12.【 色を失くした世界の隅っこで 】 (マリア)
ぐちゃり。と、内臓を握り潰されたかのような痛みに、思わず息を止め、ぎゅっと歯を食いしばる。
定期的に襲ってくる激痛は、昨日から更に酷さを増してしまった。恐らく、船に戻った際に、無理して食事を取ったのがいけなかったのだろう。当たり前だ。内臓が殆ど機能しなくなっているときに、普通の人と同じ食べ物を摂取して無事で済むわけがない。
昨日、機動隊隊舎に用意してもらった部屋に帰るなり、倒れてしまった私を見て、ラビは「なんて無茶するんだよ!」と、真剣に怒っていた。あんなに怒ったラビを見たのは初めてかもしれない。だけど、ラビには申し訳ないけど、後悔はない。最後にみんなの笑顔が見れたのだから。
これでまた一つ踏ん切りがついて、覚悟が出来た。この痛みがその代価ならば、惜しくはない。
やっと、痛み止めが効を成してきたのか、少しだけマシになった痛みに、少しずつ、呼吸を再開させる。その振動すら、お腹に響くようで、ゆっくりと恐る恐る、吸ったり吐いたりを繰り返す。
そうしてやっと顔を上げられるようになった頃、硬くなった筋肉に無理をかけないよう、そろそろと時計を見れば、夕方四時半時近くだった。
そろりと、隣続きの部屋のほうを見やって、そこにいるだろうラビの気配を探る。
日の光を全身に浴びると、たちまち火脹れが出来て命さえ危なくなってしまうラビは、こっちに来てもアトレイユにいた頃と同じように昼夜が逆転した生活を送っている。つまり、ラビにとっては、午後四時は午前四時みたいなもので、今も眠っているらしく、気配は静かで落ち着いていた。
どうしようか迷ったけれど、言われた通りこうしてじっとしていると余計、ギリギリと軋むような間接の痛みが増すようで、辛い。シューちゃんから、あまり出歩くなと釘を刺されたけど、モジャモジャがくれた通信装置兼発信機があるから、こっちの居場所はすぐに分かるだろうし、ラビも、ここにいる限りは安心だ。
廊下で見張っているアトレイユの特殊部隊の人達に気づかれないように、窓からそっと、静かに抜け出した。
どうしても、最後に行っておきたい場所があった。
私の秘密のお気に入りスポット。と言っても、ただの国道沿いの歩道に設置された何の変哲もない、ベンチなのだけど。
この近くに、ファミレスや焼肉屋さんなんかが集まっている大きなフードセンターがあって、そこを目的とする人達がよくこの道を利用する。日曜日の夕方ともなると、お父さんとお母さんと子供、と言った絵に描いたような家族連れの姿を何組も目にすることが出来る。
はしゃぐ子供に、優しく笑うお父さんやお母さん。楽しげな話し声に、明るい笑い声。繋がれた手。
私はそれを見るのが、好きだった。
日曜日の夕方には決まってここに来て、一人ベンチに座って、幸福そうな家族を何組も何組も、飽きることなく、日が暮れるまで眺めていた。
きっと、幼心に憧れていたのだろう。私には、最初からないもの、だったから。
勿論、スレイやトゥルーやアンナちゃんを家族のように思う気持ちに嘘はない。スレイは私の中でマミーだし、トゥルーはお兄ちゃんで、アンナちゃんはお姉ちゃん。みんな大好きだし、みんなが私に与えてくれた愛情はとても言葉では言い表せないほどだ。
けれども、そういう思いとはまた別のところで、私は『家族』というものにずっと憧れを抱いていた。
それはきっと理屈ではなく、本能に近い感情だったのだろう。
念のために飴玉を継続して舐め続けながら、ベンチに座り、少しずつ電灯が灯り始める通りを眺める。
残念ながら、今日は日曜じゃないから、家族連れの姿は少ない。それでも、楽しげに行きかう人達の群れは、それだけで、私を慰めてくれる。
目の前を通り過ぎたカップルが、一際楽しそうな笑い声を立てて、腕を組み仲良く歩いていく。
デート帰りだろうか、それとも仕事が終わって今からデートだろうか。そんなことを考えながら、遠ざかっていく二人をぼんやりと見送る。
何がどこでどう違ったら、私は―――……。
