小指ほどの鉛筆

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359.また明日(SRX)ヒジカズ 2

2013年02月20日 17時04分05秒 | ☆小説倉庫(↓達)
ドアを閉めて座り込む。自室に戻ったカズキは、思いの他大ダメージを喰らったメンタルと共に、噛みつかれた唇が痛くて顔を伏せた。
毎晩の日課にしているアロマキャンドルを焚く気力もない。
まさかヒジリが実力行使に出るとは思わなかった。思い余って暴走してしまうようなタクトとはまた別の、純粋な青年だと思っていたのに。
若いって怖い。数歳も違わないヒジリに対してそんなことを思うのは、少し筋違いかもしれないが。
それにしても、明日はどんな顔で彼に会えばいいのだろう。
とりあえず取り繕って逃げ出すことには成功したが、彼がそんなことでめげるような相手ではないと、教官であるアキラへの態度でもよくわかる。
恥ずかしさで頭が爆発しそうだ。
自棄になっても投げ出せないキーボードを、緩慢な動きでセットする。
ついさっき作ったばかりの、ヒジリのための曲。結局は自分のための曲になるのだろうが、今はその気持ちも辛い。
自分の指が奏でる曲が美しいと感じるのは、彼の愛の歌が本当に素直で綺麗だったからなのだ。
その気持ちを今更否定などできない。海辺の真剣な顔のヒジリが浮かんできては、返事を先延ばしにするズルイ自分が、本当に嫌でたまらない。
机の上に乱雑に広げられた楽譜の中からカズキは迷わずヒジリの楽譜を引き抜くと、もう何度も頭の中で廻らせては頬を緩めたあの曲に、どうにかして自分で歌詞をつけられないものかと模索した。
メンバーからは曲のセンスはいいのに歌詞は壊滅的にダメだと眉をひそめられるが、これくらいストレートに壊れた表現の方が、なんとなく自分というものを表せるような気がして気分がいい。
他の人たちは、そうではないのだろうか。なにせ自分は本能的に音楽を愛してしまったものだから、理屈というものがよくわからない。
だからなのだろうか。ヒジリの曲に歌詞をつけたところで、所詮はカズキの想像の中でしかないヒジリの想いを、どうして言葉にできよう。
ましてや自分を想って作られた曲を、自己卑下も無しに完成などできようか。
ヒジリの想いはヒジリが自分で決める。
その対象が教官であるアキラであっても自分であっても、そうであってほしい。
いつも何かに駆り立てられるようにして戦うヒジリが、いったい何を失って何を得ようとしているのか分からなかった。
それでもいつかはその表情が穏やかになるように、もちろん相方のエピフォンまでとは言わないが、少しでも自分のために生きていけるようにと、願っていたのは確かなのだ。
「ヒジリ…ユーが何を背負ってるのか、ミーにはドントに理解できないよ…」
それは時に自分以上の奇行をしでかす彼に対しての、少しの羨望であったのかもしれないが。

次の日、ヒジリは目覚めと共に自分が見ている光景が、夏の暑さが見せる蜃気楼か幻か、はたまた夢であろうと疑りながら目をこすった。
「オチャヅケチャッチャは今日もベリーキュートに可愛いね。マイベストパートナーのリッケンバッカーには、モチコースに劣るけど…っと、オゥ!ツリーを悪くしないでくれよ、だけどバッド!ヒジリンリンはユーをベリーに愛しているからね」
人の部屋の中で朝から愛猫とたわむれているこの男は、昨日気まずくなって部屋へ逃げ帰ったはずではなかったか?
「何してんだよカズキ…」
のろのろと起き上がったヒジリは、ベッドの上であぐらをかくと、愛猫オチャヅケの肉球をぷにぷにと両手でマッサージしながら穏やかに微笑むカズキをしばらく見つめてからため息をついた。
こういうところが彼らしいというか、無神経というかなんというか…
ヒジリの声にパッと顔を明るくして振り向いたカズキは、オチャヅケを抱えたまま嬉しそうにベッドを背にしてもたれかかる。
「やっとウェイクアップしたのかい?ミーは待ちくたびれてドリーミングドラミングだよ。ヒロは今日もベリーに早起きだったのにね」
「なに?ヒロと会ったわけ?」
「ついさっきね」
「全然待ってねぇんじゃん…」
なんなのだこの男は。鉄の心臓でも持っているのか?
