ヴィオラを始めて、ヴィオラの音がなかなかすきです。
そうすると、ヴァイオリンの出番が今は少なくなってしまって、何度も書いたように、箱にしまわれっぱなしのバイオリンは、湿度で膠がはがれて、真っ二つになってしまいました。
こうなると、「ヴィオラを専門にして、ヴァイオリンは売ったら? そのお金で、いいヴィオラを買ったらいいじゃない?」なんていう、不届きなことを言う人がいるんだけれど、これは、どうしてもできない。
なぜか、このヴァイオリンには、とっても愛着がある上に、不思議な縁がある気がします。
<わたしのバイオリン>
バイオリンとの出会いは、わたしがトゥールーズに住んでいたとき。、とあるルチエさんのところで買ったのです。
いろんな、(といってもトゥールーズには、パリほどルチエはいない)ルチエの所を回って、いいバイオリンとの出会いを探していたのですが、
いかんせん、その当時はフランス語もままならなかった上に、トゥールーズの町の音楽事情も分からず、なにがいいのやら、信用していいのやら、ちっともわからず、途方にくれるばかりでした。
そんな中で出会ったのが、トゥールーズ旧市街にとてもこざっぱりと、手入れの行き届いた店を持っていた、カルボナラさんというルチエさんでした。
いくつも出してくれたものが、どうしても気に入らず、何度目かに行ったときに、
「古いバイオリンを探しているのなら、これならどうだろう?
これは、国立トゥールーズ楽団(フランスには5つ、国立のオーケストラがあるそうだ。トゥールーズのレベルも非常に高い)の、第一バイオリン奏者が弾いていたんだけれど、
売りに出したいらしくて、今僕が預かっているんだ。
コミッションは取らないから、とてもお買い得だし、状態もすごくいい。個人的にも強く薦めるよ」
と、出してきてくれたのが、わたしの今のヴァイオリンだったのです。
ヴァイオリンは、とても渋い色あいで、ひと目で古いものだと分かりました。
でも、そのときまで、古いバイオリンなんて、触ったこともなかったので、いいのか悪いのか、ちっとも分からない。長い間、迷って、うちに持って帰って、試さしてもらった上で、やっと決めたのでした。
このバイオリンは、フランス北部、ロレーヌ地方にある、Mirecourt(ミルクール)でつくられたもの。
フランスバイオリンは、音は輝かしく重厚。赤みの強い色の濃いニスが特徴。
ニコラ・ルポ-やヴィヨ-ムなど飛びぬけて高価な製作者は少なく、中級の楽器が多のだそう。それでも、19世紀後半から20世紀にかけてミルクールやパリで作られた中級のモダン・バイオリンは高く評価されています。
わたしのヴァイオリンは、ミルクールの、Moitessier(モワトゥシエ)というルチエの作品です。
彼の活動期は、1780年 から 1824年。ミルクールのバイオリンの基礎を作ったといってもいいルチエかもしれません。
わたしのバイオリンは、おそらく1810年代のものだろう、ということです。
<かつてのミルクール>
ロレーヌ地方といえば、わたしがトゥールーズ(フランス南西の町)の次に住んだ町。
今から考えると、全く意図せずに、バイオリンの故郷に惹かれるようにして、フランスを横断しました。
ミルクールは、ロレーヌの中でも、田舎町で大して見るものもありません。
ミルクールには、バイオリン博物館があるのですが、二階建ての一軒家を改造したような博物館は、それほど大きくはありません。
<ロレーヌの田舎>
それでも、この田舎町の近くに友人が住んでいたこともあって、わたしは、なんどかミルクールの町を通り、博物館をたずねました。
ロレーヌの田舎には、北海道のような大平原の畑が広がっており、不思議に「外国にいる」というときめきを感じないところです。
この退屈さがイヤだったのだけれど、いま考えると、なんだか、不思議な縁があったのかもしれません。
もし生まれ変わり、というのがあるのなら、もしからしたら、わたしはこのヴァイオリンの作成か何かに携わっていて、なにか愛着があって、ふたたびめぐり合ったのじゃあないかなぁ~なんて、おかしな考えが、ふっと浮かんでいます。
そんなことを考えるのも、じつは明日やっと、パリに出かける友人に託していたバイオリンが、手元に帰ってくるのです。
数週間、会っていなかった恋人に会うような、
「変わっていたら、どうしよう?」なんて、どきどきしていまう気持ち、そんな感じです。
