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「源氏物語」は伝え方が10割

「理系学生が読む古典和歌」
詳細はアマゾンの方をご参照下さい。

(光源氏128).誰により世をうみやまに行きめぐり のメモ

2021-02-04 15:16:45 |  <暗号を解く鍵><紫式部が送ってくれたサイン>

 

 

(光源氏128).誰により世をうみやまに行きめぐり のメモ

 

メモ:

語彙、語法・文法、
連想詞の展開例など


あくまでこれは「タタキ台」として、試みに私の主観を提示したものに過ぎません。

連想に幅を持たせてあるので、自分の感覚に合わない、と感じたら、その連鎖は削って下さい。
逆に、足りないと感じたら、好きな言葉を継ぎ足していって下さい。
そして、自分の「連想詞」のネットワークをどんどん構築していって下さい。


詳細は「連想詞について」をご参照下さい。

 

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「誰により」<誰のために><誰ゆえに>

「うみ(海)」「うみ(憂み)」
「うみ(憂み)」<辛いので><辛く思って><辛く思いながら>

「海山」<前は海、後は山の田舎><須磨・明石>

 

「宮柱」とは「めぐりあふ」の序言葉です。
「宮柱めぐりあひける」<イザナギとイザナミが、宮柱を巡って結婚した(まぐわった)神話から>


「巡る」「宮柱を巡る」<柱を巡って(男女が)交わる>


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(朱雀院1).宮柱めぐりあひける時しあれば 別れし春のうらみのこすな
「宮柱」とは「めぐりあふ」の序言葉。
「宮柱めぐりあひける」とはイザナギとイザナミが、宮柱を巡って結婚した神話から来ています。
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「巡る」<何度も生まれ変わる>

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深き契りある仲は、行き巡りても(縁は)絶えざなれば、、、(源氏物語「葵」帖)
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「節」<無性生殖><本来の夫婦の交わりの無い生殖><私生児><ワケアリの子>


「よ(節)」<節><竹の節><無性生殖><隠し子>

<はかない契り>「一夜の契り」「気まぐれな、かりそめの逢瀬」

「はかなし」「果無し」<効果が無い><結果が得られない>
「はか」<果><果実>

「一夜の契り」でも子が得られたら、それは<はかない契り>ではありません。
何度夜をともにしようが、一生添い遂げようが、子が出来なければ、それは<はかない契り>です。


「はかなくなる」「いふかひ(言ふ甲斐)なくなる」<死ぬ>の隠語
「はかなし」「墓無し」


「かひ(甲斐)」「かひ(卵)」


「まつ(松)」「まつ(待つ)」
「風」<風媒>

「まつかぜ(待つ風)」<風を待つ><風媒による受粉を待っている>

 

「絶えぬ涙」<絶えることの無い涙><何度やらかしても懲りない浮気男源氏の涙>

「浮き沈む」<フラフラと落ち着きの無い源氏の浮気性>


「竹取の翁」<源氏>、
「竹取のおうな」<紫上>

「誰によって?」<現地妻明石上と寝て>
「かぐや姫」<隠し子><明石姫君>

 


「こころうし(心憂し)」<辛い><情けない><不愉快だ><嫌だ><気に入らない>

「う(憂)」はク活用形容詞「うし(憂し)」の語幹。
形容詞語幹単独用法<強意>


「こころう(心憂)」「こころう(心得)」


「う(得)」ア行下二段<得る><手に入れる><妻にする><理解する><覚る><出来る>
「こころう(心得)」ア行下二段<悟る><気づく><感づく><理解する><引き受ける><承知する><覚悟する><用心する>

 

「仲哀天皇」<暗殺>
「神功皇后」<処女懐胎>
「応神天皇」<不義の子>
「武内宿禰」<間男>


「世の長人」<この世で一番の長寿の人><武内宿禰>

「よ(世)」「よ(節)」<竹の節>


「節」<子孫>

<花が地上で堂々と咲き誇るのに対して、人目を忍んで地下に伸びる地下茎><不義密通><疚しさ><隠蔽>


「花」=<有性生殖>=<種子植物の本来の繁殖形態>=<夫と妻の交わり>=<嫡子><種子>
「節」=<無性生殖>=<種子植物の本来の姿ではない繁殖形態>=<不義密通>=<処女懐胎><私生児><隠し子><ワケアリの子>

 

「ね(禰)」「ね(根)」


「たけうちすくね(武内宿禰)」「たけうちすくね(竹内宿根)」

「たけ(竹)」「たけ(他家)」<自分の血筋でない家系>

「うち(内)」<内側><内部><内裏><宮中><朝廷><天皇><主上>

「宿」「宿す」<子種を宿す>

「根」「節」<子孫>

「ね(根)」「ね(子)」

「ね(根)」<地下茎><竹の子><処女懐胎><ワケアリの子><私生児><庶子>


****(注77116)参照


「たけうちすくね(竹内宿根)」<竹の内に宿る子は根だ><武内宿禰が天皇家に宿す子は私生児だ>

 

「こと(言)」「こと(事)」「こと(琴)」
「よ(夜)」「よ(世)」「よ(節)」
「ね(音)」「ね(子)」「ね(根)」


「サブリミナル効果」:
「こと」<琴>
「よ」<節>
「ね」<音><根><子>
「いか」<おぎゃあ>


「こと(琴)」<仲哀天皇>

 

「やま(山)」<山陵><山の墓>

「みやま(深山)」「みやま(御山)」「みささぎ(御陵)」<天皇、皇族の墓>

「ささき」「さざき」「さざい」<ミソサザイ>の古名。
ミソサザイもウグイスと同じく、ホトトギスに<托卵される鳥>です。(大田眞也「里山の野鳥百科」)


「みやま(御山)」「御陵(みささぎ)」<ミソサザイ><托卵される鳥>


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「ささき」「さざき」「さざい」「みそさんざい」古名<ミソサザイ>
「みそぬすみ」「みそっとり」「みそっちょ」方言名<ミソサザイ>
 (大田眞也「里山の野鳥百科」)
地方は、中央の言葉の影響が及びにくく、方言名は、しばしば古名を考える有力な手がかりとなります。
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濁点を打つ習慣の無い当時、「みぞ(身ぞ)」「みそ」はともに「みそ」と表記されました。
「みそ」は「みそさんざい」<ミソサザイの古名>を連想させます。


「托卵」<自分の卵を別の鳥の巣にこっそり忍ばせ、孵化した雛をその鳥に育てさせる>

<托卵(寄生)する鳥>「托卵鳥」
<托卵される側(宿主)>「寄托鳥」


<仲哀天皇が埋葬されている陵墓>「岡ミサンザイ古墳」

「ミサンザイ」<「みささぎ」が転訛>


「ミサンザイ」は、
「みささぎ」「ささき」「みそさんざい」「みそ」古名<ミソサザイ>

<一句内で文が切れること>「句割れ」
<語句がその句に収まり切らず、次の句にまで跨ぐこと>「句跨ぎ」

 

「うし(憂し)」語幹単独用法「う(憂)」動詞「う(得)」

「う(得)」ア行下二段<得る><手に入れる><妻にする><理解する><覚る><出来る>

 

************ 疑問詞-「終止形」******************************
疑問の係助詞を伴わない補充疑問文は、終止形で結ばれることがあります。(上代語を継承)

よそにのみ雲居の月にさそはれて待つといはぬが来たる「誰」「なり」 (和泉式部続集)
起きてゆく空も知られぬ明けぐれに「いづく」の露のかかる袖「なり」 (源氏物語 若菜下)
ながらへてあらぬまでにも言の葉の深きは「いかに」あはれなり「けり」 (後撰集、600)
淡路島通う千鳥の鳴く声に「幾夜」寝覚め「ぬ」須磨の関守 (百人一首 78 源兼昌)
「いづれ」まされ「り」沖つ島守 (土佐日記)
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「ただならず」<ただごとではない><妊娠している>

「よ(世)」<男女の仲><夫婦仲>
「よ(代)」<次の代><世継ぎ>
「よ(節)」<隠し子><ワケアリの子><応神天皇>


「誰により節(よ)を得(う)」:
(仲哀天皇を差し置いて神功皇后は)、誰によって「節」<ワケアリの子>を得たのか?

 


「独り言のやうにうち嘆きて、、、」<独り言のように嘆息して>

「独り琴のやうにうち嘆きて、、、」<仲哀天皇の琴のように哀れな音を独り奏でて>

 


「御山」<山陵><仲哀天皇陵墓><岡ミサンザイ古墳>「みささぎ」<ミソサザイ><托卵される鳥>


「海山」<前は海、後は山の田舎><須磨・明石>

「山」は、須磨あたり、神戸一帯の背になる<六甲山地>をイメージするくらいでいいのかも知れません。


「いでや、『いか』でか見えたてまつらむ。」
<いやもう、何とか私の本心をお見せしたいものです>

 


「いか」「いかいか」「いがいが」<赤子の泣き声の擬音語><おぎゃあおぎゃあ><産声>を連想させます。


「いか」「いか(五十日)」<五十日(いか)の儀><産後五十日目に行われる祝いの儀式>

 

「いか」擬音語<おぎゃあ><産声>
「いか(五十日)」<五十日(いか)の儀><産後五十日目に行われる祝いの儀式>


***「いか」「かひ(卵)」******************
五月五日にぞ、「五十日」にはあたるらむと、人知れず数へたまひて、ゆかしうあはれに思しやる。
何ごとも、いかにかひあるさまにもてなし、うれしからまし、、、
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「かひ(甲斐)」「かひ(卵)」

 


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(光源氏128).誰により世をうみやまに行きめぐり絶えぬ涙にうきしづむ身ぞ

2021-02-04 15:15:00 |  <暗号を解く鍵><紫式部が送ってくれたサイン>

 


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(光源氏128).誰により世をうみやまに行きめぐり絶えぬ涙にうきしづむ身ぞ


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この本は「教科書」「参考書」の類ではありません。

皆さんに「教える」のではなく、どちらかと言うと、皆さんと「一緒に考える」ことを企図して書かれた本です。
また、私の主観も随所に入っていますが、私はこの方面の専門家でもありません。


ですから、
<効率よく知識を仕入れる><勉強のトクになるかも>
などとは、間違っても思わないようにして下さい。
いわゆる「学習」「勉強」には、むしろマイナスに働くでしょう。


上記のことを十分ご了解の上で、それでもいい、という人だけ読んでみて下さい。


ただし、
教科書などに採用されている、標準的な解釈の路線に沿った訳例は、参考として必ず示してあり、
その場合、訳文の文頭には、「@」の記号が付けてあります。


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時々「(注)参照」とありますが、それは末尾の(注)をご参照下さい。
ただし、結構長い(注)もあり、また脱線も多いので、最初は読み飛ばして、本文を読み終えたのちに、振り返って読む方がいいかもしれません。

なお、(注)の配列順序はバラバラなので、(注)を見るときは「検索」で飛んで下さい。

 

あちこちページを見返さなくてもいいように、ダブる内容でも、その場その場で、出来る限り繰り返しを厭わずに書きました。
その分、通して読むとクドくなっていますので、読んでいて見覚えのある内容だったら、斜め読みで進んで下さい。
電子ファイルだと、余りページ数を気にしなくて済むのがいいですね。


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(光源氏128).誰により世をうみやまに行きめぐり絶えぬ涙にうきしづむ身ぞ-14rr.txt


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要旨:


源氏が帝に入内予定の朧月夜にチョッカイを出した不祥事によって、須磨に下向した三年足らずの間に、現地妻の明石上は子を身ごもった。
京で独りさびしく源氏の帰りを待ち、その後も三十年間、源氏に添い遂げた紫上には、結局ひとりも子は出来なかった。


下向から帰京した源氏が、現地妻明石上の存在を、紫上に打ち明けた場面で、紫上をなだめ、追求をかわそうして源氏が詠んだ歌について、
「よ(世)」<男女関係>
「よ(節)」<かぐや姫><隠し子><ワケアリの子>
の連想を背景とした解釈を試みた。


また、源氏のセリフに見られる、
「こころう(心憂)」<形容詞語幹>から、
「こころう(心得)」<下二段動詞>
への連想を鍵とした解釈も試みた。

 


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目次:


(光源氏128).誰により世をうみやまに行きめぐり絶えぬ涙にうきしづむ身ぞ


メモ:
語彙、語法・文法、
連想詞の展開例など

 

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では、始めましょう。

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(光源氏128).誰により世をうみやまに行きめぐり絶えぬ涙にうきしづむ身ぞ


(光源氏128)A.
誰のためにこの世の海山をさすらい、止まらぬ涙の川に浮き沈みする身でしょうか。

 

 

「誰により」<誰のために><誰ゆえに>

「うみ(海)」「うみ(憂み)」は掛詞になります。
「うみ(憂み)」<辛いので><辛く思って><辛く思いながら>

「うき(浮き)」は「うき(憂き)」との掛詞として常用されます。


「海山」<前は海、後は山の田舎><須磨・明石>

須磨下向のことを言っているようです。


@(光源氏128)B.
誰のために世を辛く思い、(須磨の)海山をさすらい、止まらぬ涙に心を浮き沈みさせていた身だったのでしょうか。

 

これは、(紫上9)の歌に対する返歌で、<あなた(紫上)のために>と答えているわけですが、
「誰により」って、どう考えても原因はオマエや!


