令和5年度第1回の古道歩きは天候不順のために実施できませんでしたので、この5月が今年度最初の古道歩きとなりました。
今回は新しいメンバーさんを迎えて歩く記念すべき回です。レジャーとしてはマイナーな古道歩きですが、楽しく歩けたら幸いです。
メンバーの皆様、新しいお仲間をどうぞよろしくお願いします。
さて5月の古道歩きのテーマは「下田市椎原の里山と野仏の道を歩く」です。日常の生活で使っている里道には、昔から大切にされてきた野仏が人々の暮らしを静かに見守っています。そんな郷土の姿を見ながら歩いて、心身をリフレッシュさせよう、というのが今回の願いです。
出発点の下田市立稲梓小学校に集まったのは8名。今年はどんな古道を歩くのかと、目を輝かせておられるメンバーさんたちです。
学校坂を下って最初に見学したのは、小学校の丘の麓にある「奉請馬頭大日両師尊」と彫られた江戸時代の石塔です。
空き地の中にぽつんと立っていますが、農地と山裾との間にあることと、すぐそばに細い用水路があることから、現在の市道と離れてはいてもここにかつて道が通っていたことが分かります。
T先生は、いつも石造物への関心をもって見学なさいます。私としましては案内するにも張り合いが出ますので、うれしいことです。
次は学校下の村みちを西に歩いて、野仏を訪ねます。
三叉路の脇に祀ってあるのは、いわれの分からない石仏です。どことなく弘法大師様の石造に似た、丸彫単座像の野仏です。摩滅が進んでいるので、お顔や衣装がはっきりしないのが残念です。
さあ、道を歩きましょう。お寺様の参道入り口に並んでいるのは、庚申塔などの石造物です。
その中に「宝筐印陀羅尼塔」と彫られた中型の石塔がありました。←実は下見の時に気が付いていたのですが。
宝筐院陀羅尼経を収めてあるのは、普通なら宝篋印塔です。でもここにある石塔は、宝筐印陀羅尼塔です。
案内人はこんな石塔を見たことがないので、どんな由来があるのか、知りたくなりました。石造物に詳しい人を探してに聞いてみます。
さて、稲梓の椎原には日当たりが良くて坂道のない里道が続いています。畑にはスイカの苗が植えられ、田んぼには稲の苗が並んでいます。こういうところを歩いていると、ホントに伊豆の里に暮らす幸せを感じます。←私だけかも?
無人販売が成り立つのは、正直な人たちが暮らす里だからでしょうね。
しばらく歩くと、椎原と北湯ヶ野の境にサイの神様がありました。ちゃんと用水路を跨ぐための鉄板が渡してあるので、草むしりなどのお世話をしている人がいるのでしょう。
歩きながらの楽しみの一つは、道端の草花を愛でることです。スイカズラの花を引き抜いて甘い蜜を吸う遊び、皆さんも子どもの頃にやったことがありませんか? 童心に戻って「あまーい。」と喜ぶ私たちでした。
里山の道は椎原から北湯ヶ野へと入り、滑川橋を渡って横川へと歩きます。辺りは田植えが終わって、昔からの里山の風景が見られました。
ここで問題! 民家の石垣に作られた、このアーチをもつ穴みたいのは、何でしょうか?
案内人鈴木が長いこと疑問に思っていたこの穴の正体を、稲梓の歩く生き字引である宮川先生が教えてくれました。
「これは湧水を溜める水飲み場で、昔はあちこちに作ってあったんですよ。夏の暑い日、学校帰りや畑仕事から帰る人が『水くださーい。』と近くの家に頼みにいかなくても、こういう水溜めから好きに飲んでいいように作ってあったんですよ。今は道が高い位置にあるから穴が低くなっているけど、昔はもっと高いところにあったんです。」
そうなんですねー。たいへん勉強になりました。
それからみんなで神明神社を訪ねてお参りしました。なぜか南伊豆町青市の石工さんが作った石灯籠がありました。
境内には建物があるのですが、「この新明神社は稲梓で最後まで三番叟を舞っており、あの建物はそれを披露していた舞台です。」と宮川先生に教えていただきました。いまはどこの地区でも三番叟を踊らなくなり淋しいですが、演ずる地区の方々は大変なので、仕方ないのだと思いました。
次いで北湯ヶ野の念仏塔やサイの神を見学して休憩し、いよいよ横川に入りました。
稲葉隊員からもらったニューさまーオレンジがおいしかったです。
横川では、県道15号線で見られる石造りの隧道を見ました。横川の水を通しているこの隧道は低い位置にあるので、「今の道路はかさ上げして高い位置にあるんだろうね。」と、鋭い観察眼を見せるメンバーさんたちでした。
横川の信号で南に折り返し、おふくろまんじゅうの店に寄って休憩しました。ここの売店ではいつも温かいお茶をだしてくれるのがありがたいです。
この辺りで空が曇ってきて、雨粒がぽつぽつ落ちてきたので、先を急ぎました。
相玉のセントラルホテル駐車場入り口に立っているのは、大正年間に立てられた「蓮台寺近道」と刻まれた道標です。外岡隊員が熱心に観察しておられました。素晴らしい探究心だと思います。
下田市立稲梓小学校の校歌に歌われている大平山を遠くに眺め、昔話を語るメンバーさんたちでした。
残念ですが時間が足りなくなりましたので、龍門院やその近くの古道を訪ねるのはやめて、スタート地点に戻ってお弁当を食べました。
もっと早く帰ってくる予定でいましたが、昼食は13時からとなりました。すみませんでした。
次回の古道歩きは6月18日(土)予備日19日(日)です。下田市須崎のゆるい古道を歩く計画を立てていますので、メンバーさんはご参加をお願いします。
