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(藤壺宮12).みるめこそうらふりぬらめ 年へにし伊勢をのあまのなをや沈めむ (前編)
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この本は「教科書」「参考書」の類ではありません。
皆さんに「教える」のではなく、どちらかと言うと、皆さんと「一緒に考える」ことを企図して書かれた本です。
また、私の主観も随所に入っていますが、私はこの方面の専門家でもありません。
ですから、
<効率よく知識を仕入れる><勉強のトクになるかも>
などとは、間違っても思わないようにして下さい。
いわゆる「学習」「勉強」には、むしろマイナスに働くでしょう。
上記のことを十分ご了解の上で、それでもいい、という人だけ読んでみて下さい。
ただし、
教科書などに採用されている、標準的な解釈の路線に沿った訳例は、参考として必ず示してあり、
その場合、訳文の文頭には、「@」の記号が付けてあります。
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時々「(注)参照」とありますが、それは末尾の(注)をご参照下さい。
ただし、結構長い(注)もあり、また脱線も多いので、最初は読み飛ばして、本文を読み終えたのちに、振り返って読む方がいいかもしれません。
なお、(注)の配列順序はバラバラなので、(注)を見るときは「検索」で飛んで下さい。
あちこちページを見返さなくてもいいように、ダブる内容でも、その場その場で、出来る限り繰り返しを厭わずに書きました。
その分、通して読むとクドくなっていますので、読んでいて見覚えのある内容だったら、斜め読みで進んで下さい。
電子ファイルだと、余りページ数を気にしなくて済むのがいいですね。
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(藤壺宮12).みるめこそうらふりぬらめ 年へにし伊勢をのあまのなをや沈めむ‐12rr(前編).txt
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要旨:
源氏物語の中でも指折りの華やかな一幕「絵合わせ」の和歌について、
「伊勢をのあま」が指し示す内容に焦点を当てて、様々な解釈の選択肢を探索した。
また、当時の内裏で前代未聞の醜聞であった「長徳の変」への連想を背景とした解釈も、合わせて試みた。
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目次:
(藤壺宮12).みるめこそうらふりぬらめ 年へにし伊勢をのあまのなをや沈めむ
(大弐典侍1).雲の上に思ひのぼれるこころには ちひろの底もはるかにぞ見る
メモ:
語彙、語法・文法、
連想詞の展開例など
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では、始めましょう。
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源氏は自らが後見する前斎宮を冷泉帝に嫁がせようとします。対するは権中納言(もと頭中将)。
権中納言の娘はまだ若く、冷泉帝と年令も近く、以前から親しんでいたのに対して、前斎宮はずいぶん年上です。でも冷泉帝は大の絵好き。自らも絵を描き、その方面に造詣も深い前斎宮とは趣味も合います。ちなみに絵好きは源氏も同じ。ここを先途とばかりに、源氏は冷泉帝の御前での勝負を仕掛けます。それが源氏物語の中でも指折りの華やかな一幕である「絵合わせ」です。
六条の御息所の娘の前斎宮を推す源氏側は、伊勢物語など、古くからある題材にちなむ絵を集めます。対して、自分の娘を推す権中納言側は、物珍しい、新しい絵を好み、はては名の知れた絵師まで雇って目新しい行事などの絵を書かせます。いきおい、源氏方の落ち着いた古風な絵に対して、権中納言側の今風の派手な絵、という恰好で絵合わせは進みます。
以下は冷泉帝の御前で行われる前の、藤壺宮の前での絵合わせの中で、藤壺宮が詠んだ歌です。
(藤壺宮12).みるめこそうらふりぬらめ 年へにし伊勢をのあまのなをや沈めむ
「みるめ(海松布)」と「みるめ(見る目)」は掛詞として常用されます。
「みるめ(海松布)」<海藻の総称>
「みるめ(見る目)」<見た目>
「うら」接頭辞<なんとなく><心の中で>
「ふる(古る、旧る)」上二段活用動詞<年を経る><古くなる><古びる><成長する>
「伊勢をのあま」<伊勢男の海人>で<伊勢物語の在原業平>の連想を響かせ、
伊勢に下った在原業平の昔話「伊勢物語」を題材とした絵を、ここでは指しています。
「な(名)」<名前><名声><名誉><評判><価値>
「名を沈む」で、<名を下げる><名声を貶める>としてみましょう。
「や」係助詞<疑問><反語>
@(藤壺宮12)A.
