当方見聞記

旅と舞台・ライブ話を気ままに書いてます

尾道観光④

2012年02月29日 | 日記
千光寺の鎖山を下りて御堂へ御参りへ。

護摩堂からの景色。右に見えるのが本堂です。

本堂を抜けると見えてくるのが玉の岩。烏帽子岩とも言われています。

この岩には伝説が。
その昔、岩の頂に光を放つ宝玉があったらしいんですが、異国人に盗まれてしまい、今でもその宝玉があった場所が穴になっていると…
伝説にしてはちょっと…な話でもありますが
そんなわけで、岩の上に乗っている玉は、盗まれた宝玉の代わりです。

玉の岩の横はロープウェイの通り場所。護摩堂から片手に眺めていると、ロープウェイのお客さんと何かが通じ合えます(笑)


梵字岩を抜けて、護摩堂へ。御朱印はここでもらえます
御朱印をお願いして、鐘楼の方へ。

ここも平山先生の写生地
断崖絶壁な場所に建つ、こちらの鐘楼、除夜の鐘として有名。
この辺りの時刻の鐘でもあるので、大晦日だけでなく、毎夕6時につかれています。
唐風の作りだからかなぁ?鐘の部分だけ見ると、どこぞの観光地にある恋人の鐘みたいに見えるのは自分だけですかねぇ
鐘自体の形は、曼荼羅の鐘なんで、なんか見た目ツルッとしていました。
それにしても景色が見事な場所だったなぁ~

千光寺を降りたら、最後に持光寺へ。

これまた立派な石の門
尾道のお寺さんって懐かしい雰囲気があるのに独特だよなぁとしみじみ思います。
このお寺はにぎり仏ってのを自分で作れるんですが、この日は受付していたのかなぁ?
残念ながら体験はしてきていません1500円なので興味がある方はぜひ訪れてみてくださいませ
本堂御参り。

こちらの仏様、五劫思惟の阿弥陀様。
五劫思惟とは非常に長い時間考えているってこと。そんなわけで阿弥陀様の髪がのびているんですよ。
ようはアフロチックになっていると
奈良の五劫院の像が一番有名なのかな?初めて見た時はなかなか衝撃でしたけどね~
まさか尾道にもいらっしゃったとは

持光寺までくると、もう尾道駅はもうすぐ。
駅からいちばん近い寺ですから。

駅まで向かう途中。見えた尾道城。

現在は営業していません。
遠目では「おお!」思ったのですが、倍率あげて寄ってみると、傷みがすごい
鯱片方いないしまさしく廃墟だよ
なんだか寂しいなぁ

尾道観光③

2012年02月27日 | 日記
しばらくさぼってました~
早速続き。尾道ネタが長くて申し訳ない

御袖天満宮の階段を下りると、妙に猫が目につきます。

尾道の猫は有名らしいですが、この時は知らなかったので「多いなぁ」くらいしか思ってませんでした。
階段降りていく途中に魚の頭があったのはびっくりだったけど。後で考えたら明らかに猫の餌のカス

艮神社にお立ち寄り~
ここも大林監督原田知世さんの『時をかける少女』でも出た神社

ここのクスノキ、樹齢900年と言われている巨木。天然記念物の指定もされています。
こんな大きな木あるのに、この上に、実は千光寺行きのロープウェイが通っている
神社の前にロープウェイ乗り場があるんですよ。
結構ギリギリじゃない?って高さで木と社殿の上空を上って行きます。
見てるこっちがハラハラするわって感じ。
よく許可したよな…

ですが、あえてロープウェイは使わず。脇の坂道から千光寺へレッツゴー

この道。なんと別名『猫の細道』。
尾道が猫の町って言われているのは100%ここのせい

いるいる、猫が、そこら中に。

“猫もどき”まで(笑)これはこれで可愛い
猫好きにはたまらない場所なんでしょうなぁ~思いながら上へ。
細道を抜けると…突然開けた景色が


出ましたTHE 尾道

天寧寺の三重塔越しの尾道の景色。
最高です
ここは平山先生の写生地でもあるので、もちろん看板もありました
そんな看板と写真の比較。

ここ、やっぱり有名な場所なので、皆さん撮影にめっさ勤しんでます。
写生地って知らなくても撮りたくなる景色だしね~
しかし、絵と景色が変わっていないってのがすごい。景観を守っているって、すごいことだと思いますよ。