今回は新しいメンバーさんを迎えて歩く記念すべき回です。レジャーとしてはマイナーな古道歩きですが、楽しく歩けたら幸いです。
メンバーの皆様、新しいお仲間をどうぞよろしくお願いします。
さて5月の古道歩きのテーマは「下田市椎原の里山と野仏の道を歩く」です。日常の生活で使っている里道には、昔から大切にされてきた野仏が人々の暮らしを静かに見守っています。そんな郷土の姿を見ながら歩いて、心身をリフレッシュさせよう、というのが今回の願いです。
出発点の下田市立稲梓小学校に集まったのは8名。今年はどんな古道を歩くのかと、目を輝かせておられるメンバーさんたちです。
学校坂を下って最初に見学したのは、小学校の丘の麓にある「奉請馬頭大日両師尊」と彫られた江戸時代の石塔です。
空き地の中にぽつんと立っていますが、農地と山裾との間にあることと、すぐそばに細い用水路があることから、現在の市道と離れてはいてもここにかつて道が通っていたことが分かります。
T先生は、いつも石造物への関心をもって見学なさいます。私としましては案内するにも張り合いが出ますので、うれしいことです。
次は学校下の村みちを西に歩いて、野仏を訪ねます。
三叉路の脇に祀ってあるのは、いわれの分からない石仏です。どことなく弘法大師様の石造に似た、丸彫単座像の野仏です。摩滅が進んでいるので、お顔や衣装がはっきりしないのが残念です。
さあ、道を歩きましょう。お寺様の参道入り口に並んでいるのは、庚申塔などの石造物です。
その中に「宝筐印陀羅尼塔」と彫られた中型の石塔がありました。←実は下見の時に気が付いていたのですが。
宝筐院陀羅尼経を収めてあるのは、普通なら宝篋印塔です。でもここにある石塔は、宝筐印陀羅尼塔です。
案内人はこんな石塔を見たことがないので、どんな由来があるのか、知りたくなりました。石造物に詳しい人を探してに聞いてみます。
さて、稲梓の椎原には日当たりが良くて坂道のない里道が続いています。畑にはスイカの苗が植えられ、田んぼには稲の苗が並んでいます。こういうところを歩いていると、ホントに伊豆の里に暮らす幸せを感じます。←私だけかも?
無人販売が成り立つのは、正直な人たちが暮らす里だからでしょうね。
しばらく歩くと、椎原と北湯ヶ野の境にサイの神様がありました。ちゃんと用水路を跨ぐための鉄板が渡してあるので、草むしりなどのお世話をしている人がいるのでしょう。
歩きながらの楽しみの一つは、道端の草花を愛でることです。スイカズラの花を引き抜いて甘い蜜を吸う遊び、皆さんも子どもの頃にやったことがありませんか? 童心に戻って「あまーい。」と喜ぶ私たちでした。
里山の道は椎原から北湯ヶ野へと入り、滑川橋を渡って横川へと歩きます。辺りは田植えが終わって、昔からの里山の風景が見られました。
ここで問題! 民家の石垣に作られた、このアーチをもつ穴みたいのは、何でしょうか?
案内人鈴木が長いこと疑問に思っていたこの穴の正体を、稲梓の歩く生き字引である宮川先生が教えてくれました。
「これは湧水を溜める水飲み場で、昔はあちこちに作ってあったんですよ。夏の暑い日、学校帰りや畑仕事から帰る人が『水くださーい。』と近くの家に頼みにいかなくても、こういう水溜めから好きに飲んでいいように作ってあったんですよ。今は道が高い位置にあるから穴が低くなっているけど、昔はもっと高いところにあったんです。」
そうなんですねー。たいへん勉強になりました。
それからみんなで神明神社を訪ねてお参りしました。なぜか南伊豆町青市の石工さんが作った石灯籠がありました。
境内には建物があるのですが、「この新明神社は稲梓で最後まで三番叟を舞っており、あの建物はそれを披露していた舞台です。」と宮川先生に教えていただきました。いまはどこの地区でも三番叟を踊らなくなり淋しいですが、演ずる地区の方々は大変なので、仕方ないのだと思いました。
次いで北湯ヶ野の念仏塔やサイの神を見学して休憩し、いよいよ横川に入りました。
稲葉隊員からもらったニューさまーオレンジがおいしかったです。
横川では、県道15号線で見られる石造りの隧道を見ました。横川の水を通しているこの隧道は低い位置にあるので、「今の道路はかさ上げして高い位置にあるんだろうね。」と、鋭い観察眼を見せるメンバーさんたちでした。
横川の信号で南に折り返し、おふくろまんじゅうの店に寄って休憩しました。ここの売店ではいつも温かいお茶をだしてくれるのがありがたいです。
この辺りで空が曇ってきて、雨粒がぽつぽつ落ちてきたので、先を急ぎました。
相玉のセントラルホテル駐車場入り口に立っているのは、大正年間に立てられた「蓮台寺近道」と刻まれた道標です。外岡隊員が熱心に観察しておられました。素晴らしい探究心だと思います。
下田市立稲梓小学校の校歌に歌われている大平山を遠くに眺め、昔話を語るメンバーさんたちでした。
残念ですが時間が足りなくなりましたので、龍門院やその近くの古道を訪ねるのはやめて、スタート地点に戻ってお弁当を食べました。
もっと早く帰ってくる予定でいましたが、昼食は13時からとなりました。すみませんでした。
次回の古道歩きは6月18日(土)予備日19日(日)です。下田市須崎のゆるい古道を歩く計画を立てていますので、メンバーさんはご参加をお願いします。