見た目こそなんとなく古びているが、この昔からある伊勢物語の絵の価値(名)を下げてよいものか。(いやそんなことはない。)
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海松布 末 男 海人 菜を
みるめこそ うらふりぬらめ 年へにし 伊勢をの あまの なをや 沈めむ
見る目 古り 経 海女 名を
尼 なほ
尚
「うら(浦)」<浦><海><入り江><浜辺>
「うら(裏)」<裏><裏側><下心><表からは見えないもの><心>、「うらなし(裏無し、心無し)」<腹蔵ない><打ち解けた><ざっくばらんだ>
「うら(末)」<末端><先端><梢>
「うら」には、<裏>のほか、表には明瞭にみえない<心>、また、<枝葉><先っぽ>という意味があります。
***「裏見て」と「恨みて」***********
(参考:「ライジング古文」p.243)
(古今集823).秋風の吹き裏返す葛の葉の うらみてもなほ恨めしきかな (平貞文)
「裏見て」と「恨みて」が掛詞となり、<いくら恨んでも恨み足りない>という心情を詠っています。
「(葉の)裏」は、しばしば<手のひらを反すこと><心変わり><裏切り>の例えとしても用いられます。
とりわけ葛の葉は、表の緑色と裏の白色のコントラストが明瞭なので、この比喩で多用されます。
ちなみに、「あき(秋)」と「あき(飽き)」も掛詞として常用されます。
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葛の葉は、表の緑色と裏の白色のコントラストが明瞭なので、風に揺られて裏返る様が、<心変わり><裏切り>の例えとして多用されます。
ダイビングをする人ならピンと来るでしょうが、
外海の岩浜に潜ると、海底の海藻が、潮に煽られて、始終表を返し裏を返し、葉を揺らしているものです。
「を」助詞<強意>
「を」接尾辞<整調>
***「を」間投助詞 **********************
「を」間投助詞<感動>。「よ」より意味が強い。(小学館「古語大辞典」)
(万葉 1-21).紫草(むらさき)のにほへる妹「を」 憎くあらば 人妻ゆゑにわれ恋ひめやも (大海人皇子)
<妹よ、そなたが>
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「を(雄、男、夫、牡)」<男><雄>
「をのこ」<男子>
「をのあま」<男あま><海人>
伊勢は万葉の時代から、海女で有名でした。当時の朝廷への貢物を記した木簡が、正倉院にも残っています。
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参考までに、
「ふる」の同音異義語を、以下に記しておきます。
興味ない方は読み飛ばして下さい。
****参照:(注770016):「ふる」の<同音異義語>
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「や」には様々な品詞があります。
****参照:(注443317):「や」の様々な<品詞>
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さて、
前斎宮の母親、六条御息所は、源氏が下向した「須磨」の帖で、自らを「伊勢をの海人」に例えました。
***「伊勢をの海人」******************
(六条御息所9).うきめ刈る「伊勢をの海人」を思ひやれ 藻塩たるてふ須磨の浦にて
@(六条御息所9)A.
伊勢の国で浮海布(うきめ)を刈る海人<憂き目を見ている私(御息所)>を思いやって下さい。あなたが「藻塩たる」<涙を流している>とおっしゃる須磨の浦で。
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「しづむ(沈む、鎮む、静む)」四段自動詞、下二段他動詞<沈む><水没する><気がめいる><ふさぎこむ><没落する><落ちぶれる><病気になる><霊を鎮める><心落ち着かせる><自制する><抑制する>
前斎宮の母、六条御息所は、源氏のつれなさを恨み、生霊となり正妻葵上を取り殺しました。
六条御息所は身分・教養・容姿、いずれも申し分なく、後宮に並ぶ者の無い、当代随一の女性でしたが、
嫁いだ前坊(前東宮)が早世し、その後は未亡人として、そして源氏の愛人として、源氏の身勝手に翻弄される惨めな生涯を送りました。
今は死霊となり、成仏できぬまま霊界をさまよっています。
この歌を<魂を鎮める>「鎮魂」の観点で解釈してみましょう。
前斎宮の入内は、六条御息所の霊魂を慰める、「罪滅ぼし」的な意味もあったのです。
***「前斎宮の入内」<六条御息所の鎮魂> **********
(地の文).
(源氏):中宮をかくさるべき御契りとはいひながら、取りたてて、世のそしり、人の恨みをも知らず、心寄せたてまつるを、かの世ながらも見直されぬらむ。
@(地の文)A.