見送りながら、ふと、そんなことを考えている自分に気づいて、首を横に降った。今更考えてもどうしようもないのだ。そう自分に言い聞かせるための行動だった。けれど。
その瞬間、痛み止めをなめているのにも拘わらず、強烈な痛みが、目の奥を貫いた。
「っ!!!」
思わず小さく呻いて、ぐっと瞑った目を手で覆う。
痛い、痛い、痛い。なんだ、これは。こんな痛み、今まで感じてない。
目が痛くて、開けられない。
「…あの、大丈夫ですか?」
ややあって、上から降ってきた声に、じわじわと目を開ける。
そうして、目を開けられたことにほっとしたのも束の間、私は急激にその場で凍りついた。
「どこか具合が悪いんですか? 救急車、呼びましょうか?」
心配して覗き込んでくる親切な人の顔をマジマジと見つめる。
うそ。
ウソだ。
嘘に決まってる。こんなの、だって。だってそんな。
――――――――――っ、い や だ!!!
「あの、もしもし? 私の声、聞こえてますか?」
「………ぃ、…だいじょぶ、です……」
「でも、顔色が悪いですよ? もしよければ、どなたか家族の方に連絡しましょうか?」
「……ホントに、ダイジョブですから…。ありがとございマス……」
心配そうに言ってくるその人に、それだけ言って、何とか笑おうとしたけど、顔が引き攣って、すぐにはきちんとした笑顔が作れなかった。何度も何度も振り返っては、心配そうに去っていくその優しい人に、少し頭を下げて礼をしながらも、手が、自分のものじゃないみたいに、ブルブル震えて止まらない。
車道のアスファルトも、歩道の煉瓦も、街路樹も、電灯も、行き交う人の服の色も、髪の色も。
あの親切な人が心配そうに覗き込んできたその瞳の色も、何もかも。
目に映るものすべて、白黒で。
どこか縋るように、恐々と見上げた薄黒い空に浮かぶ、歪な月のその異様な白さに。
あの瞬間、私の目から、色覚が失われてしまったことを――――。
その事実を、震える手もそのままに、一人、呆然と、認めた。
「…っ…う…く…っ…」
まったく予想出来なかったことじゃない。体中のすべての器官に種が寄生しているのだから、種がダメになれば、その器官だってダメになると分かっていた。
何も目が見えなくなったわけじゃなし、色が見えないくらい、まだ大したことじゃない。そうだ、大したことじゃない、これくらい。
そう何度も言い聞かせているのに、零れ出す涙を止めることが出来ない。
怖い、と。
いやだ、と。
そう、思ってしまった。
あの瞬間、恐怖に竦んで凍りついてしまったほど、『死』を怖いと思ってしまった。
色を失ったと知った瞬間に、『死』が本格的に形を成して。
こうやって一つずつ身体の器官がダメになっていって、もうすぐ私は死ぬのだと、悟った途端、その事実が一気に現実の恐怖に変わった。
痛みなら、いくらでも我慢しようと思った。のた打ち回りそうな痛みだって、必死に耐えた。なのに。
持ってはいけない感情だと知っていたのに。
必死に押さえ込んでいた、のに。
死ぬのが怖いと、思ってしまった。
死にたくないと、思ってしまった。
ぼろぼろと止め処なく零れては落ちる涙に答えを知る。
結局私は、覚悟なんて、何も出来ていなかったのだ。
世界から色が消えただけで、こんなにうろたえるほど。
身体から一つの機能が失われただけで、こんなに怯えるほど。
もう目前まで、その時は来ているというのに。
「………ファルコ………」
どれくらい、そうしていたか分からない。気がつけば、もう涙は止まって、乾いていた。頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられない。ぼうっとした意識の中、ふと、帰らなきゃと、思う。そう思った傍から、だけど帰るって、どこへ?と、思う。
どこに帰る必要があるというのだろう、今更。
もうすぐ、死ぬのに。
死ななきゃいけないのに。
ベンチの上で一人、膝を抱えて座る。
ベルトにつけた小さな鞄が、ベンチに当たって音を立てた。中の飴玉がごろごろ動く。
ああ、そうだ。飴を舐めなきゃ。でも、なんで?
