硝子のスプーン

そこにありました。

「Garuda」御伽噺編 目次

2012-06-19 23:48:02 | 小説「Garuda」御伽噺編

■「Garuda」完結編、「LIKE A FAIRY TALE」についての前置き。
↑一読をオススメします。コレ読まないと多分、意味分かりません…。
(※6/21、説明書きをかなり追加しました)


■「LIKE A FAIRY TALE」 ~Garuda完結編~ 表紙

■PROLOGUE.1 【 金色の少女 】 (ラビ)

■PROLOGUE.2【 金色の男 】 (トゥルー)

■1.【 馬鹿みたいに繰り返した好き 】 (マリア)

■2.【 ありふれた言葉でしか飾れない 】 (バルバ)

■3.【 幼すぎたねと笑えるだろうか 】 (マリア)

■4.【 曖昧なディスタンス 】 (ファルコ)

■5.【 反抗的アガペー 】 (ラビ)

■6.【 愛とか恋とかいう言葉で説明できたら良かった 】 (シューイン)

■7.【 獣と化してさあ今宵 】 (ゾロ)

■8.【 毀れた空の色 】 (バルバ)

■9.【 あの日失くしたもの 】 (トゥルー)

■10.【 深夜一時の密会 】 (ゾロ)

■11.【 そんな彼の事情 】 (ファルコ)

■12.【 色を失くした世界の隅っこで 】 (マリア)

■13.【 くだらなくて、小さくて、大事な 】 (ファルコ)

■14.【 背伸びをしてみても 】 (マリア)

■15.【 不可解な鼓動の理由 】 (ファルコ)

■16.【 指きりで約束を 】 (ラビ)

■17.【 あの日の僕らにバイバイ 】 (トゥルー)

■18.【 イヴは最初から知っていた 】 (ツバキ)

■19.【 ビクトリアルな言葉 】 (マリア)

■20.【 それは別れのための 】 (ファルコ)

■21.【 闇を孕むカイン 】 (シューイン)

■22.【 グリムの見た夢 】 (ラビ)

■23.【 最後の最後だけ、本当だった 】 (マリア)

■24.【 音の速さで届く言葉 】 (ファルコ)

■25.【 だからお願い、どうかピリオドを 】 (ラビ)

■26.【 まだ、こんなにも愛おしい 】 (ファルコ)

■27.【 愛した分だけ夢を見た 】 (トゥルー)

■28.【 全部あなたに繋がっていた 】 (マリア)

■29.【 世界が傾くくらい 】 (マリア)

■30.【 まるで御伽噺のような 】 (トゥルー)

■EPILOGUE.1【 青ざめた空の下で 】 (マリア)

■EPILOGUE.2【 此処をエデンとそう呼ぼうか 】 (ファルコ)


以上。

「LIKE A FAIRY TALE」 終章2

2012-06-19 22:09:04 | 小説「Garuda」御伽噺編
EPILOGUE.2【 此処をエデンとそう呼ぼうか 】   (ファルコ


 ったく。
 どこをウロチョロしてんだか、あのバカは。

 繁華街も歓楽街も、あいつが思いつきそうな場所は全部探したっつーのに、マリアは見つかりやしない。
 やっぱ、歓楽街の裏通り辺りをもう一回探すか?
 いやでも、もうあそこは二回も隅から隅まで探したし、大体こないだそこで迷子になりやがった時に派手に叱ったばっかだし、いくら何でもさすがにもう、あそこには行かねぇよな。

 なかなか見つけることが出来ない自分に少し苛立ちつつ、それを紛らかすように空を見上げた。
 夏と違って日差しは随分弱くなったものの、太陽の眩しさは健在で、たちまち目の裏がジンと痛む。
 残光でチカチカする目を片手で軽く押さえながら、ふと、思いついて、公園へと足を向ける。

 俺がマリアを見つけてないってことは、マリアも俺を見つけられないでいるってことで。下手に根性が座ってるヤツだから、途中で諦めて帰るなんてことは考えられない。多分そろそろ探すのにくたびれて、どっかで一休みを決め込んでる。だとしたら、その確立が一番高そうなのが、公園だったのだ。


 着いた公園で目線をぐるりと一周させれば、奥にある木の陰で見知った色を見つけた。
 見つけた安堵と疲れでひとつ溜息を吐くと、そのまま足を、マリアのほうへと向けていく。
 ゆっくり近づいていくと、マリアの顔が酷く強張っていることに気づいた。よく見れば、木に凭れかかって膝を抱えこんでるし。

 ………つーか、俺、ものっそ睨まれてない?

 そう思うほどに、眉を顰めてこっちをじっと見てくるマリアの表情は、どこか不機嫌そうだった。
 足を、彼女が座り込んでいる木陰の、その陰の一歩手前で止める。
 秋の日差しの下、その陰だけが夏場みたいに色濃く見えた。

「何してんだ?」
 そう聞いてやると、マリアはこちらを見つめたままで口だけを動かした。
「休憩ネ」
 それだけ言うと、マリアは抱くようにまいていた腕を、膝から放して足を崩す。
「ふぅん?」
 その答えをそのまま素直に消化するわけにはいかないけれど、とりあえず、そう返事を返す。
 そうしてマリアの横へと足を踏み入れようとした、瞬間。

「ファルコ、終焉の乙女って知ってるカ?」

 俺を見る瞳は、痛いくらいに綺麗だった。
 その目を覗き込んで、その奥にある感情を読み取る。

 ―――あぁ、だからか。
 不機嫌なのじゃなく、不安、だったのか。

「さぁ? 知らね。新しいドラマか何かか?」

 それだけ言って、そのまま足を進める。少し翳ったマリアの顔は、一瞬、けれど確かに苦しそうに歪んでいた。
 横に腰を下ろすと、そのままマリアの頭に手を置いてやる。

 俺を見上げる顔の、目の奥にある、
 こいつの、


「トゥルーが探してたぞ」
「…トゥルーが探してたのは、ファルコでショ?」
 少しだけ非難めいた口調で言ってくるマリアに、小さく苦笑する。
「あ~…、お前がまたどっかで迷子になってんじゃねぇかって」
「トゥルーが?」
「ああ」
「そっカ」
 そう言って、そのままマリアは前を向いた。
 その目は相変わらず焦点が合ってないような、所在無げな光で暗く揺らめいていた。
 同じように前を向けば、見えるのは、甲高いはしゃぎ声をあげて走り回っているガキの姿。
「よく遊ぶよな…」
 そう呟くと、横でマリアが小さく聞き返してきたのが聞こえた。
「あいつら。ワーキャーワーキャー何が楽しいんだか、ほんと、よく遊ぶよ」
 言って目線で示してやると、マリアはようやく気づいたのか、少しだけ目を見開いて目の前を見つめる。

 ―――…一人で考え込んでんじゃねぇよ。

 思わず言いそうになった言葉を、喉よりももっと奥に押し込めて、代わりに軽口を口にする。
「ま、お前も昔はあんな感じだったけどな…」
 そう言ってやれば、今度は明らかに不機嫌になったマリアが口を開く。
「…何言ってるカ。私はもっと大人で、おしとやかなレディだったネ」
「お前はもう少し自分ってヤツを冷静な目で見られるようになりなさい」
「なに? 冷泉鍋って?」
「……お前の耳は二十四時間、食事中なのか?」
 溜息をついて、木に背中を預ける。
 木陰の向こうは、日の光に溢れていた。


 種子だということ。
 その神であること。

 忘れているわけじゃないし、忘れられるわけもない。
 生きている限りずっと、忘れない。
 俺がこいつに背負わせてしまったものも、こいつが抱えるものも、俺が負うべきものも。
 決して赦される罪じゃないことは、百も承知している。
 だけど、こいつが目の前にいるなら、こうして傍にいるのなら、その重さに挫けることなく、真っ直ぐ二本足で立って前に進んでいけるから。
 進んでいきたいと、思うから。

 結局は単純なんだろう、俺も。
 一人じゃ辛くても、こいつがいてくれるなら、何とかなる、なんて。

 赦されることじゃないのは分かってる。責めは後に地獄でいくらでも受ける。

 でも、今は。


 こいつが、抱える哀しみのその重さに潰されそうになるのなら。
 なら、俺がすることは唯一つ。

 守り抜くと決めたのだから、たとえ己の罪相手でも、これ以上、傷つけさせるわけにはいかない。


 彼女を。



「あ」
 思わず漏れた声に、マリアがもう一度身動ぎするのが分かった。
 二人して、ただ黙って、その光景を見つめた。
 視線の先で見ていた兄弟らしいガキ達は、両親に囲まれて幸せそうに笑っている。
 目を細め、その、日差しの下がとてもよく似合う家族を、じっと見つめる。

 思わず笑ってやりたくなるような、その光景に。

「ああいうの」

 口を開く。
 言葉を一旦止めてマリアを見れば、マリアは口を強く結んでこちらを見た。

「ああいうの、俺の理想だよ」

 なんとなく、小っ恥ずかしくて、もう一度苦笑する。
 日差しへと視線を向けると、父親に抱かれた子供がちょうど肩車をしてもらうところで。
 それを見た、母親に抱えられた子供が羨ましそうに指を咥えていた。

 同じような光景を、何度見てきただろう。
 決して手が届かないものとして、決して、手に入れるべきものではないと、何度、そう見てきただろう。

「…理想、カ?」
「まぁ、な。ファルコさんの理想」

 見ているだけでいいと思った。
 それだけで緩やかに笑えるのなら、それだけでいいと、本気で思った。
 でも。

「ずっと、理想だったんだよ」

 でも、初めて。


「でも、」
 そう言ってマリアの腰に両手を当てて、そのままひょいと抱き上げる。
 足を伸ばした上に、跨ぐように下ろしてやれば、少しだけ戸惑うような、照れた顔が見えた。
 ………ったく。変なとこで妙に乙女チックだよな、お前。
 そういう顔は他ではするなよ、と声には出さず諌めておいて、マリアの顔を覗き込む。
「今は俺の夢かねぇ」
「ゆめ?」
「そ。夢」
 俺の真意が掴めないのか、マリアは眉を顰めていた。
「知ってるか?」
「何を?」
 マリアの眉間の皺がますます深くなる。
「夢ってのは、叶えるためにあるんだぞ」
 ついに耐えられなくなって、笑ってしまう。
 未だ納得できないという顔のマリアを見ながら、柄じゃない自分に笑いながら、続きを口にする。
「だから、ああいう家族作るのが、ファルコさんの夢」
 そう言ってマリアの髪を掻き回す。小さく悲鳴を上げて下を向いたマリアへと、出来るだけいつもと同じようにと心がけて口を開く。
「お前も、だから協力しろよ」
 そう言ってやれば、マリアはピタリと動きを止めた。
 その姿を、目を細めて見つめる。

 分かってるのか?

