクールがあったけど、他のコースは人が少なく、私はほとんどひとりだった。

Running  6km
Swimmimg 1500m
Tuesday,8 March


ホテルから大濠公園までランニング。大濠公園は走りやすい。昨日は観光Runだったけど、きょうはわりとちゃんと走った。

ホテルをチェックアウトして、10Fのスポーツクラブのプールで泳いだ。1コースほとんどひとり。


14:00発の飛行機だったのに、羽田が悪天候?で遅れていた。15:45に変更で、飛行場のお寿司やさんでランチ。生ビール、ごま鯖と好きに握ってもらってで2000円?安くってびっくり!

15:00発にはなったけど、飛行機が動いたのはやっぱり16時近く。

夕食はお土産で買ったもつ鍋。おうちでノブリンと食べるごはん、やっぱりしあわせsymbol1

Runnning 6km
Swimming 1500m

糸島

2015-06-11 23:00:00 | 旅行
Monday,8 June








父の妹である叔母の家の近く。生の松原の元寇防塁。


1997年3月。ノブリンと初めての旅行。元寇防塁。



お寺。子ども会での勉強会や行事もここであった。

2007年6月。祖母のお葬式。福岡空港から自走。
お位牌に手違いがあったので、お位牌を持ってお寺に行きお経をあげて頂いた。生の松原の叔母の家に泊まった。
Tuesday,9 June








1968年の二見ヶ浦。泳げたんだ?

同級生と30年ぶりぐらいにあった。以前あったのは母の納骨のときに飛行場でちらりとだけ。いとこ同士両親の実家があるので私は糸島の家で産婆さんがきて生まれ、小さい頃も夏休みは「田舎へ行く」と糸島で過ごしていたけど、小学校5年生の夏から中学校1年生までの2年半ぐらいしか彼女とは過ごしていない。中学校は別々のクラスだったので、主に小学校の1年半だけ。それなのになんでこんなに彼女といて居心地がいいのだろう。楽しくってあっという間の時間だった。同級生の近況。亡くなった友だちも何人かいた。私が付き合っていた男の子は今、バツ1だそうだ。懐かしい友だちの名前。覚えているもんだ、思い出すもんだ。小学校の頃なのに。

田舎ってすごいなと思えたのは、つながっていることだ。彼女の母親と私の親戚の叔母(父の従姉)は仲良しで、私の叔父ともつながっているし、町田に住んでいる叔母も彼女の母親が川で溺れたのを助けたと言っている。親や叔母たちが同級生同士だ。

糸島って昔はどこ?って感じだったけど今はおしゃれなスポットとしてTVでよく放送されていてびっくりする。彼女が連れて行ってくれたのは農家料理「雛遊庵」
http://tabelog.com/fukuoka/A4009/A400901/40003401/
鶏を飼育している。地鶏の鉄板焼き定食。かしわご飯と鶏のスープが美味しかった。ありがとうございました♪

福岡マラソンのコースをドライブ。二見ヶ浦。糸島手造りハム。走る人も増えたと言っていたけど、自転車も多い。外国からいらしたサイクリストも見かけた。バイクラックがあった。


神社。ここで「おこもり」という行事があったのを覚えている。


1966年。駒犬に乗っている。

神社の近くで、かぼそくメェメェ鳴いていて、私を呼んでいた。まだ子どものやぎ。遊びたかったみたい。よぼよぼのおばあちゃん犬もいた。



今回の任務のひとつに土地をみてくることがあった。そのうちのひとつが先祖代々のお墓の山。骨は拾って納骨堂に収めているけど、墓石だけが残っている。そこまでたどり着くのが大変。草ぼうぼうで、蜘蛛や蝮がいて危険。人が入るようなところではない。大きな蜘蛛がいて、「ごめんなさい!」とは言いながらその蜘蛛の巣を破壊しながら進んだので、蜘蛛の呪いがありそうで怖い。

小学校の校庭。新しくなっていたところもあるけど、昔のままのところもある。


糸島の実家跡。売ってしまったけど、門だけ残っていた。



2007年。


1997年。
母の弟である叔父の家に泊まった。母の妹である叔母ふたりもきて賑やかだった。三島、埼玉に住んでいる叔母もいまだに小学校の同窓会にはこちらにきているようだ。三島の叔母は明日同級生に会うという。
Wednesday,10 June



叔母たちと「白糸の滝」に行った。紫陽花はまだだったけど、滝は圧巻だ。小さい頃ここで流しそうめんをした。

2015年。大宰府庁跡。


1997年。大宰府庁跡。

2015年。太宰府天満宮。

1997年。



飛梅の前に中国人ガイドが陣取っていた。

白糸の滝に行ってから、三島の叔母は友だちに会いに、埼玉の叔母は帰り、私は大宰府にとそれぞれ別れた。天神で荷物をロッカーに預けて、大宰府まで行き、片道2km程の大宰府庁跡まで走って往復してから大宰府天満宮に行った。

飛行場のカード会社用のラウンジでシャワーを浴びた。864円。


ノブリンカレーと梅ヶ枝餅。

スウェーデンで知り合ったタイの友人が、セントレア参加でウエットスーツが不足しているというので、ホテルにウエットスーツを送りきょう戻ってきた。彼女はエイジで入賞し、チャンピョンシップのオーストリア参加だ。おめでとう♪