もうじき死ぬのに、なんで、そんなことをする必要があるの?
軽い足音にぼんやりと顔を上げると、小さな男の子が笑いながら、目の前を走り抜けていった。
その後を、お母さんが「危ないから止まりなさい」と、追いかけていく。
二人の後ろから来るのは、お父さんなのだろう。優しい顔で笑ってる。笑って、二人を見ている。
私だって。
私だって、あれが欲しかった。
お父さんとお母さんに囲まれて、その間で笑って、手を繋いだりして歩いてみたりしたかった。
子供の頃、ここに来るたび、ここで幸福を絵に描いたような家族を見るたびに、込み上げる羨ましさに一人、唇を噛み締めた。
私には最初から用意されていなかった愛情が、そこに溢れていたから。
それでも、どんなに悔しくても、哀しくても、求めずにはいられなかった。
まだ形にもなっていなかった私に、この悪魔の種を植え付けた、顔も知らない両親を。
私は、何のために、生まれてきたんだろう。
どうして、生まれてきてしまったのだろう。
ただ、種の宿主となるためだけに造られて、望んでもいない重い枷をはめられて。
大勢の人達を死に追いやって、辛い思いを沢山して、傷つけて傷ついて、苦しめて苦しんで。
誰より愛してくれた人の人生を、取り上げて捻じ曲げて台無しにして。
誰より愛した人の人生に、永遠に消えることのない傷を刻みつけて。
挙句、こんなもののために、死んでいくのなら―――――。
生まれてきた意味など、この世界のどこにも、
ない。
(NEXT⇒くだらなくて、小さくて、大事な)
ぐちゃり。と、内臓を握り潰されたかのような痛みに、思わず息を止め、ぎゅっと歯を食いしばる。
定期的に襲ってくる激痛は、昨日から更に酷さを増してしまった。恐らく、船に戻った際に、無理して食事を取ったのがいけなかったのだろう。当たり前だ。内臓が殆ど機能しなくなっているときに、普通の人と同じ食べ物を摂取して無事で済むわけがない。
昨日、機動隊隊舎に用意してもらった部屋に帰るなり、倒れてしまった私を見て、ラビは「なんて無茶するんだよ!」と、真剣に怒っていた。あんなに怒ったラビを見たのは初めてかもしれない。だけど、ラビには申し訳ないけど、後悔はない。最後にみんなの笑顔が見れたのだから。
これでまた一つ踏ん切りがついて、覚悟が出来た。この痛みがその代価ならば、惜しくはない。
やっと、痛み止めが効を成してきたのか、少しだけマシになった痛みに、少しずつ、呼吸を再開させる。その振動すら、お腹に響くようで、ゆっくりと恐る恐る、吸ったり吐いたりを繰り返す。
そうしてやっと顔を上げられるようになった頃、硬くなった筋肉に無理をかけないよう、そろそろと時計を見れば、夕方四時半時近くだった。
そろりと、隣続きの部屋のほうを見やって、そこにいるだろうラビの気配を探る。
日の光を全身に浴びると、たちまち火脹れが出来て命さえ危なくなってしまうラビは、こっちに来てもアトレイユにいた頃と同じように昼夜が逆転した生活を送っている。つまり、ラビにとっては、午後四時は午前四時みたいなもので、今も眠っているらしく、気配は静かで落ち着いていた。