ちなみに天寧寺。艮神社寄る前に下でちょっと本堂に寄ってます。

山門は唐風で上に鐘楼がついています。かなり立派

本堂と、座禅堂の五百羅漢。
五百羅漢さんは、手前のものは装飾もしっかりしていて、ひとつひとつ立派なものでした。
江戸時代以降のものってことで、わりと新しめなのかな?おかげで綺麗でもあります。表情がわかりやすくて面白い

話戻していざ千光寺へ
階段を上ると見えてきました千光寺。

…なんか奥にとんでもない石が見える

『三重岩』と呼ばれるこの岩。名前の通り、とんでもない大きな石が重なっています。
しかも本堂に迫る勢いの場所で。
写真の右端に本堂の屋根が小さく写り込んでいるんですが、本堂は岩に埋もれている作りなわけではないので、本当に寄り添うように建ててある感じ。
三重岩の左側に入っていくと、夫婦岩などのさらなる巨石が満載。
岩にはこんな彫刻も…

その横には女鎖という名の岩を上る鎖がぶら下がっていました。

これ…三徳山と同じく修行しろってこと???

ま、とりあえずチャレンジしましたが(笑)
これがなかなか大変本当に鎖しか頼る足場がないんだもの
まず1段目?の大岩をのぼると、すでに景色が変化。
もう1?2段岩を登ると頂上到着。
頂上には石鎚蔵王大権現が祀られていました。

この辺りは本当によく石鎚権現が祀られているなぁ。

さすがにここからの景色、すごいです。
さえぎるものがないしね
他に客もいなかったのでしばらくボケーっと景色見ていたら、ロープウェイの客から「そこ行けるの!?」みたいな目で覗きこまれてしまいました

岩山を下りていざ本堂へ御参りへ。

…と長くなってきたので続きはまた次回

尾道観光②

2012年02月21日 | 日記
いざ西國寺へ


西國寺は行基の建立と伝えられていています。
大河ドラマのおかげで知っている方も増えた白河天皇の祈願所→勅願寺として山陽道一の寺として発展し、現在も真言宗醍醐派の大本山として、尾道の寺社の中で最大規模のお寺です
お寺の仁王門には大草履が

この草履、本当にデカい
仁王様もすっかり隠されちゃっています
2mあるらしい。重さどんだけあるんだよって


階段を上って金堂へ。見渡せる景色が素晴らしい
金堂は年末のお片付け?新年の準備をしていたので外から拝んだだけで、そのままさらに上にある三重塔を目指してGO
毘沙門堂の前に力石発見。

漁師たちが力自慢を競い合うのに持ち上げた石なんですね~かっこいいなぁ

下からずっと見えていた三重塔到着
この三重塔、室町六代将軍足利義教の寄進によるものと伝えられています。

仁王門までのくだり道、途中にある金剛院にちょい寄り道。
ここには天狗さまが祀られています。
社の裏側に回ると、これまたひっそりと天狗さまが…

『重軽天狗』石で出来た天狗さまの頭が3つ。
くぐって入るような場所にあるので、見えた瞬間ビクッとしてしまった
持ち上げて軽ければ願いが叶うらしいんですが…なんかドキドキしてしまったので拝むだけ拝んで立ち去ってしまった

そのままの流れで大山寺・御袖天満宮へ。

大山寺は別名天神坊と呼ばれているお寺です。
こまかい繋がりがあるのかはわかりませんが、なぜか猿の像がいらっしゃった
「見猿・言わ猿・聞か猿」日光東照宮にあるのと同じかと思ったら…五猿(ごえん=御縁)??何か違う??

