「大佐がさらわれたって本当か!!?」
大きく重い扉が開いて、暗い室内が照らされる。
息を切らせて入ってきた男は、そのまま真っ直ぐに部屋の中心へと進み出た。
「シャイン。静かにしろ。これは他の奴等には内密なんだからな。」
集まっていたのは、大佐に親しい極一部の人々。
もちろんそこには、ガルルとゾルルも含まれている。
「シャイン?」
「あぁ、コイツのあだ名だ。大佐がそう呼び始めたんだっけな。」
ケロン人らしくない名前に首をかしげたガルルも、その説明に納得する。
大佐は自分の名前を教えない代わりに、相手の名前も聞こうとはしない。
もちろん仕事上必要なときは申し訳なさ気にでも聞くのだが、それでも自分の名前を教えない限りはフェアではないからだ。
「話は聞かせてもらったが・・・マジなのか?」
「残念ながら本当だ。」
「調べた結果、特徴が吸血鬼族に酷似していることが分かった。恐らく間違いないだろう。」
問題は、どうやって彼らのいる空間に移動するか。
大切なのは慎重性。
彼らが大佐をさらった理由が分かるまでは、大きな事はしないほうが無難だろう。
「さて、新年はワインで迎えようじゃないか。」
3人にしては広く大きな食卓に、さまざまな料理とワインが並んでいた。
サファイラスにどうしてもとつれてこられた大佐は、その光景に目を細める。
無駄すぎる。
そもそも新年はワインよりも地球製の日本酒の方が似合う。
「当然最高級のものだ。私はこんなものよりも、人間の血が飲みたいところだが。」
勝手に飲んでろと、普段の自分なら絶対に言わないような言葉までもが浮かんでくる。
彼には近づきたくない。
「ルベウス。もっとこっちへ来い。」
けれどもそんな大佐の心境などお構い無しに、アダマスは手招きをする。
「嫌だね。わざわざ危険な位置になんて座らないよ。」
「ふむ、残念だ。」
アダマスから一番遠い位置に座り、サファイラスをチラリと見やる。
アダマスに近い位置、それでも大佐を視界に入れることが出来る位置が、彼の定位置のようなものだった。
それもやはり、昔から。
「まぁ良い。こうして3人揃っただけでも、十分に素晴らしい新年だ。」
目の高さまでグラスを持ち上げ、アダマスは微笑む。
その様子に、サファイラスは大佐に目配せをした。
父上に合わせて欲しいと、目がそう言っていた。
「・・・仕方ない、か。」
大佐も、よく社交辞令でするように、グラスを持ち上げた。
そして乾杯をする。
グラスは触れ合っていないものの、毒は入っていないだろう。
むしろここから脱出できるのなら、それが例えあの世行きの毒物だって構いやしない。
「お気に召してもらえたかな?」
ヤケになって一気飲みしたワインは、すんなりと喉を通った。
「・・・相変わらず面白くない味だ。」
無難すぎて、味に面白みがない。
確かに飲みやすくておいしいのだが、自分はそんな酒では楽しめない。
酒に酔わない分、違う分野で酒を楽しみたいのだ。
それを知っていての嫌味か、それとも自分への厚意か。
「良いモノだろう。お前のためだけに取り出してきた品だからな。お前が楽しまなくては意味がない。」
満足そうに自分も酒を煽り、アダマスは身を乗り出した。
「この屋敷から逃げ出した後、お前はあんなところで何をしていたんだ?」
「教える義務はない。」
「そう言うな。ずいぶんと心配したんだぞ?」
父親ぶるな。
そう悪態をつきたくなるような偽りの笑顔に、やはり酒を飲みたくなる。
ワインを注いで、大佐は再び一気に飲み干した。
そんな様子に、アダマスは溜息をつく。
そして、その鋭い視線を大佐に向けた。
「私から離れて、お前は何所で誰と過ごしていたんだ。」
それこそ言う義理はない。
逆恨みに過ぎないその質問に、答えたところでどうなるというのだ。
「・・・」
「それはお前の大切な人なのか?」
「・・・さぁ。」
大切かどうかなんて分からない。
考える暇もないほど早く、あの人は死んでしまった。
大切な人。
今思えば、確かにそうだったのかもしれないが。
「その人はお前を助けに来てはくれないのか?」
「来れないだろうね・・・空から見ていることしか、出来ないはずだ。」
その言葉で、アダマスは悟ったようだった。