 俺が、誰かと生きることを決めた意味を。その、覚悟を。
 もう離すことなどない、この、手の意味も。

「きょう、りょ、く……?」

 震えた声で眉を下げた顔が上がる。
 言い聞かせるように、言葉を選ぶ。

「あのね、マリアちゃん」

 顔を覗けば、決壊まであと少しの濡れた瞳が揺れた。


「一人じゃ家族は作れねぇんですけど」


 実は結構、どきどきして言った言葉。
 届いているといい。
 彼女の抱えるもの、哀しみのその奥へと、届いているといいのだけど。


「ファ、ファルコ…」
「何だよ?」
「ど、どうし、よ…」
「何がだよ?」
「もう、いっぱい、いっぱい、過ぎるネ…」
「あ?」

 震える口で、必死に言葉を紡ぐマリアの顔。涙。
 一つ一つを出来るのなら留めておきたいと願ってしまう、この思いを。

「も、いっぱい、いっぱい、幸せ過ぎて、どうしたらいいか分からないヨ……」

 こんな俺の一言で、そんなふうに泣いてくれるお前の全てを。
 心底、愛しいと思うよ。


「ばーか」

 そう言ってやれば、俺に抱きついてマリアは泣いた。
 まるで子供のように声をあげて泣くマリアを、「泣き虫」と笑って抱く。
 大きな泣き声に、公園にいた親子も驚いて振り向いたけれど、その目は酷く優しかった。


 ―――ひょっとしたら俺達も、彼らのように眩しく見えているのかもしれない。


 その瞬間、まるで背筋から湧き上がるような幸福感に全身一気に包まれて、どうしたらいいか分からなくなる。
 分からないまま本能に従って、その幸福のど真ん中に位置する彼女の、その背中を優しく撫でてあやす。

 出来るなら、どこまでも。

 彼女が笑ってくれているといい。


 依然として泣いていたマリアが、顔を上げる。
 その顔を覗き込めば、マリアは何度も喉を震わせて、それでも何か必死に伝えようとしていた。

「…ァル、」
「あ?」
「ファ、ル、…ッ、コ、」
「俺?」
 こくこくと頷いて、マリアは回した手に、力を込めた。
「…ァル、コが…っ、いてくれて、」
「?」


「ファルコが、いて、くれっ…、て、良かった…」


 涙でぐしょぐしょの顔で、ガキみたいにマリアが笑った。

 思えば、昔からこの顔が好きだった。
 嬉しそうに、幸せを、本当に噛み締めるようにして笑う、マリアの顔。
 それだけで、いつも胸が詰まるように感じていたのだと、初めて知った。


 ―――あぁ、そうか。


 見ているだけでいいと思ってた、あの、眩しい情景は、ずっとマリアと共に在ったのかもしれない。


 ずっと、ひょっとしたら、俺達もあんなふうに見えていたのかもしれない。





 こんな俺にも、奇跡をくれた世界が。


 この、奇跡のような彼女と出会わせてくれた世界が、また少しだけ眩しく輝いた、気がした。









「LIKE A FAIRY TALE」 **END**
 
*~*~*「Garuda」 THE END *~*~*


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「LIKE A FAIRY TALE」 終章1

2012-06-19 22:08:28 | 小説「Garuda」御伽噺編
EPILOGUE.1【 青ざめた空の下で 】   (マリア)


 まぁったく、もう。
 どこをフラフラしてるカ、ファルコのバカ。

 繁華街も歓楽街も、知ってる場所はほとんど探したのに、ファルコはどこにもいやしない。
 もう少し歓楽街で粘るべきだっただろうか。
 いやでも、あそこでまた迷子になったりしたら、ファルコだけじゃなくて、みんなに叱られるしナ。

(ちょっと休憩)
 
 声には出さず呟いて、公園の木の根元に直に座る。
 黄色や赤の落ち葉の絨毯が乾いた音を立てる中、顔をあげて、紅葉した葉っぱの隙間から空を見上げた。
 そこには、さっきトゥルーと一緒にデッキで見上げたのと同じ、澄んだ空があって。
 その空の青さと差し込んでくる木漏れ日が眩しくて、自然と目が細くなる。


 間抜けなことに、私は目覚めて暫くの間、自分の目が色を取り戻していることに気づかないでいた。
 そして、やっとそのことに気づいたとき、またバカみたいに泣いてしまった。
 「どうした?」って心配そうに聞いてくるファルコに、素直に感じたまま「世界が綺麗」って言ったら、かなり怪訝な顔をされたけど。
 でも、その怪訝そうなファルコの目も髪も、やっぱりすごく綺麗な金色で。
 アトレイユで三年間ずっと、太陽や月を見て思い浮かべていたものなんか比べ物にならないくらい、もっとずっと綺麗で。
 思わず、「こんなに綺麗なもの絶対他にない」って呟いたら、少し間を空けてファルコが「ここにあるだろ」って言って私の頭を小突いた。その途端、なんだかファルコと二人でいるのが急にものすごく恥ずかしくなって、おかげで感動している場合じゃなくなって涙は止まったけど。

 正直なところ、目覚めてからこっち、ファルコが頻繁に誘発してくる、そういった猛烈に恥ずかしくなる感覚に、私はいまだ、ちょっと慣れきれないでいたりする。なんだか背中の辺りがモゾモゾして、無性に逃げたくなってしまうから、出来たら早く慣れたいとは思うのだけど。
 これが、なかなか、どうして――――…。


「だから、噂だろ?」
「でも、噂でもすごくないか?」
 不意に通りから聞こえたその会話に、何気なく顔を向けた。

「種子が、それも終焉の乙女が、この街にいたって言うんだぜ?」

 瞬間、肩が、ビクリと強張って。

「まぁな。でも種子ってさ、帝国軍の最終兵器だとかあの『第二の審判』を起こした人造人間だとか色々言うけど、その存在も何もかも全部、根拠のない噂に過ぎないわけだろ? 所詮、半漁人とか人面犬とかと同じ都市伝説じゃん。俺はそういうのは信じない派だな」
「でもお前、機動隊隊舎が全壊した事件だって、アレ、種子が関係してたらしいっていう話だぜ?」
「何言ってんだ。あれはテロリストの報復だってニュースでやってただろ。事前に垂れ込みがあったおかげで、機動隊員に死者は一人も出ずに解決できたって。オカルトゴシップ紙ばっか読んでないで、ニュース見ろ、ニュース」
「おっまえ、夢がねぇなぁ。まぁいいけど。でももし、本当に種子がこの街にいたんだとしたら、俺、見てみたかったなぁ。種子ってどんなんだろ」

 ―――ここにいるネ。
 ―――こんなんだヨ。どういうのを想像してるのか知らないけど。

「馬鹿、お前。見るも何も、もし本当に種子なんて恐ろしいもんがいたら、とっくの昔に人間なんか一人残らず殺されちまって世界が破滅してるって」
「それもそうか。人類史上最強にして最悪の殺人兵器だもんな」
「だから、そんなもん元からないんだよ。あれは単なる噂。都市伝説だよ、都市伝説」
「いや、でもな……」

 ―――…そんなこと、しないヨ。

 次第に遠ざかっていく声に、聞こえないように小さく呟いて、ずるずると木に体重を預けた。
 伸ばしていた足の先が、少しだけ陰から出て、日の光に当たってる。その足を折り曲げて、両手で膝を抱く。

 大丈夫。ちゃんと、分かってる。
 自分が、どれだけ “恐ろしいもん”かってこと。
 あまりにも、みんなが当たり前みたいに優しくても、毎日が夢みたいに楽しくても、もう、昔のように夢と現実を取り間違ったりしない。


 何となく、視線を遠くにやれば、建設途中の機動隊隊舎が見えた。
 その、シートで囲われ覆われた一帯を眺めながら、一から立て直すってどれくらい時間がかかるだろうなと考えてみる。
 三ヶ月? 半年? もっと? 十階建てになるって、トゥルーも言ってたし、きっと沢山時間がかかる。
 庭は造るのかな。
 キンモクセイ、植えるかな。

 あのキンモクセイ。
 あの日、私がラビにあげた、あの、
 ラビが最後まで大事に手に持っていてくれた、あの、花は。

 あの時一緒に、逝けたのかな。

 あの時、ラビと一緒に――――――……。


 ふと、公園の端のほうに気が集中する。
 その特有の気配に引力を感じて、顔を向ければ、金色のキラキラ光る髪が見えた。
 口を閉じ、その髪をじっと見ていると、その人はゆっくりと、こちらに向かって歩いてきた。

「何してんだ?」
 日の光を浴びて立つファルコは、その髪が反射して、とても眩しかった。
「休憩ネ」
 それだけ答えて、両手を解く。そのままその両手を後ろに付いて、ファルコを見上げた。
「ふぅん?」
 眉を顰めつつそう言って、ファルコは日陰に入ってこようとする。
 別に何てことないはずなのに。
 それなのに。
 何だか、この陰にファルコを入れちゃいけない気がして。
 
