何十年ぶりかの穂高岳
メインデッシュを終えて
後はデザートを楽しむように
徳沢にてキャンプを楽しむはずが
歳の所為でしょうか・・・
疲れは思う以上に体に残っていたようで
テントを張り終えて
少し昼寝をするつもりで横になると
そのまま 深い眠りについてしまいました
気が付いて テントから這い出てみると・・・
ぽつぽつとテントに灯る灯がつき始めて・・・
うっすらと空が白け始めだしております
何時間眠ったのでしょう
朝でした・・・
私の記憶に残る上高地は
夏でも夜は寒いくらいのイメージでしたが
結局シュラフの中に入ることなく 寝ていたようです
灯がぽつりぽつり・・・
まだ眠ったような静けさ・・・
徳沢キャンプ場
暫くぼんやりと周りを見て
何するでもなく 涼しい空気の絡みを楽しむ・・・
辺りに目が慣れだすころ
静かだったテント場に 動きが見られ始めます
それでも山はまだ 眠ったままのよう・・・
10時間以上眠った体は まだ重い・・・
若い頃の様に 一晩眠れば回復とはいきません
それでも ひんやりとした朝の空気に目覚め
心は軽く 良い目覚めです
上高地園路 梓川左岸コース
まだ薄暗いうちに撤収して
早々に上高地BTまで戻る事にします
ここからは 緩やかなアップダウン張るけれど
殆ど平らな 地道を歩きます
40年ぶりの道は きれいに整備され
広くなっているように感じます
樹林帯に覆われた道が開けると
明神岳が常に姿を見せてくれます
明神岳
広い河原の向こうには
段々赤く染まる
朝焼けの明神岳見えてきます
ツルアジサイ
ミゾソバ
ソバナ
深い樹林帯の中に続く道を歩きますが
以前とはどこかが変わっています・・・
確かに平らで緩やかな道だった記憶は残っていますが
樹木の雰囲気も変わっているような・・・
林帯の薄暗い道
少し面影が残る所も・・・
川の流れを側に見ながら歩くと
懐かしさが湧いてきます
そう・・・以前は
水の流れを傍に感じて歩いた・・・?
メタカラコウ
湿気が混じりながらも
朝のさわやかな空気は心地よく
避暑地ならでは雰囲気を味わいます
ヤマゼリ
森の精が水辺で遊んでいそう・・・
静かな 静かな森の目覚めを感じながら
ゆっくりと歩いて行きます♪
少し明るくなった道
分岐の標識
明神岳
上高地の道は やはり変わりました
増水時の時の道が
当たり前のように使われており
梓川の川沿いの道は無くなり
河原には 施設管理の運搬路が出来ています
以前よりも河原が広くなったように感じます
樹林帯も少し狭まったのでしょうか
樹木が少なくなったようにも感じます・・・
でも 樹木の背は伸びたよう・・・
キバナノヤマオダマキ
建物が見えてきます
創業400年の老舗の明神館です
悲しいかな ここの記憶が私にはありません
明神館が40年前同じように存在していたはずなのに・・・
そして とても重要な場所でもあるのに・・・
朝焼けの宿 明神館
明神は 江戸時代以前
徳郷と呼ばれていました
現在は 明神 または・・・
明神十字路分岐と呼ばれています
昔から神聖な神河内の神域とされ
いつしか上高地となりて 静かな一軒の
山宿として残されております
朝焼けの穂高の神を拝め
朝もやの明神池へ誘う入り口が
ここにあります
その上に槍のようにそびえる明神岳・・・
標高も分からない時代・・・
山を神と崇める時代・・・
上高地の中心であったここからの岩稜は
立て穂の山と呼ばれ
上高地の中心であったここからの岩稜は
立て穂の山と呼ばれ
その剣の様にとんがった岩峰から
穂高の中心と思われ 穂高岳と呼ばれたという
穂高の中心と思われ 穂高岳と呼ばれたという
そしてここは
神河内徳郷と呼ばれる
パワースポットでもあります
明神岳の朝焼けは
神降地の語源となったと言われます
そのパワースポットとしての
明神のパワーが一番強いのは
午前7時ころまでだそうです
神の信仰穂高岳(明神岳)
参道標 明神、又は明神十字路分岐
参道標は96年新しいものに替えられたそうです
明神池への参道方向を見上ると
目覚めた明神岳が姿を見せています
上高地、明神の地からの頭上の穂高岳岩峰群(明神岳は、尊称)
ここが 上高地の初まりの場所です。
上高地の古代からの始まりの地は、上高地明神
神河内、神降地とも言われるのはここだけです
昔は集落が有った明神と
5分の距離でたどり着く明神池の間は
全て穂高神社奥宮の神域
明神からの穂高岳の朝焼け
奥宮の庭園の明神池の朝もや
梓川の朝霧の順番で 朝が始まります
「明神岳」とは・・・
単純名で「穂高岳」と古代から言われた
穂高の神のご神体を
大正年間に敬って変えた名前です
上高地明神から見ると
海の神であり
日本アルプスの総鎮守
穂高見命のご神体が全て見えます
上高地明神館HPよりお借りしました
ハナウド
白沢の伏流水
明神館の前に池があります
この池は
白沢の伏流水だそうですが
神秘に湛える水面に
別の世界が広がっているよう・・・
ジャコウソウ
ヤマオダマキ
上高地への路をどんどん進むと
小梨平に着きます
流石にお盆と言う事もあり
多くの家族連れやキャンパー達が
テン泊を楽しまれています
ここから徐々に
現実の世界に引き戻されるような
錯覚を覚え始めます
小梨平
しみずばし
清水川上流方向とバイカモ
小梨平を通り過ぎて
上高地BTに向う途中
散策路にある橋を渡ります
この橋は清水川に架けられており
橋の下には透きとおった水が