そうすると、ヴァイオリンの出番が今は少なくなってしまって、何度も書いたように、箱にしまわれっぱなしのバイオリンは、湿度で膠がはがれて、真っ二つになってしまいました。
こうなると、「ヴィオラを専門にして、ヴァイオリンは売ったら? そのお金で、いいヴィオラを買ったらいいじゃない?」なんていう、不届きなことを言う人がいるんだけれど、これは、どうしてもできない。
なぜか、このヴァイオリンには、とっても愛着がある上に、不思議な縁がある気がします。
<わたしのバイオリン>
バイオリンとの出会いは、わたしがトゥールーズに住んでいたとき。、とあるルチエさんのところで買ったのです。
いろんな、(といってもトゥールーズには、パリほどルチエはいない)ルチエの所を回って、いいバイオリンとの出会いを探していたのですが、
いかんせん、その当時はフランス語もままならなかった上に、トゥールーズの町の音楽事情も分からず、なにがいいのやら、信用していいのやら、ちっともわからず、途方にくれるばかりでした。
そんな中で出会ったのが、トゥールーズ旧市街にとてもこざっぱりと、手入れの行き届いた店を持っていた、カルボナラさんというルチエさんでした。
いくつも出してくれたものが、どうしても気に入らず、何度目かに行ったときに、
「古いバイオリンを探しているのなら、これならどうだろう?
これは、国立トゥールーズ楽団(フランスには5つ、国立のオーケストラがあるそうだ。トゥールーズのレベルも非常に高い)の、第一バイオリン奏者が弾いていたんだけれど、
売りに出したいらしくて、今僕が預かっているんだ。
コミッションは取らないから、とてもお買い得だし、状態もすごくいい。個人的にも強く薦めるよ」
と、出してきてくれたのが、わたしの今のヴァイオリンだったのです。
ヴァイオリンは、とても渋い色あいで、ひと目で古いものだと分かりました。
でも、そのときまで、古いバイオリンなんて、触ったこともなかったので、いいのか悪いのか、ちっとも分からない。長い間、迷って、うちに持って帰って、試さしてもらった上で、やっと決めたのでした。
このバイオリンは、フランス北部、ロレーヌ地方にある、Mirecourt(ミルクール)でつくられたもの。
フランスバイオリンは、音は輝かしく重厚。赤みの強い色の濃いニスが特徴。
ニコラ・ルポ-やヴィヨ-ムなど飛びぬけて高価な製作者は少なく、中級の楽器が多のだそう。それでも、19世紀後半から20世紀にかけてミルクールやパリで作られた中級のモダン・バイオリンは高く評価されています。
わたしのヴァイオリンは、ミルクールの、Moitessier(モワトゥシエ)というルチエの作品です。
彼の活動期は、1780年 から 1824年。ミルクールのバイオリンの基礎を作ったといってもいいルチエかもしれません。
わたしのバイオリンは、おそらく1810年代のものだろう、ということです。
<かつてのミルクール>
ロレーヌ地方といえば、わたしがトゥールーズ(フランス南西の町)の次に住んだ町。
今から考えると、全く意図せずに、バイオリンの故郷に惹かれるようにして、フランスを横断しました。
ミルクールは、ロレーヌの中でも、田舎町で大して見るものもありません。
ミルクールには、バイオリン博物館があるのですが、二階建ての一軒家を改造したような博物館は、それほど大きくはありません。
<ロレーヌの田舎>
それでも、この田舎町の近くに友人が住んでいたこともあって、わたしは、なんどかミルクールの町を通り、博物館をたずねました。
ロレーヌの田舎には、北海道のような大平原の畑が広がっており、不思議に「外国にいる」というときめきを感じないところです。
この退屈さがイヤだったのだけれど、いま考えると、なんだか、不思議な縁があったのかもしれません。
もし生まれ変わり、というのがあるのなら、もしからしたら、わたしはこのヴァイオリンの作成か何かに携わっていて、なにか愛着があって、ふたたびめぐり合ったのじゃあないかなぁ~なんて、おかしな考えが、ふっと浮かんでいます。
そんなことを考えるのも、じつは明日やっと、パリに出かける友人に託していたバイオリンが、手元に帰ってくるのです。
数週間、会っていなかった恋人に会うような、
「変わっていたら、どうしよう?」なんて、どきどきしていまう気持ち、そんな感じです。