(秋好)中宮(前斎宮)をこのように、もちろんそうなるはずの宿世であったとは言いながら、特にお引き立てして、世間の非難や人の恨みも顧みず、お力添え申し上げていたのを、(六条御息所の霊も)あの世からながらも、見直して下さっているだろう。
(御息所の死霊):中宮の御事にても、いとうれしくかたじけなしとなむ、天翔りても見たてまつれど、、、、
@(地の文)A.
我が娘を中宮にして頂いたことについても、本当に嬉しくもったいないことと、天を翔けりながらにも拝見しておりましたが、、、、
********************************
「な」「ついな」「鬼遣らひ」は、十二月晦日の夜行われる、<疫病の鬼>を追い払う儀式です。
現在の節分の豆まき「鬼は外」はこれに由来します。
***「な(儺)」************
「儺(な)」やらはむに、音高かるべきこと、何わざをせさせむ(幻)
********************
「な(儺)」<鬼><御息所の怨霊>
としてみましょう。
「こそ~已然形」の係り結びでは、しばしば逆接として後に続く結論が省略されます。
何が伏せられているのでしょう。
夕顔、葵上をとり殺しても飽き足らない御息所の霊は、この後、紫上や三宮にも襲い掛かります。
沈めむ
みるめこそうらふりぬらめ 年へにし 伊勢をのあまの 「な(儺)」 を や しづめむ
鎮めむ
(藤壺宮12)B.
見た目こそ古びてしまったようだけれども。
(まだ御息所の死霊の恐ろしさは衰えていない。)
(死後)年を経た六条御息所の怨霊を、さあ、鎮魂しよう。
(この絵合わせで前斎宮の入内を果たして)。
「言葉」は「言霊(ことだま)」とも呼ばれ、いったん口から出ると、魂を持ち、現実のものとなると考えられていました。
そのため、不吉なこと、縁起でもないことを口にするのを、当時の人は極端に忌み嫌いました。これを「言忌み(こといみ)」と呼びます。
<まだ御息所の死霊の恐ろしさは衰えていない>
という不吉な言葉を、藤壺宮は口にしたくなかったのでしょうか。
「こそ~已然形」の<逆接結論省略>が、この歌では極めて効果的に用いられているようにも見えます。
さすがは<修辞の天才>紫式部、と言ったところでしょうか。
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前斎宮と立后を争う、権中納言の娘は、冷泉帝(13歳)と同じような年で、気心の知れた遊び仲間としてはいいのですが、<まるで人形遊びのよう>な二人の関係を、いかにも心もとなく思っていました。
***「雛遊び」<人形遊び>*****************
宮の中の君も同じほどにおはすれば、うたて「雛遊び」の心地すべき<まるで「人形遊び」のよう>を、
おとなしき御後見は、いとうれしかべいこと、、、
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藤壺中宮のコメントは絵合わせの勝敗判定に大きく響きます。
そのため、ここでは中立者として振舞わねばならないわけですが、結婚の当事者である冷泉帝の母としての本音は<前斎宮推し>、すなわち源氏サイドです。
@(藤壺宮12)Aの解釈には、権中納言の娘より年かさの、前斎宮を推す意図がほの見えます。
その名も「伊勢」の詠んだ(伊勢集 219)の海女の<熟練>が、もう一つの引き歌として、冷泉帝より<年かさ>の前斎宮と重なるように見えます。
藤壺宮は、自分より年下の源氏と(不義の)関係を持ち、若い源氏の身勝手や一貫性のなさに苦しめられた自身の経験から、ある種男の幼さを実感しているのでしょう。それは、思慮深く政治勘にも長けた藤壺宮ならなおさらのような気がします。
ちなみに前斎宮(のち梅壺女御)の母である故六条御息所は、美貌と高い教養で当代の宮中サロンを牽引する存在でした。そんな母親に育てられ、前斎宮は、高い教養と落ち着いたひととなりを備えた、これまた美しい女性になっていました。
「あま」を「あま(海女)」としてみましょう。
「こそ~已然形」の係り結びは、しばしば逆接として後に続きます。
(藤壺宮12)C.