あろうことか帝の女(朧月夜)にチョッカイを出して京を追われるなど、完全な自業自得としか言いようがないわけですが、
これは身体を張ったギャグなのでしょうか。
なんだか源氏が好きになってきました。

 


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「宮柱」とは「めぐりあふ」の序言葉です。
「宮柱めぐりあひける」とはイザナギとイザナミが、宮柱を巡って結婚した(まぐわった)神話から来ています。

「巡る」は「宮柱を巡る」を連想させます。

「巡る」「宮柱を巡る」<柱を巡って(男女が)交わる>

詳細は、下記和歌のファイルをご参照下さい。

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(朱雀院1).宮柱めぐりあひける時しあれば 別れし春のうらみのこすな
「宮柱」とは「めぐりあふ」の序言葉。
「宮柱めぐりあひける」とはイザナギとイザナミが、宮柱を巡って結婚した神話から来ています。
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      世  海   山                 浮き 沈む
 誰により よを うみ  やまに 行き めぐり 絶えぬ 涙に うき しづむ身ぞ
      節  憂み                    憂き 賤   
         産み

 

 

竹の「節」から産まれたかぐや姫と、山(竹薮)で偶然巡り会った、と竹取の翁は言って、ある日突然<隠し子>を家に連れ帰って来ました。

種子植物は、花でオシベとメシベが受粉し、種子を作る有性生殖で繁殖するのが本来の姿です。
そのためにわざわざ「花」を進化させたのですから。
しかし、種子植物であるにも関わらず、竹は数十年に一度しか花を咲かせません。
竹は、根が地中を延びて、その先から筍(タケノコ)を生やし、別の竹に成長することで繁殖するのが普通です。

花でオシベとメシベが受粉する種子植物本来の有性生殖に対して、このような<無性生殖>は、雄と雌の交わりを伴いません。
竹の「節」は<無性生殖><本来の夫婦の交わりの無い生殖><私生児><ワケアリの子>
を連想させます。

「よ(節)」<節><竹の節><無性生殖><隠し子>
としてみましょう。

 


紫上は三十年間源氏に連れ添いましたが、ついに紫上が子を宿すことはありませんでした。


****参照:(注737341!)c:<はかない契り>

 

源氏が須磨に下向した三年足らずの間に、現地妻の明石上は子を身ごもりました。
そして、明石上の存在を紫上に打ち明けた場面で詠まれたのがこの歌です。


後に、明石上一行が大堰川の別荘に上京した時、そこを訪ねる旨を源氏が伝えると、いつも控えめな紫上が、珍しく不満をもらしました。

***「松風」の帖 **********
(地の文).
紫上:「斧の柄さへあらためたまはむほどや、待ち遠に」
と心ゆかぬ御気色なり。
@(地の文)A.
「斧の柄までもお取替えになるほどの間でしょうか。待ち遠しいことです。」
と不満げなご様子である。
********************

紫上が待っていたのは、源氏の帰宅だけでしょうか。

「まつ(松)」は「まつ(待つ)」の掛詞として常用されます。
「風」は<風媒>をも連想させます。
まあ、実際は風媒よりも虫媒の方が効率は良いわけですが。

「まつかぜ(待つ風)」<風を待つ><風媒による受粉を待っている>

「松ぼっくり」の種が風に乗って散布されるのも興味を引きます。

詳細は、この直前の和歌のファイルをご参照下さい。

***「風」<風媒>**************
(秋好中宮の侍女1).風吹けば波の花さへいろ見えてこや名にたてる山ぶきの崎
************************


紫上が待っていたのは、源氏の帰宅そのものではなく、<懐妊>だったのではないでしょうか。


現地妻の明石上が産んだ明石姫君を、天皇への「妃がね」として自らの監督下で育てるべく、源氏は京に引き取ります。
そして、その「節」<かぐや姫><隠し子><明石姫君>は、よりによって当時明石からの帰りを一人さびしく待ちわびていた紫上が養育します。
目一杯の愛情で姫君を育てる合間にも、<これが自分の娘であったなら><こんな子が欲しかった>と、紫上が折に触れて苦い思いを噛み締めたであろうことは、想像に難くありません。

 

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ちょっと別の和歌を見てみましょう。

(紫上18).身に近く秋やきぬらん見るままに青葉の山もうつろひにけり


(紫上18)A.
我が身に秋が近づいて来たのでしょうか。
見ているうちに、青葉の山の色も変わってしまいました。

 

「まま」を「ままはは(継母)」
としてみましょう。

「見る」には<世話する>の意味もあります。


継母が、いくら自分の「縄張り」と主張したところで、養子は所詮他人の子です。
明石姫君は入内して、懐妊すると、紫上の住む六条院の春の町ではなく、明石上の住む冬の町(北西区画)に里下がりしました。
何と言っても出産経験の無い養母紫上より、経験のある実母明石上の方が、その後も含め妊婦にとっては心強いですよね。
入内に伴い、後見役として明石上を推薦し、自ら身を引いた格好の紫の上ではありますが、その寂しい心中は察するに余りあります。
明石上の父親である明石入道が受領として大国播磨の塩でたっぷりと蓄えた財産による経済力も、明石上の後見役としての立場を少なからず後押ししたことでしょう。
長年愛育した姫君も遠ざかるばかりか、このとき既に三宮も六条院に降嫁しており、正妻の座も三宮に奪われています。

 

「や」には様々な品詞があります。


****参照:(注443317):「や」の様々な<品詞>

 


転成名詞は、もとの動詞のもつ格支配を受け継ぐことがあります。
また、動作性名詞も、もとの動詞のもつ格支配を受け継ぐことがあります。


****参照:(注443316):「転成名詞」「動作性名詞」の<格支配の受け継ぎ>

 


      秋    来ぬ
身に 近く あき や きぬ  / らん 見る まま に 青葉の 山も うつろひ に けり
      明    衣     卵     継                  気利

 


(紫上18)C.
我が身に「あき(飽き)」<明石姫君に飽きられる時期>が近づいて来てしまったよ。
卵を見る継母にとって、「青葉」<二葉の松><明石姫君>の(私への思い)も色あせてしまいました。
(色あせてしまった後に、ケリだけが残っている。)
(継母が縄張りを主張しても、むなしいことです。)

 

詳細は上記の和歌のファイルをご参照下さい。


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脱線から戻りましょう。

 

その一方で源氏のしたことと言えば、
(1)あろうことか帝の女に手をつけた不祥事で京にいられなくなり、
(2)のみならず<謹慎>のために赴いた下向の地で、<現地妻>を孕ませた上に、
(3)その隠し子をヌケヌケと連れ帰って来て、
(4)他ならぬ紫上に養育させている
わけですから、開いた口が塞がらない、とはこのことです。


「絶えぬ涙」<絶えることの無い涙><何度やらかしても懲りない浮気男源氏の涙>
としてみましょう。


女で痛い目を見ては沈み、でもイイ女を目にするや否や、<喉もと過ぎれば熱さ忘れる>で、ウキウキと喜び勇んでまたも突き進む。

「浮き沈む」は、<フラフラと落ち着きの無い源氏の浮気性>をも連想させます。

 

      世  海   山                    浮き 沈む
 誰により よを うみ  やまに 行き めぐり /  絶えぬ 涙に うき しづむ身ぞ
      節  憂み                       憂き 賤   
         産み

 

(光源氏128)C.
(竹取の翁は)、どこの女と寝て「節」<かぐや姫><隠し子>を産み、
その後で(白々しくも)山で(偶然)かぐや姫に巡り会っ(たなんて言い訳し)て、
「絶えぬ涙」<絶えることの無い涙><何度やらかしても懲りない涙>に、
一喜一憂した(浮気男の)身なのでしょう。

 

ここでは、
「竹取の翁」が<源氏>、
「おうな」が<紫上>に対応します。

そして、
「誰によって?」の答えは<現地妻明石上と寝て>
であり、
「かぐや姫」とは<隠し子><明石姫君>、
ということになります。

 

紫上が源氏の不実を追求する矛先をかわそうとして、源氏が取り繕う言い訳そのものに、
現地妻との間に出来た「隠し子」<かぐや姫>の存在が垣間見えるとしたら、
これほど鮮やかな皮肉はありません。

 

妊娠・出産・育児に関して、男女間に大きな負担の差があるのは、何も今に始まったことではなく、
この世に性が分化した時以来、何億年もの歴史があるわけです。

男性が女性の不実を見抜けるか否かより、女性が男性の不実を見抜けるか否かは、その個体にとって、はるかに重大な結果の差をもたらします。
要は、男性は<ヤリ逃げ>出来るけれど、女性は生物学的に<ヤリ逃げ>が不可能、ということです。
例外は、オスが子育てを担うタガメなど、ごく例外的な生物種で見られるのみです。

つまり、この手のことについて、女性が男性より何倍も勘が鋭いのは、言わば自然の摂理で、
仮にそうでなければそんな個体(遺伝子)は、すぐ淘汰され消えてしまうでしょう。

色恋沙汰で男が言い訳すればするほど、自らの墓穴を掘るだけ、というのは、
今も昔も変わらない、ということなのでしょう。

 


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(地の文3).
何とか。心憂や。
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「こころうし(心憂し)」<辛い><情けない><不愉快だ><嫌だ><気に入らない>

「う(憂)」はク活用形容詞「うし(憂し)」の語幹です。
形容詞はしばしば語幹単独で用いられ、<強意>を表します。

@(地の文3)A.
何ですって。情けないことをおっしゃる。


「こころう(心憂)」は、「こころう(心得)」を連想させます。


「う(得)」ア行下二段<得る><手に入れる><妻にする><理解する><覚る><出来る>
「こころう(心得)」ア行下二段<悟る><気づく><感づく><理解する><引き受ける><承知する><覚悟する><用心する>


「何とか。心得や。」


(地の文3)B.
何ですって。感づいたか!


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年若い皆さんは、吉本新喜劇の池野めだか先生はご存知ないですかね。

*** めだか先生「語るに落ちる」****************
(犯人を匿っている襖の前に立ちはだかって)「お、お、お前ら、ここだけには絶対おらんぞ。おらんからなっ!」
(すぐ見つけられて)「何で分かったんやろ?」
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ここで実際の歴史に目を向けて見ましょう。

記紀神話の中でも、一二を争うキナ臭いエピソードです。

 

****参照:(注123123):武内宿禰の三角関係

 

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さて、実際の歴史から、「源氏物語」に戻りましょう。

地の文:
***「こと」<琴>「よ」<節>「ね」<音><根><子>「いか」<おぎゃあ>*******
あはれなりし夕べの煙、言ひし<こと>など、まほならねど、その<夜>の容貌ほの見し、
<琴>の<音>のなまめきたりしも、すべて御心とまれるさまにのたまひ出づるにも、、、

「あはれなりし<世>のありさまかな」
と、独り<言>のやうにうち嘆きて、、、

「何とか。心憂や。
(光源氏128).誰れにより世を海山に行きめぐり絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ

いでや、<いか>でか見えたてまつらむ。命こそかなひがたかべいものなめれ。
<はかなき><こと>にて、人に心おかれじと思ふも、ただ一つゆゑぞや」
とて、箏の御<琴>引き寄せて、掻き合せすさびたまひて、そそのかしきこえたまへど、かの、すぐれたりけむもねたきにや、手も触れたまはず。
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「こと(言)」「こと(事)」は「こと(琴)」との掛詞として常用されます。
「よ(夜)」「よ(世)」は「よ(節)」を連想させます。
「ね(音)」は「ね(子)」「ね(根)」をも連想させます。


「こと」<琴>
「よ」<節>
「ね」<音><根><子>
「いか」<おぎゃあ>
と、意味深な音が、背景に繰り返されています。
まるで「サブリミナル効果」を狙ったかのようです。


「こと(琴)」は<仲哀天皇>を連想させます。


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「やま(山)」はそれだけで<山陵><山の墓>の意味も持ちます。

「みやま(深山)」は「みやま(御山)」を連想させます。
「みやま(御山)」は「みささぎ(御陵)」<天皇、皇族の墓>とも言います。

「ささき」「さざき」「さざい」は<ミソサザイ>の古名。
ミソサザイもウグイスと同じく、ホトトギスに<托卵される鳥>です。(大田眞也「里山の野鳥百科」)


「みやま(御山)」は「御陵(みささぎ)」<ミソサザイ><托卵される鳥>を連想させます。


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「ささき」「さざき」「さざい」「みそさんざい」古名<ミソサザイ>
「みそぬすみ」「みそっとり」「みそっちょ」方言名<ミソサザイ>
 (大田眞也「里山の野鳥百科」)
地方は、中央の言葉の影響が及びにくく、方言名は、しばしば古名を考える有力な手がかりとなります。
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濁点を打つ習慣の無かった当時、「みぞ(身ぞ)」は「みそ」と表記されました。


「みやま(御山)」「御陵(みささぎ)」「ささき」<ミソサザイ>という言葉を背景として、
「みそ」は「みそさんざい」<ミソサザイの古名>を連想させます。


「托卵」とは、<自分の卵を別の鳥の巣にこっそり忍ばせ、孵化した雛をその鳥に育てさせる>という、鳥類の繁殖戦略のひとつです。

托卵(寄生)する側を「托卵鳥」、される側(宿主)を「寄托鳥」と呼びます。

托卵鳥の卵は、短時間で孵化するため、寄托鳥の卵より早く孵化します。
そして、一足先に孵った托卵鳥の雛は、既にあった寄托鳥の卵を、しばしば巣から蹴落としてしまいます。
親鳥の運んでくる餌を独占するためです。

 

仲哀天皇が埋葬されているのは、河内地方の「古市(ふるいち)古墳群」に属する、「岡ミサンザイ古墳」と比定されています。
(参考:帝国書院「図説 日本史通覧」)


「おか(岡)」は<地名>、
「ミサンザイ」という言葉は、「みささぎ」が転訛したものと考えられているそうです。
(wikipedia)

「ミサンザイ」は、
「みささぎ」「ささき」「みそさんざい」「みそ」古名<ミソサザイ>
を連想させます。


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ところで、
一句内で文が切れる場合、これを「句割れ」と言います。
逆に、語句がその句に収まり切らず、次の句にまで跨ぐことを「句跨ぎ」と呼びます。

 

****参照:(注330071):「句割れ」と「句跨ぎ」

 

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      世  海                    浮き 沈む  身ぞ
 誰により よを うみ  やまに 行きめぐり 絶えぬ 涙に うき しづむ みぞ
      節  憂み                   憂き 賤   みそ
         う  みやま                      みそさんざい
         鵜  御山
         得  御陵
            みささぎ
             ささき
             ミソサザイ

 


上述の「うし(憂し)」の語幹単独用法「う(憂)」は、動詞の「う(得)」を連想させます。


これは、「う」を動詞「う(得)」として読め、という紫式部のサインではないでしょうか。
とりあえず、そう仮定して、以下試みに読み進めてみましょう。


「う(得)」ア行下二段<得る><手に入れる><妻にする><理解する><覚る><出来る>


************ 疑問詞-「終止形」******************************
疑問の係助詞を伴わない補充疑問文は、終止形で結ばれることがあります。(上代語を継承)

よそにのみ雲居の月にさそはれて待つといはぬが来たる「誰」「なり」 (和泉式部続集)
起きてゆく空も知られぬ明けぐれに「いづく」の露のかかる袖「なり」 (源氏物語 若菜下)
ながらへてあらぬまでにも言の葉の深きは「いかに」あはれなり「けり」 (後撰集、600)
淡路島通う千鳥の鳴く声に「幾夜」寝覚め「ぬ」須磨の関守 (百人一首 78 源兼昌)
「いづれ」まされ「り」沖つ島守 (土佐日記)
*****************************************************

 

「誰によりよを得」の直後で切ると、上述の「句跨ぎ」「句割れ」のような中途半端な区切れ位置になりますが、
五七五/七七、という通常の区切りから離れて、この和歌を「暗号」として眺めて見ましょう。

 


                                        身ぞ
 誰により よを 得 /  御山に 行き 巡り /  絶えぬ 涙に 浮き 沈む みそ
      世       海山に                       みそさんざい
      代                                 
      節


直前の地の文:
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(地の文2).
我はまたなくこそ悲しと嘆きしか、すさびにても心をわけたまひてむよ、と「ただならず」思ひつづけたまひて、我は我とうち背きながめて、「あはれなりし世のありさまかな」と独り言のやうにうち嘆きて、、、
@(地の文2)A.
(紫上は)自分が京でまたとなく悲しい日々を過ごしていたのに、(源氏は)一時の気まぐれにせよ他の女に心を分けておられたのか、と並々ならず恨めしくお思いになり、「私は私」と顔を背け、もの思いに沈んで「あはれなりし『よ』のありさまかな」と独り言のようにお嘆きになり、、、
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直前の地の文には暗示的な言葉が並んでいます。

「ただならず」<ただごとではない><妊娠している>

「よ(世)」<男女の仲><夫婦仲>
「よ(代)」<次の代><世継ぎ>
「よ(節)」<隠し子><ワケアリの子><応神天皇>


「誰により節(よ)を得(う)」:
(仲哀天皇を差し置いて神功皇后は)、誰によって「節」<ワケアリの子>を得たのか?
としてみましょう。


「よ(世)」が<治世>の意味を持つことも、興味を引きます。

 

「独り言のやうにうち嘆きて、、、」

 

  言
独りごとのやうにうち嘆きて
  こと
  琴


<仲哀天皇の琴のように哀れな音を独り奏でて>

 

                                        身ぞ
 誰により よを 得 /  御山に 行き 巡り /  絶えぬ 涙に 浮き 沈む みそ
      世       海山に                       みそさんざい
      代                                 
      節


(光源氏128)D.<鎮魂>
(神功皇后は仲哀天皇を差し置いて)、
誰によって「よ(世)」<男女の仲>「よ(節)」<ワケアリの子>を得たのか?
(それを調べていたところ)、
「御山」<山陵><仲哀天皇陵墓><岡ミサンザイ古墳>「みささぎ」<ミソサザイ><托卵される鳥>
(という真相)に行き当たり、
止まらぬ涙に浮き沈みするミソサザイ<托卵される鳥><巣(宮中)を乗っ取られた仲哀天皇>だよ。
(応神天皇の実父は、武内宿禰だ!)