 その足を、ファルコを、言葉で遮った。

「ファルコ、終焉の乙女って知ってるカ?」

 ピタリ、と思惑通りファルコの足が止まる。
 そして、とても深く射抜くように私を見る、ファルコの目。

 その一瞬後、ファルコはいつものように首筋を掻いて、そのまま陰に足を踏み入れた。

「さぁ? 知らね。新しいドラマか何かか?」

 嘘つき。

 そのバレバレの嘘を、それでもついてくれたファルコは私の横に座ると、私の頭に手を置いた。
「トゥルーが探してたぞ」
「…トゥルーが探してたのは、ファルコでショ?」
 見上げると、そこにはいつものファルコの顔があって。
 その顔がやっぱりとても眩しかった。
「あ~…、お前がまたどっかで迷子になってんじゃねぇかって」
「トゥルーが?」
「ああ」
 そっカ。と口の中で言葉を吐き出し、そのままもう一度、視線を前に戻す。
 日の光に直接照らされている向こう側は、とても明るくて。
 とても眩しくて、とても、遠くに感じた。

「よく遊ぶよな…」
「え?」
 前を向いたままのファルコは、公園を見つめながら、口元を柔らかく緩ませていた。
「あいつら。ワーキャーワーキャー何が楽しいんだか、ほんと、よく遊ぶよ」
 その言葉に促され顔を公園へ向けると、そこには小さな子供が二人じゃれあう姿が見えた。
 兄弟なんだろうか。小さな男の子が嬉しそうに笑いながら走り回っていて、それを少しだけ大きな男の子が時折「こけるなよ」と言って追いかけながら、やっぱり同じように笑ってる。
「ま、お前も昔はあんな感じだったけどな…」
「…何言ってるカ。私はもっと大人で、おしとやかなレディだったネ」
「お前はもう少し自分ってヤツを冷静な目で見られるようになりなさい」
「なに? 冷泉鍋って?」
「…お前の耳は二十四時間、食事中なのか?」
 疲れたようにそう言って、ファルコは木に凭れかかると、公園を眺めていた。


 人類史上最強にして最悪の殺人兵器、『種子』。
 大陸の三分の一を占めていた帝国を一夜にして壊滅させた、『終焉の乙女』。

 それは確かに私のことで。その言葉は間違いなく、この私を指すものだ。
 勿論、彼らは種子の力がどんなものか、本当には何も知らないだろうし、存在だって噂だと、そんなもの元からないのだと、そう言い切ってもいた。
 でも、それでも、その恐ろしさを、はっきり口にしていた。

 この身に宿っている種が、人類だけじゃなく世界をも破滅させるだけの威力を持つ、恐ろしいものであることは紛れもない事実だ。
 私はもう、それをきちんと理解して、受け止めて、受け入れてもいる。
 神の命令がない限り種は開花出来ないし、私自身だってもう、幼い頃とは違って、種によって生み出される特異な力を上手に制御できるようになった。
 だけど。それでもやっぱり、どうしても時々恐怖に足を掬われそうになる。
 そして、私の中の種がファルコを神に選んでしまったことで、私のこの恐怖をファルコにまで強制的に共有させているのだと思うと、居た堪れなくなる。
 私は本当は、あのままいなくなっていたほうが良かったんじゃないかって、どうしても、思ってしまう。
 ラビがくれた大事な命だと、分かっているのに。
 ファルコが、恐怖と真正面から向き合って自分と闘える人だと知っているのに、それでもそう思ってしまうのは。

 まだ、私が弱いせいなのだろうか。


「あ」
 あがった声に、意識を戻す。
 見ると、あの兄弟みたいな男の子達の後ろから、優しそうに微笑む、お母さんらしき女の人とお父さんらしき男の人が近づいてきている。その気配にパっと振り向いたお兄ちゃん(だと思う)が、嬉しそうにお父さんお母さんのほうへ駆けて行く。その後ろから弟(だと思う)も慌てて駆け寄ろうとしたけれど、慌て過ぎて足が縺れたのか、転んでしまって。泣き声に気づいてお兄ちゃんが、急いで弟のほうに駆け寄って慰めているけど、弟は全然泣き止みそうにない。困って一緒に泣きそうになってるお兄ちゃんに、「がんばれ」と心の中だけでそっとエールを送る。
 と、お兄ちゃんのその後ろからやってきたお母さんが、泣いている弟をふわっと抱きあげて。殆どそれと同時に、お父さんがお兄ちゃんを抱き上げていた。
 お母さんに抱かれて、泣いていた弟もすぐに泣き止んで笑顔になって。お兄ちゃんも嬉しそうに笑って、お父さんに話しかけていて。
 お父さんもお母さんもお兄ちゃんも弟も、空から降り注ぐ光の中で、互いに笑い合っていて。

 みんながとても、幸せそうで。

 ふいに頭を過ぎったのは、いつかの日曜の夕方。あの国道沿いのベンチで一人、羨ましさに唇を噛んで座っていた幼い自分。
 欲しくてたまらなかった、あの、

「ああいうの」
 突然にそう言って、そこで一旦言葉を区切ると、ファルコは一度私を見た。
 顎だけで示された方向には、あの幸せそうな家族の姿。
「ああいうの、俺の理想だよ」
 そう言って、ファルコは目を細めた。
 その口元は相変わらず、緩やかな笑みを浮かべている。
「…理想、カ?」
「まぁ、な。ファルコさんの理想」
 幸せそうに笑う、家族の姿。
 広い世界で、当たり前のように助け合い、笑い合い、他にはない幸せを教えてくれる、家族というもの。
「ずっと、理想だったんだよ」
 その、ファルコの言葉に、何だか泣きたくなってしまった。
 その言葉はだって、ファルコがずっと、ずっと一人だったことを意味していて。
 私より年上な分、私よりも長い時間、ずっと一人で、ただずっと、こうやって見つめていたのであろうファルコの、一人ぼっちだった時間を、今すぐ自分が傍に行って寄り添ってあげたくなった。
「でも、」
 ひょい、と身体が浮いた。
 浮いた、と思ったら、目の前には、ファルコの顔があった。
 向かい合うように下ろされた身体は、背中に回されたファルコの手が支えてくれてる。

 どきどきする。

 こうやってファルコの膝に抱っこされることなんて、これまで何度だってあったはずなのに、どうしようもないほど胸が跳ねる。
 また、あの猛烈に恥ずかしくなる感覚が湧き上がってきて、無性に逃げたくなってくるけど、必死にその衝動を飲み込んだ。
 この目。ファルコのこの目がいけないのだ。
 じっと見つめてくれる目が、今までと違いすぎて、愛しすぎて、この感覚に慣れようにも、どうしようもなく嬉しすぎて、その感情に溺れてしまって、それどころじゃなくなってしまう。

「今は、俺の夢かねぇ」
「ゆめ?」
「そ。夢」
 夢?
 至極至近距離にあるファルコの顔にどきどきしながら、眉を顰める。
「知ってるか?」
「何を?」
「夢ってのは、叶えるためにあるんだぞ」
 そう、ファルコは笑って言った。
「だから、ああいう家族作るのが、ファルコさんの夢」
 髪がボサボサになるくらい、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
 勢いよく撫でられたせいで、思わず下を向いてしまう。
 その上から聞こえた、ファルコの声。

「お前も、だから協力しろよ」

 ぴたりと、目線が止まる。
 そのまま、下を向いたまま、ファルコの言葉を飲み込んでいく。

「きょう、りょ、く……?」

 視界も声もどっちも震えて。
 出た声は笑えるくらい情けなかったけど。

「あのね、マリアちゃん」

 呆れたように響く、低い大好きな、声。


「一人じゃ家族は作れねぇんですけど」


 ファルコのくれるものは昔からずっと、言葉だって何だって、いつも、優しくて、暖かくて。
 胸に染みすぎて、いつだって痛い。

 甘くて痛くて、でもやっぱり甘くて。
 その最たる、人。


「ファ、ファルコ…」
 もう震える声は隠しようがなかった。
「何だよ?」
「ど、どうし、よ…」
「何がだよ?」
「もう、いっぱい、いっぱい、過ぎるネ…」
「あ?」
「も、いっぱい、いっぱい、幸せ過ぎて、どうしたらいいか分からないヨ……」
 そう言って顔を上げると、もう止まらなくて。
 ぼろぼろと零れる涙を拭くこともせず、ファルコの胸に置いた手を強く握った。
「ばーか」
 そう言ったファルコにしがみついて、わんわん泣いた。
 
 この気持ちをどうすればいいのか、分からない。
 どうしたら、いい?
 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
 泣くことしか出来なくて。
 「泣き虫」とファルコが小さく笑ったけど、でもだって。
 きっと、ファルコが変えてしまったんだ。だって、こんな涙、今までなかった。
 こんな、甘い涙。
 痛む胸から落ちる、こんな甘い、涙。
 きっと、ファルコに会えたから、だから、私の涙は甘くなって、甘くなった分、私は泣き虫になってしまった。

 だって。

 
 だって、ずっとずっと、欲しかったものを、ずっとずっと、欲しかった人がくれるなんて。


 ファルコが。
 こんな、愛しくて堪らない人が、私を望んでくれることが。
 どうしようもなく、嬉しくて、切なくて、幸せで。



 いつだって、私に絶えず何かをくれる人。
 力強い手も、優しい嘘も、暖かな言葉も、自由も、世界も、そして光よりずっと眩しい、未来、ですらも。

 あげられるだろうか。
 私はファルコに。
 幸せで目も眩むような未来を。毎日を。

 あげられると、いい。

 そのために必要なら、何だってする。
 絶対にこの手も離さないから。


「ファルコが、いてくれて良かった」



 弱くなど、いられない。

 この人を、この人の全てを、守っていきたいと、心底必死に願うから。

 だから。


 泣きながらそう呟いて、強く、強く、ファルコの身体を、抱きしめ続けた。







(NEXT⇒EPILOGUE.2)