「つーか、よく俺の部屋来る気になったよな…なに?ついに覚悟決めちゃった?」
茶化したヒジリの笑みに、カズキは参ったように少し笑ってから、すぐに至極真面目な顔つきになった。
仲間内ではなかなかお目にかかれない貴重な表情に、ヒジリはゴクリと喉を鳴らす。オチャヅケが身じろぎして逃げ出したのを目で追っている間に、カズキは口を開いた。
「イエスタデイは、ミーもフロー・ストーンがヘッドにヒット…流石に驚いたけれどね。バッド、それでもヒジリがベリーに必要だったのさ」
「どういう意味だよ?」
カズキは常に手帳などを仕舞っているレザーパンツのポケットから一枚の紙を取り出すと、それをベッドの上に広げて見せた。
そこには丁寧に綴られた音符が連なっていたが、歌詞を書くように空けてあるスペースには何度も消しゴムで消した跡がある。
カズキは五線譜に曲を綴っていくのがとても速い。そしてインスピレーションを大切にするから、ボールペンなどを使っている姿をよく見る。
鉛筆で書きながら何度も試行錯誤したのだろう歌詞は、ぶっ飛んだ思考のカズキにも到底思いつかないような、何かの要素が必要であるようだった。
「ヒジリのミュージックにミーがワードをつけるなんて、ドントに考えられないことだったのさ」
自分ではあの曲に歌詞をつけることができない。けれどもあんな綺麗な曲を、自分だけのものにするのはもったいない。
カズキの考えていることがヒジリにはよく理解できたが、けれどもそれがジリジリと焼くような嫉妬にまみれて煤けていく。
音楽のためなら自分だって犠牲にするような男だ。その一片でも自分に関心が向けばいいのに。
「ビコーズ、ワードを考えシンクしてくれるかい?」
その笑みは、それと知らずに俺を突き放していく残酷なものだ。
ヒジリは拾い上げた譜面を眺めながら、真剣に頼み込んでいるのだろうカズキの言葉を思い返していた。
カズキ語は相変わらず分からないことが多いが、カズキへのラブソングをカズキ自身が作ることができないというのは、なるほど納得がいく。
「わぁーったよ。書きゃいいんだろ?」
「リアリーに本当かい!?ベリーベリー嬉しいよ!!」
「た・だ・し!!」
「ホワッツ?」
ビシッと指を突き立てたヒジリに、カズキはきょとんとしている。
そういう表情があざといのだとどうして気が付かないのか。ヒジリは悶々とするのだが、ここで辛抱を切らしては全てが台無しだ。
そもそも、歌で振り向かせようとしたのは自分のはずなのに。
「ラブソングってのは、相手がいねぇと詠えないだろ?」
伸ばした手がカズキに辿り着く前に、屈託のない笑みに阻まれた。
「ヒジリンはスイートボーイだね。モチコース傍にいるさ」
これで満足かい?とでも言うように、カズキの唇が薄く引き延ばされた。
長い脚を遠慮なく床に伸ばして、部屋の隅にいたオチャヅケを誘う。ふにふにとした肉球が膝を押してくるのを愉快そうに眺めている様子は、一人遊びが好きなカズキらしい。
一方ヒジリは渡された譜面とにらめっこしながら、昨日カズキが奏でてくれたメロディーを思い出しながら言葉を綴った。
引き出しに入ったままあまり使われることのないシャープペンをとりだすと、ベッドに転がったまま鼻歌交じりに思ったままを書きだしていく。
傍らに想い人がいることが、こんなに幸せだなんて知らなかった。
自分はいつまでも世界に拒絶されたまま、独りでもがき続ける他ないのだと思っていたから。
だからたまたま憂さ晴らしに歌っていためちゃくちゃな歌をこれまた偶然通りかかったカズキに聞かれたとき、これ以上ないほど恥ずかしかった。