「みて“ご猿”、いうて“ご猿”、きいて“ご猿”、まえむき猿、で“ご猿”」
区切り部分がややこしいけど、そういうことらしい。
三猿の意味と微妙に違うニュアンスに思えるのは自分だけなんだろうか…

そして境内で繋がっている御袖天満宮へ。

御袖天満宮は、菅原道真の袖を祀っている神社です。
道真が流罪となった太宰府へ向かう途中尾道に立ち寄り、その際に尾道の人々が世話をしたため、そのお礼にと、自らの袖を破いて自分の姿を描いて尾道の人に与えたとのこと。
敷地に柵があって見れませんでしたが、大山寺の近くには道真の腰かけ石なるものもあります。
ここは大林監督の映画『転校生』の有名なロケ地
二人が入れ替わった階段のところなんですよ

勝手に感慨深くなってみたりした(笑)
だってここなんだ~って思うとトキメキますよもう30年も前の映画だけど
地元の方とお話して聞きましたが、あの映画が流行った当時は、真似して階段を転がり落ちるなんてやったおバカさんが結構いたらしいです。
しかも素人だからね~もちろん激しい負傷者が出ていたようで
尾道ってのは坂道の町な上に、道が細い。そんなわけでいまだに救急車が上にはあがってこれないところなんですよ。
搬送なんてなった日には、ホント、大事だったそうです
みなさん、こういった真似は絶対やめましょう

尾道観光①

2012年02月21日 | 日記
尾道寺社巡り
とりあえず奥から尾道駅に戻ってくる感じで攻めてみようとまずは海龍寺へ。


海龍寺は技芸上達祈願寺として有名です。

本堂のところにはだるまのおみくじがあって、だるまが並んでるのが何だか可愛かった
そして本堂の奥には人形浄瑠璃の文楽・竹本弥太夫の供養塔と南北朝時代の塔が並んで建っていました。

供養塔は近づいて写真撮り損ねていましたが、全体写真の真ん中あたりにある屋根があるところの塔たちが供養塔になります。
右側の石塔は2枚目が近づいた写真。
大阪でもないのに供養塔が建つのは珍しいことらしいです。尾道商人の繁栄ぶりが出ているんですね~

海龍寺の横にあるのが浄土寺。

浄土寺は聖徳太子の創建と伝えられているお寺で、本堂・多宝塔は国宝に指定されています
ちなみに中世の寺院景観を残す寺として、建物だけでなく、境内全体としても国宝に指定されている貴重なお寺

多宝塔の裏にある階段。

この階段の上からの景色も尾道臭くてよかったですね~
こちらの山門も重要文化財。

門から見える船着き場の辺りでは、まだ漁師の方々?がちらほらいらっしゃるのが見えました。
お片付け中?朝ごはん中?だったのかな??


のんびり道を歩いて次のお寺へ。石畳の道が美しい

西郷寺に到着。

ここは時宗の最古式の本堂で、本堂内の泣き龍天井が有名なんですが…入れなかった
人気が全くなかったから、のぞく勇気も起きなかったんだよねぇ…残念
本堂前にはやたら可愛い七福神が。

ただでさえ可愛い仏さんなのに、ハートに↑マークって(笑)
しかもこれ、唯一の女性、弁財天様のところから↑が出ていて、ハートも弁財天様の前にあるんですよ。
弁財天さまからのびてるLOVEパワーってことなんですかねぇ

平山郁夫美術館~向上寺~亀の首地蔵

2012年02月17日 | 日記
耕三寺の向井の平山郁夫美術館へ。


↑はパンフレットの写真です。

瀬戸田は平山先生の生誕地
まぁそんなせいでかな?長野の美術館とはまた違って、平山先生の“昔”の作品が多かった気がします。
学生時代の絵とかめちゃめちゃあるんだもん。
またこれがすごい
中学時代に書いた頼朝とか、本当にそんな年齢で書いたんですか?って思うくらいの出来。
戦時中ってのもあって、戦争関連の絵も多かったです。五十六さんとか。なんかこういうところでも時代ってものを感じます。