「LIKE A FAIRY TALE」 30

2012-06-19 21:12:59 | 小説「Garuda」御伽噺編
30.【 まるで御伽噺のような 】   (トゥルー)


 まるで御伽噺のようだ。
 こんなこと言ったら、怒られるかもしれないけど。


「じゅっかいだて?」
「そう、十階建てになるらしいよ、新しい機動隊隊舎。新聞に書いてあった」
 洗濯機の修理に勤しみながらの僕の話に、デッキの柵に寄りかかるようにして耳を傾けていたマリアが、「へー」と短い感想を言って寄こした。
 所々にいわし雲を浮かべた空は高く澄み渡り、波が運んでくる涼やかな潮風が、何とも言えず、気持ちがいい。
 まさに秋日和と言ったところだ。そんな言葉があるならだけど。
「そんだけ高かったら…」
 マリアの小さな呟きに、手を止めて顔をあげる。
 見れば、マリアはデッキの柵に背中を凭れさせながら、ぐでんと首を後ろへ逸らして、空を見上げていた。
 僕の好きな、あの、どこかうっとりしたような、柔らかい表情を浮かべて。
「きっと、すぐ近くに見えるネ。空も雲も、太陽も、月も」
「うん。きっと、そうだね」
 頷いて相槌を返しつつ、風に自由に靡いて揺れる長い金色の髪が、秋の光を受けて、稲穂の波のようにも見えて、その眩しさに僕はそっと目を細めた。



 あの日、マリアが機動隊隊舎から病院へ運ばれてから、二日目の朝。
 その前日に病院で夜を明かした僕らは、病院の人の勧告もあって、ファルコだけを残して一度船に引きあげて、また朝一番に病院へと足を運んだのだけど。
 そこは、ちょっとした騒ぎになっていた。
 マリアの病室に近づくにつれて、大きくなっていくその騒ぎ―――というか、ザワザワした雰囲気に、三人で瞬間的に顔を見合わせ、誰からともなく駆け足になったのを覚えてる。
 そうして、駆け込んだその部屋には、マリアがいて。

 以前とおおよそ何も変わらないままの姿で、病院食を十人前くらい平らげ、更にお代わりを強請って、お医者さんと看護婦さんを辟易させている最中だった。
 前日まで、目を閉じたまま人形のようにピクリとも動かなかったマリアが、目をぱっちり開けて、きちんと体を起こして、良く通る声で、お医者さん達と話していた。

 入り口に立ったまま、その姿をただ食い入るように見つめていると、マリアの横に座っていたファルコが僕らに気づいて声をかけてきて、その呼びかけに対して、うっかり出た僕の声が妙に裏返って、それを聞いたマリアが、声を立てて笑った。
 
 マリアのその笑い声に、当たり前だけど、ああ、本物のマリアだとか思った瞬間、不覚にも涙が込み上げてきて。
 だけど、それは僕だけじゃなくて、スレイもアンナもそうで。
 そんな僕らを見て、マリアもまた涙ぐみながら、腕をハグの形に広げて。
 本当は代わる代わる抱きしめれば良かったんだろうけど、そんな順番すら待ってられなくて。
 スレイがマリアの右手を、アンナが首根っこを、僕が左手を、それぞれ同時に抱きしめたり、握りしめたりしながら、馬鹿みたいに泣き続けた。


 三年前に昏睡状態に陥った時よりもずっと、危ない状態だったマリアは、さすがにあの時みたいに目覚めた翌日に退院というわけにはいかなかったけれど、それでも、目覚めて僅か五日で退院することが出来た。
 その五日間、ゼルダさんから連絡を受けた人達が、毎日のようにお見舞いに来てくれた。

 ルビーさんは、大きなメロンを買ってきてくれて、マリアを大喜びさせていたし、ジェシカさんは最初、マリアを見るなり泣き崩れてしまって暫くは口もきけない状態だったけど、帰る頃には、成長したマリアのために流行の服を揃えると意気込んでいたし、機動隊の人達も後処理で忙しい中来てくれて、それぞれ、バルバさんは袋一杯の焼き芋を、シューインさんは温室栽培だとか言うヒメヒマワリの花束を(その際、ファルコといつものごとく喧嘩になって、看護婦さんから二人揃って大目玉を食らっていた)、ヘリングさんは最近嵌ってるとかいう、健康グッズをお見舞いにくれたはいいけど、面白がったアンナにものの数秒で壊され、ちょっと泣きそうになりながら帰っていった。

 それから、クロイス博士も花や本を持って来てくれた。来るなりマリアに抱きつかれて多少面食らっていたけれど、その元気そうな姿に目に涙を浮かべていた。後から聞いた話だけど、クロイス博士はアデル博士のお弟子さんと言っても、その役割りは殆どマリアやラビくんのお世話係りみたいなもので、アトレイユでは親身になってマリア達の世話をしてくれていたらしい。マリアの種がダメになったときも、彼だけが懸命に助けようとしてくれていたのだとか。

 そして顔を出すことはなかったけれど、ゾロさんも、相変わらず、可愛いとは絶対言えないぬいぐるみを山のように送ってきていた。立場を憚ったのか、一応差出人不明になっていたけれど、あんなぬいぐるみを選ぶセンスの持ち主は、ゾロさんしか有り得ない。

 勿論、僕らだって毎日、マリアに会いに通った。
 スレイは、朝昼晩とマリアの好物を大量に作ってはマリアに届け、それを嬉しそうに平らげるマリアを、毎回のように涙目になって見ていた。
 アンナは、僕ら五人だけの時には決まって、マリアを抱きしめては「二度とこんな隠し事はするな」と、何度も何度も、とても真剣に話していた。あんなにも真剣な顔で話すアンナは、初めて見たかもしれない。
 そうやってアンナに抱きしめられるたび、自分の存在が僕らにとってどれだけ大事かを聞かされるたびに、マリアは少しだけ泣いているように見えた。


 ファルコは。

 ファルコは、ずっとマリアと一緒にいた。
 マリアが目を覚ます前は勿論のこと、マリアが無事目覚めてからも、船に戻ることなく、マリアの病室に設置された付添い人用の簡易ベッドで、寝起きする生活を続けていた。

 僕には少しだけ、ファルコの気持ちが分かるような気がする。

 多分、ファルコはずっとマリアを見ていたかったのだ。
 夜になったら眠って、朝になったら目を開けて、喋って、食べて、笑って、動く、生き生きとしたマリアの無事な姿を二十四時間ずっと、自分の目で確認するというか、とにかくずっと見ていなきゃ気が済まなかったのだと思う。


 ゼルダさんから聞いた話によれば、あの日機動隊隊舎から病院に運ばれた時点では、マリアの心臓はもう完全に停止していたらしくて。
 保護薬を打って、種が一時的に正常な治癒能力を発揮してどうにか、心臓は再生できたけれど、その保護薬による種の正常化も数時間と持つか分からなくて。
 おまけに、クロイス博士の診断によると、種がもうボロボロになりすぎて、マリアの体は廃人同様になってしまっていたらしくて。

 そのマリアが今こうして、ちゃんと目を開けて、自分の意思で喋ったり、体を動かしたりしていることは、本当に、奇跡以外の何でもない。

 マリアのために最後の最後まで、諦めずに出来る限りのことをしてくれたラビくんと、
 一睡もせずにただひたすら、蘇生を種に念じ続けたファルコの、マリアへの強い想いが起こした奇跡。

 きっと、言葉に出来ないくらい、怖かったと思う。
 人形のように生気のない姿で眠り続けるマリアを見ていると、嫌でも三年前のあの時のことを思い出してしまうし、
 その上、今回はあの時と違って、ほぼ望みはないと、そう言われていたのだから。


 だからきっと、目を開けて起きて動いて、生きていることを全身で体現しているマリアを、以前のまま、ありのままのマリアを取り戻せたその奇跡を、ずっと、肌で感じていなきゃ気が済まなかったんだろう。
 そうしていなきゃ、もうどうにも、ファルコはファルコでいられなかったのかもしれない。



「それにしても、ファルコ、遅いネ。一体、どこで油取ってるカ」
 半分拗ねたような、マリアのマリアらしい発言に、我に返ると同時に思わず笑みが零れる。
「油を『売る』ね、『取る』じゃなくて。でも、本当に遅いね。もうすぐ約束の時間なのに。また、忘れてんじゃないだろうなぁ」
 デッキから見える居間の時計を見上げて、ぼやいた僕の傍らで、マリアがぴょんと跳ねるようにして、柵から離れた。
「私、ちょっとそこらへん探してくるネ」
「え? わざわざ? いいよ、ほっときなよ。いつものことだし、スレイが先を見越してお客さんに連絡してるよ」
「でも、もしかしたら、スレイ、忙しくてそれどころじゃないかもしれないし」
「大丈夫だって。倉庫の清掃の手伝いくらい、忙しくて他に手が回らないってほどの仕事でもないし、アンナだっているんだから」
 本当、たまには、忙しくて他には何も手が回らないくらいの依頼が来てくれれば助かるんだけど。倉庫の清掃の手伝いとか、家庭用電気器具の修理とかじゃなくて、なんかこうもっと、空賊らしいやつで。
 ほんのちょっぴり鬱になった僕を尻目に、マリアは思案するように少しだけ目線を下げて、それからやっぱり、元気よく顔を上げた。
「うん、でも。やっぱりちょっと、探してくるネ」
 言うが早いが、タタタっと軽快な足取りでデッキを後にして、いそいそと玄関へ向かうマリアにまた一つ笑みを零して、その背中に呼びかける。
「マリア」
 「なに?」と振り返ったマリアの、子供のように素直なその表情――ファルコと一緒にいたくて仕方ないと顔にそのまま書いてあるような――に、またまた笑いながら、昔よく言っていた言葉をそのまま口にした。
「車に気をつけて、迷子にならないようにね。あと、プリン買ってあげるとか言われても、知らない人について行っちゃダメだよ?」
 その台詞に、マリアは一瞬きょとんとして目をパチパチさせたけど、すぐに顔全部で、ニカっと明るい笑顔を咲かせた。
「分かってるネ、心配いらねーヨ」
 昔と同じ言葉を返して、「てか、私を何歳だと思ってるカ」と続けたマリアの声は、少し不貞腐れているようだったけど。
 はにかむように笑うその顔は、やっぱりとても可愛くて。
 そして、やっぱり、何も変わってなくて。
 元気一杯に出て行くマリアを、僕はその場で手を振って見送った。