けれどもカズキが見せた驚きでも皮肉でもない表情は、ヒジリを優しく包み込んだまま逃さない。
自分の声を綺麗だと言ってくれるエピフォンと、そのエピフォンと仲良くなったらしくよくついてくるようになったリッケンバッカー、そしてやはり音楽に魅せられてやってきたカズキ。
タクトの声が好きだと言うくせに、自分が少し音に乗せて言葉を発しただけでこれだ。だから、軽率な男だと思っていた。
けれどもそうでないことは、すぐに分かったのだ。いつもうるさいだけの男が、サブスタンスたちと共に静かに歌に聞き入っている。
時々うっとりとまどろむように細められる瞳の見ている先が、たとえ自分ではないとしても。長い指が持て余したように鍵盤を叩こうとするのを、自然と目で追うようになっていた。
「ヒジリは、いつからミーをそんなにラブしちゃったんだい?」
あまりにもサラリと聞かれたものだから、ヒジリは一瞬その問いを聞き流してしまうところだった。
「そういうことってさ、フツー聞くか?」
「バッドクセスチョンだったかな」
「いや…そーゆーわけじゃねぇんだけど…そーだなぁー、なんつーんだろ、やっぱり俺も、お前の音楽に惚れたのかもしんね」
「ミーのミュージックに?」
驚いた表情は新鮮で、みんながカズキの作曲センスには脱帽しているのに何をいまさら驚くことがあるのかと、どこまでも謙虚なカズキに思わず笑みもこぼれる。
「お前の音楽にさ、癒されちゃったわけ。んで、ただでさえお前イケメンなのに真面目な顔しちゃダメっしょ。マジパネェ、ズキューン!きた」
「ヒジリもなかなかエキセントリリックなスピーチをするんだね」
「まぁ…それが恋ってやつっしょ」
「恋…」
カズキはいわゆる恋というものが、いったいどんな感情であるのか分からない。
恋のように焦がれたものは確かにあった。死してもなお、守りたいものだってあった。
けれどもそれは恋なんて可愛らしいものでは決してなくて、醜いほどに泥にまみれた、精一杯の背伸びだったような気さえする。
それでも、愛やら恋やらがキラキラしていて美しいことは十分に理解できた。
それは他ならぬ教官アキラに初めてまともに教えられた事柄だったかもしれないが、今はそれ以上にはっきりと、この気持ちがそれであることが分かる。
自分を想って紡がれる言葉の、なんと甘く耽美なことか。そのメロディーがどうしてこんなに清らかなのか。
そのすべてを知ってしまえば、もう戻ることなんてできなかった。
素敵な音楽を奏でたくて、それこそが生物共通の言語であると信じた自分の、理想が目の前にあるというのに。掴まずにいられるほど、辛抱の出来る男じゃない。
いつも与えていたものを、今度は自分がもらう番になったというわけだ。
悦びに震える心臓が次の言葉と共に飛び出してしまわないようにと、細心の注意を払いながら、それでもカズキは笑みを崩さない。
そんなカズキの葛藤を知るはずもないヒジリは、まるで眩しいものを見るかのように目を細めながら、ひたすらにペンを動かしていた。
「タウン・カット出来ないよ!ワードを少しだけ教えてプリーズ?」
「あぁーーダメだって!!これは本番歌うまで教えねぇー」
「オーマイガッ!ミーを焦らすのがそんなにハッピッピーなのかい!?」
「そーじゃねぇって!こーゆーのはサプライズっしょ。覚悟しとけ、超甘ーいセリフ囁いてやんよ」
「それはベリーに楽しみだね。ミーはABで鯛を釣った気分だよ。ビッグシップでシープを数えるのさ」
「寝ちゃダメだろ!!」