もちろん大人になってからの絵もありますよ。
パンフレットの1枚目の写真のやつなんかは下絵もあったんですが、下絵の時点では結構細かい書き込みの僧侶たちの絵なんですよ。
それが最終的に完成すると、背景の金箔を逆光のイメージでとらえているのか影のような人物集団になっている。
この絵の下にはそんな書き込みが存在していて、だからこそリアルな姿なのかなと思って見ると、またゾクゾクとしてしまいます
他の絵も、やはりここの場所をふまえてか、平山先生が書いた瀬戸田や尾道の絵が多かったです。

実は、これに連動してなのかな?
『平山郁夫写生の地』って案内看板が観光していたら各所にありまして。
その絵がどれだけリアルだったか、同じ構図で写真撮るのにこの後燃えてしまった(笑)

長野とはまた違った面白さがあって楽しかったです

美術館の後に向上寺へ。
美術館から歩いて…15分くらい???
こちらの三重塔はなんと国宝

室町時代に作られた塔ですが、なんとも綺麗な状態。
潮風にさらされている場所なのに、管理すごいなぁとなんだか違う感心をしてしまった
ちなみに。夕日に照らされた塔が綺麗と聞き、あえて夕方近くを狙って行ってみました
三重塔の裏手の丘にのぼって夕日と三重塔の写真にチャレンジ

夕日ってほどの位置ではないんですが、夕日モードで撮った逆光ぶりが個人的には気に入っています
海を見渡すこの光景も、大林監督映画な景色でトキメク感じでしたし
ちなみにここも平山先生写生の地です。
看板あった

最後に亀の首地蔵へ。
フェリー乗り場から歩いて5分くらいの場所にあったんで寄ってみました。


昔、瀬戸田には亀がたくさんいて、“亀主”と言う総大将の亀は舟を沈めて人を食べる悪い亀でした。
とうとう船も通らなくなり、食べ物に困った亀主は庄屋へ押しかけ、村人を毎年差し出せと要求します。
村人たちの相談を聞いた向上寺の調明という小僧は、亀主に「自分を向上寺の仏さんも前で食べてくれ」と話を持ちかけ、亀主を、山の上の向上寺へおびきだすことに成功します。
陸地にあがり山をのぼるのは亀にとっては一大事。亀主がぐったりとしたところで、調明は隠し持った刀で亀の首を切り落として退治してしまいます。
切り落とされた首は海に落ちて大岩へと姿を変えました。
亀主もいなくなり、再び瀬戸田の海には平和が訪れ、舟が通るようになったのですが、なんとこの亀主の大岩が邪魔をして海難事故にあう舟が続出してしまいます。
そこれ村人たちは亀主の霊を慰めると同時に海難事故防止を祈願して、お地蔵さんを建てたと伝えられている。

…とまぁこんな伝承の場所。

お地蔵様の見つめる先には…


海岸の岩場からちょっとだけ離れた場所に丸みのある大岩がある。
あれが首なのかなぁ????

ちなみに満潮時に行くと、地蔵様しかでていないようです。それはそれで不思議な光景よね

耕三寺③

2012年02月16日 | 日記
まだまだネタがある耕三寺(笑)