どうしようか迷ったけれど、言われた通りこうしてじっとしていると余計、ギリギリと軋むような間接の痛みが増すようで、辛い。シューちゃんから、あまり出歩くなと釘を刺されたけど、モジャモジャがくれた通信装置兼発信機があるから、こっちの居場所はすぐに分かるだろうし、ラビも、ここにいる限りは安心だ。
廊下で見張っているアトレイユの特殊部隊の人達に気づかれないように、窓からそっと、静かに抜け出した。
どうしても、最後に行っておきたい場所があった。
私の秘密のお気に入りスポット。と言っても、ただの国道沿いの歩道に設置された何の変哲もない、ベンチなのだけど。
この近くに、ファミレスや焼肉屋さんなんかが集まっている大きなフードセンターがあって、そこを目的とする人達がよくこの道を利用する。日曜日の夕方ともなると、お父さんとお母さんと子供、と言った絵に描いたような家族連れの姿を何組も目にすることが出来る。
はしゃぐ子供に、優しく笑うお父さんやお母さん。楽しげな話し声に、明るい笑い声。繋がれた手。
私はそれを見るのが、好きだった。
日曜日の夕方には決まってここに来て、一人ベンチに座って、幸福そうな家族を何組も何組も、飽きることなく、日が暮れるまで眺めていた。
きっと、幼心に憧れていたのだろう。私には、最初からないもの、だったから。
勿論、スレイやトゥルーやアンナちゃんを家族のように思う気持ちに嘘はない。スレイは私の中でマミーだし、トゥルーはお兄ちゃんで、アンナちゃんはお姉ちゃん。みんな大好きだし、みんなが私に与えてくれた愛情はとても言葉では言い表せないほどだ。
けれども、そういう思いとはまた別のところで、私は『家族』というものにずっと憧れを抱いていた。
それはきっと理屈ではなく、本能に近い感情だったのだろう。
念のために飴玉を継続して舐め続けながら、ベンチに座り、少しずつ電灯が灯り始める通りを眺める。
残念ながら、今日は日曜じゃないから、家族連れの姿は少ない。それでも、楽しげに行きかう人達の群れは、それだけで、私を慰めてくれる。
目の前を通り過ぎたカップルが、一際楽しそうな笑い声を立てて、腕を組み仲良く歩いていく。
デート帰りだろうか、それとも仕事が終わって今からデートだろうか。そんなことを考えながら、遠ざかっていく二人をぼんやりと見送る。
何がどこでどう違ったら、私は―――……。
見送りながら、ふと、そんなことを考えている自分に気づいて、首を横に降った。今更考えてもどうしようもないのだ。そう自分に言い聞かせるための行動だった。けれど。
その瞬間、痛み止めをなめているのにも拘わらず、強烈な痛みが、目の奥を貫いた。
「っ!!!」
思わず小さく呻いて、ぐっと瞑った目を手で覆う。
痛い、痛い、痛い。なんだ、これは。こんな痛み、今まで感じてない。
目が痛くて、開けられない。
「…あの、大丈夫ですか?」
ややあって、上から降ってきた声に、じわじわと目を開ける。
そうして、目を開けられたことにほっとしたのも束の間、私は急激にその場で凍りついた。
「どこか具合が悪いんですか? 救急車、呼びましょうか?」
心配して覗き込んでくる親切な人の顔をマジマジと見つめる。
うそ。
ウソだ。
嘘に決まってる。こんなの、だって。だってそんな。
――――――――――っ、い や だ!!!