ツッコミを入れたヒジリは改めてカズキの顔を見ながらベッドから起き上がる。
するとそれに同調したようにカズキが床から立ち上がったと思うと、オチャヅケを押し付けてさっさとドアの前まで逃げられてしまった。
学習している。それよりも、意識されはじめたことへの嬉しさが、ヒジリをまるで子供のように笑わせた。
少しでも進展しているのだろうか。
また来ると言って部屋を出て行ったカズキの残り香が、ほのかにオチャヅケから香る。
そんなこと、今の今までちっとも気にかけたことなんてなかったのに。

そうして迎えた本番10分前。
時間に厳しいタクトの前では、流石のカズキもキーボードを一心に見つめて軽口を叩かなかった。
それは音楽に対する純粋な情熱から来るものだったかもしれないが、それが最終調整をするヒジリにはありがたい。
カズキの譜面には歌詞がない。一方ヒジリの譜面には、音符に被るほど書き直された歌詞カードが置いてある。
決して完璧ではないが、それでも想いとやる気だけはある。
タクトだって小姑ではあるまいし、一生懸命やればそれだけの評価をしてくれる人間だと、ヒジリだってわかっていた。
理不尽なことなど何一つない清き正しい舞台。そこで胸を張って歌うことが、ヒジリに出来る最後の努力だ。
そしてついに、拍が打たれた。
「1・2・3・4…」
カズキの音は、丁度いい位置に流れ込んできた。
彼は人の歌い方に合わせるのが本当にうまいと思う。
そう感心しながらも、ヒジリは自身が書いた歌詞を心の底から意味のあるものとして歌い、そうして伝えようとした。
嬉しそうに、楽しそうに、けれども真剣に音楽を奏でているカズキが、果たして本当にこの歌を聞いてくれているのか、正直なところ自信がない。
けれども人の想いを無下にするような男ではないと、最大限の美化をして歌い続ける。
いっそ、歌詞の意味なんて知らなくてもいい。この情熱だけが伝われば十分だ。
立ち聞きをしているメンバーたちが、息を呑むのもためらうほどに聞き入っているのが分かる。
エピフォンやリッケンバッカーまでやってきて、本当に嬉しそうに歌を聞く様子が微笑ましい。
ヒジリはその手柄をほぼカズキひとりのものであるとさえ考えていたが、カズキはそうではなかった。
音は確かに人を表す。けれどもそこに言葉が乗って初めて、想いは具体性を持ち、それ故にロマンチックであるのだ。
ヒジリの歌を聞きながら、カズキはその一語一句も聞き逃すものかと耳を研ぎ澄ませた。
その一途さや純粋さは、普段のヒジリの様子からは考えられないほど美しくて、それでいてどこか儚い。
まるで、その全てがいずれはなくなってしまうことを、もう既に知っているかのような。
そんな絶望さえも含んで、危うげに揺れていた。
だからなのだろうか。鍵盤をなぞる指が震えそうになって、それを必死に抑えようとすると、今度は涙が出てきそうになったりするのは。
こんなに忙しい曲は聞いたことがない。
もううんざりするほど恋焦がれて、疲れ果てた彼の告白。心臓にエンジンをかけた言葉の数々。一喜一憂して、それさえも互いにすれ違って。
ちっとも意識なんてしていなかったこれまでのヒジリの言動が、その表情まで鮮明に思い出せるくらいに愛おしくなる。
もがくだけもがき続けて、結局は音楽に全てを託してしまえばこんなに楽なことはない。
それでも尚、これほど重い彼の言葉。
カズキは最後の一音を淡く虚空に溶かしながら、うっすらと開いていた目をもうパッチリ開けて、自分を見つめていたヒジリに応えた。
―パチパチパチパチ!!