お寺の高台にある『未来心の丘』。

これは一番高台にある光明の塔。

眼下には生口島に海。見渡す景色も最高です

青空に映える真っ白な大理石
彫刻家杭谷一東の作で、仏教護法の十二天をモチーフに作られた彫刻は、独特な世界を生んでいます。


1枚目の写真の真ん中には猫がいるんですよ
月天を望む猫らしい。
2枚目は火天の炎。
3枚目は毘沙門天の天邪鬼。鬼?に座れます

こんな彫刻が青空しか視界にない中に満載。
千仏洞とはまた違う異世界感です。

しかしだ。
まぁこう言ってはなんですが…

宗教くせぇぇぇ

めっさ綺麗なんだけどね…やっぱりこれまた何だかあやしさ満点なんだよねぇ
信仰心が薄くて申し訳ない

見学が終わった後に、未来心の丘にあるカフェで遅めのお昼休憩。

パニーニにカプチーノのセット。たしか1000円…くらいだった(いい加減)。
こんな場所にあるカフェにしてはぼってないかなと。
美味しかった


最後に潮聲閣へ。
和尚がお母さんのために作った邸宅です。
これがまた異常に豪華なんだ
神戸の異人館とか、その手の建物を思い出す勢いです。


和と洋の融合。
西洋っぽいオシャレさかと思えば、書院造の渋さがある。
しかも和の部分は細かいところで独特な作りをしていて、特徴あって面白い。
たとえばこれ。

セキセイインコの彫刻って…しかもカラーだし
面白いセンスです
玄関も邸宅の天井のレベルをはるかに越えていたし。

どんだけ格式高い玄関なんだよって。


いや~耕三和上、すごすぎです。
ここまでやられると、もう何でもありですよ。面白すぎですよ。
①でも言いましたが、ここ、確実にお寺のテーマパークです
やりすぎ最高(笑)
不思議なお寺でございました

『金閣寺』凱旋公演

2012年02月14日 | 日記
『金閣寺』凱旋公演、東京千秋楽に行ってきました。

前回の時は東京・大阪両方見て、大阪公演の変更ぶりにびっくりしましたが、今回のもまただいぶ手を加えられていました。
より話をわかりやすくしたって感じ。
ただ、ひとつひとつのシーンがわかりやすくなった分、シーンのカットも多かったような…
メイン3人の関係性に軸を置いて、“金閣寺”との対峙や住職との対峙のインパクトが薄れたような気がしたんですよねぇ…

溝口(剛)と鶴川(大東)の関係性は、前回よりも、もっと密接な雰囲気になっていたような感じがしました。
二人で遊んでいるシーンの、溝口の笑顔が妙に印象的だったし。
剛ちゃん、可愛かった(笑)
二人の関係性が、こう表現するのはなんですが…『三島作品ぽい』かなと。
同性愛くささが増していた
実際の小説では鶴川は溝口に心を開いていなかったんですが…舞台でももちろん柏木(高岡)に託した最後の手紙まで本心をさらしていなかったんですけど、今回の芝居は、本当にそうだったかな?って感じがしたんですよねぇ。
手紙に描いていた“許されぬ恋”ってのが、一瞬この2人の?と思えてしまう勢いだったっつうか。

ま、違うはずなんですけど

ただ、三島作品だから、そのノリ、あってもおかしくはないんだよねぇ。
現実から逃れたい二人が、二人の世界の楽しさにハマっちゃって…みたいな。

大東くんの演技もあったのかなぁ?
前回は溝口との絡みが、“爽やかすぎ”で人間味が微妙にない感じだったんです。“清い爽やかさ”っての?
が、今回は同じ爽やかでも人間味があったんです。“明るい爽やかさ”。
だから感じが違ったのかも。

柏木に関しては、さらっとしたかなぁと
前回のが攻撃的で目つきがもっと悪かった(笑)
溝口に対して優しさが出ていた気がするんですよね。
ただ、今回の雰囲気は、鶴川と溝口の感じも違って見えたので、そのすべてを眺めている側として、そんなお兄さん的な感じがあってた気がしましたね

今回、個人的に『う~ん…』だったのは、金閣寺との対峙。
なんかもっとそこに厚みがほしかったんだけど、何かどのシーンもさらっとしちゃったんだよ
もっと“金閣寺”てのを神格化させてほしかった。金閣寺を擬人化することで出来る異空間さが薄れた気がしたんですよ。
溝口の精神をおかしくさせちゃうには、物足りなくて…
そして最後の金閣が燃えるシーン…

あんなあっさりだった???