みるめこそうらふりぬらめ
(前斎宮は、権中納言の娘より)見た目も心も大人びた風であることだが、
年へにし伊勢をのあまのなをや沈めむ
伊勢で神に仕えていた年かさの(ものの分かった)女性の名を、(権中納言の娘のような幼い女の)下に置くことができようか。
(やはりできない。冷泉帝はまだ13歳。年上の奥さんの方が、何かとご本人のためですよ。)
あるいは、
この年かさの前斎宮を、<帝の御前に上げずしてなるものか。>
かも知れません。
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亡き六条御息所はかつて源氏にぞんざいに扱われ、その身勝手さに翻弄されました。
それは、亡父桐壺院も、源氏に対して、<少しは気を遣いなさい>とたしなめざるを得なかった程でした。
やがて時は経ち、須磨下向から帰京した源氏は、せめてもの罪滅ぼしの意味もあり、御息所の娘(前斎宮)の後見を引き受けます。そして、藤壺宮と源氏との(不義の)子である冷泉帝に嫁がせようとします。それがかなえば、表立っても藤壺宮の影響力を振るえる冷泉帝と、源氏のコントロールの利く前斎宮とで、宮中を支配でき理想的です。恐らく、そうしてある程度、パワーポリティクスを内裏にチラつかせてこそ、冷泉帝の出自の秘密も取り沙汰されるのを未然に防げると考えたのではないのでしょうか。源氏憎し、の弘徽殿大后が取り仕切っていたら、どんな機会にその疑惑を蒸し返されるか分かったものではありません。実際、源氏の須磨下向の折に、大后は八宮を担ぎ上げて、東宮(後の冷泉帝)廃立(廃太子)を企てた程なのですから。
権中納言はもとの頭中将。幼い頃から源氏の親友で、須磨下向の折には、誰もが右大臣方になびくなか、失意の源氏を遠路はるばる訪ねて来てくれた間柄です。今でこそ政争のライバルですが、争わずに済む相手なら、源氏とて決して争いたくはなかったでしょう。でもそこは生き馬の目を抜く政界。藤壺宮との子冷泉帝を守るためには、仕方がなかったのかもしれません。
ちなみに、兵部卿の宮は源氏の妻紫上の父親でもあり、また、藤壺宮の兄でもあります。でも左大臣一派不遇の時代に右大臣側になびいてしまいました。そのため政権に返り咲いた源氏から冷遇されます。要は見せしめです。藤壺宮は自分の兄だけに複雑な心境ですが、やはり兄よりは我が腹痛めた子が大切なのでしょうか、その冷遇を静観します。そのような力の政治を誇示して、東宮の立場が危うくなるのを未然に防いでいたようにも思えます。
朱雀院は昔惚れた弱みもあり、前斎宮の肩を持ち、いろいろ絵を分けてあげたりします。ところが朱雀院の母である、弘徽殿の大后は、源氏が勝ち、右大臣サイドがこれ以上弱くなるのが面白くありません。大后から権中納言側にも、相当絵が渡っていることでしょう。また権中納言の奥方は右大臣の四の君でもあります。
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「伊勢物語」の主人公とされる在原業平はハンサムで風流を解する、当代切っての伊達男だったと言われており、源氏の人物造形のモデルの一人ともされています。
ちなみに、(古今集823)の和歌を詠んだ平貞文も、遊び人として京に名を馳せました。
****参照:(注774431):「伊勢物語」<禁断の恋>「在原業平」「藤原高子」<駆け落ち>
「伊勢を」<伊勢の男><在原業平><プレイボーイ><源氏>
「の」格助詞<主格><が>
「あま」<海女>を<(伊勢の海に下っていた)前斎宮>
としてみましょう。
六条御息所に「手を出してくれるな」と釘をさされますが、そんな遺言もどこ吹く風、我らの大先生は養女にもきっちり言い寄ります。
在五中将(在原業平)が、あろうことか神に仕える伊勢神宮の斎宮に言い寄った伊勢物語(第六九段「狩の使い」)のようです。
*** 梅壺女御(前斎宮)に言い寄る源氏 **************
(地の文).
「かやうなるすきがましき方は、しづめがたうのみはべるを、、、、あはれとだにのたまはせずは、いかにかひなくはべらむ」
とのたまへば、(梅壺女御は)むつかしうて、御答へもなければ、「さりや、あな心憂」とて、、、、、
@(地の文)A.