哀れみの視線を向けて、優しい口調を作り上げた。
「そうか。お前の大切な人は皆いなくなってしまうな・・・その人も、実の両親も。」
お前が殺したくせに。
そう言っていいのか、分からなかった。
「大切なものは、鍵をかけてしまっておくべきだ。勝手に逃げ出さないように、鎖で繋げておくべきだ。」
「それで防げるくらいなら、とっくにしているさ。」
彼は、何が言いたい。
「出来るさ・・・契約するんだ。」
「!!」
「彼らと契約すればよかったんだ。いや、そんなことをしなくてもいいかもしれないな。お前の今の階級は大佐だったか。その権力を少しだけ利用すれば、閉じ込めておくことが出来る。逃げられないように、失わないように、綺麗なままの姿で、閉じ込めてしまえば・・・」
それは歪んだ考え方だ。
参考にもならない。
「お前がしっかりとしていれば、大切な人を失わずに済むんだ。」
「・・・バカなことを言わないで欲しい。」
「お前は臆病だな。どうしてそれだけのことが出来ない。」
それは、同時に自分の首も絞める。
大切な人を壊してしまうことにもなる。
けれども・・・
―怖い
大切なものを失うのが、怖い。
これ以上は、自分の周りの人間を殺させはしない。
「地位も権力も、脆いものだ。」
「そうかもしれないな・・・なら、その血を使え。」
契約して、鎖に繋げ。
「私はお前が大切だから、こうして契約しようとしているんだ。」
愛しているのだと、呟く。
サファイラスは、その呟きに何か言いかけて、やめた。
「貴方の愛はよく分からない。」
「全ての愛だ。親としての愛も、個人としての愛も、その血への愛も、全てを含んだものだ。」
「ふざけないで欲しい。どれだけ貴方が僕を苦しめるか・・・」
「それが、鎖なわけだよ。」
自分のものにしてしまいたい。
それはもぅ、大切なものを守るためではなく、捕らえるためだけに使われる鎖。
「私はお前と契約して、お前を一生傍に置いておきたいんだ。大切なものを失ったのなら、分かるだろう?」
失うのは怖いことだ。
寂しいことだ。
辛いことだ。
頭の中で反響する言葉が、大佐にとっては忌々しかった。
「さて、新年の儀式を終えたらとりあえずは用済みだ。書庫の本でも読めばいい。」
「帰すつもりはないわけか。」
「どうして帰らせなくてはいけないんだ。こんなに・・・これほど傍にいるのに。」
もぅどうにも手放せそうにないと、アダマスは笑った。
「クルル曹長に頼みましょう」
そう言ったのは、間違いではなかった。
ガルルはケロロ小隊に連絡し、事のあらましを伝えた。
もちろん彼らは快く調査に協力することを約束してくれ、クルルはアダマスの居場所までを捕まえてしまった。
「彼は凄いな・・・もぅここまで・・・」
アダマスの使った空間移転は、ケロン人のものと変わりない。
それならばと、ドロロの零次元を使って同じような歪みを生じさせてみたのだ。
そこから時空の歪みを計算すれば、クルルにとっては場所の特定なんて苦ではない。
ついでにと、吸血鬼族の特徴やしきたり、更には歴史まで調べてくれた。
彼もずいぶんと丸くなったものだと思う。
「結構厳しい条件にある星だな・・・ここに吸血鬼族が住んでいるのか?」
「いや、既に一族は滅びかけているそうだ。各地に散らばっているものの、純血の吸血鬼族はアダマスくらいだそうだが。」
ガルルが大佐から聞いた話と吸血鬼族の歴史を照らし合わせると、アダマスがかなり焦っているのではないかとも思う。
大佐の父親が元々吸血鬼族だったという事は、大佐には半分でもその血があるという事だ。
一族を立て直すには丁度いい人材、と言ったところだろうか。
「とりあえず、大佐の救出が先だな。考えるのは後だ。」
「全員で行くのか?」
集まっている人数は20人ほど。
この中で戦闘もこなせる人物といえば、限られてくる。
「まずゾルルには協力して欲しい。私も行く。」
ガルルは自分とゾルルを指名した。
「俺も行くぞ。」
名乗りを上げたのは、シャインだった。
「一応アイツの友達だしな。それに、兵として戦うことくらい出来る。」
「じゃあ、3人で行きましょう。少ないほうが良い。」
「アイツが解放されれば、戦えるのは4人になるしな。」