仙台

2011-07-20 14:02:00 | 旅行

<script language="JavaScript" src="http://www.magicalmaker.com/js/mm.js.php?upwh=323937-1311137627-400-436"></script>
<script language="JavaScript" src="http://www.magicalmaker.com/js/mm.js.php?upwh=323937-1311137472-400-303"></script>

やっと歩けるようになった1歳ぐらいの頃から、4歳ぐらいまで父の仕事の関係で仙台に住んでいた。今だから思えることだけど、母が一番幸せだったときではないだろうか。一番下の弟はまだ生まれておらず、2歳の長女、1歳の私、生まれたばかりの弟。舅姑のいないはじめての借家生活。貧しく子育てで大変だったようだけどまちがいなく幸せな母だったと思う。

「わが身よりこどもがかわいい齢になり、ふるき女房と年を越すなり」その頃詠んだ父の句だ。長女4歳、私3歳、弟2歳の年賀状だ。

仙台市南小泉薬師堂西という住所になっている。20年以上前にこの住所を頼りに住んでいたところを尋ねた。住所は変わっていたし、家もなかった。ただその頃一緒に遊んでいたお魚屋さんのけんちゃんのおうちはあった。

ノブリンの会社の取引先も仙台にある。石巻だ。気仙沼のふかひれスープを送って下さっていたところだ。震災で社屋はきれいに流されてしまったが、命は無事で仕事も続けている。そこの会社の支払いは毎年3月末で、70万ぐらいだったけどノブリンは諦めていたという。でもきちんと振り込みがあった。大変なときなのに。ノブリンも見舞金を送った。

ノブリンの義理のお姉さんも仙台だ。多賀城市。今回は義姉夫婦のお見舞いとノブリンのお仕事もかねての仙台行きだった。

7月18日(月)
義姉のおうちは幸い高台にあるため被害は免れけど、夫である義兄の会社が仙台港の近くで車で避難。渋滞で車が動かない。あと10分遅かったら津浪に巻き込まれていたという。幸い身内で亡くなった方はいなかったけど、知り合いは亡くなられている。

義姉のおうちで、お茶を飲んでからお昼に牛タンを御馳走になった。仙台には牛タンの専門店がたくさんあるけど、「利久」という人気店だ。肉の厚みがありステーキのようで美味しかった。

義兄の運転する車で、松島に行った。奥松島がきれいなところということだったけど、周辺は瓦礫ばかりで奥松島には行けなかった。松島は観光客もいるし、遊覧船もやっていた。五大堂、円通院に連れて行ってもらった。

被災の現状をきちんと見て欲しいと、塩釜、七ヶ浜を通って帰った。仙石線の野蒜駅。新しく開店したばかりのお店。壊れた家。土台。門。瓦礫。ドッチボール大会の楯。ぬいぐるみ。人々の生活のあと。

義姉が、「ここのジャスコの上に避難した人たちが、車や人が流れているのを見ていた」と言う。自分たちの生活していた身近な町の崩壊。

多賀城駅まで送ってもらい仙台駅と直結しているホテルに泊まった。

7月19日(火)
朝、7時30分から、9時30分ぐらいまでノブリンがお仕事。ノブリンが戻ってきてから遅い朝食。

ノブリンは、走って青葉城まで。私は一応安静中なので、バスで伊達正宗騎馬像の前で待ち合わせ。ノブリンは回り道して走って帰ったけど、私は歩いて帰った。近道だと3kmぐらいだった。ちょっと走ってみたけど、走れる。痛かったり痛くなかったり。ノブリンと一緒に走れないのがつまんなかった。

シャワー浴びてから駅前でランチ。オープンテラスのこじゃれたイタリアン。美味しかった。帰りにノブリンの見つけた市場に行った。活気がある。仙台のアーケード街、市場の活気に感動した。生きる力を感じた。

夜もノブリンはお仕事だったので、ひとりで牛たんを食べた。

ノブリンがお仕事モードだったので、私は出帳についてきた愛人のようだった。せめて社長の有能な秘書じゃないとyellow1

7月20日(水)
ノブリンの叔母(義母の姉)が亡くなったと連絡があり、お葬式に行くため電車を変更し朝早く帰ってきた。ノブリンは会社に顔を出してから茨城に出かけた。

小さい頃のアルバムを引っ張り出してみた。松島にも行っている。匂当台公園の噴水。野草園。八木山動物園。西公園。広瀬川。東一番町バス停前。藤崎デパート。七夕祭り。桜の木の下の滑り台のある近所の木の下公園。

思ひ出は桜の木の下若き母

すべり台落ちつく先は母の腕

みちのくの思ひ出たどり薬師堂

10月22日 と日付けはあるけど何年かはわからない。20年以上前に仙台を訪れたときのものだ。

http://www.rigoletto.jp/
仙台のイタリアンのお店。調べてみたら銀座、丸の内、六本木、中目黒と東京にいっぱいあるお店だった。今度行ってみよう。