耳をつんざくような拍手の音が聞こえて、ハッとしたように頭を回したヒジリの視線の先に、笑顔のバンドメンバーたち。
タクトが参ったように少し眉を下げて微笑むのを見れば、認めてもらえたことは一目瞭然だった。
「見直したぞ。君たちがいつも練習しているのも確認済みだ。やれば出来るんだな」
「俺も感動した。一瞬だけおやつのザッハトルテのことを忘れたくらいだ」
「一瞬かよっ!っつーか…めちゃめちゃハズいんだけど…」
タクトから賞賛を受け、ヨウスケにも然るべきツッコミを入れた後、ヒジリは思い出したように顔を赤くして歌詞カードを眺めた。
我ながら、よくこんな恥ずかしい歌詞が書けたものだと驚いてしまう。
けれどもこれは誇張なしに全てカズキへの想いだ。
右手で口元を押さえたまま、左手でカズキに歌詞カードを押し付ける。
唖然としながらもそれを受け取ってくれたのを確認して、一目散に逃げ出した。
「え?なに?ヒジリ君どうしちゃったの?」
「カズキ、歌詞カード返されちまったのか?」
ヒロとユゥジが心配そうにカズキを見るが、当のカズキはどこか嬉しそうにそのカードを持ったまま、ヒジリが駆けて行った方向を見ている。
何がそんなに面白いのか分からないが、どこか込み上げるものを抑えているようにさえ見える。
「ノンノン、これはヒジリボーイがロンリネス一人で作ったワードカードだからね。ミーにくれたのさ」
胸を張ってそう言えることが、逆にほんの少しだけ恥ずかしくもある。
「ひゃんひぇ?」
「んー?リッケンがミーにミンミンプレゼントをくれるのとビコーズに同じことさ」
リッケンバッカーは野生の本能からなのか、仕留めた得物をカズキのところへ得意げに持ってくることがある。
相手も生物なのだから、じゃれるのはいいが命までは奪ってやるなと、もう何度も優しくたしなめてはいるのだが。
それでもリッケンバッカーがそれを良いこととしているのなら、そもそもの生き方が違う自分がとやかく言えることではない。
最近ではもう、少し困り顔をするくらいで、ありがたく受け取っては土に還す作業を繰り返している。
「リッケンが…我にあの生き物を持ってくるのは…少し、嫌です…」
だからそう言うエピフォンの気持ちは、カズキからすれば自分と近しいものを感じて安心できた。
「オゥ…エピフォンはヒジリに似て実にピュアなんだね。なら、ミーからミュージックのプレゼントならホワッツ?」
「それは、とても嬉しい…です」
瞳を輝かせるエピフォンはいつだってどんな音楽でも愛することの出来る感性の持ち主だ。
「ミーはヒジリからソングフォーユーされたのさ。ベリーマッチョに嬉しいよ!」
「なるほど…わかりました」
「カズキひゅひぇひー!!」
「イェス!そうだともリッケン。だから、ミーもヒジリにセンキューフォーユーしないとね」
そう言って笑ったカズキは、全員にわざとらしいくらい礼儀正しく一礼すると、軽い足取りで音楽室を後にした。
向かう先は一つだ。
けれどもその前に、憶病な自分と今一度向き合う時間をくれないか。
カズキは歌詞カードをジッと見つめたまま、浜辺や森の中をぐるぐると歩き回る。
いつもなら音楽のインスピレーションが一つや二つ浮かぶだろう綺麗な夕日にも目をくれず、ひたすらにヒジリの言葉の意味だけ考える。
思い上がりも自惚れもしていない。それでも彼の言葉が心をくすぐるのは、それがきっと自分にくれた本心であるからなのだろう。
それでしかきっと、自分も彼の想いを信じることなんてできなかった。
日が暮れてから誰にも見つかることなく自室へ戻ったカズキは、いつものようにアロマキャンドルを焚いた部屋の中、改めて歌詞を見直した。
もう何度も読み返したから、完璧に覚えてしまったが、
それでもヒジリの書く少しぶっきらぼうな文字が、この上なくカズキを悦ばせる。
―コンコン
ノックの音に、鍵もかけていなかったものだから、勝手に入るようにと半ば上の空で呼びかけた。
そうして遠慮なく入ってきた男の顔はもう見飽きてもいいくらいなのに、どうしてまるで驚いたかのように心臓が鳴るのか。
「よぉカズキ。俺の愛の告白受け取ってくれた?」
隣部屋の人間が聞きでもしたら大変な台詞であるにもかかわらず、世間体を気にするわりにはヒジリも大胆である。