もっと燃えてる様を眺めていてほしかったというか…もっと燃えてる感じの光を強めてほしかったというか…
前は床に光を反射させてたはずなんだけどなぁ。ステージ一面が一瞬オレンジに染まって幻想的な眩しさがあったのに…

3人の「生きよう」は、“静”がさらに増した感じがして良かったんですけどね。
やっぱりその前、空間すべてを染め上げるような眩しさが欲しかったの~
ちょっと消化不良

千秋楽だったのでカーテンコールの挨拶はもちろんあり
剛ちゃんが去り際に、後ろ姿のまま両腕ふりあげて「やったー」やってたのは可愛かった(笑)
大東くんと高岡くんに肩まで担ぎ上げられたのも可愛かったですね(笑)
2回目?3回目?のカーテンコールの時、金銀テープが飛んだんですが、出演陣はこれ知らなかったらしく、マジで驚いていました。
たしかに舞台でこんなの普通やらないしね
バックに「お疲れ様」垂れ幕もでたし。
しかも2バージョン。
上から金の花吹雪も出ちゃったし。これ、綺麗だったなぁ

耕三寺②

2012年02月11日 | 日記
千仏洞へ。

この門をくぐると洞穴のような通路が続いています。

ここは地下霊場で、長さはなんと350m
入ってすぐ、壁などに菩薩様や如来様がここ、いったい何


ドキドキしながら奥へ…
この辺りは道もわりとなだらかで歩く分には問題なし。

あ…閻魔さまがいる
この辺りは地獄見学コースらしく、壁には地獄絵などのパネルもあったり、地獄を詠んだ和歌が貼られていたりします。
やっぱり洞窟だし、こっちになるかぁ…と思いながら奥へ進むと…

滝?
つうか何ここっっ


…怖い

どうやら極楽コースらしいのですが、衝撃的な絵面に本気でビクッっとしてしまいました
そしてここから道もなんだか迷路ちっくに…
螺旋階段に…石仏の山

仏様に囲まれているんだし、ありがたいはずなんだけど…
でも…でも…

心臓への負担は確実に大

やりすぎだっつーの
あれは異世界です。マジで。
ここまで異世界って感じたこと、たぶんない
地下だから空気もひんやりしているし。どこ見ても仏様たちに囲まれて見られているし…
なんつうかなぁ…清らかすぎるところに放りいれられたっつうの?
「よくわかんないけど、とりあえずごめんなさい~」とひたすら思ってしまう。
だってそんな清廉潔白じゃないものそれを見透かされてる気分になるっつうか…ホント、ビクビクMAX状態ですよ

外の光が見えてきて、ものすごい気分がホッ

…て、出たら目の前に巨大な救世観音さまがいるぅぅぅぅ


でっかいから、ここに入る前から存在はわかっていたけど、まさかこの目の前が出口だったとは…

とりあえず最後の最後までビクビクしてしまう洞窟でした。
表現悪いけど、下手なお化け屋敷よりよっぽどドキドキ感あると思うよ。凄すぎるもん、あの空間

耕三寺①

2012年02月10日 | 日記
再び高速バスに乗って瀬戸田へ

まずは耕三寺へ。


耕三寺は昭和に出来た浄土真宗本願寺派のお寺です。
このお寺の初代住職耕三和上が、母の菩提を弔うために、昭和11年から30年かけて建立されたお寺さんです。
僧になる前は大阪で事業を成功させていたとだけあってお金もあったようで、その財力をいかした建造物、コレクションを見ることができます。

とりあえず、入り口から「なんだ、ここ…」って感じでした
いや、だって…の写真が港町にあるんだよ?そりゃ思うよ

入ってもすごい。とりあえずド~ンとした広さ。
どう表現したらいいか…お寺のテーマパークに来たような気分
ここの建物は飛鳥~江戸、核時代の代表的な建築物を模して造られています。
ちなみに最初の写真の山門は京都御所の紫宸殿、中門は法隆寺の門を模して造られたもの。
入り口から度胆抜かれるのも当然なのです


この五重塔は奈良の室生寺の五重塔を模したもの。
ちょうど以前アップしていた本物の写真がまだ残っていたのでおまけで掲載。

この五重塔の特徴は屋根の大きさがほぼ均一で厚みがあること。同じ建造物でも、特徴のあるものを模するんだなぁ…
五重塔の後ろに見える僧宝蔵も四天王寺金堂を模したものです。
しかしどこを見ても常に感想が「どうなってんだ、ここ…」てのも凄いわ