「あの、もしもし? 私の声、聞こえてますか?」
「………ぃ、…だいじょぶ、です……」
「でも、顔色が悪いですよ? もしよければ、どなたか家族の方に連絡しましょうか?」
「……ホントに、ダイジョブですから…。ありがとございマス……」
心配そうに言ってくるその人に、それだけ言って、何とか笑おうとしたけど、顔が引き攣って、すぐにはきちんとした笑顔が作れなかった。何度も何度も振り返っては、心配そうに去っていくその優しい人に、少し頭を下げて礼をしながらも、手が、自分のものじゃないみたいに、ブルブル震えて止まらない。
車道のアスファルトも、歩道の煉瓦も、街路樹も、電灯も、行き交う人の服の色も、髪の色も。
あの親切な人が心配そうに覗き込んできたその瞳の色も、何もかも。
目に映るものすべて、白黒で。
どこか縋るように、恐々と見上げた薄黒い空に浮かぶ、歪な月のその異様な白さに。
あの瞬間、私の目から、色覚が失われてしまったことを――――。
その事実を、震える手もそのままに、一人、呆然と、認めた。
「…っ…う…く…っ…」
まったく予想出来なかったことじゃない。体中のすべての器官に種が寄生しているのだから、種がダメになれば、その器官だってダメになると分かっていた。
何も目が見えなくなったわけじゃなし、色が見えないくらい、まだ大したことじゃない。そうだ、大したことじゃない、これくらい。
そう何度も言い聞かせているのに、零れ出す涙を止めることが出来ない。
怖い、と。
いやだ、と。
そう、思ってしまった。
あの瞬間、恐怖に竦んで凍りついてしまったほど、『死』を怖いと思ってしまった。
色を失ったと知った瞬間に、『死』が本格的に形を成して。
こうやって一つずつ身体の器官がダメになっていって、もうすぐ私は死ぬのだと、悟った途端、その事実が一気に現実の恐怖に変わった。
痛みなら、いくらでも我慢しようと思った。のた打ち回りそうな痛みだって、必死に耐えた。なのに。
持ってはいけない感情だと知っていたのに。
必死に押さえ込んでいた、のに。
死ぬのが怖いと、思ってしまった。
死にたくないと、思ってしまった。
ぼろぼろと止め処なく零れては落ちる涙に答えを知る。
結局私は、覚悟なんて、何も出来ていなかったのだ。
世界から色が消えただけで、こんなにうろたえるほど。
身体から一つの機能が失われただけで、こんなに怯えるほど。
もう目前まで、その時は来ているというのに。
「………ファルコ………」
どれくらい、そうしていたか分からない。気がつけば、もう涙は止まって、乾いていた。頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられない。ぼうっとした意識の中、ふと、帰らなきゃと、思う。そう思った傍から、だけど帰るって、どこへ?と、思う。
どこに帰る必要があるというのだろう、今更。
もうすぐ、死ぬのに。
死ななきゃいけないのに。
ベンチの上で一人、膝を抱えて座る。
ベルトにつけた小さな鞄が、ベンチに当たって音を立てた。中の飴玉がごろごろ動く。
ああ、そうだ。飴を舐めなきゃ。でも、なんで?
もうじき死ぬのに、なんで、そんなことをする必要があるの?
軽い足音にぼんやりと顔を上げると、小さな男の子が笑いながら、目の前を走り抜けていった。
その後を、お母さんが「危ないから止まりなさい」と、追いかけていく。
二人の後ろから来るのは、お父さんなのだろう。優しい顔で笑ってる。笑って、二人を見ている。
私だって。
私だって、あれが欲しかった。
お父さんとお母さんに囲まれて、その間で笑って、手を繋いだりして歩いてみたりしたかった。
子供の頃、ここに来るたび、ここで幸福を絵に描いたような家族を見るたびに、込み上げる羨ましさに一人、唇を噛み締めた。
私には最初から用意されていなかった愛情が、そこに溢れていたから。
それでも、どんなに悔しくても、哀しくても、求めずにはいられなかった。
まだ形にもなっていなかった私に、この悪魔の種を植え付けた、顔も知らない両親を。
私は、何のために、生まれてきたんだろう。
どうして、生まれてきてしまったのだろう。
ただ、種の宿主となるためだけに造られて、望んでもいない重い枷をはめられて。
大勢の人達を死に追いやって、辛い思いを沢山して、傷つけて傷ついて、苦しめて苦しんで。
誰より愛してくれた人の人生を、取り上げて捻じ曲げて台無しにして。
誰より愛した人の人生に、永遠に消えることのない傷を刻みつけて。
挙句、こんなもののために、死んでいくのなら―――――。
生まれてきた意味など、この世界のどこにも、
ない。
(NEXT⇒くだらなくて、小さくて、大事な)