黄泉の国からこの世を見つめる仲哀天皇の悲嘆が、この一幕の通奏低音である琴の音と重なって聞こえてくるようにも思えます。

 

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さて、「心憂」という文字列は、源氏物語の中に、計188回現れます。
その大半が普通に活用する用法ですが、一部「語幹」のみのものも含まれます。
しかし、語幹用法の場合、「あな心憂」のように、全て「あな」がついています。
「あな」を伴わない、唯一の例外が、ここでの「心憂」です。


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ここで一旦、源氏物語に戻りましょう。

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(朱雀院1).宮柱めぐりあひける時しあれば 別れし春のうらみのこすな
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これは、須磨明石の下向から帰京した源氏へ、朱雀院が詠みかけた歌です。


「宮柱」とは「めぐりあふ」の序言葉です。
「宮柱めぐりあひける」とはイザナギとイザナミが、宮柱を巡って結婚した(まぐわった)神話から来ています。

「巡る」は「宮柱を巡る」を連想させます。

「巡る」「宮柱を巡る」<柱を巡って(男女が)交わる>

ちなみに、
「巡る」には、<何度も生まれ変わる>という意味もあります。

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深き契りある仲は、行き巡りても(縁は)絶えざなれば、、、(源氏物語「葵」帖)
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詳細は上記和歌のファイルをご参照下さい。

 


「誰により節(よ)を得(う)」を、
(京で待っている紫上を差し置いて)<誰によって「よ」を得たのか>
としてみましょう。


「海山」<前は海、後は山の田舎><須磨・明石>

「山」は、須磨あたり、神戸一帯の背になる<六甲山地>をイメージするくらいでいいのかも知れません。


                                        身ぞ
 誰により よを 得 /  御山に 行き 巡り /  絶えぬ 涙に 浮き 沈む みそ
      世       海山に                       みそさんざい
      代                                 
      節


(光源氏128)E.
(京で待っている紫上を差し置いて)
誰によって<男女の仲><隠し子>を得たのか。
明石に行って、柱を巡って交わって。
(紫上は)止まらぬ涙に浮き沈みするミソサザイ<托卵される鳥>だよ。


ライバル明石上の子を養育する<ミソサザイ>になる紫上の将来が垣間見えます。
明石での浮気(と隠し子)を言い訳する、源氏のこの歌そのものが、紫上からのさらなる反問となっているようにも見えます。

 

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「いでや、『いか』でか見えたてまつらむ。」
<いやもう、何とか私の本心をお見せしたいものです>
ってまあヌケヌケと。。。


さすがは我らの大先生。
いやはや、男子たるもの、こうありたいものですね。

 

「いか」は「いかいか」「いがいが」<赤子の泣き声の擬音語><おぎゃあおぎゃあ><産声>を連想させます。


「いか」が「いか(五十日)」<五十日(いか)の儀><産後五十日目に行われる祝いの儀式>
を連想させることも興味を引きます。

 

「いか」擬音語<おぎゃあ><産声>
「いか(五十日)」<五十日(いか)の儀><産後五十日目に行われる祝いの儀式>

この場面の直後が、現地妻の明石上に孕ませた明石姫君の「いか(五十日)」の儀の一幕となります。

***「いか」「かひ(卵)」******************
五月五日にぞ、「五十日」にはあたるらむと、人知れず数へたまひて、ゆかしうあはれに思しやる。
何ごとも、いかにかひあるさまにもてなし、うれしからまし、、、
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「かひ(甲斐)」が「かひ(卵)」を連想させることも興味を引きます。

 


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再び、歴史を振り返ってみましょう。


第十五代応神天皇の陵墓(誉田山古墳)は、<体積日本一>
第十六代仁徳天皇の陵墓(大山古墳)は、<面積日本一>
とされています。

 


****参照:(注440016):古墳「応神」<体積日本一>「仁徳天皇」<面積日本一>

 

体積日本一の第十五代応神天皇陵墓、
面積日本一の第十六代仁徳天皇陵墓

 

秦の始皇帝の「万里の長城」は、<国防>という目的もあったのかも知れません。
でも、「墓」ってアンタ。。。
まあ、多少は何かの役に立ったのかも知れませんが。


仮に<雇用創出>目的にしても、橋や灌漑施設や上下水道を作ったりするなど、多少なりとも<実用>に資する事業にしてもらいたい、と感じるのは、私だけでしょうか。

 

詳細は下記和歌のファイルをご参照下さい。

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(浮舟17).はかなくて世にふる川のうき瀬にはたづねもゆかじふたもとの杉
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体積日本一の第十五代応神天皇陵墓、
面積日本一の第十六代仁徳天皇陵墓
に比べると、
第十四代仲哀天皇の陵墓は、随分影が薄いものですが、それでも相当の大きさがあり、築造当時は随一のものだったそうです。(wikipedia)


「岡ミサンザイ古墳」の、「おかみさんざい(岡ミサンザイ)」は
「おかみ(御上)」「さんざい(散財)」をも連想させます。


「おかみ(御上)」は<天皇の尊称>として用いられます。

「さんざい(散財)」を<税金のムダ遣い><巨大古墳築造>
としてみましょう。


「おかみさんざい(御上散財)」<天皇家の税金ムダ遣い><巨大山陵築造>

 

この歌を、農繁期にも「墓造り」の労役に駆り出された農民たちの<鎮魂>の観点から<読み替え>て、
皆さんにお伝えしたいと思います。

 

                                        身ぞ
 誰により よを 得 /  御山に 行き 巡り /  絶えぬ 涙に 浮き 沈む みそ
      世       海山に                       みそさんざい
      代                                 
      節


(光源氏128)G.<読み替え>
(国造りの神とは言うけれど)、
誰のおかげでこの世を我が物としたのか?
巨大な山陵に行き当たり、
止まらぬ涙に浮き沈みする、
そんな「おかみさんざい(岡ミサンザイ)」古墳、
「おかみさんざい(御上散財)」<天皇家の税金ムダ遣い><巨大山陵築造>
であることよ。


巨大古墳築造当時の農民の悲嘆が、この場面の通奏低音である琴の音と重なって聞こえてくるようにも思えますww

 

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この和歌を「暗号」としてとらえ、本文では文章の区切り位置についての制限を、何はともあれ一旦取り払いました。
そして、「う(憂)」という形容詞語幹の単独用法を手がかりとして、「う(得)」という動詞をキーワードとして、解釈の選択肢を探索しました。


ここで試みたように、
「誰によりよを得」の直後で切ると、当然ながら、上述の「句跨ぎ」「句割れ」のような中途半端な区切れ位置になってしまいます。
それは、五七五/七七、という通常の句切りに馴染んだ我々の第一勘としては、むろん違和感があります。

しかし、我々の「常識」「先入見」に基づく、そうした「違和感」こそ、作者たち、あるいは紫式部にとって、暗号を隠すための絶好の<隠れ蓑>だったのではないでしょうか。


難攻不落の暗号を守る、最も頑丈な壁は、<さすがにそれはないだろう>という我々の強固な先入見なのかも知れません。


詳細は、下記和歌のファイルをご参照下さい。

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(古今集294).ちはやぶる神代も聞かず竜田川 唐紅に水くくるとは (伊勢物語)
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***「違和感」<隠れ蓑>***************
しかし、そうした「違和感」こそ、作者たち、あるいは紫式部にとって、暗号を隠すための絶好の<隠れ蓑>だったのではないでしょうか。
紫式部のような超人は、凡人が近寄り難い自らの「天才」の中に<真意への鍵>を隠していたのではなく、我々凡人の「常識」の中にこそ隠していたのだ、と私は思います。
我々は、今一度、常識を剥ぎ取ってゼロベースから和歌を読み直す必要があるのではないでしょうか。
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メモ:

語彙、語法・文法、
連想詞の展開例など


あくまでこれは「タタキ台」として、試みに私の主観を提示したものに過ぎません。

連想に幅を持たせてあるので、自分の感覚に合わない、と感じたら、その連鎖は削って下さい。
逆に、足りないと感じたら、好きな言葉を継ぎ足していって下さい。
そして、自分の「連想詞」のネットワークをどんどん構築していって下さい。


詳細は「連想詞について」をご参照下さい。


****参照:(光源氏128).誰により世をうみやまに行きめぐり のメモ

 

 

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ここまで。
以下、(注)


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(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (4)

2021-02-04 12:42:28 |  <暗号を解く鍵><紫式部が送ってくれたサイン>

 


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(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (3) から続く。

 


****参照:(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (3)

 

 

(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (4)

 

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(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも23C15rr(4).txt

 


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(明石尼君6).住の江をいけるかひある渚とは年経るあまも今日や知るらん


「いける」= カ行四段動詞「いく」已然形 + 助動詞「り」連体形

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「いく(生く)」(カ行四段、上二段)<生きる><生き返る><甦る>、
「いく(行く、往く)」(カ行四段)<行く>:奈良時代から「ゆく」と並存。「ゆく」のほうが一般的。
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「り」<完了><存続>


「かひ(貝)」<貝>

「渚」<水辺><岸辺><海辺><湖岸><波打ち際><海岸線>

「あま(海女)」<海女>


(明石尼君6)A.
住吉の浜は生きる貝のある渚であるということは、長年住み慣れた海女も今日ようやく知ることでしょう。

 

 


「かひ(貝)」は「かひ(甲斐)」の掛詞として常用されます。
「かひ(貝)」<貝>
「かひ(甲斐)」<甲斐><効>


「あま(海女)」は「あま(尼)」の掛詞として常用されます。

「あま(尼)」<尼><尼僧><出家した女性>


孫の明石女御が中宮になったことを喜んでいるようです。


@(明石尼君6)B.
住吉の浜は生き甲斐のある渚であるということは、年老いた尼(の私)も今日ようやく知ることでしょう。

 

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****参照:(注665561):「いける」「かひ」

 

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「しほ(塩)ならぬ海」「かひ(貝)なき海」は<淡水湖>、とくに「淡海」「近江」<琵琶湖>を指します。

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(光源氏137).わくらばに行きあふみちを頼みしも なほかひなしやしほならぬ海
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「かひなき(貝無き)海」<貝のいない海>は<淡水湖>、とくに「淡海(あはみ)」「近江(あふみ)」<琵琶湖>を指します。
もっとも、実際には淡水湖にも貝は生息していますが、まあ確かに、海岸ほど生物種は多くはありません。

「かひなき(貝無き)海」は<琵琶湖>を連想させます。

 


(明石尼君6)の末尾の「らん」が「らん(卵)」を連想させることは興味を引きます。

「かひ(殻)」という言葉から、「かひ(貝)」や「かひ(卵)」という言葉が派生したのだそうです。

貝も卵も、確かに「殻」を持っていますね。


また、
(明石中宮3)の「とり」<接頭辞>が「とり(鳥)」を連想させることも興味を引きます。


***「かひ(卵)」「らん(卵)」「とり(鳥)」***********
(明石尼君6).住の江をいける「かひ」ある渚とは年経るあまも今日や知る「らん」
(明石中宮3).神人の手に「とり」もたる榊葉に木綿かけ添ふるふかき夜の霜
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「とり(鳥)」<托卵鳥>

 

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紫上は三十年間源氏に連れ添いましたが、ついに紫上が子を宿すことはありませんでした。

 

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「はかなの契りや」<はかない縁だ> (源氏物語「紅葉の賀」)
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****参照:(注737341)c:<はかない契り>

 

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壬申の乱では、東国から兵を募った大海人皇子軍が、大友皇子軍を琵琶湖東岸の北から南へと追い立て、最期は近江大津京まで追い詰めました。
大津京は火に包まれ、大友皇子は自害しました。


応神天皇と皇位を争い、神功皇后と一戦を交えた忍熊王が、最期に身を投げたのも琵琶湖岸です。
仲麻呂の乱も、琵琶湖岸で争われました。

 

「かひなき渚」は「かひなき海」を連想させます。

「かひなき(貝無き)海」<琵琶湖>


「かひ(甲斐)なき海」<琵琶湖>の岸辺は、日本の命運を決する、幾多の合戦の戦場となってきた、文字通り、
「言ふかひ(甲斐)なくなる海」<死の海><血の海>でした。


「かひなき(貝無き)海」<琵琶湖><幾多の合戦の戦場>
「言ふかひ(甲斐)なくなる海」<死の海><血の海>


「かひなき海」<琵琶湖>は、そうした数々の「兵(つはもの)どもが夢のあと」でもあります。

 

***「かひなき(貝無き)海」「たちかさね(太刀重ね)」********
(源典侍3).うらみても言ふ「かひぞなき」「たちかさね」引きてかへりし波のなごりに
「たちかさね(立ち重ね)」<(波が)立ち重なって>
「たちかさね(太刀重ね)」<(兵士が)太刀を重ね合って>
**********************************

 

「あま(海人)」が<大海人皇子><天武天皇>を連想させることも興味を引きます。


***「あま(海人)」「かひなき(貝無き)海」*******
(明石上3).かきつめて「あま」のたく藻の思ひにも今は「かひなき」うらみだにせじ
「あま(海人)」<大海人皇子><天武天皇>
****************************

