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硝子のスプーン

そこにありました。

「LIKE A FAIRY TALE」 序章1

2012-06-19 16:14:28 | 小説「Garuda」御伽噺編
PROLOGUE.1 【 金色の少女 】   (ラビ)



『空を見るのが好きヨ』

 その言葉の通り、彼女は時間が許すときは大抵いつも、屋上のドームにいる。
 彼女がそこで何を思って、そこに何を見ているのか、それは彼女の胸の内だけのことだから、僕には知る由もないけれど、出来れば、彼女の大切なこのひと時を邪魔しないであげたかった。
 
 そんなことを思いながら、ドアノブを回した。
 ガチャリという金属音が響く前から、気配で気づいていただろう彼女が、僅かに開けたドアに隠れて立つ僕を、緩慢ともいえるほどゆっくりした動作で、振り返る。
 強化ガラス越しに差し込む朝の光に照らされて煌く金髪を想像し、眩しさに、思わず目を細めた。
「なに?」
 フェンスに凭れるようにして、少し首を傾げた彼女に向かって、用件を口にする。
「クロイス博士が呼んでる。出発の前に話があるって」
「そっカ。分かった。すぐ行く」
 頷き答え、少し弾みをつけてフェンスから離れる。そのまま、しっかりとした足取りでドアを抜け、僕の横を通り過ぎようとして、彼女はぴたりと足を止めた。そして、思案するかのようにちょっとだけ、口元をきゅっと引き締めた後、僕を見上げ、口を開いた。
「ラビは、行くのカ…?」
「行くよ」
「…行くんだ?」
「行くよ」
 確認するように、どこか重い口調で繰り返す彼女に、再度、同じ答えを返す。視線を落とした彼女の目に沈む蔭をわざと無視して、明るい声を出した。
「約束しただろ? いつか案内してくれるって。約束破りは泥棒だって、マリアが僕に言ったんだぞ」
 その言葉に、思い出したように彼女が顔をあげて、そして、ニっと笑った。
 そんな表情を見るたびに、ああ、まだ彼女は十八歳なのだと、思い知らされる。
 まだ、たった十八なのだと、胸が苦しくなる。


 アデル博士に連れられて、彼女がこの施設にやってきたのは、今から三年前のこと。
 僕達は、そのとき初めて会った。だけど僕はその前から、彼女のことを知っていた。彼女を迎えに行く前に、クロイス博士が彼女について話してくれたから。そして、彼についても。
 旧世界最大の負の遺産とされる人型無差別殺人兵器。俗称“種子”と呼ばれるその存在が、最初の試作品である僕の後に二体も作られていたという事実にも無論驚かされたけど、何より彼女の存在そのものが、激しく衝撃的だった。まぁ、彼女にとっても、僕の存在は少なからず衝撃的だったろうけど、でも、彼女よりも僕のほうが絶対に衝撃が大きかったはずだ。
 だって、彼女には『神〈マスター〉』がいて。
 『神の種子』という人工生命体である僕たちにとって、それはつまり、完全を意味していて。
 同じ種子でもお粗末なほど不完全な僕にしてみれば、それは本当に、物凄く衝撃的だった。
 だけど、彼女を初めて見たとき、僕の頭に浮かんだのは、彼女が完全であるという事実に纏わること―――、つまり、『神〈マスター〉』のこととか、彼女がかつて招いたと言われている『第二の審判』のこととかじゃなくて、ただひとつ、宝石という言葉。
 蜂蜜のような金色をした彼女の瞳があまりにも綺麗で、それは瞳というより、宝石に見えた。
 後々僕がそのことを話すと、彼女はどこかはにかんだように、この瞳は自分の宝物なのだと答え、そして、とても嬉しそうに、ありがとうと、満面の笑みを咲かせた。


 彼女は、お喋りが好きな明るい女の子だった。
 世界から遠く隔離されたこの施設で、彼女は僕に沢山の話を聞かせてくれた。
 小さい頃に彼女がいた島のことや、好きな食べ物のこと、育った街、そこに住む人達のこと。
 そうやって彼女が自分のことを話すとき、必ず出てくるのが“ファルコ”だった。
 “ファルコ”について話すとき、彼女はいつも「内緒ヨ?」と言ってから話し始める。
 遠い海の向こう、トラビアのリムシティという街に住む、空賊の“ファルコ”。
 とても強くて優しい人で、彼女に世界と自由をくれたのだと嬉しそうに言っていた。
 彼女の金色の瞳を誰より最初に宝石に譬えたのは、“ファルコ”なのだと、少し照れくさそうに、けれどやっぱり嬉しそうに言っていた。「だからラビが、宝石みたいって言ってくれたとき、すごく嬉しかったネ」と、それはとても嬉しそうな笑顔で。
 この三年間、彼女とした沢山の話の中でも、“ファルコ”の話が一番多かったと思う。思い出を懐かしむというよりも、何か大切な宝をこっそり見せるように、いつも話してくれていた。
 そして、そういうときの彼女はまるで、夢の世界の人のように見えた。


 けれど、もう、夢見る時間はおしまい。
 もうじき、夢の世界は終わりを告げる。
 彼女の中の種はやがて、媒体であるその身を崩壊させるだろう。
 それを止める術は、ただひとつ。


 ――― 終焉は 愛した土地で 愛したすべてと共に ―――


 裏切り者が突き付けた、陳腐で残酷な挑戦に、どう出るかは彼女が決めることだ。
 だけど、僕には分かる。
 彼女の決断も、彼の気持ちも。
 だからこれは、賭けなんだ。
 不完全な僕達の中で、唯一完全で、特別な彼女への、最後の賭け―――。


 恐らく彼女はもう、気づいているのだろう。
 だから、僕は知らないフリで、彼女の傍にいるしか出来ない。





(NEXT⇒PROLOGUE.2)


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