ズカズカと部屋に入ってきたヒジリは、腰掛けることの出来る唯一の場所がカズキが今座っている椅子しかないとわかると、不躾にもベッドの縁に腰掛けた。
以前カズキがヒジリの部屋にやってきた際は、カズキは椅子にもベッドにも座ろうとはしなかった。
それが他の人への遠慮なのか、それとも警戒心なのかは分からないが。
「モチコースさ!ヒジリのラブレター、ツヴァイデイズの間ヨウスケが煮込んだカレーよりもグッドテイストだったよ」
「俺、カレーは作ってねぇけど…しかもそれ、ヨウスケが聞いたら怒るぞ」
「心配ナッシングだよ、ヨウスケメンはオーシャンよりビッグなハートフルだからね」
いつも通りの様子を見せるカズキに少し安心しながら、ヒジリは改めてやってきたカズキの部屋をぐるっと見回して、その部屋が思っていたよりも片付いていることに驚いた。
いつもカズキの元を訪ねる時は、作詞や作曲のためにたくさんの紙が散乱していた。
キーボードやギターが出しっぱなしになっていたし、その割には技術科に入っているだけあり、パソコンや何かの設計図らしきものも開かれている。
文武両道と言うにはあまりにも娯楽に傾きすぎているように見えて、カズキはそのギリギリを歩んでいるのだと思う。
そんな彼だからこそ、部屋に洒落た香りを漂わせて生きているのだろうし。
「こういうのしてるから、お前っていつもいい匂いしてんのな」
ベッド脇のラックに灯された小さな火を見ながら、ほのかな花の香りに誘われるように立ち上がった。
デスクを背にして椅子を回転させたカズキの正面から、まるで抱きつくかのように詰め寄る。
いつも隠れている首筋にほんの少しだけ鼻を寄せると、くすぐったそうに身じろぐカズキを両腕で抑え込む。
「今日こそ逃がさねぇから、答え聞かせろよ」
引け腰なカズキの腕は時々小さな抵抗を見せたが、表情は露骨に嫌がったりしない。
そういうところに浸けこまれるのだと、他の男に目をつけられないうちに忠告しておかなければならない。けれどもそれは自分が浸けこませてもらった後だ。
「ヒジリはブックヒットにヒートなボーイだね」
「わけわかんねぇ」
「…ミーはね、スタディーにミュージックを奪われてきたんだよ」
唐突に声を潜めたカズキは、他に誰がいるわけでもないのにやけに慎重な言葉選びをした。
そこまでするならいっそ、その変な話し方をやめて、一切合財を打ち明けてしまえばいいのに。
それが出来ないのはこの男が実はとても賢くて優しいからだと、ヒジリは音楽を通して知っている。
「ミューミューは、オールメンのために存在するのさ。でも、ミーがそれをゲッチューするにはマダガスカル早かった」
「それっていつの話だよ」
「今もナウなストーリーさ。でも、ミーはミューミューがリトルスマイルする人たちの、常にアンダーグラウンドカントリーな住人だったんだよ」
カズキの言葉は、サラサラと出てくるわりに分かり辛い。
それでも理解しようと考えればまるで分からないなんてことはなくて、むしろその表情や仕草から意味が理解できてしまうことさえある。
それがカズキの言うフィーリング、感じ取ることなのだと思えば、ヒジリはカズキが見初めた自分の音楽センスを少しは信じてもいいかとさえ思えた。
「ミーにとってビッグカットだったのは、ミュージックであってミューズじゃなかった。だから、ミューズが愛したタクトやヒジリをルックロックしているだけで十分だったのさ」
そこで、カズキは僅かに視線を逸らした。
「バット、タクトやヒジリが羨ましいって、ドントに思わなかったわけじゃない。オールウェイズに毎日、ミューミューをコーリングしていたよ」
「んで?」
「シーサーサンドでミュージックを考えていた時、ヒジリがシンガーソングしているのを聞いたのさ」
その綺麗な歌声が羨ましかった。
本気で欲しくてたまらなかったのは、ライダーとしての資格よりも、常軌を逸した言動よりも、自由に語り、奏でることの出来るその声だったのかもしれない。
「そこにミューミューがいるって、すぐにシンクしたよ」
ヒジリがそれを望まないことを知っていても尚、その隣に居続けた。