詳細は上記の和歌のファイルをご参照下さい。

 


大友皇子の大津近江京が滅び、第38代天智系の皇統は断絶しました。
琵琶湖に忍熊王が身を投げ、第14代仲哀天皇の皇統は断絶しました。

 

「あま(海女)」は、船で瀬戸内を渡り、三韓征伐に出征し海戦を戦った<神功皇后>をも連想させます。

前述のように、
新羅遠征の際、筑紫地方で神功皇后が第15代応神天皇を出産した場所の地名は、「うみ(宇美)」と名付けられました。


「あま(海女)」の「うみ(海)」は「うみ(宇美)」「うみ(産み)」を連想させます。


****参照:(注663361):「女」「母」「海」と「潮」「月」

 

「あま(海女)」「あま(女)」<うみ(海)の女><うみ(宇美)の女><うみ(産み)の女><神功皇后>

「かひある渚」は「かひ(卵)ある海」「かひ(卵)ある宇美」「かひ(卵)ある産み」をも連想させます。

「かひ(卵)ある宇美」<応神天皇の生まれた宇美>


「住の江」<河内王朝>

 

直前の地の文の「こと(言)」が興味を引きます。


***「こと(言)」「こと(琴)」「こと(子と)」****
(地の文).
かつはゆゆしとこといみ(言忌み)して、、、
「かつ(且つ)」「かつは(且つは)」<一方では>
@(地の文)A.
(悲喜こもごもの感涙ではあるが、何にせよ涙は神前では禁物と)一方では思い直し、言葉を慎んで、、、
**************************


「こと(言)」は「こと(琴)」「こと(子と)」を連想させます。
「こと(琴)」は<仲哀天皇>を連想させます。

「なぎさ(渚)」は「なき(泣き)」「なき(無き)」「なき(亡き)」の掛詞として常用されることも、興味を引きます。

 


      生ける  貝      渚            尼
住みのえを いける  かひ  ある なぎ   さとは 年経る あま  も  けふや 知るらん
   縁  行ける  櫂      凪    然とは     海女     今日    卵
           甲斐     水葱           うみ    
           かひ     なき           産み
                  泣き           宇美
                  無き
                  亡き

 

(明石尼君6)C.<鎮魂>
「住の江」<河内王朝>を、生きている「かひ(卵)」<応神天皇>のある水辺だとは、
年を経た「あま(海女)」<うみ(海)の女><うみ(宇美)の女><うみ(産み)の女><神功皇后>も、
今日知ることでしょう。

 

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直前の「ある」との対比を背景として、
「なぎさ(渚)」が「なき(無き)」「なき(亡き)」「なき(泣き)」の掛詞として常用されることも、興味を引きます。


「かひ(貝)なき海」<琵琶湖><幾多の合戦の戦場>
「かひ(甲斐)なき海」「言ふ甲斐なくなる海」<死の海><血の海><忍熊王が入水した琵琶湖>


「かひある渚」は「かひ(卵)ある海」「かひ(卵)ある宇美」「かひ(卵)ある産み」をも連想させます。


「かひ(卵)ある海」<応神天皇のいる海辺(の河内王朝)>
「かひ(卵)ある宇美」<応神天皇の生まれた宇美>
「かひ(甲斐)ある産み」<甲斐のある出産>

 

上記の連想イメージを、あえて訳文に盛り込み、対比を反映させてみましょう。


      生ける  貝      渚            尼
住みのえを いける  かひ  ある なぎ   さとは 年経る あま  も  けふや 知るらん
   縁  行ける  櫂      凪    然とは     海女     今日    卵
           甲斐     水葱           うみ    
           かひ     なき           産み
                  泣き           宇美
                  無き
                  亡き

 

(明石尼君6)C.<鎮魂>
(「かひ(甲斐)なき海」「言ふ甲斐なくなる海」<忍熊王が入水した琵琶湖>と違って)、
「住の江」<河内王朝>を、生きている「かひ(卵)」<応神天皇>のある水辺だとは、
年を経た「あま(海女)」<うみ(海)の女><うみ(宇美)の女><うみ(産み)の女><神功皇后>も、
今日知ることでしょう。

 

 


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***「こと(言)」「こと(琴)」「こと(子と)」****
(地の文).
かつはゆゆしとこといみ(言忌み)して、、、
「かつ(且つ)」「かつは(且つは)」<一方では>
@(地の文)A.
(悲喜こもごもの感涙ではあるが、何にせよ涙は神前では禁物と)一方では思い直し、言葉を慎んで、、、
**************************


「いみ(忌み)」は「いみ(意味)」をも連想させます。

「いみ(忌み)」<忌むこと><慎むこと><喪に服すること>
「いみ(意味)」<意味すること>


「こと(言)」は「こと(琴)」「こと(子と)」を連想させます。

「琴」<仲哀天皇>
「子と」<子と><(応神天皇は武内宿禰の)子であると>


上記の連想イメージを、あえてこの和歌に重ねて、強引に訳出してみましょう。


且つ        言   忌み
かつ は ゆゆし、 と、 こと  いみ して、、、
葛         琴   意味
          子と

 

(地の文)B.<鎮魂>
(出産はめでたいが)、一方では不吉だと、「子と」<子と><(応神天皇は武内宿禰の)子であると>意味して言って、、、

 

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***「こと(言)」「こと(琴)」「こと(子と)」****
(地の文).
かつはゆゆしとこといみ(言忌み)して、、、
「かつ(且つ)」「かつは(且つは)」<一方では>
**************************

 

第51代平城天皇の皇子、阿保親王を産んだのは、葛井藤子(ふぢゐのふぢこ)です。

藤好きもここまで来ると、さすがに病気ですね。

「不治の病」だけに。


************************
何その上手いこと言ったみたいな顔。腹立つ。
(増田こうすけ「ギャグまんが日和」妖怪ろくろ首)
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これが言いたかったためだけに、この和歌の解釈をわざわざ付け足しました。
長い前フリですみません。


とはいえ、乗りかかった船なので、ひと段落するまでためしに書き続けてみましょう。
興味の無い人は、ここで読み終わって頂いてかまいません。
ここまでお付き合いありがとうございました。

 


多年生木本の藤のつるは、年々肥大し、時に絡みついた木を締め上げて枯らしてしまうこともあります。
樹齢五百年を越えるような巨木も多く、しばしば観光スポットにもなりますが、なかでも春日部市牛島の藤は樹齢千年だそうです。(大貫茂「花の源氏物語」)
ちなみに、
「うち(宇治)」と「うし(憂し)」が掛詞として常用されるように、
「ふぢ(藤)」の音は、古来「ふし(不死)」と結び付けられたのだそうです。


「不治」とは言え。

 

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何その上手いこ、、、


うーん。。。。

 


まあ、親父ギャグの出来栄えはさておき、
「こと切れる」「事切れる」とは<(息が)途切れる><(命が)途絶える><死ぬ>という意味です。

 

さて、前述のように、
「葛」という字には、「かづら」「かつ」「かど」「つら」「くず」「ふぢ」など、数多くの読み方があります。

「かつ(且つ)」は「かつ(葛)」をも連想させます。


「葛(かつ)」は、「葛(ふぢ)」「ふぢ(藤)」をも連想させます。

「葛(ふぢ)」<葛井>
「藤(ふぢ)」<藤子>


「葛(かつ)」<葛井藤子(ふぢゐのふぢこ)><平城天皇の妃><阿保親王の母親><在原業平の祖母>


且つ        言      忌み
かつ は ゆゆし、 と、 こと  いみ して、、、
葛            琴   意味
             子と


(地の文)C.<鎮魂>
「葛(かつ)」<葛井藤子><平城天皇の妃><阿保親王の母親><在原業平の祖母>は不吉である、
と、「子と」<子と><(陽成天皇は在原業平の)子であると>意味して言って、、、

 

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この唱和の場面の和歌や地の文にしばしば登場する「経」の字が、この和歌(明石尼君6)にも含まれています。

***「経」**************
(光源氏191).たれかまた心を知りて住吉の神世を「経」たる松にこと問ふ
(明石尼君6).住の江をいけるかひある渚とは年「経」るあまも今日や知るらん
********************


「経」の字は、<藤原基経>を連想させます。

 

直前の「ある」との対比を背景として、
「なぎさ(渚)」が「なき(無き)」「なき(亡き)」「なき(泣き)」の掛詞として常用されることも、興味を引きます。


藤原基経は陽成天皇を暴虐であるとして廃し、また阿衡の紛議を起こして橘広相を政界から追いやるなど、絶大な権力を振るっていました。

 

高子の後見を務めたのは、「承和の変」に始まる<他氏排斥>の、裏で糸を引いていた藤原良房でした。
基経と高子は、ともに藤原長良の実子ですが、
基経は長良の弟である良房家へ養子に出されました。

 


<他氏排斥>や<日嗣(ひつぎ)争い>における<合戦>は男同士の戦い、
<入内争い>は天皇に入内する女同士の戦いですが、
いずれも<血筋>を巡っての熾烈な争いであることに、変わりはありません。

「日嗣(ひつぎ)」<「日」の跡継ぎ><太陽神の跡継ぎ><天照大神の跡継ぎ><天皇の跡継ぎ>

「ひつぎ(日嗣)」が「ひつぎ(棺)」を連想させることは興味を引きます。

 

源氏物語屈指の華やかな「判じ物」の一幕である「絵合わせ」は、他ならぬ<入内争い>のための果し合いでした。


その「絵合わせ」において、源氏方の出した「伊勢物語」を題材とした古風な絵が、頭中将(藤原氏)側の当世風の絵を抑えて、接戦を制しました。


そこで詠まれた和歌では、伊勢物語の主人公、在原業平は、「伊勢をの海人」「海人」と呼ばれていました。

***********************
(藤壺宮12).みるめこそうらふりぬらめ 年へにし伊勢をのあまのなをや沈めむ
***********************

詳細は上記の和歌のファイルをご参照下さい。


藤原氏サイドとの対決において、
「海人」「伊勢をの海人」は、<伊勢物語の在原業平>を連想させます。

それは、紀氏を始めとする反藤原連合の在原業平と、天皇の妃である藤原高子との、<禁断の恋>の物語でした。


ところで、
基経は良房家へ養子に出されましたが、元々は長良の息子であり、生家は長良宅ですから、
基経と妹の高子は幼少期は一緒に住んでいたわけです。

まあ、何歳まで同居していたかは分かりませんが、いずれにせよ、生家は同じです。


「すみのえ(住の江)」は、「すみのえ("住み"の縁)」をも連想させます。

「すみ(住み)」連用形転成名詞<住むこと>


「え(縁)」は「えん(縁)」の撥音無表記形です。
「え(縁)」<縁><血縁><親類縁者><絆><因果>


「"住み"の縁」<"住むこと"の縁><"同居"の縁><長良の生家で一緒に住んでいた基経と高子の兄弟関係>
としてみましょう。

「え(江)」「え(縁)」が、類似音の「ゑ(絵)」を連想させることも興味を引きます。

「すみ(住み)」は「すみ(墨)」の掛詞としても常用されます。

「すみのゑ(墨の絵)」は、「絵合わせ」において、
<頭中将(藤原氏)側の当世風の絵に競り勝った源氏方の「伊勢物語」の古風な絵>
をも連想させます。

 

ところで、
「在原業平」「伊勢物語」「かり」といえば、
「狩のつかひ」が思い出されます。


和歌の末尾の「らん」<現在推量>は「卵(らん)」を連想させます。


「かりのこ(卵)」<卵>は「鴨(かり)の子」とも書かれます。

***「鴨(かり)の子」****************
「鴨の卵(かりのこ)」のいと多かるを御覧じて、柑子、「橘」などやうに紛らはして、わざとならず奉れたまふ (源氏物語「真木柱」帖)
***************************


「かも」は「かも(鴨)」を通じて「鴨(かり)」「かり(雁)」をも連想させます。

「かり(雁)の子」が、「かり(仮)の子」を連想させることは、興味を引きます。

「かり(仮)の子」<本来の子でない子><ワケアリの子><私生児>

 

清和天皇の<ワケアリの子>、陽成天皇には在原業平の血、すなわち、紀氏をはじめとする<反藤原勢力>の血が入っている、と仮にしてみましょう。
そして、通常の句切り位置を、一旦離れて、この和歌を「暗号」の「文字列」と見なして、解読を試みてみましょう。

 

****参照:(注330071):「句割れ」と「句跨ぎ」

 

「らん」「卵(かひ)」「卵(かりのこ)」「かり(雁)の子」「かり(仮)の子」<本来の子でない子><ワケアリの子><私生児><陽成天皇>

 

直前の「ある」との対比を背景として、
「なぎさ(渚)」が「なき(無き)」「なき(亡き)」「なき(泣き)」の掛詞として常用されることも、興味を引きます。

「ある」(連体形)<あること>(体言省略)<ある~>


「なぎさとは(渚とは)」は、「なき(無き)」「さとは(里は)」をも連想させます。

「里(さと)」は、「里子」「里親」をも連想させます。

「里子」<養子>
「里親」<養父母>


「さとは年経る」「里は年経る」は、<里子の基経>をも連想させます。

「里は年経る」:
<「里子」<養子>の基経はどっと老け込む>


それは、里親の立場に終始した花散「里」や紫上をも連想させます。


「さとは」は「さとは(然とは)」をも連想させます。

「然とは」<そうだとは>

「年経る」<年が経った><ほぼ一年経って臨月を迎えた>


「あま(海女)」「あま(女)」<うみ(海)の女><うみ(産み)の女><藤原高子>

「かひある渚」は「かひ(卵)ある海」「かひ(卵)ある産み」をも連想させます。

「かひ(卵)ある産み」<陽成天皇の出産>
「かひ(甲斐)ある産み」<産み甲斐のある出産><天皇の実子>


「なき(無き)」を<連体形終止><詠嘆>としてみましょう。

「なき(無き)」が「なき(泣き)」を連想させることは、興味を引きます。


「生けるかひ(甲斐)ある、無き」:
生きている「かひ(甲斐)」のある(「かひ(卵)」)が、「なき(無き)」<無い!>。(連体形終止)
生きている甲斐(意義)のある「胎児」<天皇の実子>が、いない!(詠嘆)


「を」は<終助詞(間投助詞)><詠嘆>でもいいのかも知れません。

基経の恨み節が聞こえてくるようにも思えます。

 

   江  生ける  貝      渚            尼
住みのえを いける  かひ  ある なぎ   さとは 年経る あま  も  今日や 知る らん
墨  縁  行ける  櫂      凪    然とは     海女            卵
   ゑ       甲斐     水葱   里は      うみ    
   絵       かひ     なき           産み
                  泣き           宇美
                  無き
                  亡き


               甲斐             里は
「住み」の縁 を  生ける  かひ  ある  無き  /  さとは 年経る あま  も  今日や 知る らん
               卵       泣き     然とは                   卵

 

(明石尼君6)D.<鎮魂>
「"住み"の縁」<"同居"の縁><長良の生家で同居していた妹>(の高子の腹)に、
生きている「かひ(甲斐)」のある(「かひ(卵)」)が、「無き」<いない!>。(連体形終止:詠嘆)
「然とは」<そうだとは>「年経る」<一年経って臨月を迎えた>「海女」<うみ(海)の女><うみ(産み)の女><藤原高子>も、
今日(初めて)知るのだろうか。
((せっかく入内した)実の妹なのに!)

