27.【 愛した分だけ夢を見た 】 (トゥルー)
「どうして……」
それ以外、言葉が見つからなかった。
それ以上、言葉が出てこなかった。
嫌な予感めいたものは確かにあった。
あの日、デッキに佇むマリアを見たときから、ずっと。
月の光に同化してマリアが消えちゃうんじゃないかと思ったあの時から、ずっと。
マリアが、どっか遠くに、アトレイユなんかよりずっと遠くに、消えて、いなくなってしまうような、そんな気が、ずっとしてた。
なのに。
どうして。
ゼルダさんの部下の人から、マリアが軍事病院に運ばれたと連絡があって。
駆けつけた先で、ゼルダさんから、マリアの容態を聞いて。
ガラスの向こうにいる、ファルコとマリアを実際に見て。
それでも、これが現実だって、どうしても認識できない。
まるで悪い夢を見ているようで。
悪夢のその最中を漂っているような、酷く非現実的な、落ち着かない浮遊感みたいなものがドロドロと纏わりついてくる。
ドサッと、重たい音と一緒に、スレイがその場に倒れるように、膝を付いて座り込む。
アンナがスレイに駆け寄って、腕を伸ばす。
ゼルダさんは、黙って立ったまま、ICUの中の二人を見つめている。
頭が割れそうなくらい、ガンガンする。
吐き気がして、思わず、口を覆った。
どうして。
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。
そればかりが頭の中で、グルグルして、どうしようもなく吐き気がして。
トイレに駆け込んで、それからのことはあまり覚えていない。
気がついたら、アンナが僕の背中をさすっていて。
立ち上がれない僕に肩を貸してくれながら、「信じよう」と一言だけ言った。
そうやってアンナに肩を抱かれて歩きながら、僕はただ、ぼんやりと、三年前のあの時のことを思い出していた。
三年前、マリアが半年間の眠りについたあの時。
あの時も、今と同じように、マリアはICUのガラスの向こうにいて。
小さな体に管をいっぱい繋げられて、白い顔で、両目を閉じていて。
元々色が白いから、それが通常なのかもしれないけど、動かない目や口のせいか、普段よりずっと白く感じて、酷く儚いもののように見えて。
ガラス越しにじっと、そんなマリアを見ていたファルコの、きつく組み合わされた手が、静かに震えていたのを、覚えている。
あの時と違って、ファルコはガラスの向こうで、マリアのすぐ傍に座っている。
すぐ傍で護るようにじっと、マリアを見ている。
僕からはその背中しか見えないけど、でも、きっと、その手は、あの時と同じように静かに震えているのだろう。
ねぇ、どうして?
どうして、マリアばかり、こんな辛い目に遭わなきゃいけないの?
どうして、ファルコばかり、こんな辛い思いしなきゃいけないの?
どうして、
どうして、僕は、何も出来ないの?
あの時も今も、いつも、いつも、信じる以外、二人のために何もしてやれないの?
どうして。
どうしてなの?
答えてよ。神様。
どれくらい時間が経ったのか。
時間の感覚どころか、ありとあらゆる感覚が失われて、もう二度と何も分からないような気がする。
廊下のベンチに座ったまま、スレイもアンナも僕も、誰も一言も声を発さずにいた。
発せずにいた。
ふと気づけば、明るい静かな光が、廊下を照らしていた。
重たい頭を持ち上げてぼうっとした意識の中、背後の窓を見れば、いつのまにか、空には月が昇っていた。
煌々と夜空に浮かぶ、綺麗な満月。
あぁ、そうか。今日は十五夜で。中秋の名月と、旧世界の人達が呼んだ、一年で一番月が綺麗な晩。
ねぇ、月が綺麗だよ、マリア。
こういう日こそ、空を見なくちゃ。
起きて、一緒に月を見ようよ、マリア。
ねぇ、起きて。
ねぇ、マリア―――――……。
いつだって元気一杯に、ぴょんぴょん跳ね回っていた。
いつだってうっとりとした柔らかな顔で、空を眺めていた。
いつだって彼の傍で、心底嬉しそうにして、笑っていた。
そんな彼女を見るのが、好きだった。
そんな彼女を見ている彼を見るのが、好きだった。
彼と彼女が一緒にいるだけでそこに溢れる、優しい陽だまりのような、暖かな空気が、大好きだった。
お願いです、神様。
何にだって、何遍だって祈るから。
彼女を、彼から取り上げないで。
僕らから、彼女を取り上げないで。
お願いです、神様。
何にだって、何遍だって祈るから。
お願い、僕の祈りを、
此処にいる皆の願いを聞き遂げて―――――――。
僕は、何度も何度も何度も、繰り返し祈り続けた。
可愛かった、そうまるで小さな妹のようだった彼女への、永遠に変わらぬ思いを込めて。
繰り返し、繰り返し、祈り続けた。
(NEXT⇒全部あなたに繋がっていた)