シャインの発言に、ガルルとゾルルは不思議そうな顔をする。
「大佐は、戦闘はこなせないんじゃないんですか?」
「アイツは怖いぞ。うん。」
「はぁ・・・?」
膳は急げ。
すぐにでも出発しようと言うシャインに頷いて、ガルルとゾルルも身支度を整えて船に乗った。
「愛、か・・・」
「サファイラス。あの人の言っている愛は君が思うものとは違う。少なくとも僕はそんなのゴメンだ。」
「例え歪んでいても、父上が与えてくれる愛なら俺は何でもいいさ。」
ベッドの上で本を読んでいた大佐は、サファイラスの溜息に顔を上げた。
「酷い話だよ。アダマスは目の前の獲物にしか目がないんだからね。隣にこんなに食べやすいのがいるっていうのに。」
もちろん食べられては困るがと、大佐は笑う。
「それほどに、父上はお前が好きなんだ。」
「かもね。応えるつもりもないけどさ。」
サファイラスは悲しそうに俯いた。
大佐は本に視線を戻す。
昨日から読み始めて、もぅ4冊目を読み終えてしまう。
沢山の本を持っては来たものの、これではすぐにまた書庫へと行かなくてはいけないようだ。
「せめて・・・」
「ん?」
「せめて、父上の傍にいてはくれないか?」
「は!?」
思わず大声を出してしまったが、サファイラスの目は真剣だ。
「好意に応えられなくても、せめて、傍に・・・俺達のところに、いてくれ。」
「どうしてそんな・・・」
「父上の喜びは俺の喜びでもある!それに、お前が居てくれれば、俺だって嬉しい。」
大佐は頭を抱える。
自分がここにいたところで、何が変わるというのだ。
サファイラスは胸の痛みを感じ、アダマスは欲望に忠実に動き、自分は常に警戒心を張っている。
そんな生活はゴメンだ。
「君は嫌いじゃないんだよ、サファイラス。でも・・・」
「父上は、お前をそばに置いておきたいだけだ。ここにいれば、契約なんてしなくてもいいはず!」
「甘いよサファイラス。」
大佐の冷たい声に、サファイラスは言葉を詰まらせる。
「昔から、彼は僕に契約を迫っていた。今更そんな気休めは通用しない。」
彼は貪欲なのだ。
求めたらきりがなく、与えても満足しない。
「不用意に近づいて襲われるのも勘弁だ。」
ここにいるわけにはいかない。
「でもサファイラス。君は・・・僕の兄弟でいてくれるかい?」
その問いに、サファイラスは深く頷いた。
「ルベウス・・・お前は罪な宝石だ。全ての者を虜にし、人々の欲を沸き立たせる。」
暗い室内に、怪しい灯りが揺らめく。
赤い瞳はその火を見つめ、そして笑った。
「誰にも渡しはしない。・・・永遠に、私だけのものだ・・・」
「サファイラス。ルベウスの様子は?」
「いたって普通です。特になんの変化もありません。」
アダマスの自室にサファイラスは来ていた。
扉は閉められ、他の誰にも話を聞かれる心配は無い。
「そうか・・・なら、今夜辺りにでも招待するか。この部屋に。」
椅子から立ち上がった後、サファイラスの傍らまで歩み進む。
サファイラストいえども、もちろんアダマスの指令が優先的だ。
大佐がいくら足掻いたところで、勝ち目はない。
「連れて来れるか?」
「・・・えぇ。」
「不安か。なら、私が直々に向かおう。お前は自室にいればいい。」
「申し訳ありません。父上。」
アダマスは笑う。
これから見ることが出来るだろう赤い瞳と、右耳に光る同じく赤いピアスの輝きを思って・・・
「招いてもいない客がきた場合は・・・お前に全て任せる。」
「はい。」
それだけを指示すると、アダマスはベッドに横たわった。
昼間は眠い。
それは吸血鬼族唯一の弱点。
光は闇の敵なのだから。
その姿を見届けて、サファイラスも部屋へと帰る。
どこか寂しい気がするのは、一人で歩いているからかもしれない。
部屋はまだ昼間にも関わらず、どこか薄暗かった。
流石は吸血鬼族の館、と言ったところだろうか。
光は彼らの体力を吸い取ってしまう。
けれども読書には、多少の日差しも欲しいところだ。
それに、寒い。
「そういえば、シャインには間違ったことを教えてしまったな・・・」
本のページを捲ったところで、ふと思い出す。
日当たりの悪い場所にいると寒気が襲ってくる自分を見て、彼が言った『寒がりなのか』という言葉に、頷いてしまったのだ。