 

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応神天皇と皇位を争い、神功皇后と一戦を交えた忍熊王が、最期に身を投げたのも琵琶湖岸です。
壬申の乱や仲麻呂の乱も、琵琶湖岸で争われました。

「かひなき海」<琵琶湖>は、そうした数々の「兵(つはもの)どもが夢のあと」でもあり、「ちぎり(血切り)」の海でもあります。


待ち焦がれた懐妊が、ついに訪れず、
「かひ(卵)なきうみ(産み)」「かひ(甲斐)なきうみ(倦み)」<脱力感><失意>を抱えた紫上や花散里たちの悲哀を手がかりとして、
幾多の合戦の場となった「かひなき海」<琵琶湖>に未ださまよう魂を、
これらの歌は<鎮魂>しているように、見えなくもありません。

 


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メモ:

語彙、語法・文法、
連想詞の展開例など


あくまでこれは「タタキ台」として、試みに私の主観を提示したものに過ぎません。

連想に幅を持たせてあるので、自分の感覚に合わない、と感じたら、その連鎖は削って下さい。
逆に、足りないと感じたら、好きな言葉を継ぎ足していって下さい。
そして、自分の「連想詞」のネットワークをどんどん構築していって下さい。


詳細は「連想詞について」をご参照下さい。

 

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ここまで。
以下、(注)


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(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (3)

2021-02-04 12:41:24 |  <暗号を解く鍵><紫式部が送ってくれたサイン>

 

 

 

 


(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (2) から続く。

 


****参照:(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (2)

 

 

(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (3)

 

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(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも23C15rr(3).txt

 

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ところで、
「神代」と言えば、下記の歌が思い出されます。

***「二条の后」<藤原高子>*************
詞書:
「二条の后」の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風に龍田川にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる。

(古今集294).ちはやぶる神代も聞かず竜田川 唐紅に水くくるとは (秋下、在原業平)
****************************

 

ここで、この一幕の冒頭の地の文を見てみましょう。


***「竹の節は松の緑に見えまがひ」「紅葉の散る」*******

山藍に摺れる<竹の節は松の緑に見えまがひ>、かざしの花のいろいろは秋の草に異なるけぢめ分かれで何ごとにも目のみ紛ひいろふ。
求子(もとめご)はつる末に、若やかなる上達部は肩ぬぎておりたまふ。
にほひもなく黒きうへの絹に、蘇芳襲の、海老染の袖をにはかにひき綻ばしたるに、紅深きアコメの袂の、うちしぐれたるけしきばかり濡れたる、松原をば忘れて、<紅葉の散る>に思ひわたさる。見るかひ多かる姿どもに、いと白く枯れたる荻を高やかにかざして、ただ一かへり舞ひて入りぬるは、いとおもしろく飽かずぞありける。

********************************

 

「唐紅」<紅葉の色>は<鮮血の色><天皇家の純血>を、
「水」は「真清水」<増し水><割り水>
を連想させます。

 


詳細は下記の和歌のファイルをご参照下さい。

 

<伊勢物語><在原業平><藤原高子><清和天皇><皇統断絶>


*********************
「唐紅」<紅葉の色>は<鮮血の色><天皇家の純血>
「水」「真清水」<増し水><割り水>
(古今集294).ちはやぶる神代も聞かず竜田川 唐紅に水くくるとは (秋下、在原業平)
(古今集293).もみぢ葉のながれてとまるみなとには紅深き波やたつらん (秋下、素性法師)
(夕霧17).なれこそは岩もるあるじ見し人のゆくゑは知るや宿の真清水
(雲居雁4).なき人のかげだに見えずつれなくて心をやれるいさらゐの水
*********************

 

 

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(古今集294).ちはやぶる神代も聞かず竜田川 唐紅に水くくるとは (秋下、在原業平)


@(伊勢物語)A.
(人の代はもちろん)、神代の昔の話としても聞いたことがない。
竜田川が、(流れる紅葉で)水を真紅に「くくり染め」で染めているとは。


(伊勢物語)C.<鎮魂>
「ちはやぶる(血は破る)」<天皇家の血統が敗れる><天皇家の純血が壊れる>だって?
神代の昔から、そんな話<不義>は聞いたこともない。
(神=天皇家の言うことも全く聞かず)、
(清和天皇から陽成天皇に繋がる血筋を)断ち切った「たか(高)」<高子><二条后>は、
「唐紅」<鮮紅色><血の色><天皇家の純血の血統>に、
「水」<在原業平の血><薄まった天皇家の血統>を「括る」<束ねる>とは。

 


(古今集293).もみぢ葉のながれてとまるみなとには紅深き波やたつらん (素性法師)


@(古今集293)A.
紅葉葉の流れ集まって溜まっている場所には、深い紅色の波が立っているのだろうか。

 

(古今集293)B.<鎮魂>
「紅葉葉」<紅色><血の色><天皇家の純血の血統>が流れずに止まってしまった所には、
「紅深き波」<天皇家の血><本来の継嗣>が次々と立ち現れるのだろうか。(いや、そうではないようだ。)
(<本来の皇統>を断ち切る「らん(卵)」<托卵><陽成天皇>が立ちはだかり、
悲しい「紅深き涙」<血の涙><皇統断絶の悲劇>が流れている。)

 

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(地の文).
求子(もとめご)はつる末に、、、
****************


「求子(もとめご)」<東遊の歌>

「東遊」「東舞」<東国の民謡をもとにした舞楽>

「はつ(果つ)」タ行下二段動詞<終わる><死ぬ>


@(地の文)A.
「求子」<東遊の歌>の舞踊が終わると、、、


「はつる(果つる)」タ行下二段連体形の「つる」は「つる(蔓)」をも連想させます。

「つる(蔓)」<草木のつる><つる植物>

「蔓(つる)」は「かづら(蔓)」とも読みます。

「かづら(蔓)」は、「かづら(葛)」を連想させます。

「かづら(葛)」<草木の「つる」><ツタ><つる植物の総称>

前述のように、
「葛」という字には、「かづら」「かつ」「かど」「つら」「くず」「ふぢ」など、数多くの読み方があります。

例えば、第51代平城天皇の皇子、阿保親王を産んだのは、葛井藤子(ふぢゐのふぢこ)です。

どんだけ藤が好きなんだよ!

すみません。
ついに我慢できずツッコんでしまいましたが、まあそれは置いといて、
「蔓(つる)」は「かづら(蔓)」「かづら(葛)」を通じて、「葛(ふぢ)」「ふぢ(藤)」をも連想させます。

「葛(ふぢ)」<葛井>
「藤(ふぢ)」<藤子>

「葛井藤子(ふぢゐのふぢこ)」<平城天皇の妃><阿保親王の母親><在原業平の祖母>


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「伊勢物語」きってのラブロマンス、といえば、
在原業平と藤原高子の<禁断の恋>の物語です。

 

****参照:(注774431):「伊勢物語」<禁断の恋>「在原業平」「藤原高子」<駆け落ち>

 

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「末」<末端><末裔><子孫>

「蔓(つる)」は「かづら(蔓)」「かづら(葛)」を通じて、「葛(ふぢ)」「ふぢ(藤)」をも連想させます。

「葛(ふぢ)」<葛井>
「藤(ふぢ)」<藤子>

「葛井藤子(ふぢゐのふぢこ)」<平城天皇の妃><阿保親王の母親><在原業平の祖母>

****************
(地の文).
求子(もとめご)はつる末に、、、
****************


「求子(もとめご)」を
<子を求める><求めた子><陽成天皇>
としてみましょう。

 

求子   果つる
もとめご は つる 末 に、、、
       蔓
       葛
       藤

 

(地の文)B.<鎮魂>
「求子」<求めた子><陽成天皇>
求めた子は「葛井藤子(ふぢゐのふぢこ)」<阿保親王の母親><在原業平の祖母>の「末」<子孫>に、、、
(<在原業平の子になってしまった!)

 

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源氏物語で「葛(くず)」は三回出てきます。その最初がこの「若菜下」帖の、正にこの唱和の場面の冒頭に当たります。
そう言えば、「わかな(若菜)」は「わがな(我が名)」を連想させましたね。

それは、「玉鬘」<かづら(鬘)の美称>という「かづら(葛)」<つる植物>を連想させる通り名を持ち、
源氏物語中、唯ひとり「藤原一族」の出であることが明示されていた「藤原瑠璃」君の歌でした。

詳細は下記の和歌のファイルをご参照下さい。


***「わかな(若菜)」「わがな(我が名)」「玉鬘」「かづら(葛)」「藤原瑠璃」******
(玉鬘20).若菜さす野辺の小松をひきつれて もとの岩根をいのるけふかな
*******************************************

 

直前の地の文:(「若菜下」住吉の願ほどき)
**********************
(地の文).
十月中の十日なれば、神の斎垣にはふ葛も色変りて、、、、
@(地の文)A.
十月の二十日なので、神の斎垣に這う葛も色が変って、、、
**********************


「神の斎垣(いがき)」<神の聖域><神社の境内>は、以下の引き歌から来ています。


***「ちはやぶる」「紅葉」******************
(古今集262).
(詞書):神のやしろのあたりをまかりける時に、いがきのうちのもみぢをみてよめる。
(古今集262).
ちはやぶる神のいがきにはふ葛も あきにはあへずもみぢしにけり (紀貫之)
********************************


「ちはやぶる」の枕詞と、「紅葉」が興味を引きます。
しかも詠み手は、他ならぬ「紀氏」の紀貫之です。


***「二条の后」<藤原高子>*************
詞書:
「二条の后」の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風に龍田川にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる。

(古今集294).ちはやぶる神代も聞かず竜田川 唐紅に水くくるとは (秋下、在原業平)
****************************


地の文の「十月中の十日」は、「十月十日(とつきとおか)」を連想させます。
それは、<懐妊期間>の別称でもあります。

「神の斎垣にはふ葛」は<天皇家の後宮に這い延びる藤原氏>のイメージに重なります。


これらの連想イメージを合わせて、地の文を解釈してみましょう。

**********************
(地の文).
十月中の十日なれば、神の斎垣にはふ葛も色変りて、、、
(地の文)B.<鎮魂>
懐妊期間が過ぎても(出産がないので)、天皇家の後宮に這い延びる藤原氏(葛井藤子)も顔色が変わって、、、
**********************


出産予定日が来ても、なかなか子が産まれないことに、高子や、それを取り巻く藤原氏一族の面々は、ヒヤヒヤしていたのかも知れません。


もっとも、どの道恋多き女、高子は、業平亡き後、五十過ぎてからも幽仙や善祐という僧侶たちとの情事がバレて、廃后になってしまったわけですが。。。
ちなみに坊主の善祐は伊豆に流刑となりました。高子さんは結構人騒がせな女性だったようです。

 

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さて、ここで問題です。
日本のパトカーに無いものは何でしょう?
正解は「グレーゾーン」です。
暴徒鎮圧用の「ショットガン」(riot shotgun)ではありません。


パトカーは「グレーゾーン」が無く、白黒のツートンカラーのコントラストが明瞭ですね。

ツートンカラーと言えば、パトカーやパンダだけでなく、「葛」もそうなのです。


***「葛」(くず)<コントラスト> *******
(参考:「ライジング古文」p.243)

(古今集823).秋風の吹き裏返す葛の葉の うらみてもなほ恨めしきかな (平貞文)

「裏見て」と「恨みて」が掛詞となり、<いくら恨んでも恨み足りない>という心情を詠っています。
「(葉の)裏」は、しばしば<手のひらを反すこと><心変わり><裏切り>の例えとしても用いられます。
とりわけ葛の葉は、表の緑色と裏の白色の<コントラスト>が明瞭なので、この比喩で多用されます。

ちなみに、「うら」には、<裏>のほか、
表には明瞭にみえない「うら(心)」<心>、
また、「うら(末)」<枝葉><先っぽ>という意味があります。

ちなみに、
「あき(秋)」と「あき(飽き)」も掛詞として常用されます。
*************************


葛の葉は、表の緑色と裏の白色のコントラストが明瞭なので、風に揺られて裏返る様が、<心変わり><裏切り>の例えとして多用されます。


詳細は下記の和歌のファイルをご参照下さい。

********************
(中宮大夫1).見し人もなき山里の岩垣に心ながくも這へる葛(くず)かな
(衛門督1).いづこより秋はゆきけむ山里の紅葉のかげは過ぎうきものを
********************

上記和歌の詠み手が「中宮大夫」<中宮に仕える高官>であることも、興味を引きます。

 

ちなみに、源氏物語で、「葛」(クズ)が登場する場面は、三回とも全て、
「九月十余日」「十月一日」などと、月日の記述が見られることは興味を引きます。

クズは夏に花を咲かせますが、秋には紅葉し、それが描写されているわけです。
秋なので、十月頃となり、偶然か否か、自動的に<懐妊期間>を連想させますが、
それは<紅葉>をも連想させます。

「紅葉」<血の色><血筋>


上記の一致は、偶然では無い、と私は思います。
「修辞の天才」紫式部の面目躍如、と言ったところでしょうか。


念のため付け加えますが、
私はもちろん、高子が浮気性だった、とか、身持ちが悪かった、と言っているわけではありません。
好きでもない年下の男性を、政略結婚であてがわれた女性の身になって考えてみて下さい。


****参照:(注220076):「 You can choose. That's why you don't understand me.」

 

そして、
「葛」(くず)の葉の<裏表>や、
「葛」(つる)が木を絞め殺すしたたかさは、
高子ではなく、藤原氏そのものを象徴しているのでしょう。

 


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(明石尼君7).昔こそまづ忘られね住吉の神のしるしを見るにつけても


「まづ(先づ)」<まず><真っ先に><何はともあれ>


明石の一介の地方受領の娘であった明石上が、皇后の母親(東宮の祖母)になったわけですから、
そのシンデレラストーリーは、京の人みなの憧れとなりました。
この歌の詠み手は、その明石上の母親の明石尼君です。


***「明石の尼君」「幸ひ人」************
よろずのことにつけてめであさみ、世の言種にて、「明石の尼君」とぞ、幸ひ人に言ひける。
かの致仕大臣の近江の君は、双六打つ時の言葉にも「明石の尼君、明石の尼君」とぞ賽はこひける。
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「しるし(験)」<霊験><効き目>
「しるし(印)」<目印>
「しるし(証)」<証拠>
「しるし(徴)」<特徴><前兆><予兆>
「しるし(著し)」<著しい><顕著な><明瞭な><ハッキリした><霊験あらたかな>           

