(注441138):「法」と「理」ふたたび
「墾田永年私財法」など、藤原氏は自らの一族に都合の良い<法律>を作り、荘園による脱税と国司による横領とによって、国富と国民を食い物にして、一族の繁栄を築き上げました。
また、藤原仲麻呂は紫微中台で好き放題に国政を操ろうとしました。
***「鋳銭」<貨幣鋳造権>「出挙」<税徴収権>************
光明皇后のもとで新設された皇后直轄の「紫微中台」の長官として仲麻呂は<兵権(軍隊指揮権)>まで掌握しました。
仲麻呂に「鋳銭」<貨幣鋳造権>「出挙」<税徴収権>の特権を手渡したばかりか、挙句の果ては無謀な新羅追討計画まで認めてしまいます。
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***「墾田永年私財法」<私的荘園>「公げ稲(くげとう)」<公的ピンハネ> ***********
藤原氏は荘園という脱税システムを濫用して国富を掠め取り、天皇家を圧倒する財力を築いていました。
荘園の根拠となる「墾田永年私財法」を所轄する大臣は民部卿ですが、この法律の制定は藤原仲麻呂が民部卿であったときと重なります。
国司・郡司(すなわち役人)による税のピンハネを公然と認めた「公げ稲(くげとう)」制度も仲麻呂民部卿が作りました。
それ以降、私的な荘園経営と受領国司による公的な搾取(ピンハネ)で藤原氏はどんどん肥え太ります。
称徳女帝と道鏡は、その「墾田永年私財法」によるこれ以上の私的な開墾を禁止しました。
しかしそれも束の間、女帝が崩御し左遷された道鏡が下野国に流されるや否や、この禁令は解除されました。
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上記とは別ルートの国司の違法な横領も、当時常態化していましたが、上記は皆、形の上では「合法」です。
別に法律(律令)に違反しているわけではありません。
というより、「荘園」という<実質的脱税行為>を合法にするために、藤原氏はわざわざ「墾田永年私財法」やら「不輸の権」やら、関連法案を法制化したわけです。
また、甥に当る藤原仲麻呂のわがままを通すために、唐の律令にはない「紫微中台」などという役所を、藤原光明子(皇后)はわざわざ作ったわけです。
その行き着く先は、「悪法もまた法なり」「形式的法治主義」「法律万能主義」がはびこる末世、「末法の世」でした。
****(注221170)参照
「ハゲタカファンド」と揶揄されたヘッジファンドが、通貨の容赦ない「売り浴びせ」によって、かつてタイの経済を混乱に陥れたことを、ご記憶の方も多いでしょう。
ごく一握りの投機筋の思惑によって、一国の経済が危機に瀕したわけですが、さりとて、その行為は「違法」ではありませんでした。
2008年のリーマンショックの余波は、世界中に波及し、日本でも就職浪人が街に溢れ、また、国債発行額は五十兆円の大台を突破しました。
しかし、サブプライムローンが「違法」だったわけでもありません。
***「法」「合法」とは何か? *****
かつて私は「貪欲はいいことだ」と言った。
今は「貪欲は合法だ」と言うらしい。
(映画「ウォール・ストリート」)
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***「不文律」<アタリマエのこと>********
確かに「サッカーの試合にカニを出してはいけない」という条項は無い。
だが、それは、当たり前だからだっ!
(映画「かにゴールキーパー」)
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仲麻呂は、「紫微中台」をタテにして、横様(よこざま)に我が意を押し通そうとしました。
「カニの横歩き」だけに。
「恵美押勝」だけに。
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何その上手いこと言ったみたいな顔。腹立つ。
(増田こうすけ「ギャグまんが日和」妖怪ろくろ首)
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これが言いたかったためだけに、「紫微中台」の話題をわざわざ付け足しました。
長い前フリですみません。
とはいえ、乗りかかった船なので、ひと段落するまでためしに書き続けてみましょう。
興味の無い人は、ここで読み終わって頂いてかまいません。
ここまでお付き合いありがとうございました。
「横様(よこさま、よこざま)」<横方向><横向きになること><道理に合わないこと><非道なこと>
ちなみに、藤原仲麻呂は、既に懐柔していた淳仁天皇の即位に合わせて、新たに「恵美押勝(えみのおしかつ)」と名乗りました。
かつて自身の政治資金の不明瞭な使途を世に取り沙汰され、記者会見で質問を受けたとき、
小沢一郎氏は、「適法に処理した」という言葉を繰り返すのみでした。
それは、まさに絵に描いたような「押し問答」でしたが、それでも<不起訴処分>という結果に終わりました。
コトの良し悪しはさておき、言葉の裏に隠された小沢氏のホンネを、あの時疑う国民は、誰一人いなかったでしょう。
もはや「法の精神」が死に絶え、法(悪法)と藤原氏だけ生き残った、そんな時代にあって、紫式部が求めたのは、「法」ではなく「理」でした。
「法」そのものではなく、<「理」不尽なこの世に「理」を実現しようとする>「法の精神」でした。
詳細は下記和歌のファイルをご参照下さい。
***「理(ことわり)」**************
(光源氏65).やしまもる国つ御神もこころあらばあかぬ別れの中をことわれ
(秋好中宮の女別当1).国つ神空にことわる中ならばなほざりごとをまづやたださむ
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