(川越まつりのHPより)
『蔵造りの町並みにに江戸まさりの山車がゆく』 この言葉に誘われて、
10月16・17日の土日、小江戸と呼ばれている「川越まつり」が行われている。国指定重要無形民俗文化財の指定をうけてから、見にいっていないので秋晴れの午後カメラを片手に行ってきたのです。
川越祭は慶安元年(1648)に川越藩主であった松平伊豆守信綱が、氷川神社に御輿や祭礼用具を寄進して祭礼を奨励したことから始まった。元来氷川神社の例大祭で、神社の神事祭典と氏子の上・下十ヶ町が中心になって行う附け祭の町方祭礼行事から成立したと書かれている。(市観光課パンフ)
(山車の揃い曳き・数台の山車が、曳っかわせを行う)
現在の川越祭のメーンは、江戸徳川幕府の天下祭の影響を受けた江戸型山車の揃い曳きで、旧市街地の観光重点地域を曳き回す山車の総数は29台である。その山車の多くは上層部分が伸縮できるカラクリ構造であり、ことしはこの内9台が市街地を巡行した。(総てが勢ぞろいする大祭は10年に1度)
(市役所前には太田道灌の銅像が建っている。市役所前での山車の巡行)
(迫り上げ式の上層にはそれぞれの人形・御神像が上がる。これは弁慶)
(山車の上層には町内毎に人形が上がる。これは川越小江戸の猩々・しょうじょうの人形)
その他人形には龍神・日本武尊・牛若丸・小狐丸・道灌・浦島・重頼・頼光・家光・八幡太郎義家 などなどと続く。
(山車の先頭は先触れ役や露払い役、かわいい手古舞衆、多くの曳き手と続く)
(川越のシンボル・時の鐘近くも大勢の人で賑わっていました)
地元同級生の商店主Y君や、通町の御酒所でハッピ姿のS先輩に挨拶したりして、善さんも久しぶりの川越まつりを楽しみました。
それにしても大変な人出でした。
人ごみの中をさ迷って疲れたので、肝心の氷川神社でお参りするのを忘れてしまいました。
(以前お参りした氷川神社の袋)
善さんが居ると解っていてもあの混みようではお会いするのは無理な話でした。札の辻では弁慶山車の人形を下げるのに時間がかかり3台の山車が渋滞となり、身動きが取れず30分近く足止めを食いました。お疲れ様でした。
御殿場ボラは、土日に行く事になりました。今年もよろしくお願いいたします。
それにしても大変な人出でした、日本人はお祭好きですね。
太平洋マスターは今回、土曜日までの予定です。(日曜日はテレビ観戦します)よろしく!