 

@(明石尼君7)A.
昔のことがまず思い出される。
住吉の神のご利益(ゆえの私たちの幸運)を見るにつけても。

 

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「まづ(先づ)」は「まつ(松)」を連想させます。

「松」は<天皇家><天皇>の象徴として、しばしば用いられます。

「松」<天皇家><天皇><仲哀天皇>


前述のように、
「住吉の神」<河内王朝><応神天皇>
としてみましょう。

「しるし(徴)」<特徴><応神天皇の顔立ちに表れた武内宿禰の面影>

「しるし(徴)」が「しるし(著し)」を連想させることも興味を引きます。

「しるし(著し)」<著しい><顕著な><明瞭な><ハッキリした>

 

    先づ
昔こそ まづ 忘られね 住吉の神の しるしを 見るに つけても
    まつ
    松


(明石尼君7)B.<鎮魂>
昔と言えば、
「松」<仲哀天皇>
のことが、何より思い出される。
「住吉の神」<河内王朝><応神天皇>(の顔立ち)の
「しるし(徴)」<特徴><武内宿禰の面影>
を見るにつけても。

 

 

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(中務の君1).祝子が木綿うちまがひおく霜はげにいちじるき神のしるしか


「祝子(はふりこ)、祝(はふり、はぶり)」<神職><神職につく者の総称><(神主、禰宜より下位の)神職>
「げに(実に)」<実に><本当に><なるほど><いかにも>
「いちじるし(著し)」<はっきりしている><明らかな>
「いち」は接頭辞<甚だしい意>、「しるし」は<顕著なさま>

「しるし(徴、験)」<神仏の霊験><利益><効能><効き目><かい(効)><兆し><前兆>

 

@(中務の君1)A.
神主たちの木綿と見まがうほど真白な霜は、いかにもあらたかな神の霊験でしょうか。

 

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参考までに関連語句を挙げておきます。
特に興味がなければ読む必要はありません。


****参照:(注770016):「ふる」の<同音異義語>


****参照:(注770026):「かく」の<同音異義語>

 


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「はふる、はぶる(葬る)」ラ行四段<葬る><火葬する><荼毘に付す>、連用形転成名詞<葬送><葬式>
「はふる、はぶる(放る)」ラ行四段<放る><散らす><捨て去る><見捨てる><遠くへ追放する>、下二段<見捨てられさ迷う><落ちぶれる>
「はふる(溢る)」ラ行四段・下二段<溢れる>
「はふる、はぶる(羽振る)」ラ行四段<羽ばたく><飛び立つ><(鳥が羽ばたくように)風や波が立つ>
「はふり、はぶり(羽触り)」<羽が触れること>

「紛ふ」自動詞ハ行四段、他動詞ハ行下二段<乱れる><入り混じる><見分けがつかなくなる><見分けられないほど似ている><分別を失う><理性をなくす><見失う>

 

「はふる、はぶる(羽振る)」<羽ばたく><飛び立つ><(鳥が羽ばたくように)風や波が立つ>
は、<鳥>を連想させます。


紫上と同じく実子がなく、自らの与り知らぬ養女玉鬘を育てた花散里。
花散里はしばしば「橘」や「橘鳥」と呼ばれる「ホトトギス」<托卵する鳥>とともに登場します。
花散里の養育した<玉鬘>は<夕顔>と<頭中将>の子であり、いわば<托卵>です。


前述のように、
武内宿禰は、天皇家という<巣>に、<応神天皇>を<托卵>しました。


直前の地の文を見てみましょう。

「篁」の朝臣の、「比良の山さへ」と言ひける雪の朝を思しやれば、祭の心うけたまふしるしにやと、いよいよ頼もしくなむ。

 

***「篁」「竹」<武内宿禰>「皇」<神功皇后>**********
「篁」は<小野篁>(おののたかむら)です。
「篁(竹かんむりに皇)」の字は、もともと<竹薮><竹原><竹>の意味で、<笛>の意味にもなります。
「小野の篠原」などというように、小野は篠<細い竹の総称>の歌枕です。

「たけ(竹)」は<武内宿禰>を連想させます。
「皇」は「皇后」<神功皇后>を連想させます。

<武内宿禰>を連想させる「竹」かんむりと、
<神功皇后>を連想させる「皇」を合わせた「篁(竹かんむりに皇)」の字は、前述の<不義><皇統断絶>のエピソードを暗示しているように、私には思えます。
「竹」かんむりが、「皇」の上に乗っているのも興味を引きます。

ここで「小野篁朝臣」を出したのは、「比良の山さへ」の作者(菅原文時)との混同であろう(小学館新編古典文学全集)と見る向きもありますが、私はこれは、「この近辺の歌は、柏木と三宮にあるような<不義>の文脈でも読んでね」という、読者に対する紫式部の意図的な合図であるように思います。それは、和歌のみならず漢籍にも通暁していた紫式部の真骨頂とも言える伏線ではないでしょうか。
**********************************

 

「はふる、はぶる(葬る)」ラ行四段動詞が、
<葬る><火葬する><荼毘に付す>という意味を持つことも興味を引きます。

「はふり(葬り)」<連用形転成名詞><葬送><葬式>

仲哀天皇の命は、琴の音とともに、こと切れました。

 

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何その上手いこと言ったみたいな顔。腹立つ。
(増田こうすけ「ギャグまんが日和」妖怪ろくろ首)
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これが言いたかったためだけに、この和歌の解釈をわざわざ付け足しました。
長い前フリですみません。


とはいえ、乗りかかった船なので、ひと段落するまでためしに書き続けてみましょう。
興味の無い人は、ここで読み終わって頂いてかまいません。
ここまでお付き合いありがとうございました。


ちなみに、「こと切れる」「事切れる」とは<(息が)途切れる><(命が)途絶える><死ぬ>という意味です。


「祝子(はふりこ)、祝(はふり、はぶり)」<神職><神職につく者の総称><(神主、禰宜より下位の)神職>

「はふり(葬り)」<連用形転成名詞><葬送><葬式>


「ゆふ(木綿)」の音は、「結ふ(ゆふ)」を連想させます。
「結ぶ」(むすぶ)は濁点を打つ習慣のなかった当時、「結ふ(ゆふ)」と表記されました。
「結ぶ」は「露」の縁語であり、「涙」「玉」を連想させます。


ちなみに、「完璧」という言葉の「璧」は<玉><球>という意味です。
確かに、部首として「玉」の字が入っていますね。

「完璧」で、<完全な球><傷一つ無いまん丸の玉><真球>という意味になります。

「玉」は<美称>の<接頭辞>として用いられます。

「玉」<美称><完璧なもの><ホンモノ>
「露」<はかないもの><ニセモノ>

***「玉」<ホンモノ>「露」<ニセモノ> **********
蓮葉の濁りに染まぬ心もて なにかは露を玉とあざむく (僧正遍照)
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ちなみに、天皇の正統性の象徴である「三種の神器」の一つが、「勾玉」(まがたま)です。


夜、気温が下がって、空気の単位体積当たりの飽和水蒸気量が減少すると、
それまで気体として存在していた大気中の水蒸気が凝結し、液状の水になります。
これを「結露」<露が結ぶ>と言い、これが草木の葉や窓ガラスに付いたのが「露」です。
そして、さらに気温が下がって氷点下になると、「露」が凍って「霜」になります。

つまり、
「玉」<ホンモノ>ではなく、
「露」<ニセモノ>が固まって形になったものが、「霜」です。

たしかに、「勾玉」などと違って、「霜」は夜が明けて暖かくなると、溶けて「露」となり、さらに昼には蒸発して消えてしまいますね。

「しも(霜)」<ニセモノの結晶>


また、「かみ(神)」がを連想させるのに対して、
「しも(霜)」が「しも(下)」を連想させることも興味を引きます。


「上(かみ、うへ)」は<目上の人の尊称><貴人の尊称>ですが、<天皇の尊称>としても常用されます。

「上(かみ、うへ)」<主上><天皇の尊称><おかみ>


***「上(かみ)」<主上><天皇の尊称><おかみ>*******
吾は兄なれども、「かみ」となるべからず。
(「古事記」中巻)
********************************


「しも(下)」<「かみ(上)」で無いもの><「かみ(神)」で無いもの><天皇で無いもの>

「上」との対比を背景として、
「げに(実に)」の「げ」が「げ(下)」を連想させることも興味を引きます。

「げ(下)」<下><臣下>


「結ぶ」は<生じさせる><形にする><結露する><契る><男女の仲になる>の意味があります。

***********************
「結ぶ」<結ぶ、ゆわえる><生じさせる><結露する><契る><約束する><結婚する><男女の仲になる><(掬ぶ)水を掬う>など
「むすぶのかみ(産霊の神)」<万物生成の神><男女縁結びの神>
「むすび」=「むす(生す、産す)」+「ひ」<神にまつわる接尾辞>
「むす(生す、産す)」<生じさせる><産む>
*****************

 

「うち(内)」<内裏><宮中><天皇><天皇家>


「ゆふ(木綿)」の音は「ゆふ(結ふ)」を連想させます。
「ゆふ(結ふ)」は「結ぶ(むすぶ)」を連想させます。
濁点を打つ習慣の無かった当時、これらはともに「結ふ」と表記されました。

「むすぶのかみ(産霊の神)」<万物生成の神><男女縁結びの神>

「結ぶ」<結ぶ><結露する><契った結果として子が出来る>

確かに、今でも「結びの神」とか、「愛の結晶」とか言いますね。


「ゆふ(木綿)」が「ゆふ(夕)」を連想させることも興味を引きます。
「夕(ゆふ)」<夕顔>
「玉鬘」の「玉(たま)」は<玉子(たまご)><卵>を連想もさせます。

「玉鬘」は、<夕顔>から花散里に<托卵>された<玉子(たまご)>でした。


****参照:(注55742):「卵の四角」<あるはずもないこと>


「しるし(験)」<霊験><効き目>
「しるし(印)」<目印>
「しるし(証)」<証拠>
「しるし(徴)」<特徴><前兆><予兆>
「しるし(著し)」<著しい><顕著だ><明瞭だ><はっきりしている><霊験あらたかだ>           

 

 

祝子      木綿              実に
はふり こ が ゆふ うち まがひ おく 霜は げに いちじるき 神のしるしか
羽振り 子   夕  家          禿げ         上
葬り  子   夕顔           下  異に
放り  子   夕霧
        結ふ
        結ぶ


葬り  子が 結ぶ 内  紛ひ 置く 霜は 実に 著き 神の 徴か
                   下  下     上


(中務の君1)B.<鎮魂>
(仲哀天皇を)葬り、「子」<応神天皇>が産まれた「内」<内裏><天皇家>。
紛らわしく置かれた、
(「玉」<ホンモノ>ではなく「露」<ニセモノ>が固まり形になった)
(その「かみ(上)」でない「しも(下)」の)「霜」<応神天皇>には、
本当にハッキリした「神」<天皇>の「しるし(徴)」<特徴>「しるし(証)」<証拠>があるのか?

 


***「玉」<ホンモノ>「露」<ニセモノ> **********
蓮葉の濁りに染まぬ心もて なにかは露を玉とあざむく (僧正遍照)
********************************


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参考までに、「しるし」に関連する語句を、以下に挙げておきます。


***「しるし」*******************
「しるしの帯」<懐妊を祝い、胎児の安定をはかり、安産を祈願して妊娠五ヶ月目の吉日に結ぶ帯。岩田帯><腹帯>
「しるしの頼み」<結納><結納品>
「しるし(標、証、印)」<目印><標識><合図><記録><署名><証拠><結納><討ち取った首><首級>

「しるし(印、璽)」<印><印綬><天皇の位を表すもの><三種の神器、特に八尺(やさか)にの曲玉><神璽>
「しるし(徴、験)」<神仏の霊験><利益><効能><効き目><かい(効)><兆し><前兆>
「しるしの杉」など。
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「はふる、はぶる(羽振る)」<羽ばたく><飛び立つ><(鳥が羽ばたくように)風や波が立つ>
は、<鳥>を連想させます。


紫上と同じく実子がなく、自らの与り知らぬ養女玉鬘を育てた花散里。
花散里はしばしば「橘」や「橘鳥」と呼ばれる「ホトトギス」<托卵する鳥>とともに登場します。
花散里の養育した<玉鬘>は<夕顔>と<頭中将>の子であり、いわば<托卵>です。

 

直前の唱和には、興味深い言葉が並んでいます。


***「かひ(卵)」「らん(卵)」「とり(鳥)」***********
(明石尼君6).住の江をいける「かひ」ある渚とは年経るあまも今日や知る「らん」

「かひ」は、掛詞として常用されます。
「かひ(甲斐)」<甲斐><効>
「かひ(殻)」<殻>
「かひ(貝)」<貝>
「かひ(卵)」<卵>

(明石中宮3).神人の手に「とり」もたる榊葉に木綿かけ添ふるふかき夜の霜
(明石中宮3)A.
神主が手に持っている榊の葉に、木綿を掛け添えているかのような、夜更けの純白な霜であることよ。
********************************


「かひ(殻)」という言葉から、「かひ(貝)」や「かひ(卵)」という言葉が派生したのだそうです。

(明石尼君6)の末尾の「らん」が「らん(卵)」を連想させることは興味を引きます。

また、
(明石中宮3)の「とり」<接頭辞>が「とり(鳥)」を連想させることも興味を引きます。


「とり(鳥)」<托卵鳥>

 

「ゆふ(木綿)」が「ゆふ(夕)」を連想させることも興味を引きます。
「夕(ゆふ)」<夕顔>
「玉鬘」の「玉(たま)」は<玉子(たまご)><卵>を連想もさせます。


「夕顔」は、<一年生草本>のつる植物です。
一年生で、毎年冬には枯れて切れてしまうため、
年々肥大成長する、ということが出来ません。
だから、夕顔のつるは、とても細くか弱く、見るからに頼りないものです。
それは玉鬘という種を飛ばした後、すぐにあの世に行ってしまった夕顔のはかなさをも彷彿とさせます。

同じつる植物でも、「藤」は<多年生木本>です。
多年生のため、年々肥大し、時に絡みついた本体の木を締め上げて枯らしてしまうほど太く硬くなります。
「藤」と「夕顔」のコントラストは印象的です。


****参照:(注228816):「藤かかりぬる木」<藤原氏><紀氏>

 


「はふる、はぶる(羽振る)」<羽ばたく><飛び立つ><(鳥が羽ばたくように)風や波が立つ>
は、<鳥>を連想させます。


「紀氏」と「鳥」とくれば、伊勢物語の「かりのつかひ」が連想されます。

 