 あの笑顔がこうしてまた見られること、そして。
 彼女が今此処に在ること、その奇跡を導いてくれたすべてに、心から感謝しながら。



 今でも時々怖くなる。
 もし、あのまま、マリアが目を覚まさなかったらって考えると。
 そうして、その恐怖に竦むたびに、どうしてもアトレイユ政府に対する怒りが湧いてきて抑えきれない。


 僕らが事の真相を知らされたのは、マリアが病院に運ばれた翌朝だった。
 アトレイユから戻ったその足で病院に来て、暫くファルコと二人きりで話をしたゾロさんが、その後で、僕らにも全部を話してくれた。

 アトレイユ政府が、マリアを金儲けの道具にしようと企てていたこと。
 ラビくんの安全と引き換えに、マリアがそれを承諾していたこと。
 それに対しアデル博士が、種子を死なせることで、その企みを根本から阻止しようとしたこと。
 それを受け、アトレイユ政府が、真実が露見してトラビア政府並びに国連議会から責めを負う前に、全て隠蔽してしまおうと画策していたこと。
 その隠蔽工作のために、ラビくんが、マリアが生きている間は常に人質として見張られ、マリアが死ねば用済みと見做されて、殺される算段になっていたこと。

 それらを全て知って、誰一人として心を許せる人がいない正真正銘の孤立無援の中、それでもラビくんが、マリアだけでも救おうと最後まで奮闘していたことも。

 その一方で、マリアは全てを自分の責任と考え、死ぬ覚悟でこの街に帰ってきていたことも。


 アトレイユの陰謀を見抜けなかった自分の落ち度を、ゾロさんは何度も何度も深く頭を下げて、僕らに謝った。
 その時のゾロさんは、見たことないくらい、厳しい顔をしていたと思う。
 思うというのは、その時の僕は正直、ゾロさんに対しても激しい怒りを覚えていて、だから、彼の表情や心理状況まで思いやるほどの余裕がなかったからだ。
 だって、アトレイユにマリアを移住させる話を持ちかけてきたのは、ゾロさんで。ゾロさんを信用していたからこそ、僕らは、マリアをアトレイユに送り出したわけで。

 だけど、時間が経って少し冷静に考えることが出来るようになって来た頃、ゾロさんを責める権利は僕らにはないと思えるようになった。
 彼は彼になりにマリアのことを、その将来を真剣に考えて思い悩んだ末に、アトレイユの話を僕らにしたことは間違えないし、これはゼルダさんから聞いたことだけど、マリアを移住させるに当たって僕らの知らないところで、彼はマリアを守るべく自分に不利な条件を黙って呑んで、アトレイユ政府との間に幾つもの条約を結んでくれていたらしい。だから今回のことはアトレイユのトラビアに対する完全な裏切り行為で、責めを負うべきは欲に目が眩んで、ゾロさんを欺こうとしたアトレイユの首脳陣に他ならなくて―――…。
 そうじゃなくても、この三年間、マリアの不在をただ寂しがって思い出に耽るばかりで、彼女のために何もしなかったふがいない僕らに、彼を責める権利なんか、あるはずもない。

 それに。

 ゾロさんは、マリアの種子という足枷を外してくれた。


 今回のことで種子は全員死亡したと、世界のどこにも、もう種子は存在しないと、国連議会相手に大芝居を打って、アトレイユの首脳陣を条約違反と世界安保条約を脅かした罪で糾弾し、極刑を求めた上で、もう二度と種子のような、身勝手な人間に翻弄されるだけの哀しい命を作り出してはいけないと、第一、第二、そして第三の種子に関するデータを全て、消却することを議会に承認させてくれたのだ。
 ひとつ間違えれば、自身の立場を、今まで築き上げてきたもの全てを失ってしまうかもしれないのに、それでも。

 六年前すべての始まりの時に、ファルコがマリアに与えようとした自由と世界を、その立場ゆえに奪わなければいけなかったゾロさんが、立場を危険に晒してでも、その手でもう一度、ファルコとマリアに返してくれた。

 ゼルダさんに言わせれば、それはマリアへの償いでも、ファルコへの義理でもなくて、ゾロさん自身のためらしいけれど。
 たとえ誰のためだろうと、ゾロさんの尽力があったから、今があるわけで、だからやっぱり僕は、彼に感謝している。




「あれ?」
 音がしたからてっきり二人が帰ってきたのかと、玄関のほうへ出て行くと、そこにいたのは想像したコンビの片割れだけだった。
「なんで、一人で帰ってくるの?」
 思ったことをそのまま言えば、その片割れ、つまりファルコが、眉を顰めて顔をあげた。
「なんでって、何だよ?」
「ファルコ探しに、マリアが出て行ったきりなんだけど」
「あん?」
 マリアの名前を出すと、ファルコは途端に不機嫌そうな顔から、思案顔になる。
 その表情に、内心で笑みを零しつつ、口を開く。
「っていうか、ファルコ。今日お客さんと会う約束、まさか忘れてないよね? 急な依頼が入ってスレイが行けなくなったから、ファルコが代わりに行って、ちゃんと報酬の交渉してくることって、昨日あれだけ、スレイにしつこく言われてたんだもんね?」
「……バッカ、お前。忘れてるわけねぇだろ。ったく、ほんとバッカ。マジバッカ」
「ファルコ。そういう台詞は、ちゃんと僕の目を見て言ってほしいんだけど」
「ええと、トゥルーちゃん? まず、とりあえず、その手に持ってる工具を下ろさない? さすがのファルコさんもレンチで殴られたら、軽く記憶障害とかになるかもだし」
「そっか。よかったね、僕で。これがスレイだったら、これレンチじゃなくて中華包丁だったよ。さすがのファルコも、中華包丁なんかでぶった切られたりしたら、記憶障害じゃ済まないもんね」
「ええっと、トゥルーちゃん? いや、トゥルーくん? なんか、目が据わってない? すっごく晴れやかな笑顔浮かべてる割に、目だけブリザード並みに冷たいんだけど? 俺の気のせい?」
「ああ、そう言えばアンナが新しいナイフの切れ味試してみたがってたっけ。いい的が出来て、喜ぶだろうな、アンナ」
「ちょ、やめて、やめよう? そういう恐ろしいこと、その目で言うのは。トゥルーくんの笑ってない目って、なんか本気で怖いから」
「………」
「つーか、ほら、マリアが出て行ったまんまなんだろ? じゃあ、何は無くともまず、そっち探さなきゃだろ、な? ほらあいつ最近、迷子癖が復活してきてるし、お前だって心配だろ、な?」
 それでもたっぷり十秒は睨んだ後で、僕はファルコから視線を外し、溜息を吐いた。
 確かに、マリアは小さい頃からすぐ迷子になる子(しかも何故か、決まって危ない地域に入り込んでる)で、最近また、その悪癖(?)が復活しつつあることは否めない。まだマリアが、ファルコを探してどこかしこを彷徨っているなら、迷子になる前に早く迎えに行ったほうがいいだろう。
「仕方ない。心配だしね、確かに」
 まぁマリアなら、そこらへんのチンピラなんかに負けることはまずないと分かってはいるけど、でもやっぱり、心配なものは心配で。
 修理の続きはまた後でにしようと、とりあえずレンチを玄関の棚に置いて、外に出ようとした途端、ファルコが手で僕を制した。
「…?」
 視線だけで疑問をぶつけると、ファルコは一度僕から視線を外し、そのまま下を向く。
「何?」
「お前はここにいて、マリアがもし戻ってきたら、待ってるように伝えてくれ」
「ファルコは?」
「街見てくる。ったく、あのバカ、ついこないだも、こうやって迷子になったくせに、全然懲りてねぇんだから…」
「可愛いじゃない。迷子になるくらい夢中で、ファルコを探しまわってるんだよ」
「……」
「なんていうか、健気っていうの? ちょっとお馬鹿だけど、そういうひたむきで可愛いところ何にも変わってないよね」
「……」
「…ファルコ?」
 さっきとは反対に、今度はファルコが僕を、ジト目で睨んでくる。

「…何?」
「なんつーか、あれだよな。前みたいにマリアがちんちくりんのままだったら、こんなふうに敵を多く感じることもなかったのかね?」
「敵…って…。あのねぇ、ファルコ。誰でも彼でもそうやって片っ端から、勘ぐってまわるのやめたほうがいいと思うよ、本当に」
「大体なんかちょっと、仲良過ぎじゃね? お前ら」
「当たり前でしょ」
「何だ、当たり前って。おいおい」
「それに、マリアは今の姿でも昔の姿でも変わらず、ずっと、可愛いしね」
 そう言ってやると、ピタリと動きを止めたファルコが、ゆっくりとこちらを振り返った。
「…ふぅ~ん…」
「はいはいはいはい。もー、いい大人がこれくらいのことでいちいち妬いたりしないでよ」
 パンパンと手を鳴らしてそう言って、視線を玄関の外にずらす。
「早く、マリア探しに行ってあげて。また訳も分からないまま、歓楽街の裏通りとかに迷い込んでたら、大変だから」
「…お前とは今度膝付き合わせてゆーっくり話する必要があるみてぇだなぁ……」
「あー、ウザいこの人。ほんとウザいよ。いいからもう、早く行って」
 両手で背中を押して、無理やりファルコを玄関の外に追い出した。
 ピシャリと玄関を閉めれば、そこはもう元の静寂にあっという間に戻っていく。