「どうして……」
それ以外、言葉が見つからなかった。
それ以上、言葉が出てこなかった。
嫌な予感めいたものは確かにあった。
あの日、デッキに佇むマリアを見たときから、ずっと。
月の光に同化してマリアが消えちゃうんじゃないかと思ったあの時から、ずっと。
マリアが、どっか遠くに、アトレイユなんかよりずっと遠くに、消えて、いなくなってしまうような、そんな気が、ずっとしてた。
なのに。
どうして。
ゼルダさんの部下の人から、マリアが軍事病院に運ばれたと連絡があって。
駆けつけた先で、ゼルダさんから、マリアの容態を聞いて。
ガラスの向こうにいる、ファルコとマリアを実際に見て。
それでも、これが現実だって、どうしても認識できない。
まるで悪い夢を見ているようで。
悪夢のその最中を漂っているような、酷く非現実的な、落ち着かない浮遊感みたいなものがドロドロと纏わりついてくる。
ドサッと、重たい音と一緒に、スレイがその場に倒れるように、膝を付いて座り込む。
アンナがスレイに駆け寄って、腕を伸ばす。
ゼルダさんは、黙って立ったまま、ICUの中の二人を見つめている。
頭が割れそうなくらい、ガンガンする。
吐き気がして、思わず、口を覆った。
どうして。
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。
そればかりが頭の中で、グルグルして、どうしようもなく吐き気がして。
トイレに駆け込んで、それからのことはあまり覚えていない。
気がついたら、アンナが僕の背中をさすっていて。
立ち上がれない僕に肩を貸してくれながら、「信じよう」と一言だけ言った。
そうやってアンナに肩を抱かれて歩きながら、僕はただ、ぼんやりと、三年前のあの時のことを思い出していた。
三年前、マリアが半年間の眠りについたあの時。
あの時も、今と同じように、マリアはICUのガラスの向こうにいて。
小さな体に管をいっぱい繋げられて、白い顔で、両目を閉じていて。
元々色が白いから、それが通常なのかもしれないけど、動かない目や口のせいか、普段よりずっと白く感じて、酷く儚いもののように見えて。
ガラス越しにじっと、そんなマリアを見ていたファルコの、きつく組み合わされた手が、静かに震えていたのを、覚えている。
あの時と違って、ファルコはガラスの向こうで、マリアのすぐ傍に座っている。
すぐ傍で護るようにじっと、マリアを見ている。
僕からはその背中しか見えないけど、でも、きっと、その手は、あの時と同じように静かに震えているのだろう。
ねぇ、どうして?
どうして、マリアばかり、こんな辛い目に遭わなきゃいけないの?
どうして、ファルコばかり、こんな辛い思いしなきゃいけないの?
どうして、
どうして、僕は、何も出来ないの?
あの時も今も、いつも、いつも、信じる以外、二人のために何もしてやれないの?
どうして。
どうしてなの?
答えてよ。神様。
どれくらい時間が経ったのか。
時間の感覚どころか、ありとあらゆる感覚が失われて、もう二度と何も分からないような気がする。
廊下のベンチに座ったまま、スレイもアンナも僕も、誰も一言も声を発さずにいた。
発せずにいた。
ふと気づけば、明るい静かな光が、廊下を照らしていた。
重たい頭を持ち上げてぼうっとした意識の中、背後の窓を見れば、いつのまにか、空には月が昇っていた。
煌々と夜空に浮かぶ、綺麗な満月。
あぁ、そうか。今日は十五夜で。中秋の名月と、旧世界の人達が呼んだ、一年で一番月が綺麗な晩。
ねぇ、月が綺麗だよ、マリア。
こういう日こそ、空を見なくちゃ。
起きて、一緒に月を見ようよ、マリア。
ねぇ、起きて。
ねぇ、マリア―――――……。
いつだって元気一杯に、ぴょんぴょん跳ね回っていた。
いつだってうっとりとした柔らかな顔で、空を眺めていた。
いつだって彼の傍で、心底嬉しそうにして、笑っていた。
そんな彼女を見るのが、好きだった。
そんな彼女を見ている彼を見るのが、好きだった。
彼と彼女が一緒にいるだけでそこに溢れる、優しい陽だまりのような、暖かな空気が、大好きだった。
お願いです、神様。
何にだって、何遍だって祈るから。
彼女を、彼から取り上げないで。
僕らから、彼女を取り上げないで。
お願いです、神様。
何にだって、何遍だって祈るから。
お願い、僕の祈りを、
此処にいる皆の願いを聞き遂げて―――――――。
僕は、何度も何度も何度も、繰り返し祈り続けた。
可愛かった、そうまるで小さな妹のようだった彼女への、永遠に変わらぬ思いを込めて。
繰り返し、繰り返し、祈り続けた。
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