********************
藤かかりぬる木は枯れぬるものなり。いまぞ紀氏はうせなむずる。
(「大鏡」「道長(藤原氏物語)」)
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***「業平の義理の父」<紀静子の兄>*************
日本一の美男子として名高い彼は、清和天皇が幼帝だったころに、その婚約者でもあった藤原高子と恋愛し、問題を起こしたと伝えられている。これを単なる伝説だと考える学者もいるが、彼の義理の父が、藤原氏の血を引く清和天皇と皇位を争った惟喬親王の生母であった紀静子の兄であることを考えれば、決して有り得ない話ではない。
業平は、当時、唯一天皇と釣り合う年齢にあった藤原氏の娘、高子を誘惑することで、藤原氏の勢力拡大を妨害するという使命を担っていたのかもしれない。
(井沢元彦「井沢式日本史入門講座4 怨霊鎮魂の日本史」)
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***「皇族・紀氏の反藤原連合の陰謀」*********
ですからひょっとしたら、皇族・紀氏の反藤原連合の陰謀として、そうしたことが実際にあったのではないか、という考え方も出来るわけです。
(参考:井沢元彦「井沢式 日本史入門講座4」)
****************************

 


「雁の使ひ」
<女を渡り歩く伊達男が妃を孕ませる使命を負った>
<産むはずの無い父親(在原業平)が藤原高子を孕ませた>

 

詳細は下記の和歌のファイルをご参照下さい。
****************
(末摘花4).年を経てまつしるしなきわが宿を花のたよりにすぎぬばかりか
****************

 

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藤原高子は、自分より八歳も年下の、まだ幼い惟仁親王(後の清和天皇)を結婚相手として無理矢理当てがわれました。
しかし、高子の真の想い人は、17歳年上の、平安きってのイケメン、在原業平でした。

藤原高子(二条后高子)は、藤原長良の娘で、清和天皇の女御となり、貞明親王(のちの陽成天皇)を産みます。

 

***「伊勢物語」第六九段「狩の使い」:伊勢斎宮の「夢」*************
(伊勢物語).
女のもとより、ことばはなくて、
 きみやこしわれやゆきけむおもほえず夢かうつつかねてかさめてか
おとこ、いといたうなきてよめる。
 かきくらす心のやみにまどひにきゆめうつつとはこよひさだめよ
とよみてやりて、かりにいでぬ。
*****************************************


「かりのつかひ(狩りの遣ひ)」<狩りの遣い>は、
「かりのつがひ(雁の番)」「かりのつがひ(仮の番)」
を連想させます。

濁点を打つ習慣の無かった当時、これらはともに「かりのつかひ」と表記されました。


「かりのつがひ(雁の番)」<雁の夫婦><子を産むはずの無い男女>
「かりのつがひ(仮の番)」<仮の夫婦><仮初の男女><束の間の逢瀬>

 

「つかひ(遣ひ)」<遣い><使者>
「つがひ(番ひ)」<一対><ひと組><雌雄の対><番うこと><共寝すること><夫婦になること><具合><頃合><つなぎ目>

「つがふ(番ふ)」は、もともと「つぎあふ(継ぎ合ふ)」から来た言葉だそうです。
今でも、<交際する>ことを「つき合う」と言いますね。

「つがふ(番ふ)」ハ行四段<対になる><組になる><対にする><組み合わせる><矢を弓の弦に当てる><つがえる><固く約束する>

 


詳細は下記の和歌のファイルをご参照下さい。

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(良清1).かきつらね昔のことぞ思ほゆる 雁はその世のともならねども
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「禁断の恋」の「夢の逢瀬」とくれば、「伊勢物語」の<在原業平>と<藤原高子>です。
清和天皇の后、高子と通じた在原業平は、京を追われて東国に行く羽目になりました。
それが「伊勢物語」の「東下り」です。


***「伊勢物語」第十段「たぬむの雁」********************
みよしのの「たのむのかり」もひたぶるにきみがゝたにぞよるとなくなる
わが方によるとなくなるみよし野の「たのむのかり」をいつかわすれむ
***************************************

 

***「頼り(たより)」「かり(雁)」**********
(末摘花4).年を経てまつしるしなきわが宿を花のたよりにすぎぬばかりか
***************************

 

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清和天皇の<ワケアリの子>、陽成天皇には在原業平の血、すなわち紀氏をはじめとする<反藤原勢力>の血が入っている、と仮にしてみましょう。


藤原基経は陽成天皇を暴虐であるとして廃し、また阿衡の紛議を起こして橘広相を政界から追いやるなど、絶大な権力を振るっていました。


「はふりこ(葬り子)」<葬った子><朝廷から葬った陽成天皇>

「はふりこ(羽振り子)」<羽を振る鳥><雁><かりのこ><産まれるはずの無い子><陽成天皇><産むはずの無い親><渡り鳥><在原業平><藤原高子>

「はふり(羽振り)」<(雁が)羽を振り><(伊達男業平があちこちで)羽を振り>


「ゆふ(結ぶ)」は<つる植物>の<藤>をも連想させることは興味を引きます。

 


葬り 
羽振り  子が 結ぶ 内   紛ひ 置く 霜は 実に 著き 神の 徴か
                     下  下     上


(中務の君1)C.<鎮魂>
「羽振り」<雁(業平)が羽を振り>、
「子」<陽成天皇>が産まれた「内」<内裏><天皇家>。
紛らわしく置かれた、
(「玉」<ホンモノ>ではなく「露」<ニセモノ>が固まり形になった)
(その「かみ(上)」でない「しも(下)」の)「霜」<陽成天皇>には、
本当にハッキリした「神」<天皇>の「しるし(徴)」<特徴>「しるし(証)」<証拠>があるのか?

 


***「玉」<ホンモノ>「露」<ニセモノ> **********
蓮葉の濁りに染まぬ心もて なにかは露を玉とあざむく (僧正遍照)
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(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (4) へ続く。

 


****参照:(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (4)

 

 


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(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (2)

2021-02-03 14:51:43 |  <暗号を解く鍵><紫式部が送ってくれたサイン>

 

 

 

 

 

 


(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (1) から続く。

 


****参照:(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (1)

 

 

(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (2)

 

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(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも23C15rr(2).txt

 

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「住吉」<地名><現在の大阪市住吉区・住之江区のあたり><松の名所><住吉大社><摂津国(大阪府)一の宮である神社><海の守護神><和歌の神>


「住の江」は、大和川河口に近い、「河内王朝」をも連想させます。


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****参照:(注440016):古墳「応神」<体積日本一>「仁徳天皇」<面積日本一>


****参照:(注123123):武内宿禰の三角関係


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さて、実際の歴史から、「源氏物語」に戻りましょう。

 

「こと(言)」「こと(事)」は「こと(琴)」との掛詞として常用されます。

「こと」は「子と」をも連想させます。


「よ(夜)」「よ(世)」は「よ(節)」を連想させます。
「ね(音)」は「ね(子)」「ね(根)」をも連想させます。

 

「こと(琴)」は<仲哀天皇>を連想させます。

 

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この付近の地の文を見てみましょう。

***「こと」「篁」**************

大殿、昔のこと思し出でられ、中ごろ沈みたまひし世のありさまも、目
の前のやうに思さるるに、その世のこと、うち乱れ語りたまふべき人もな
ければ、、、

「 誰れかまた心を知りて住吉の神代を経たる松に「こと」問ふ 」


かつはゆゆしと言忌(こといみ)して、、、

「 住の江をいけるかひある渚とは年経る尼も今日や知るらむ 」


遅くは便なからむと、ただうち思ひけるままなりけり。
「 昔こそまづ忘られね住吉の神のしるしを見るにつけても 」
と独りごち(言=こと=琴)けり。

 

御門(みかど=帝)より外の物見、をさをさしたまはず、ましてかく都(みやこ=宮子)のほかのありきは、まだ慣らひたまはねば、珍しくをかしく思さる。
「 住の江の松に夜深く置く霜は神の掛けたる木綿鬘かも 」


「篁」の朝臣の、「比良の山さへ」と言ひける雪の朝を思しやれば、祭の心うけたまふしるしにやと、いよいよ頼もしくなむ。女御の君、
「 神人の手に取りもたる榊葉に木綿かけ添ふる深き夜の霜 」

中務の君、
「 祝子が木綿うちまがひ置く霜はげにいちじるき神のしるしか 」

次々数知らず多「かり」けるを、、、

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「篁」は<小野篁>(おののたかむら)です。
「篁(竹かんむりに皇)」の字は、もともと<竹薮><竹原><竹>の意味で、<笛>の意味にもなります。
「小野の篠原」などというように、小野は篠<細い竹の総称>の歌枕です。
源氏物語でしばしば「竹」に例えられる柏木と、「<皇>女」である三宮を合わせた「篁(竹かんむりに皇)」の字は、この不義を暗示しているように、私には思えます。
「竹」かんむりが、「皇」の上に乗っているのも興味を引きます。

ここで「小野篁朝臣」を出したのは、「比良の山さへ」の作者(菅原文時)との混同であろう(小学館新編古典文学全集)と見る向きもありますが、私はこれは、「この近辺の歌は、柏木と三宮にあるような<不義>の文脈でも読んでね」という、読者に対する紫式部の意図的な合図であるように思います。それは、和歌のみならず漢籍にも通暁していた紫式部の真骨頂とも言える伏線ではないでしょうか。
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詳細は上記の和歌のファイルをご参照下さい。

 


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「蓮」や「おうち(栴檀)」の字は、その「レン」という発音から、和歌においてしばしば<恋>と結び付けられて詠まれてきたそうです。


京に聞こえる漢詩の名手藤原為時を父に持ち、しかも幼少からその薫陶を受けた紫式部。
そのあまりの才覚は、父親を喜ばせるどころか、逆に「男だったら良かったのに」と嘆かせたほどです。
それだけでなく、叔父の為頼も和歌の名手でしたし、曽祖父の兼輔は三十六歌仙の一人でした。
門前の小僧習わぬ経を読み、ではありませんが、幼少期から豊かな人文と自然とに囲まれて育ったわけです。

当然、和歌と日本語のみならず、大陸の故事や漢語、漢字の音訓の知識についても、並みの男性貴族では到底太刀打ちできなかったでしょう。
また、字の原義だけでなく、その部首の成り立ちにも通暁していたことでしょう。
普段目にするあまたの歌に退屈し切っていたとしても、むべなるかな、です。

「いまめかしきところなければ、うるさくてなむ」とあるからには、あえてここに出した和歌は、少なくともそうではないのでしょう。常套的な修辞や慣習になずんだ語法・コロケーション、定型的な解釈のみでは良しとしない何かがあるに違いない。そう考えるのが謙虚な探索姿勢のように思えます。


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ここでの唱和の口火を切った最初の和歌を見てみましょう。

 

(光源氏191).たれかまた心を知りて住吉の 神世を経たる松にこと問ふ


「こととふ(言問ふ)」<ものを言う><話しかける><語る><問う><尋ねる><質問する><見舞う><訪問する>


@(光源氏191)A.
(あなたと私のほかに)誰が昔の事情を知っていて、住吉の神代から久しく年を経た松に問いかけることができるだろう。

 


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「住む」<住み通う><通い住む><結婚する>
「住み」連用形転成名詞<住むこと>
「住みよし」<結婚するのによい><結婚するとよい>
「住吉」<住ノ江><松の名所、景勝地、歌枕>ほか、<住吉大社>


住吉大社は、摂津の国一の神社であり、<海の守護神><和歌の神様>として崇拝されています。
「うみ(海)」は<産み><生み>を連想させます。


「まつ(松)」は「まつ(待つ)」の掛詞として常用されます。

「世(よ)」<世間><この世><夫婦仲>、のほか、「代(よ)」「夜(よ)」の掛詞として常用されます。

「夜(よ)を経たる松」<夜の契りを経て(子を)"待つ"夫婦>としてみましょう。


「こととふ(言問ふ)」<ものを言う><話しかける><語る><問う><尋ねる><質問する><見舞う><訪問する>


「こと(言)」<言葉><事>を「子と」としてみましょう。


「こととふ(子と問ふ)」<「子(が欲しいか)」と(神が紫上に)尋ねる><「子(が出来るか)」と(神に)お伺いを立てる>
「こととふ(言問ふ)」<(子宝祈願に神社を)お参りする>

 

           住吉     世       言
たれかまた心を知りて すみよしの神 よを経たる松に こと問ふ
           住み良し   夜    待つ 子と
                  節

(光源氏191)B.
誰がまた、(子が欲しいという紫上の)心を知って、
住吉の神代ほどの昔から、何年も懐妊を待っている紫上に、
「子(が欲しいか)」と問うているのだろう。
(他ならぬ「住み良し」の神ですよ。)

 

立坊を祝して、源氏がドヤ顔で明石上に詠みかけた歌そのものに、
慶事の陰で懐妊を待ち焦がれる紫上の焦りが垣間見えるとしたら、
これほど鮮やかな皮肉はありません。

 

 

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「神(かみ)」は「上(かみ)」をも連想させます。

「上(かみ、うへ)」は<目上の人の尊称><貴人の尊称>ですが、<天皇の尊称>としても常用されます。

「上(かみ、うへ)」<主上><天皇の尊称><おかみ>


***「上(かみ)」<主上><天皇の尊称><おかみ>*******
吾は兄なれども、「かみ」となるべからず。
(「古事記」中巻)
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「かみ(神)」<神><天皇の尊称>

***「かみ(神)」<天皇の尊称>***********
(万葉集18/4111).かけまくも あやに畏し 天皇(すめろき)の 「神」の大御代に、、、
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「神代」と言えば、下記の歌が思い出されます。

***「二条の后」<藤原高子>*************
詞書:
「二条の后」の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風に龍田川にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる。

(古今集294).ちはやぶる神代も聞かず竜田川 唐紅に水くくるとは (秋下、在原業平)
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「住吉の神」<河内王朝>

「こと(言)」「こと(琴)」「こと(子と)」

「子と」<子と><子ですか?と><(応神天皇は仲哀天皇の)実子ですか?と>


直前の地の文の「こと(事)」が興味を引きます。

***「こと(琴)」「こと(子と)」**********
(地の文).
大殿、昔のこと思し出でられ、、、
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「松」<天皇家><仲哀天皇>
「世を経たる」「世の長人」<武内宿禰>


「心(こころ)」は「うら(心)」とも読みます。

<裏><表には現れないもの>という意味から、
「うら(心)」という言葉が生じました。

「うら(心)」は「うら(裏)」をも連想させます。


「心(こころ)」「心(うら)」「うら(裏)」<真相><闇の真相>

「こととふ(言問ふ)」<ものを言う><話しかける><語る><問う><尋ねる><質問する><見舞う><訪問する>

「こととふ(琴問ふ)」<「琴」に問う><仲哀天皇の琴の調べを聞く><歴史の真相を探る>

「こととふ(子と問ふ)」<「子ですか?」と問う><「(応神天皇は)仲哀天皇の子か?」と問う>

 


          住吉     世       言
たれかまた心を知りてすみよしの神 よを経たる松に こと問ふ
          住み良し   夜    待つ 子と
                 節       琴
                 四
                 代