彼の声を音楽の女神が愛したことをカズキは確かに羨んだのだが、けれどもヒジリにとって女神なんて、残酷な世界を回し続ける歯車に他ならない。
その皮肉めいた感性の行き違いを互いが知る由もないのだが、それでもヒジリは歌うことをやめなかったし、カズキはその声を望み続けた。
それこそが真実だろうと思う。
「ヒジリにアイラブユーされたことが、ベリーに嬉しかった。ミューミューに初めてロックオンしてもらえたみたいでね」
「それって、俺のこと見てねぇじゃん」
不貞腐れたようなヒジリの声に、カズキは吹き出すようにして笑った。
「スピードとちりはやめておくれよ!ミューミューがいなければ、ミーたち出逢ってナッシングだろう?」
「お前に言わせりゃな」
「ヒジリの告白に、ミーはびっくりしてアイズがモノクロゼブラにパンダだったよ」
「驚きすぎて動物園行っちまったわけ?」
「ノン、ハッピーだったのさ。ヒジリはグッドボーイだからね」
カズキの言葉をいちいち正しく理解しようとすれば、何度もその話を中断せざるをえないだろう。
けれどもそうはならないところが、彼のなんとも巧妙でズルイ部分である。
ヒジリはなんとなくを引きずったまま、カズキのおぼろげな告白を聞きとろうと頑張るのだが、如何せん相手がそれを望まないのでは難しいばかりだ。
自分の良い様に解釈すればいい。カズキはいつだって何通りもの解釈を用意していて、誰かの決定に自らをゆだねている。
ならばこれはどうだろうか。
ヒジリはカズキが多少の嫉妬も覚えたという声を、同じくカズキが好きだと言ってくれたことに誇りを持っていた。
頼むから壊さないでくれと、その邪気の欠片もない声に願う。
「…琴ブレイクしてユーを傷つけるのが、キットカット怖かったんだ」
それはカズキの正直な心の内だった。
いつだって周りの人間のことを第一に考えて、自分のことなんていつだって後回しなのだ。
ヒジリの一番嫌いな同情や憐憫に、一番富んだ人物がカズキだった。けれどもそれを隠して背中を押すのが、とても上手い人だ。
「だけどバット、それだけじゃない。シンガーならタクトだっていい。ミューミューならティーチャーがいる。なのにホワイどうしてヒジリのソングがベストだったのか…ナウ分かったよ」
その婉曲したカズキの言葉に、けれども流石のヒジリも気が付いたようだった。
「それ…OKってことでいいわけ?」
「ヒジリがブックツリーなら、ミーが敵うわけナッシング」
参ったようにそう言うカズキの照れ顔は、彼の最期のプライドなのかもしれない。
「ヒジリのボイスはとってもスウィートだから、ついリスニングインしてしまうしね」
「お前、俺の声が好きなわけ?」
「ボイス〝も〟好きだよ」
にっこり笑ったカズキの顔は、至近距離で見るにはあまりにも破壊力がありすぎた。
ヒジリはその攻撃に少しよろめくようにして離れたが、カズキはニコニコと笑ったままだ。
何か意味の取り間違いがあったかもしれない。けれども彼自身がそれを望んでいて、思い上がれば上がるほど、彼を囲う網が狭くなっていくのも確か。
確証のある〝好き〟をもらったのだ。今更何を恐れる必要がある。
「~~っ、よっしゃ!!」
抑えきれない衝動と共にしゃがみ込んだヒジリを見て、カズキは胸のつかえがとれたように長く息を吐いた。
喜んでもらえることが嬉しい。それは自分の発言であっても、音楽であっても、行動であったとしても同じことだ。
誰かのために存在できること、それは親のために自分の土台を据えていた幼い頃となんら変わりはないのだが、自分で決定できる自由というのは、やはり代えがたいものである。
そう、ヒジリの告白を受け入れたのは、他ならぬ自分なのだ。誰かに言われてそうしたわけでも、ましてや同情なんかでもない。
カズキは椅子の上で体育座りをしながら、ヒジリから受け取った歌詞カードを読み直した。
素直な愛の言葉、情熱的な音の数々。
音楽の女神がくれた、最初で最後のラブコール。それがまさか、ヒジリからやってくるとは思わなかったけれど。
「あんま見んなよ…ハズいじゃんか」
床に丸くなったまま、睨みあげるようにしてヒジリが口を尖らせた。