別に寒がりなわけではない。
ただ、悪寒が走るのだ。
この館の、この日当たりの悪い部屋を思い出していたのかもしれない。
「シャインにも、いずれ教えておくべきかもしれないな。」
大きく伸びをして、大佐はベッドに横たわった。
彼は愛想の悪い自分に対しても、太陽のように明るい笑顔を向けてくれた。
今では親友と言っても悪い気はしない。
もしかしたら、ガルルよりも先に教えておくべきだったのかもしれない。
「彼は・・・まさかね。」
ずっと自分の傍にいる彼は、アダマスやサファイラスのような感情を持っているのだろうか。
人というのは、皆そういうものなのだろうか。
それでもそれが嫌だとは思わないのは、彼に対して多少は心を開いているからだろうか。
さまざまな問いかけをしたいのに、それを尋ねることの出来る相手がいない。
問いかけは、頭の奥でむなしく消えていくのみ。
寝返りをうつと、横に置いてあった本がぶつかった。
「・・・シャイン・・・」
無性に会いたくなったその笑顔を振り払うように、大佐はベッドから起き上がった。
水でも飲みに行こう。
途中でアダマスに会わないように、慎重に・・・
「おや、もぅ本は良いのか?」
「!!!?」
扉を開けた先に居たのは、会いたくないと思っていたその人。
会わないようにといくら注意をしたって、こんな登場の仕方をされては敵わない。
衝動的に扉を閉めようとするが、それは彼の片手が許さなかった。
人ならざる者の力がいかに強いものなのか、このときほどに感じたことはなかった。
「外に出るんじゃないのか?」
「大した用じゃない!」
「なら、私の用事に付き合ってくれるね。」
アダマスの手が伸びてきて、大佐は反射的に目を瞑った。
怖いのだ。
これほどまでに人を怖がるという事は、滅多にない。
けれども彼は例外。
かつての記憶がよみがえり、気持ちが悪くなる。
衝撃もないことに脳が覚醒し、そっと目を開くと、そこは先ほどまで自分達がいた部屋ではなかった。
「!?」
広い部屋
大きな絵画
綺麗な装飾品
カーテンの引かれた、大きな窓。
日の光も出ていないというのに、ここまで用心するものなのか。
「ようこそ。私の部屋へ。」
そうだ。思い出せ。
大佐は、混乱してきた頭を働かせて考えた。
ここは昔、よく連れて来られた場所・・・アダマスの自室に違いなかった。
何故だか傍に置かれ、自由には過ごせていたはずだ。
けれども、今回はそれと訳が違う・・・そんな気がした。
「どういうつもりだ。」
戸惑いに振り返れば、アダマスは微笑んでいた。
その笑顔に、更に嫌な予感が頭をよぎる。
自分はここに来ないように用心していたのだ。
ここに来てしまったら・・・もぅ、戻れない・・・
アダマスは大佐の腕を掴み、ずんずん奥へと進んでいく。
抵抗したくても出来ない何か大きな力が、その腕に込められていた。
「!!」
気がつけば、押し倒されていた。
衝撃が少ないことから、確かめなくともそれが彼の寝床だという事が分かる。
「アダマス!何を・・・!!」
両手が押さえつけられ、どうにも動けなくなってしまった大佐に、アダマスは妖しく笑って見せた。
その笑顔が、不安を煽る。
―怖い
―逃げたい
「綺麗な目だ・・・どうした?揺らいでいるぞ?」
至近距離に置かれたアダマスの顔に、視線が彷徨う。
―怖い
―逃げなくては
「怖がらなくても良い、と言っただろう?」
アダマスの顔が真剣なものへと代わった。
その瞬間に、大佐は呼吸が困難になる。
「っ!!」
口が口でふさがれ、息が出来ない。
そして何より酷く襲ってくるのが、不安と恐怖による眩暈。
「ん~~っ!んん~!!!」
必死に抵抗を試みるが、先ほどから分かっているように彼の力は強い。
ビクともしない体に、自分の体力の方がもたないと悟った。
「んっ・・・はぁ・・っ・・・」
無理がある。
自分はそんなに若くない。
不老不死の類である吸血鬼族の男に、ついていけるわけがないではないか。
けれどもそんなことを考えもせず、アダマスは深い口付けを繰り返す。
だんだんと力が抜けてきた身体に、大佐は警告を鳴らし続ける。
―気を抜いたらダメだ