(光源氏191)C.<鎮魂>
誰が闇の真相を知っていて、
「住吉の神」<河内王朝><応神天皇>から時を経た「松」<天皇家>に、
(応神天皇は)、「琴」<仲哀天皇>の「子と」<子ですか?と>問うことが出来るだろう。

 


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「よ(代)」は「よ(四)」「よ(節)」をも連想させます。


直後の文の「宿世(すくせ)」という言葉が興味を引きます。

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いとかたじけなかりける身の宿世のほどを思ふ。
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「宿世(すくせ)」の、
「宿」の字は<武内宿禰>を連想させます。
「世」の字は「世(よ)」を通じて「よ(節)」をも連想させます。


竹の「よ(節)」を連想させる「武内宿禰」は、
成務、仲哀、応神、仁徳の四代の天皇に続けて仕えました。

「四代」の天皇は、「よ(四)」「よ(代)」をも連想させます。


それは、
良房の死後、清和、陽成、孝光、宇多の四代に渡り天皇に仕えた藤原基経をも連想させます。

 

この和歌(光源氏191)にも、また次の和歌(明石尼君6)にも、
ともに「経」の字が見えます。

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(明石尼君6).住の江をいけるかひある渚とは年経るあまも今日や知るらん
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「経」の字は「基経」<藤原基経>を連想させます。

 

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藤かかりぬる木は枯れぬるものなり。いまぞ紀氏はうせなむずる。
(「大鏡」「道長(藤原氏物語)」)
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***「業平の義理の父」<紀静子の兄>*************
日本一の美男子として名高い彼は、清和天皇が幼帝だったころに、その婚約者でもあった藤原高子と恋愛し、問題を起こしたと伝えられている。これを単なる伝説だと考える学者もいるが、彼の義理の父が、藤原氏の血を引く清和天皇と皇位を争った惟喬親王の生母であった紀静子の兄であることを考えれば、決して有り得ない話ではない。
業平は、当時、唯一天皇と釣り合う年齢にあった藤原氏の娘、高子を誘惑することで、藤原氏の勢力拡大を妨害するという使命を担っていたのかもしれない。
(井沢元彦「井沢式日本史入門講座4 怨霊鎮魂の日本史」)
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***「皇族・紀氏の反藤原連合の陰謀」*********
ですからひょっとしたら、皇族・紀氏の反藤原連合の陰謀として、そうしたことが実際にあったのではないか、という考え方も出来るわけです。
(参考:井沢元彦「井沢式 日本史入門講座4」)
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清和天皇の<ワケアリの子>、陽成天皇には在原業平の血、すなわち、紀氏をはじめとする<反藤原勢力>の血が入っている、と仮にしてみましょう。


藤原基経は陽成天皇を暴虐であるとして廃し、また阿衡の紛議を起こして橘広相を政界から追いやるなど、絶大な権力を振るっていました。

 

高子の後見を務めたのは、「承和の変」に始まる<他氏排斥>の、裏で糸を引いていた藤原良房でした。
基経と高子は、ともに藤原長良の実子ですが、
基経は長良の弟である良房家へ養子に出されました。


ところで、
「在原業平」「伊勢物語」「かり」といえば、
「狩のつかひ」が思い出されます。


「つかひ(遣ひ)」は「つがひ(番)」をも連想させます。


「つかひ(使ひ、遣ひ)」<使者><召使><側女><「つかはしめ」><費用>


***「使命を担っていた」*******************
業平は、当時、唯一天皇と釣り合う年齢にあった藤原氏の娘、高子を誘惑することで、藤原氏の勢力拡大を妨害するという使命を担っていたのかもしれない。
(井沢元彦「井沢式日本史入門講座4 怨霊鎮魂の日本史」)
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「つかはしめ(使はしめ)」とは<神仏の使い>のことで、
特に<日吉の猿><熊野の烏><稲荷の狐><春日の鹿><弁天の蛇>などの動物を指すことも興味を引きます。

「雁」<渡り鳥><(日本で)産むはずの無い親><女を渡り歩く伊達男>


「雁の使ひ」
<女を渡り歩く伊達男が妃を孕ませる使命を負った>
<産むはずの無い父親(在原業平)が藤原高子を孕ませた>

 

詳細は下記の和歌のファイルをご参照下さい。
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(末摘花4).年を経てまつしるしなきわが宿を花のたよりにすぎぬばかりか
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「あってはならない恋」の「夢の逢瀬」とくれば、「伊勢物語」の<在原業平>と<藤原高子>です。
清和天皇の后、高子と通じた在原業平は、京を追われて東国に行く羽目になりました。
それが「伊勢物語」の「東下り」です。


***「伊勢物語」第十段「たぬむの雁」********************
みよしのの「たのむのかり」もひたぶるにきみがゝたにぞよるとなくなる
わが方によるとなくなるみよし野の「たのむのかり」をいつかわすれむ
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***「頼り(たより)」「かり(雁)」**********
(末摘花4).年を経てまつしるしなきわが宿を花のたよりにすぎぬばかりか
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藤原高子は、父の長良から、まだ幼い清和天皇を結婚相手として無理矢理当てがわれました。


ちょっと別の和歌を見てみましょう。

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(良清1).かきつらね昔のことぞ思ほゆる 雁はその世のともならねども
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直後の地の文の
「良清(よしきよ)」は、
「良」「長良」<藤原長良><高子の父>
「清」「清和」<清和天皇>
を連想させます。


「書き連ね 昔のことぞ 思ほゆる」
<(「良」「清」と二つの字を)書き連ねると、昔のことが思い出されます。>

 

藤原高子は、自分より八歳も年下の、まだ幼い惟仁親王(後の清和天皇)を結婚相手として無理矢理当てがわれました。
しかし、高子の真の想い人は、17歳年上の、平安きってのイケメン、在原業平でした。

藤原高子(二条后高子)は、藤原長良の娘で、清和天皇の女御となり、貞明親王(のちの陽成天皇)を産みます。

 

***「伊勢物語」第六九段「狩の使い」:伊勢斎宮の「夢」*************
(伊勢物語).
女のもとより、ことばはなくて、
 きみやこしわれやゆきけむおもほえず夢かうつつかねてかさめてか
おとこ、いといたうなきてよめる。
 かきくらす心のやみにまどひにきゆめうつつとはこよひさだめよ
とよみてやりて、かりにいでぬ。
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「かりのつかひ(狩りの遣ひ)」<狩りの遣い>は、
「かりのつがひ(雁の番)」「かりのつがひ(仮の番)」
を連想させます。

濁点を打つ習慣の無かった当時、これらはともに「かりのつかひ」と表記されました。


「かりのつがひ(雁の番)」<雁の夫婦><子を産むはずの無い男女>
「かりのつがひ(仮の番)」<仮の夫婦><仮初の男女><束の間の逢瀬>

 

「つかひ(遣ひ)」<遣い><使者>
「つがひ(番ひ)」<一対><ひと組><雌雄の対><番うこと><共寝すること><夫婦になること><具合><頃合><つなぎ目>

「つがふ(番ふ)」は、もともと「つぎあふ(継ぎ合ふ)」から来た言葉だそうです。
今でも、<交際する>ことを「つき合う」と言いますね。

「つがふ(番ふ)」ハ行四段<対になる><組になる><対にする><組み合わせる><矢を弓の弦に当てる><つがえる><固く約束する>

 


書き     昔                          世   伴
かき つら ねむ   かし の こ とぞ 思ほゆる   かりは そのよ  のと も ならね ども
柿  蔦  合歓   樫    木           雁     夜  のど   鳴らね
           枷                刈り    節  喉
                            仮     枝
                                  

(良清1)G.<鎮魂>
(「良」「清」と二つの字を)書き連ねると、昔のことが思い出されます。
「かりのつがひ(雁の番)」<雁の夫婦><子を産むはずの無い男女>
「かりのつがひ(仮の番)」<仮の夫婦><仮初の男女><束の間の逢瀬>
は、その夜の「伴」としてあってはならない相手だったけれども。

 

詳細は下記の和歌のファイルをご参照下さい。

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(良清1).かきつらね昔のことぞ思ほゆる 雁はその世のともならねども
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清和天皇の<ワケアリの子>、陽成天皇には在原業平の血、すなわち紀氏をはじめとする<反藤原勢力>、と仮にしてみましょう。


藤原基経は陽成天皇を暴虐であるとして廃し、また阿衡の紛議を起こして橘広相を政界から追いやるなど、絶大な権力を振るっていました。


「経(ふ)」<経験する>

「経」「基経」<藤原基経>

「松」<天皇><陽成天皇>

「住吉の神」<河内王朝>


「住吉の神代を経たる松」:
<住吉の神代から年を重ねた松>
<住吉の神代を経験した天皇家>
<「住吉の神」<河内王朝>の一件では、痛い目を見た天皇家>
としてみましょう。

 

           住吉     世         言
たれかまた心を知りて すみよしの神 よ を経たる 松に こと問ふ
           住み良し   夜      待つ 子と
                  節         琴
                  四
                  代


(光源氏191)D.<鎮魂>
誰が闇の真相を知っていて、
「住吉の神代を経たる松」:
<「住吉の神」<河内王朝><私生児応神天皇>の一件では、痛い目を見た天皇家>に、
(陽成天皇は清和天皇の)「子と」<子ですか?と>問うことが出来るだろう。

 

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再度、(紫上19)の和歌に戻りましょう。


(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は、神のかけたる木綿鬘かも

 

「木綿(ゆふ)」は「結ふ(ゆふ)」<結ぶ><髪を結う>を連想させます。


「木綿鬘(ゆふかづら)」<神事に用いた、楮(こうぞ)の繊維で作った鬘(髪飾りなどの装飾品)>

「木綿鬘」の「かづら(鬘)」は「かづら(蔓)」「かづら(葛)」を連想させます。
「かづら(蔓)」「かづら(葛)」<草木の「つる」><ツタ><つる植物の総称>

「鬘(かづら)」「葛(かづら)」を連想させます。
「ふぢ(葛)」は「ふぢ(藤)」を連想させます。

「藤」<藤原氏><藤原基経>

 

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「かも」は「かも(鴨)」をも連想させます。

カモ(鴨)は仲間であるガン(雁、かり)を連想させます。

「かりのこ」<卵>は「鴨(かり)の子」とも書かれます。

***「鴨(かり)の子」****************
「鴨の卵(かりのこ)」のいと多かるを御覧じて、柑子、「橘」などやうに紛らはして、わざとならず奉れたまふ (源氏物語「真木柱」帖)
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「かも」は「かも(鴨)」を通じて「鴨(かり)」「かり(雁)」をも連想させます。

「かり(雁)の子」が、「かり(仮)の子」を連想させることは、興味を引きます。

「かり(仮)の子」<本来の子でない子><ワケアリの子><私生児>

 

****参照:(注776626):「雁」<産まれるはずがない子>「そらみつ」


「かりのこ」は「仮の子」<本来の子ではない子>をも連想させます。


「ささき」「さざき」は<ミソサザイ>の古名です。
「おほさざきのみこと(大雀命)」は<仁徳天皇>の別名です。
仁徳天皇は「百舌鳥野陵(もずどりのみささぎ)」に埋葬されました。(日本書紀)
モズ、ミソサザイがともに<托卵される鳥>であるのは興味深いですね。

河内王朝の古墳群は、まさに大和川河口域(住の江地域)にあります。


「らむ」<現在推量>の撥音便「らん」は「らん(卵)」を連想させます。


****参照:(注776636):「雁」<産まれるはずがない子>「うべ」


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宜なり、爾の子孫。(詩・周南)
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ちなみに、
武内宿禰は、第十三代成務天皇に始まり、仲哀、応神、仁徳の四代の天皇に続けて仕えました。
仮に応神天皇が、神功皇后と武内宿禰との間の子だとすると、仁徳天皇は武内宿禰の孫、ということになります。

 

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「経(ふ)」<経験する>

「経」「基経」<藤原基経>

「松」<天皇><陽成天皇>

「住吉の神」<河内王朝>

「住の江の松」<河内王朝の天皇家>


「よ(夜)」「よ(節)」「よ(四)」「よ(代)」「よ(世)」

「よふかく(夜深く)」は、
「よ深く」<「よ」の字が幾重にも重なった>
ということを暗示しているのでしょうか?

<四代の御世に仕えた節=武内宿禰>
をも連想させます。
「夜」は、仲哀天皇を殺した夜の闇を暗示しているようにも見えます。

「ふかく(深く)」が「ふかく(不覚)」を連想させることも興味を引きます。

「不覚」<覚えず><不覚にも><しまった!><陽成天皇は業平の子だ!>


「よ(節)」<地下茎><竹の子><天皇家の地下深く忍ばせた「他家」武内宿禰の血筋><応神天皇>


「霜」は<白髪>の例えとして常用されます。

それは、274歳まで生きた「世の長人」<武内宿禰>や、
武内宿禰と同じく四代に渡って天皇に仕えた藤原基経を連想させます。


「住の江の松に夜ふかくおく霜」:
「住の江の松」<河内王朝の天皇家>に、
「よ(節)」を深く延ばす、
「霜」<白髪>「世の長人」<武内宿禰>

 

「かみのかけたる(神の掛けたる)」<神がお掛けになった>(木綿鬘)
「かみのかげたる(上の陰たる)」<天皇の陰で暗躍する>(藤原基経)
「かみのかけたる(神の欠けたる)」<天皇の血が欠けている>(陽成天皇)


濁点を打つ習慣の無かった当時、これらは全て、
「かみのかけたる」と表記されました。

 

「ゆふかづら(木綿鬘)」は「ゆふかづら(結ふ葛)」を連想させます。

「ゆふかづら(結ふ葛)」<(松の木に)絡みつく藤><天皇家に絡みつく藤原氏>

「かも(鴨)」<ガン・カモ><雁><産まれるはずの無い子><陽成天皇><産むはずの無い親><藤原高子><在原業平><渡り鳥><かりのつかひ>


上記の連想イメージを、この歌に重ねて、あえて訳出してみましょう。


               神  掛け   木綿  鬘
住の江の松に夜ふかくおく霜は、かみのかけたる ゆふ  かづら かも
      節        紙  かげ   結ふ  葛   鴨
      四        髪  陰        ふぢ
      代     下  上  影        藤
      世


(紫上19)D.<鎮魂>
「住の江の松」<河内王朝の天皇家>に、
「よ(節)」を深く延ばす
「霜」<白髪>「世の長人」<武内宿禰>は、
「上の陰たる」<天皇の陰で暗躍する>
「結ふ葛」<(松の木に)絡みつく藤><天皇家に絡みつく藤原基経>
と同じ(天皇家を陰で操るのは、武内宿禰も藤原基経も同じ)かも知れない。
(しかし、そこに「鴨」<産むはずの無い渡り鳥><在原業平><紀氏>の血が紛れ込んだ!)

 

 

 

 

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(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (3) へ続く。

 

****参照:(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (3)

(紫上19).住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたる木綿鬘かも (3)

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