そこそこの広さがある部屋で、男二人そろって膝を抱えているというのはなかなかにシュールな画だが、今は燻る感情をこうすることでしか抑えきれない。
「そうかい?ベリーナイスに素敵だよ」
「あー…それよりさ、今度こそ、していいっしょ?」
不意に立ち上がったヒジリは、楽譜を持ったカズキの腕を掴むと、グイと引っ張った。
その反動でカズキの片足が床に着いたが、体は前のめりになってヒジリの胸に飛び込もうとする。
それを止めようとヒジリを押した腕が、トンと軽い音をたてて触れて、その胸の鼓動まで聞こえてしまいそうで怖い。
もしも自分が思う以上の感情が、彼の中で眠っているとしたら。
彼の一途さとそれゆえの狂気を知らないわけではないから、深くにまで踏み込んでしまいたくはないのが本音。けれどもその告白を受けたからには、自分も同じ想いであることが鉄則。
褐色の手によって外された眼鏡は、ぼやけた視界の隅に消えて行った。
「カズキって超美人なのにさ、なんでそんなキャラ作ってるわけ」
カズキの長い睫毛がパチパチと数度瞬いて、いつもより更に細められた目がヒジリを捉えた。
それがどこか抵抗感のある一睨みのようにも見えたが、口調はどこまでも穏やかだ。
「アイマイミーマミーに似ているみたいだけど、そんなことをセイされたのはファーストサプライズだね」
目のつけ所がシャープだと、冗談めかして笑ったカズキの口を塞いでやろうなんて意気込んだヒジリだが、顔を近づけても目を閉じる様子さえ見せないカズキに、一瞬怖気づいた。
その隙にだろう、カズキの手がヒジリの頬を挟み、リップ音がするようなキスを唇のわずか端にされる。
「おまっ…!」
不意打ちは卑怯だ。というか、今度こそディープなキスをしてやろうとした途端にまたこれか。
「ノットイェットダメだよ、ヒジリ」
「なんでだよっ!!」
ヒジリの全力の抗議と共に、扉が勢いよく開く音がした。
そういえば鍵をかけていなかったと思い出したヒジリだが、そもそもこんな時間にカズキの部屋にやってくる人物なんて、普通はいないだろう。
だが、即座に立ち上がったカズキの足取りと文字通りの猫撫で声に、それが普通の人間ではない事を悟りため息をついた。
「スズキー、ひゃひゃひょひひぇひゅ?」
「リッケン!ノースズキだよ!見てのストリート起きているけれど、ホワイにどうしたんだい?」
カズキがベッドに座ると、リッケンバッカーは膝枕されるようにして丸くなる。
それを少し羨ましいなんて思いながら見ていたヒジリは、カズキが本当に周りをよく見ていることを知って、呆れにも似た賞賛を覚えた。
「ひぇひゅひぇひゃひひょ…」
「リッケンはナイトキャットだからね。ぐっすりスリーピングはリトル難しいのさ」
「ひょーひゃスズキひょひょひゃひひぇひぇひゅ!」
「モチコースにオッケーさ。だけどバット、ミーがシャワーするまでウェイトできるかい?」
リッケンバッカーの使う言葉は、サブスタンスたちとカズキ以外理解できる人間はいない。
けれどもリッケンバッカーが周囲にも可愛がられ欲しいものを得ているのは、カズキが分かり易い返答を返してくれているからだ。
決して退屈なオウム返しなどせず、それでいて周囲とも自然に会話ができるよう、自分が仲介に入る。
ヒジリの考え過ぎなのかもしれないが、事実カズキはリッケンバッカーを溺愛しているし、そんな二人は自他ともに認めるベストパートナーだ。
「ひぇひひゅ!」
「リッケンはグッドキャットだね」
ベッドの上にちょこんと座ったリッケンバッカーの頭を撫でながら、カズキはヒジリに向かってウィンクをした。
ほら、言っただろう?とでも言いたげな、今のヒジリからすれば憎たらしいことこの上ない得意げな顔だ。
「…んじゃ、俺帰るわ」
面白くないと扉を開けたヒジリを律儀に通路まで見送ったカズキは、その後ろ姿に向かって小さく呟く。
「ヒジリ、また明日」
いつもと何かが違うその声に、ヒジリは慌てて振り返る。
けれどもそこにはもうカズキの姿はなく、いつもの奇怪な言葉が一つも加えられていなかったと理解したとき、ヒジリは今度こそ本当にカズキの真髄に触れた気がしたのだ。

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