「おやおや、ずいぶんと頑張るじゃないか。」
ようやく離れた唇を避けるように横を向き、大佐は荒い呼吸を繰り返す。
新鮮な空気は肺に入り、脳へ巡っていった。
ふざけている。なんでこんなことをされているんだ。自分は。
「っはぁ、はぁ・・・」
「息が上がってしまったか?暫く口付けはお預けだな。」
そう言って、アダマスは押さえ込んでいた大佐の両手を解放した。
今更抵抗しても勝てないことは分かっている。
よって、その右腕は眼鏡を外して目の上に。
左腕はシーツを強く握り締めて、固定した。
「覚悟は出来た、というところか?」
「冗談じゃない。」
覚悟なんて出来ていない。
ただ、頭を冷静にするためだけに両手を特定の位置に配置しただけだ。
はっきりした頭で考えれば、この腕から逃げることくらいは出来るかもしれない。
自分の武器は頭脳くらいだという事も、分かっているつもりだった。
「素直じゃないな。この点、昔の方が数倍やりやすかった。」
「こっちはいつだって必死だよ・・・最悪だ。」
「最悪、か。」
アダマスは右手で大佐の髪を梳くと、左手でシャツのボタンを外し始めた。
それには流石の大佐も落ち着いてはいられない。
「なっ・・・!」
「精一杯可愛がってあげよう。昔のように、なぁ?」
耳元に口を寄せ、アダマスは囁いた。
その声に思考が一時的に停止する。
恐怖と混乱だけが支配する頭は、心地よいものではなかった。
ボタンが全て外れたシャツは肩からスルリと滑らされ、すでにずいぶんとはだけてしまっている。
その露になった首元を見て、アダマスは舌なめずりをした。
血を求める彼にとって、魅力的なスポット。
あまり外にも出ない大佐は首筋も白く、それが彼の欲をさらに増幅させた。
「あぁ、今すぐ噛み付いてやりたいんだが・・・」
そう言いながら、アダマスは大佐の首筋を指でなぞった。
そこからピアスのある耳へ、さらに頬へと移動させていく。
目は右腕で隠れてしまっているものの、必死に唇を噛んでいる様子が伺えた。
「首と耳は嫌いだったか?それとも・・・」
大佐はそのどちらの問いかけにも首を大きく横に振った。
否定も肯定も分からない。
ただ、どうにか最低限の思考だけは残るようにと必死に耐えていることだけは分かった。
「健気だな・・・抵抗しなくなっただけマシか。」
「うるさい。いつまでもジッとしていると思わないで欲しい。」
「口減らずが。ずいぶんと喋れるようになったじゃないか。」
アダマスは再び、大佐の唇に噛み付いた。
それは再び深い口付けへと変化していく。
それがどうにも嫌なようで、大佐はこれだけには必死の抵抗を見せた。
「んんっ・・・!ん~~っ!!!」
暫くすると、アダマスは手を胸や腹部へと滑らせてきた。
それが嫌な大佐は、今までにないほどの抵抗を試みる。
けれどもどれも功を成さない。
「はぁ、ん・・・っ・・・」
このままではまずいと思いはするのだが、だからどうしろと言うのだ。
自分の頭脳に八つ当たりをした大佐は、自分の頭がだんだんとぼやけてくるのを感じ取った。
体が熱い。
くらくらする。
―コレハイッタイ、ドウスレバイイ?
昔の記憶なんて引っ張り出したくない。
どうしたらいいかなんて、知らない。
「・・・辛くなってきたか。」
「?;」
彼の言っている意味が分からない。
「そうだな・・・契約すると言えば、ここで止めてやろう。」
「・・・卑怯・・・」
「それが嫌なら、どんどん進めていこうじゃないか。ねだってくれれば、な。」
「っ・・・」
そう言いながら指を這わせるものだから、大佐もまともな判断が出来ない。
「・・・何をねだれと言うんだい?」
「どうして欲しいか。だ。」
自分は今、どうしたい?
どうして欲しい?
体が熱い。
頭がぐちゃぐちゃだ。
どうしたら良いかなんて、分からない。
どうして欲しいかなんて、そんなことを聞かないで欲しい。
「さぁ、どうする?」
意地悪く笑うアダマスにとっては、どちらにしても吉なのだろう。
大佐にとっては、どちらを選んでも大凶だ。
フェアじゃないと思う。
「最低だよ・・・」
「知っているさ。昔から、な。」
アダマスがその腹部から更に指を滑り下ろして、笑った。
まるで自分の勝利を確信したかのように。