涼し気に そして豊かに流れております
その流れの中に
川底を埋め尽くすほどの
バイカモを見る事が出来ます
バイカモは 川の中で緑の演出をして
人々の目を惹きますが
白い花が確認できません・・・
この老いた目では
流れの中の花を見つける事が
出来なかっただけでしょうか
それとも・・・
もう・・・終わりなのでしょうか
バイカモは
水温14℃前後の清流にしか育たず
花の咲くタイミングも難しいと聞きます・・・
8月下旬までは花を見る事が出来ると
聞いていましたが 残念です・・・
上高地の清水川は
六百山の麓から湧き出た豊富な水が流れており
その流れは 全長300m程の小河川を作り
河童橋の上流で梓川に合流しています
バイカモが揺れ
イワナが泳ぎ
上高地の飲用水源となっているそうです
梓川
河童橋
梓川とTHE PARKLODGE上高地(旧 五千尺ロッヂ)
河童橋まで戻ると 雰囲気は一変します
観光客らと混ざって歩くと
自身の体の臭いが気になります・・・
それでも観光客に混ざりながら
梓川の辺で景色を楽しみます
清流を湛える梓川
その向こうの木陰に佇むホテル・・・
いつか ゆっくりとホテル泊で
上高地を散策して見たい
対岸のホテルを見ながら夢が膨らみます・・・
上高地BT近く・・・
上高地バスターミナル
まだ 人の賑わいに活気はなく
静かな佇まいで迎えてくれます
沢渡駐車場行きは 始発に乗れそうです
少し時間があるので
上高地観光センター内のお店を少し徘徊・・・
2回には食堂があり 朝定食があるようですが
バスの時間が微妙・・・という事で
1階の売店でカレーパンなどの軽食を購入して
バス停の近くのベンチに座って
バスを待ちながら食します
それにしても
贅沢が出来るようになったものです
何もなく ただのバスターミナルが
今では観光の一端を担っているのですから・・・
ハイヒール姿の女性の傍で
汗臭い老婆 パン食らう・・・と言った感じですが
それも上高地らしいのかもしれませんね
沢渡駐車場行き
上高地インフォメーションセンター
第3駐車場
相変わらず車は沢山 停まっています
無事に帰り着いて ホッとした時でもあります
笠ヶ岳
料金所から見える笠ヶ岳
懐かしい~♪
そんな笠ヶ岳を見ながらふと思う・・・
今度はどこに行こうかしら・・・
やはり山から下りると次のお山が恋しくなります
そんな慕情を抱いたまま帰路につきました
終
長文となりましが
番外編で 上高地の様子を書きました
年月の流れの中 変わったものが多く戸惑いました
それでも 変わらぬ懐かしいものもあり
自身の人生の一ページを更新した気持ちです
夏山紀行のブログに最後までお付き合い下さいまして
本当にありがとうございました
nanekobi5963
私も半世紀近く前、明神の東陵から前穂に上がったことがあります。
その時には、頂上直下ですさまじい雷雨に遭遇して、ビバークを強いられました。
落雷とともに、濡れた地面から電気が伝わってきて、眠れぬ一夜を過ごしました。
明けて、岳沢ヒュッテに下りると、小屋の人からよく生きて下りて来れたね!と。
そんな記憶が前穂の頂上直下50㍍地点にあります。
なので、またいつかは岳沢から前穂、奥穂に登りたいな、と思ってはいましたが。
齢を重ねてくると、だんだん敷居が高くなりつつあります。
それで、今年は常念・蝶ヶ岳から槍・穂の稜線を見ることにしました。
12日は、そちらから奥穂などを眺めていました。
記事を拝見させていただき、もう一度体を鍛えて、奥穂に登りたいな!
そんな風に思いました。本当にお疲れ様でした。
明神の東稜から前穂ですか・・・!
凄いです~!
それに 小屋の方のおっしゃる通り
良くご無事で・・・と
こちらも背中に冷たいものを感じながら思います
稜線上での雷は
横から 下から 容赦なく走ってきますもの
考えただけで鳥肌が立ってしまいます
本当に コメントを書いて下さるkanehira8様が
今 ここにおられる奇跡に感謝です
歳と共に 行けなくなる山もありますが
向き合いながら 日頃から体の管理をして
少しでも多くの山にチャレンジできればと思っております
お互い 無理のない範囲・・・だけど・・・
ちょっとだけ無理して・・・しまうかもしれないかな・・・
それでも
行きたいお山に登れるといいですね♪
コメントをありがとうございます
山沢周平といいます。コメントの仕方をミスりました。すみません。
私たちは、福岡からでしたので行きは阪九フェリーで泉大津に渡り、
名神に出て中央道を走って、安曇野まで行きました。
帰りは、盆に重なったので安曇野から一気に福岡まで走りました。
おおよそ1100キロを14時間ほどでしたね。山に登るのもけっこう疲れます。
でもまぁ、その疲れはすぐに忘れてしまい、次はどこにしようか?
帰ってからも、いろいろと調べてる自分がいます。
お気になさらず なんとも思っておりませんでした
ご訪問いただいた事でもうれしいのに
コメントを残してくださったことに感謝しているぐらいです
九州からなのですね
お山に入るまでも大変です
私ならばその時点で 迷うところでしょう
それでも 山の計画は楽しいものですよね
九州のお山には年に何度か伺います
今年もまた計画を立てて楽しみにしています
山の資料だけは
増えても減る事は無く部屋を埋めています(笑)
ご丁寧にありがとうございます
これからも宜しくお付き合い下さい