 修理の続きをしようとデッキへと戻りながら、先ほどの遣り取りを思い出して、つい一人で笑ってしまった。
 可愛いの意味合いなんて、ファルコのと僕のとじゃ全然違うのに。あんなふうに、あからさまに怒ってみせるファルコなんてなかなか見れるもんじゃない。
 …訂正。
 なかなか見れるもんじゃなかったんだ、昔は。
 今は、全然普通に見れるけど。


 マリアが退院して、もう何の制約もなく自由に好きなだけ、この船で暮らせるようになってから、一番変わったのは、多分ファルコだ。
 ファルコのマリアに対する態度が、それはもう明らかに、昔と違っている。
 昔のファルコのマリアに対する態度は、なんていうか、外から守る、そんな感じだった。
 マリアの自由を尊重するがために、決して彼女の中に踏み込むことなく、また自身の中に入れることもなく、それでも何かあったらすぐに助けられるように、すぐ傍で彼女を守っていたのだと思う。
 
 でも、今は。

 マリアは、ファルコの中で守られている。
 勿論マリアの自由を大切にしていることに変わりはないけど、その上で、抱きしめるように、離さないように、ファルコは一人の男の人として、マリアを手の中で守っているのだ。

 ……うん。言葉にすると、ちょっと恥ずかしいけど。

 でもそうやって過ごして、互いに笑い合ってるマリアとファルコは、僕らが知ってる限り、最高に、幸福そうで。
 そして、そんな二人を見て僕らは、思わずにやけちゃうくらい、幸福な気分になったりするんだけど。
 だから、まぁ、たまに、ああやってファルコをチクチク苛めながらも、僕は毎日を笑って過ごしている。

 そのうち、あの二人の間に、子供でも出来たりするんだろうか。
 その時のファルコの顔を思い浮かべることは出来ないけど、幸せそうに笑うマリアの顔は容易に想像出来る。
 きっと、とても嬉しそうに、顔全部で笑うんだろう。
 そして、それは文字通り、幸福というものなんだろう。

 沢山の哀しみと沢山の涙の果てに、手にする、真の幸福。

 やっぱり、御伽噺みたいだ。
 苦難の運命を強いられたお姫様を、自らも数多の苦難に遭いながら、愛の力で守る王子様。
 
 ま、マリアもファルコも、お姫様や王子様って柄じゃないけど。


 吹いてきた風に、頬を撫でられて、顔を上げる。
 見上げた空はどこまでも高く澄んでいて、秋の潮風は何とも言えず爽やかで。
 眩しさに細めた目で見つけたのは、太陽と共に空にこっそり浮かぶ、白い真昼の月。
「きれい…」
 一人呟いて、更に目を細めた。
 
 そうだ。
 来年こそはお月見をしよう。
 ファルコとマリアとスレイとアンナと僕と、みんなで。
 新機動隊隊舎の屋上なんていいかもしれない。
 きっとマリアが言うように空も月もすぐ近くに見えるだろうし、アンナが言えば、バルバさんは二つ返事で場所を貸してくれるに違いない。それどころか、料理もお酒も、じゃんじゃん出してくれるかもしれない。そうなったら、僕らは好きなだけ、ただ食い、ただ飲みが出来る。

 思いついたアイデアに満足して、空に向かって伸びをした。
 
 明日もきっと、今日のように、いい天気になるだろう。
 だけどもし、雲が出て雨が降ったとしても、その雲の上にはやっぱり、今日と同じ青く澄んだ空があって。
 何も変わらない。
 今日も、明日も、明後日も、これからも、きっと、ずっと。
 そうやって永遠に変わらないものに包まれながら、僕らは、少しずつ先へ進んでいく。
 緩やかに繰り返される日々は、やがて、柔らかく積み重なって、僕らをまだ見ぬ未来へと促していくのだろうから。

 でも、きっともう僕らに、あの笑顔を失くす恐怖に怯える日は来ない。
 もし仮に、マリアがまた大変な目にあったとしても、そうなる前に、マリアを全身全力で守る人がいるから。
 その点に置いては、多分僕は世界中で一番、あのバカを信頼しているから。

 うん、きっと大丈夫。
 御伽噺のお姫様と王子様は、必ずハッピーエンドになるように出来ている。


「早くみんな帰ってこないかなぁ…」
 
 レンチ片手に零れた囁きは潮風に撒かれて、秋の光に溶けたけど。
 とりあえず、今日も上機嫌、だ。
 
 穏やかな空の下、繰り返されていく愛しい日々に、僕はもう一度笑ってみせた。






(NEXT⇒EPILOGUE.1)

「LIKE A FAIRY TALE」 29

2012-06-19 21:11:51 | 小説「Garuda」御伽噺編
29.【 世界が傾くくらい 】   (マリア)


 音がするかと思うくらいの勢いで目を開けると、そこは明るい光で溢れていた。

 眩しさに目をパチパチさせながら、とりあえず目に映る物を一つずつ確認していく。
 白いシーツに、殺風景な壁。跳ねるような緑の波線を映し出している小さな画面付きの機械。
 腕から繋がれたチューブを辿れば、一定の量だけ落ちていく点滴が見えた。
 そして。

「………ファルコ…」

 ベッドの傍らに座って、固まったようにこちらを凝視している人の名前を呼ぶ。

 今度はちゃんと声が出た。酸素マスク越しで、おまけに、多少掠れてはいたけれど。
 それにしても、こうやって口にするだけで、その響きだけで、私をこれ以上ないほどの安心感で包み込むなんて、この人の名前には、なんか魔力的なものでもあるんじゃないだろうか。
 そんなことを思いながら、ファルコを見る。
 対して、ファルコは、あの三年ぶりの告白の時よりも、もっと酷く驚いていて。
 だから私も、やっぱり同じように、少し笑ってしまった。
「どうしたネ? ファルコ」
 そう訊くと、ファルコは真っ直ぐ私を見たまま、「夢?」と、小さく呟いた。
 「ホント」と短く呟き返し、もう一度「どうしたネ?」と訊くと、ファルコはゆっくり息を吸い、そして大きな、それは大きな溜息を吐いて頭を掻いた。
「ファルコ?」
「…人間驚きが過ぎると声が出ないっつーのは、本当だな」
「うん?」
「…あと、信じる者はなんちゃらっつーのも」
「ぅん?」
 よく分からなかったけど、そう言うファルコが本当に感じ入っているみたいだったから、とりあえずそれで良しとして、辺りを見回す。
「ここ、どこネ?」
「病院」
「…トラビア、の?」
「ああ」
 返ってきた答えに少しホっとして、マスクを外し体を起こす。と、すぐにファルコが、腕で背中を支えてくれて、枕をちょうどいい位置にしてくれた。
 その、いつにないサービスの良さにちょっとだけ面食らいつつ、先ほど辺りを見回しながら思ったことを口にした。
「なんか、あの時みたいネ。三年前、目覚ました時も、こういう部屋にいて、ファルコが隣にいたヨ」
「…そうだな。ま、あん時より全然早起きなんじゃねぇの?」
「そうなのカ?」
「46時間くらい?」
「そっカ…」
 正直、そう言われてもよく分からないけど。でも、ファルコがそう言うならそうなんだろう。
 相槌を返しながら、何となく窓のほうへ目をやった。
 窓の外には、澄み渡った朝の空が広がっていて、雀が数羽チュンチュン鳴きながら、飛んでいくのが見えた。
 そうやって、朝の光の中飛んでいく雀を目で追ったまま、ベッドの上で、小さく手を握った。
「…ファルコ」
「うん」
「……ラビ、は…?」
「…死んだ」
「………」
「…直射日光浴びて、火達磨になって…。あっという間だったから、長くは苦しまなかったと思う」
「………そ…カ……」

 覚悟して聞いたはずなのに。
 分かっていたのに。

 わなわな震えだす唇を止められない。


 本当はずっと分かっていた。
 ラビが、疲れ果ててもう何もかも終わりにしたいって、あの日からずっと、そう、思っていたこと。
 ラビだけは私やゼイオンと違って、日の光を浴びればいつだって自分で終わりに出来たのに、それでもそうしなかったのは、私のせいだってことも。

 自分がいなくなったら、私が独りぼっちになるから。

 誰より独りの辛さを知っていたからこそ、私を独りに出来なくって、後もう少し、後もう少しって、ずっと…。


 私だって、分かってたんだヨ、ラビ。
 ラビがゼイオンの名を利用してまで、この街に私を戻らせたのは、審判を起こさせて私を助けるためじゃないってことくらい。
 ただ、私を此処に帰したかっただけだったんでショ?
 私が何度も何度も未練たらしく、此処の話をしたから、だから。
 どうしてももう、死ぬしかないなら、せめてこの街で、大好きな人達の傍で死なせてあげたいって、そう思ってくれたんでショ?
 そのために、自分の命を縮めたとしても、それで全部終わりに出来るなら、それが自分の救いになるって、そう思ったんでショ?