「、、、このような色めいた方面のことは、辛抱出来ない性分でございますので、、、せめて可哀相とおっしゃって頂けなければ、どれほど張り合いのないことでしょう」と(源氏が)おっしゃると、(梅壺女御は)困惑して、返事もないので、(源氏は)「やはりそうですか。ああ情けない」とおっしゃって、、、、、
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<このような色めいた方面のことは、辛抱出来ない性分でございますので、、、>
さすがは大先生。もう逆にカッコいいよ、オマエ!
ちなみに、源氏は、紫上、玉鬘、梅壺女御(前斎宮)と、全ての養女に言い寄っています。
うち、紫上は自分の妻としました。
分別盛りの年齢になっても、油断もスキもない源氏への、藤壺宮の警戒がこの歌には込められているようにも見えます。
かつて朧月夜は、源氏と関係したために、間近に控えていた朱雀帝への入内を棚上げされ、女御ではなく尚侍(ないしのかみ)という中途半端な立ち位置での伺候を余儀なくされました。
その密通が原因で下向した須磨から戻って間もないこの絵合わせ。しかも京にポツンと紫上を残して、ちゃっかり現地妻(明石上)を孕ませてきたっていう話じゃないの。。。
何しろ義母たる自分にまでしつこく言い寄ってきた、とんでもない食わせ者なのですから、何があっても源氏の場合、不思議はありません。
藤壺宮は、見せ掛けはしおらしく父親ヅラをしている源氏の、懲りない下心を敏感に察知していたのでしょうか。
***「裏見て」と「恨みて」***********
(古今集823).秋風の吹き裏返す葛の葉の うらみてもなほ恨めしきかな (平貞文)
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前述のように、葛の葉は、表の緑色と裏の白色のコントラストが明瞭なので、風に吹かれて裏返る様が、<心変わり><裏切り>の例えとして多用されます。
ダイビングをする人ならピンと来るでしょうが、
外海の岩浜に潜ると、海底の海藻が、潮に煽られて、ひっきりなしに葉を裏返しているものです。
「振る」ラ行四段終止形・連体形(他動詞)<振る><振るう><入れ替える><置き換える><振り替える>
「見る目こそ裏振りぬらめ」<(下心が)外見を裏切ってしまっているようだが><(父親面した)見た目こそ人を裏切るものだ>
とでもしてみましょう。
源氏に執拗に言い寄られた自らの体験を顧みて、藤壺宮は、何か思い当たるフシがあったのかも知れません。
「や」感動詞<呼びかけ><おい><もしもし>、<驚き><思いつき><あっ>、<囃し声><掛け声><えい>
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(空蝉は)物におそはるる心地して、「や」とおびゆれど、、、 (源氏物語、帚)
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「や」間投助詞<詠嘆><感動><呼びかけ><強調><整調><列挙>
<詠嘆>(万葉集02/0095).我れはも「や」安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり (藤原鎌足 相聞歌)
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伊香保の「や」伊香保の沼のいかにして 恋しき人を今一目見む (拾遺集 859)
石見の「や」高角山の木の間より 我が振る袖を妹見つらむか (万葉集 0132)
春の野に鳴く「や」うぐひす馴付けむと 我が家の園に梅が花咲く (万葉集 837)
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海松布 末 古り 男 海人 菜を
みるめ こそ うら ふりぬ らめ 年へにし 伊勢をの あまの なを や 沈めむ
見る目 裏 振り 経 海女 名を
尼 なほ
尚
見る目こそ 裏 振りぬらめ 年経へにし 伊勢男の 海女の 名を や 沈めむ
(藤壺宮12)D.