その五重塔の上にあるのが孝養門。

これは日光東照宮陽明門を模したもの。…だから豪華すぎるんだって
こちらは陽明門を真似ただけあってか、色もちょっと独特。
正確に言えば彫刻がすごすぎて、門の色が彫刻の色になっちゃってるんだよね

見れば見るほどやりすぎ感さえも覚えるこのお寺…
孝養門の裏側だってちゃんと彫刻されています。

この日は年末だったのでちょっと修復?お掃除がされていたので、ちょっと足場が邪魔になってしまいましたが

その向かいが本堂。これは平等院鳳凰堂を模したもの。

平等院の場合、池に建っているってイメージが強いので、ここは模したって言ってもイメージがだいぶ違く感じましたね

長くなってきたので続きは次回

因島水軍城

2012年02月08日 | 日記
白滝山から因島水軍城へ移動。
たまたま出会った保勝会の方に白滝山からお城まで送っていただいてしまった…旅番組のようなラッキー出来事
地元の方と触れ合えたのもめさめさ楽しかったですし、なんといっても楽させていただけた。
本当にありがたかったですありがとうございました
ちなみにこの時に以前載せたはっさく大福も御馳走になったのです
これ、本当に美味しかったまた食べたい

…と話飛んでますが、そんなこんなで無事水軍城へ。

ちょっと見ずらい写真ですが、植込みのツツジも村上氏の家紋になってます


門をくぐっていざ水軍城へ
因島水軍城とは…一応奈良本辰也先生の監修により再現したもので、資料館になっています
全国でただひとつの水軍城です。
マニアックって言えばマニアックなのかなぁ?
ただ、城が好きな人としてはとりあえず気になっていたので行ってみたかったのです(笑)


階段を上がってまずは隅櫓へ。
中は1階は水軍時代から現在に至るまでの船の模型などが展示されていました。
二階は一応展望台…か?
窓が小さいので展望台ってほど見えないかなぁ…

そして本丸へ。

こちらが水軍の資料館です。
入り口入ると、受付の前に兜・鎧の写真撮影用のコスプレ道具が(笑)
気にはなったけど…つうかぶっちゃけ本当はやりたかったけど、なんとなく受付さんにお頼みしづらく…断念

撮影が禁止なので写真はないですが、入るとすぐある村上水軍の模型はなかなか立派でした
周囲には兜・鎧・書物などの他、水軍ってこんなことししてたのよって解説や、村上氏の当主の解説などが展示されていました。
見ていると、村上水軍って言えばかっこよい感じもありますが、やっぱ海賊なんだよねぇ思ってもみたり…
積荷に応じた通行料払わないと、全滅させちゃうんですからねぇ…
容赦ないよなぁ
個人的に面白かったのは甲冑のところ。
水軍の場合、船の上での戦闘だから、腰より下は船体に守られているってことで、草摺が短いんですよ。
別に鎧を頼りにしなくても済む場所だし、それなら長いと動くのに邪魔になるからってことで。
まぁ当然と言えば当然なんですが、戦闘方法の違いがこんなとこにも出ているのが面白いなぁ思いましたね

解説全部読むと、地味に時間かかりますが、まぁ1時間もあれば十分かな?

隣の二の丸の中には、村上水軍のマネキンたちが…

皆で作戦を練る図です。
なんとなく自分の中にある水軍の兵隊たちとイメージが違うマネキンでしたが、まぁいいか

水軍城を出ると、お墓の方へ通路が繋がっています。
そこから見える水軍城の眺めも良かったですね~

城の下にはいかにもこの地ならではのみかん畑だし

ちなみにこのお墓のところには、村上氏のお墓もあります。
お掃除の方がいたので、邪魔にならないようにちょい寄りしかできませんでしたが、歴史上の人物のお墓参りマニアとしてはちょっとだろうが寄れたことで満足

因島の白滝山②

2012年02月06日 | 日記

いざ山頂に向かってGO


山頂の展望台まで誘うように、両脇には石仏が並んでいます
石仏越しに見える向島方面の海も綺麗

たぶんこの辺りで一番高いところにあるのだろう鐘楼。
撞いてもいいのかなぁ?思わせる賽銭皿もあったたけど、本当にいいのかわからなかったのでやめておいた

そしていざ山頂展望台

これだよこれを見て見たかったんだよぉぉ
天気もバッチリ青空に海が映えて、こんな場所にくるには最高の状況
石仏の並んでいる姿を上から眺めるってのも新鮮だし。
そして360度のパノラマ景色石仏~