 分かってたヨ。ラビの気持ちなんか、ずっと分かってた。

 だって、私達は世界にたった二人の種子で、痛みも苦しみも悲しみも本当の意味で理解し合えるのは、互いだけで、だから。


 最初から分かってたんだヨ―――……。


 私がラビの安全と引き換えに、兵器として戦場に立つことを承諾したことが、ラビをどんなに苦しめるかなんて。
 でも、ああするしか出来なかった。辛くても何でも、生きていて欲しかったから。
 じいちゃんや、此処のみんなが私にくれた愛情を裏切ることになっても、それが私自身を捨てることであっても、それでも。

 それでも、ラビに、いてほしかった。

 その思い自体が自分勝手な甘えだってことも、分かっていた。
 全部全部、真綿のような優しさに守られすぎて、自分の力がどれだけ人を惑わすか、どれだけ周囲に災いを及ぼすものか、ちっとも現実が見えていなかった私のせいだってことも。

 全部分かってた。

 分かってたけど、それでもやっぱり、ラビにいて欲しかったんだヨ。
 この世でたった二人きりの仲間だったから。


 この世でたった二人きりの、大事な、兄妹だって思っていたから…。


 ラビ。赤い目の優しいウサギさん。
 死ぬと知っていたのに、アトレイユの人達相手に種の力を使って、あんな身体になって。
 そこまでしてまで、私の安らかな最期を護ろうとしてくれた。
 残されたラビが殺されることを、私が案じることなく、安心して先に逝けるように。

 なのに、私は、アナタにいて欲しいと望むばかりで、何ひとつ、出来なかった。
 私がしたことは、ただ、アナタを余計に苦しめただけだった。

 『ごめんネ』も『ありがとう』も、もう、何も伝えられない。
 もう、逝ってしまった。
 外を自由に歩く楽しみも、沢山の友達を持つ喜びも、未来を夢見る幸せも、何も、何一つ知らないまま。
 逝ってしまった。

 もう、どこにもいない。
 あの優しい、優しいラビットは、もうどこにも。

 これでもう、私は本当に、独りぼっち、なんだ――――――……。



「…マリ、」
「ファルコ」
 ファルコの言葉を遮って、ついでにぽたぽた落ちてはシーツに染みを作っていく涙も無視して、ぐっと一度強く目を瞑ってから、ゆっくり、ファルコのほうへ顔を向けた。
「……私は、なんで、生きてるカ…?」
 確かに、種はもうどうしようもないところまで、壊れていたはずなのに。
 体だって、もう指一本だってまともに動かせないくらい、ダメになっていたはずなのに。
 一緒に、死ぬはず、だったのに。ラビと、一緒に。

 じっと見つめる私を、ファルコもまたじっと見た後で、ほんの少しだけ視線を逸らすと、片手で軽く首筋を掻いた。
 そうしながら、口を開く。
「……やっぱ、アレじゃねぇの?」
「アレ…?」
「愛の奇跡ってやつ」
「……………は?」
「何だよ?」
「…イヤ、何って…。…ファルコ、酔っ払ってるカ?」
「100%素面ですけど?」
「……ファルコ。私、まじめに聞いてるのヨ?」
「俺だってまじめだよ」
 そう返すファルコを思わず、穴が開くくらいマジマジと見てしまう。多分、今、私の眉間には、かなりの数の皺が寄ってるはずだ。
 そんな私をよそに、ファルコは私の濡れた頬を手で拭いながら、そのまま言葉を続けていく。
「身体は?」
「からだ?」
「どっか痛いとか、変なとこねぇか?」
「うん、特にないネ」
「そうか」
 そう言ったファルコの口調や表情に、またまた眉間の皺の数が増える。
 彼はこんな、あからさまに嬉しそうな顔で、ホっとするような人だっただろうか?
 …それとも、まだ私は、何か思い出していないことでもあるのだろうか。

 不審さを隠せず見やる私に、ファルコが目だけで「何だ?」と訊いてくる。
 その目が、すごく優しくて。
 いや、彼はいつだって優しかったけど、そういうんじゃなくて、なんか、なんて言うか、すごく…。
「…ファルコ?」
「何だよ?」
「ホントに、ファルコ、カ?」
「何だ、その質問」
「だって…。なんか、変ヨ?」
 思いっきり眉間に皺を寄せて首を傾げる。と、ファルコは少しだけ肩を竦めた。
「そりゃあな、変にもなるわ。マジで気ぃ狂いそうな勢いで、怖かったし」
「…どうして?」
「決まってんだろ。お前がなかなか目ぇ覚まさねぇから、怖かったんだよ」
「ファルコが?」
「そう」
「…ファルコが?」
「だから、そうだって」

 だって、ファルコが?

 いや、彼がそうやって心配してくれていたのだろうことは分かる。
 引っ掛かってるのは、そこじゃない。

 だって、彼は、そのことをこんな風に真っ直ぐに言う人だったか?


「マリア」
「……」
「マリア?」
「……」
「マ~リア~」

 強い声で呼ばれて我に返る。
 気がつくと、ファルコが私の顔を覗き込んでいて。

 やっぱり。

 ファルコはこんなに真っ直ぐに私を見たりしていただろうか?


 そう思った瞬間手が伸びて、ファルコの頬を思いっきり(と言っても多少は手加減したけれど)、抓っていた。
「ほい、ほうゆうつほりや?」
「ホントにホントに、ファルコなのカ?」
「はんはよ、そえ」
「だって…」
 思わず口ごもった瞬間、頬を抓っていた私の手をファルコが片手でそっと掴んだ。
「だって、何だ?」
「だって、なんかファルコ、キモイヨ」
「……そうか。喧嘩売りたかったのか、お前」
 そう言いながら、今度はファルコが私の頬を抓ってくる。

 全然、痛くない。

 その優しさが、何だか怖くて。
 また、泣きそうになってくる。

「ファフフォ、やはひふぎふれ」
「いや、全然分かんねぇんですけど」
「ファルコ、優し過ぎるネ」
 そう言うと、ファルコは私の頬を抓るのを止めた手をそのまま私の頭に持っていって、ゆっくり、私の頭を撫でた。
「187日と46時間」
「?」
「三年前の半年間と今回の合わせたら」
「へ?」
「いや、もっとか」
「ファルコ…?」
「三年と187日と46時間、だな。…そんだけありゃもう一生分だろ」
「…?」

「もう充分だよ、お前がいないのは」

 自分の目が、大きく見開かれているのが分かる。
 …だって。
 ファルコは今、なんて言った……?

「ファルコ?」
「何だよ?」
「ひょ、っとして、私がいなくて、寂しかった、とか…?」
「だからそうだって」

 寂しい?

 だって、ファルコは。
 私がいてもいなくても関係なくいつも飄々としていて、いつも皆が周りにいて、だからいつだって必死で傍にいたのは私のほうで。
 私のせいで何回も辛い思いさせて怪我もいっぱいさせて、いちゃいけないのかもって、何度も思って何度も悩んで、それでもやっぱり傍にいたくて、私は必死で。いつだって、一緒にいることに一生懸命だったのは、私ばかりで。
 なのに。

 そのファルコが、寂しい?

「…どうして…?」
「どうしてって…、お前変なこと聞くな」
「ねぇ、どうして?」
「どうしてもこうしても、マリアちゃんがいねぇと、ファルコさんは寂しいんだよ」

 もう一度言い聞かせるようにゆっくりと、そう、ファルコが言った。

 ああ、ダメだ。泣いてしまいそう。
 

「…ファルコ」
「何?」
「も、しかして、寂しかったから、ずっと呼んでたカ?」
「そうですよ。…ってやっぱ、聴こえたんだ。すげぇな、お前。いや、俺?」
「あんなにずっと、しつこく何回も? 寂しかったから?」
「悪かったな、しつこくて。つーかお前、俺がどんだけ必死だったか、全然分かってねぇだろ」

 言って睨むように見てくるけど、その目はやっぱり優しいままで。
 すごく、優しくて。


 ああ、ダメだ。泣いてしまう。

 だって、ファルコが。
 いつだってバカみたいに私はずっとファルコを求めていて。でも、ファルコが私を求めることなんて、この先ずっと有り得ないと思ってたのに。

 そのファルコが、必死になって、私を呼んでくれた。
 必死で、私を求めてくれた。


 こんなに、こんなに愛しいと思うこと、他に、ない。



 零れ落ちそうになる涙を堪えて、じっとファルコを見つめる。
 とにかく、その全てを見ていたくて。この瞬間のファルコを、ただ、ずっと見ていたくて。
 そんな私を見てファルコは私から目を離すと、その目を掴んだままだった私の手に落として、両手で包みこむみたいに、ゆっくり、私の手を握った。
「マリア」
「…うん」
「あのラビってやつから、全部聞いた」
「…ぜん、ぶ…?」
「ああ、全部」
「………」
「ごめんな。何も気づいてやれねぇで。…あいつ、助けてやれねぇで」
「………」
「ごめん」

 喉が詰まって声が出ない。

 全部全部、私のせいで。悪いのは私で。だから、ファルコが謝ることなんて何もない。
 そう言いたいのに、喉が詰まって声が出なかった。

 ファルコがあまりに真摯な声で、そんなこと言うから。
 ファルコがあまりに真摯な目で、真っ直ぐ見てくるから。

 三年前此処を離れてから、――彼の傍を離れてから、ずっと隠してきた沢山の涙が、想いが、どうしようもないほどに一遍に溢れ出してきて―――…。

 ぼろぼろ泣きながら、ただ、頭を横に振るしか出来ない、小さな子供みたいな私の反応に、ファルコがふっと優しい微笑を浮かべて、零れては落ちる涙を指で拭いてくれる。
 その手つきも、私を見る目も、すべてが優しくて、温かくて、後から後から涙が出てきて、止まらない。

「マリア」
「……ぅ、ん…」
「ゾロに言って、第三の種子は第一の種子と一緒に死んだと、国連に発表してもらった」
「…え……?」
「アトレイユの首脳陣は連合裁判で裁かれる。研究施設も閉鎖される。博士も種子もいないんじゃ意味がないからな。それから、クロイス博士だっけ? あの人もゾロが手ぇ回してトラビアに亡命させた。国立科学大の終身名誉教授になるんだと。なんか、よく分かんねぇけどすっげぇ博士号持った人らしいな。んで、その博士が言うには、お前が自力で目ぇ覚ますことが出来たなら、種はもう保護薬なしでも壊れる心配はないだろうって。だから、もう安心していい」
「…え、…え?…ちょ、待って、ファルコ。何が何だか…」
 すごくゆっくり話してくれているのに、言葉が分からなくなったみたいに、内容がまったく飲み込めない。
 無駄に瞬きばかり繰り返す私を落ち着かせるように頭を撫でて、ファルコはもう一度ゆっくり説明するように言った。
「つまりだ。お前はもう、種の崩壊で死ぬ心配はない。そんで、お前が種子で、生きていることを知っている人間はじきに、世界でこのトラビアのリムシティに数人しかいなくなる。全員、お前が生きて幸福になることを心底願ってくれる連中だ」
「………」
「だからもう、お前は自由」
「…じ、ゆう…?」
「ああ、自由。種子に関する資料は全て消却されるし、もう二度とどこの組織の監視下に置かれることもない。お前は、ただの普通の女の子として自由に暮らしていける」
「…ふ、普通の女の子って、でも…」
「いんだよ。大統領がそれでいいっつってんだから。それに、これは俺のためでもあんだよ」
「ファルコの?」
「ああ。お前を解放してやってくれって、そう頼まれたからな」
「…え…?」
「あの、ラビってやつに」
「…………」
「何もかも、あいつのお陰なんだよ。お前が今こうして俺の目の前にいるのも、ちゃんと息してるのも。全部、あいつが体を張ってお前を守ってくれたおかげ。せめて、最後の頼みくらい果たさなきゃ、あの世で俺、あいつに顔向け出来ねぇからな」
「…………」
「…………」
「…………」
「…マリア?」
「………っ…」

 泣き過ぎて、頭がおかしくなるかもしれない。そう思っても、涙の止め方が分からない。
 苦しいのか、切ないのか、悲しいのか、寂しいのか、もう何をどう感じていいのかも分からない。

 だって、私達は世界にたった二人の種子で、痛みも苦しみも悲しみも本当の意味で理解し合えるのは、互いだけで、だから。
 だから、知ってた。

 より強く運命から解放されたがっていたのは、いつだってラビのほうだった。
 より強く自由を焦がれていたのは、いつだってラビのほうだった。
 いつだって本当に一番辛かったのは、ラビで。
 ずっと辛い思いをしてきたのは、私じゃなくて、ラビだった。
 私がしたことは、ただ、ラビを余計苦しめただけで。

 なのに。


 なのに―――――――……。



 ラビの気持ちが、胸に突き刺さって痛くて。
 ただ、ラビが恋しくて、愛しくて、哀しくて。

 しゃくり上げながら、ただひたすら、泣いた。


 この世でたった一人、私の、ラビへの、
 もう伝えることの出来ない気持ちを全部、

 切なさも恋しさも愛しさも哀しさも寂しさも、全部そこに押し込めて、ひたすらに、泣きじゃくった。






 私は結構長い間、泣きじゃくっていたと思う。
 その間ずっと、ファルコは黙って、優しく何度も、私の頭を撫でていてくれた。
 そうしてやっと、私がまともに息を吸えるようになった頃、窓の外の空を見上げてその目を小さく細めながら、ファルコは口を開いた。
「マリア。お前、これからどうしたい?」
「これから…?」
「さっきも言ったけど、お前はもう自由だ。どこに行こうと、何をしようとお前の自由。好きなところで好きなように、お前はお前の思うとおり、人生を生きていい」
「……」
「これから、どうしたい?」

 再度ゆっくり問われて、改めて、記憶が蘇る。
 それは六年前、じいちゃんが死んで一人ぼっちになった私に、ファルコが言った言葉と、一語一句変わらなくて。

 そうだ。
 そうだった。

 あの頃からファルコだけはいつだって、私に選ぶ権利を与えてくれていた。
 広い世界も、未来も、人生も、自由も、私がまだ何も望まないうちから、ファルコはいつも、私が私の意志で生きることを、望んでくれていた。

 だけど、私は種子で。
 モジャモジャ達は平和を守る義務があって。
 だからどうしても、私の行動を制限して生活を監視するしかなくて…―――。

 
 でももう、その制限が何もないというのなら。
 トラビア政府からも、アトレイユ政府からも、国際連合からも、もう誰からも、何の制約も受けないでいいというなら。

 私は自由なんだ。

 自由に、なったんだ。

 
 何処に行こうと、何をしようと、もう誰の監視も、何の制約もない、本当の自由……。



 ……なんだか夢みたいで、実感が湧かない。

 …あの時、私は何て答えたんだっけ?
 ああ、そうだ。泣くばかりで何も答えられなかったんだ。
 だから、ファルコが、大人になって自分で道を選べるようになるまでは傍にいてやるって言ってくれて、私はただ、それに頷いただけ。だって、あの頃私はまだ、島以外の世界のことなんて何も知らなくて、だから、手を差し伸べてくれたこの人に、縋るしかなくて。
 だけど。
 
 だけど、私はもう小さな子供じゃない。
 島以外の世界のことだって、知ってる。
 何より、ラビが叶わなかった自分の夢を私に託してくれて、私の自由を望んでくれて。
 そして、みんながそれを受け入れてくれたのなら、
 私はその思いにちゃんと応えて、ラビの分まで強く生きていくべきで。


 でも、じゃあ、私はどうしたらいいんだろう。

 原点に戻って、じいちゃんと二人暮らしたあの島へ帰ろうか。
 あそこで、一人静かに…。
 でも……。

 いや、それより…。

 ……ううん、やっぱり。


 どうしても、私はやっぱり。
 

 たとえ、この人の手がもう、私のためになくても。

 それでも。



 ファルコの。


「…ファル、」
「マリア」

 意を決めて顔あげて、ファルコを見ながら言った私の声に被せるように、ファルコが私の名前を呼ぶ。

「…今までさ。種子だから、神だからって、そんな理由ですっげぇ沢山、色んなこと我慢しただろ。お前も、俺も」
「うん…?」
「一緒にいたくても離れなきゃいけなかったり、好きでもそう思っちゃいけないって思ったり、色々さ」
「…ぅん…?」
「でも、お前一遍死んだじゃん?」
「……」
「んで、そん時、俺も一緒に死んだんだわ」
「は? 何ネそれ、何言って…」
「マリアちゃんがいねぇと、ファルコさんは生きてても死んでるのと同じなんだよ。まぁそこは聞き流せ」
「え。…え? な、」
「だからさ、もういいよな。一遍死んで生き返ったんだから、少しくらい、いいよな、もう」
「……何が…?」
「我慢すんのやめても」

 日の光が窓ガラス越しに、ファルコの髪をキラキラ光らせていて、それがとても綺麗だった。
 キラキラ光る太陽みたいな髪も、じっと見てくる月みたいな瞳も、全部、すごく、綺麗だった。

「俺はな、マリア。結構やきもち妬くんだよ。自分で言うのもなんだけど、独占欲も強ぇし?」
「……うん」
「けど、お前はもう保護者が必要な歳じゃないし、俺ももう、お前の保護者じゃないし」
「…うん」
「しかも見ての通り、相変わらず半分プーみたいな生活してるし、貧乏だし」
「うん」
「あと、こう見えて俺、亭主関白だし」
「うん」
「酒飲みだし」
「うん」
「しょっちゅう、二日酔いだし」
「…ハゲで水虫だし?」
「……やっぱり喧嘩売りたいのか、お前は」
「だって、ファルコの言いたいことが分からないネ。それで?」
「あー、それで……」
「うん」

 そう言った後、ファルコはもう一度、私の頭に手を置いた。
 見たことないくらい、真剣な顔で。

「俺はお前が思ってる以上に、大人でずるいよ」
「うん」
「それでもいいなら、マリア」


 私はきっと、この言葉を、死ぬまで宝物にするだろう。


「もうずっと、俺の傍にいろよ」


 頭に置かれた手は優しくて、キラキラ光る髪は眩しくて。
 私を見る目は、とても真剣で。

 そして、ファルコの言葉に、その全てに、


 私はまた、恋をした。


 目を、絶対にファルコから離さないで、かろうじて、口を開く。
「ファル、コ」
「……何だよ」
「それ、プロポーズ…?」
「…………いんじゃねぇの、それで」
 目を離さないでいるのに、盛り上がってくる涙に邪魔されて、ファルコの顔がぐにゃぐにゃになっていく。
 こんなに泣いたら、目が溶けてなくなってしまうんじゃないだろうか。もしかしたら、一生分の涙を今日で使い切ってしまうかもしれない。
 でも、それならそれでいいや。うん、いい。
 一生分使い切る勢いで、目が溶けるくらい、泣いてやろう。
「お前、ちょっと泣きすぎじゃね?」
 そう言いながら抱きしめてくれたファルコに、鼻を啜って返事をした。
 だって、この涙は間違えなくファルコのせいだし。
 男なら、責任取るのが当たり前なんだから。
 だからもう目一杯、ファルコの胸に顔を埋めて泣き続けた。

 それに応えるみたいにファルコは、ちょっと痛いくらい強く抱きしめてくれて。
 さすがに泣き過ぎで、頭がくらくらしてくるまで、ファルコはずっと腕を緩めることは無かった。
 それが何だか愛されてる感じがして、嬉しくてそう伝えたら、ファルコは私をベッドに寝かせながら「当たり前だろ」と呟いた。
 それがまた、嬉しくて。
 ああ、この人とならどこへでも、どこまででも行ける気がするなんて、本気で思って。
 片手で私の手を握ったまま、もう片手で頭を撫でてくるその温もりが、眩暈がするくらい愛しくて仕方なくて。

 泣き過ぎと愛しさで、くらくらになりながら、
 ありったけの想いで、もう一度、

 私は、彼に、愛の言葉を囁いた。





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