ボケーっとしばらく眺めていてしまいましたよ


展望台からは因島大橋ももちろんバッチリ
…つうかあそこから歩いたのか…観光パンフの『大橋から徒歩30分程度』てどんな速度の人で計ったのか聞きたい
石仏の奥に見えるのが『日本大小神祇』の碑を建てられている巨石。

これ、正面からは大きな巨石って思うだけなんですが、横から見ると…

背を丸めているお坊さんを横から見たように見えるのは私だけ???


石造様たちにお別れを告げていざ下山。

いや~楽しかった
やっぱりここの景色は噂に違わず最高でした

因島の白滝山

2012年02月05日 | 日記
風邪ひいて弱ってました~久しぶりに痛手負ったわぁ

旅ネタの続き、やっとですが始めます。

福山から朝の高速バスに乗っていざ因島へ
しらなみ街道はやっぱり美しい
朝の景色に見惚れながら因島大橋到着。

このサービスエリアからの景色も最高です

白滝山に向かってトコトコのんびりお散歩。
途中に石鎚権現さんが祀られていたのでちょっと寄り道でお参り。
道から見えた鳥居をくぐって草がちょい茂った道を少し登ったところにありました。

権現さんとその眼前の景色。
景色はめっさいいけど、足元が微妙なので、足元が悪い日は道からすぐと行ってもおススメはしません

そこからさらに…つうかその2倍くらい?歩くとやっと白滝山の看板が
4キロくらいあったんじゃないかなぁ??思ったより遠かったよぉぉ

白滝山は山頂に五百羅漢さんが立ち並んでいる山です。
村上水軍の1つ、因島村上氏(毛利家臣の村上水軍)の6代当主である村上吉充が観音堂を建立し、その後、柏原伝六たちによって五百羅漢が作られたと伝えられています。
ここ1度来てみたかったんだよね


山頂に向かう階段の横には大きな岩たちが…そこにも観音さんたちが彫られていました。
ちょっと独特な光景です。


山門をくぐると観音堂
左側に見えるのが展望台。行ったのが年末だったので観音堂は閉まってました

展望台の横には十字架観音像がありました。

この観音さま、『十字架観音』だって看板はあるけれど、それ以上の説明が一切ない。
隠れキリシタンの作ったものか何かなのかなぁ?と思ったけどそれもよくわからず


十字架観音の岩の左横からの景色。

この岩の左側の奥を進むと、白滝山の伝説、恋し岩があります。…写真撮り損ねたけど
もし行かれる方いましたら、めさめさ目立たない場所にあるんで、見落とさないようお気をつけて
奥の奥です。観音堂の裏側だから
ちなみにこの伝説とは、重井の民話からのもの。
『3年間待っていてくれ』と言い残し力士になる為に旅立った彼の帰りを待ち続けた娘が、約束の3年を過ぎたのに彼が帰ってこないと海に身を投げてしまう。立派な力士となって娘を迎えに来た彼は、嘆き悲しみますが、白滝山の観音様のお告げで深浦の浜で彼女の化身の岩を見つけ、それを白滝山の観音堂に奉じてその後一生をかけて供養した。
…とまぁ大雑把ですがこんな伝説です。
ちょっぴりだけど、ずいぶんとこらえ性のない娘さんだったなぁなんて不謹慎なことも思ったり…3年をどれだけ過ぎてたのか、年齢がいくつだったのかとかバックグラウンドはわかんないけど、死ぬって決断するのが早すぎないか?!と伝承看板読んで思ってしまった

そしていざ一番メインの山頂へ

五百羅漢って言っても、自分が通常知っているサイズの羅漢さんじゃないんですよ。
普通に三尊像の大きさだって
お出迎えから規模がすごいわ

長くなったので続きは次回