(父親面した)見た目こそ人を裏切るものだ。
分別盛りの年齢になって(も懲りない)伊達男源氏が、(この前斎宮に手を出していたら)、そうだ、前斎宮のとんだ面汚しになるだろう。
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*** 活用形と訳語の齟齬について *************
(藤壺宮12).みるめこそうらふりぬらめ 年へにし伊勢をのあまのなをや沈めむ
①「うらふる(うら古る)」(接頭辞 + 上二段活用)<なんとなく古びる><ちょっと古くなる>
②「うらぶる(心ぶる)」(下二段活用自動詞)<うらぶれる><わびしく思う><悲しみに沈む><失意に萎れる>
のうち、
玉上訳は①「うらふる(うら古る)」を採用していますが、大塚訳、阿部訳は活用形の食い違う②「うらぶる」として訳出しています。
①<ちょっと見た目には古くさいだろうけれど>(玉上琢弥「源氏物語」)
②<見た目こそうらぶれてしまっても>(大塚ひかり「全訳源氏物語」)
単に絵のテーマとして伊勢物語が古臭い、ということよりも、寂しい浜辺でうなだれる年老いた海女という心象風景の荒涼とした感じを大切にしたのが②の立場なのでしょう。②では活用形のわずかな齟齬よりも、喚起されるイメージを優先させたとも言えます。
(光源氏123).わたつ海に沈みうらぶれ蛭の子の 脚立たざりし年は経にけり
これは、玉上訳も大塚訳も阿部訳も全て②の下二段活用で訳出されています。
②<落ちぶれた><侘しい思いで>
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***「活用形に齟齬がある掛詞」***********
(参考:小田勝「実例詳解 古典文法総覧」p.668)
以下では、活用形に齟齬がある語を掛詞として用いています。
(1)雲も見ゆ風もふくれば荒くなるのどかなりつる月の光を(山家集)
「吹く」(四段)と「更く」(下二段)
「已然形+ば」は、「吹けば」「更くれば」となり一致しない。
(2)月影の初秋風とふけゆけば心づくしにものをこそ思へ(新古今381)
「吹く」(四段)と「更く」(下二段)
この場合も、本来の活用は、「吹き行けば」と「更け行けば」であり一致しない。
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あるいは、
「震る」ラ行四段(自動詞)<(大地が)揺れる><振動する>
ちなみに、仮に「うらふる(心震る)」<心が震える>であれば活用形の齟齬はありません。
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「年へにし」<年月を経た><須磨で反省の三年を過ごした>
そういえば、伊勢も須磨も海の国ですね。
海松布 末 海人 なほ<逆接>
みるめこそ うらふりぬらめ 年へにし 伊勢をのあまの なを や 沈めむ
見る目 古り 経 男 海女 名を
うらぶれる 尼
心震り 女(あま)
振り
見る目こそ 裏 振りぬらめ 年経へにし 伊勢男の 海女の 名を や 沈めむ
(藤壺宮12)E.
(しおらしい反省顔の)見た目こそ人を裏切るものだ。
(須磨の海辺で謹慎の)三年を経て(も懲りない)プレイボーイ源氏が、(この前斎宮に手を出したら)、ああ、前斎宮のとんだ面汚しになるだろう。
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「古る、旧る」ラ行上二段<古くなる><年をとる><時が経つ><老いる><衰える><昔と変る>
「ふり」は「ふり(振り、風)」<姿、容姿、なりふり><いかにもそれらしい様子、振り>をも連想させます。
成長とともに源氏にますます似てくる冷泉帝。出自の発覚を危惧しているのでしょうか。
「沈む」<沈める><表に出さない>
としてみましょう。
見る目こそ うら古りぬらめ 年へにし / 伊勢男の 海人の 名を や 沈めむ
(藤壺宮12)F.
(冷泉帝は)年を経て、見た目は大人びて(源氏そっくりになって)きたようだが、
(父の名として)あの遊び人(源氏)の名前を表に出すわけにはいくまい。
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****参照:(注664426)c:「処女懐胎」<ワケアリの子>「マリアの子イエス」c
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「海松(みる)」は<ミル>という<海藻の一種>だけでなく、<海藻全般の総称>としても用いられます。
海藻は花をつけません。たとえばみなさんにもおなじみのワカメ(胞子体2n)は、根もとにある胞子葉(メカブ:芽株)から、胞子(n)を放出します。
胞子は水流に乗って親を離れ、発芽し雌雄異体の配偶体となります。それらが放出する精子と卵子が接合して海底に着生し、そこで成長して再びワカメの成体となります。
種子植物において、花は雄しべと雌しべが受粉して種子(子種)を宿す生殖器官です。
花をつけない海藻が繁殖するのは、昔の人々の目には、本来の姿ではない、なにか不思議な生殖と映ったかもしれません。
微小な遊走子を観察する顕微鏡もない平安時代ならなおさらです。
ちなみに紫式部が同行した、父為時の赴任先である越前国の武生から海に下れば、すぐ若狭湾です。
漁民からの納税品目、あるいは献上品として、様々な海産物を目にする機会が、紫式部にもあったことでしょう。
花で公然と雄しべ雌しべが交わるように、本来の夫婦が交わって出来た痕跡のない懐妊。
こうした、「花なしの繁殖」は、<ワケアリの生殖><私生児><隠し子>を連想させます。
ちなみにシダ植物の一種、ヒカゲノカズラも花を作らず胞子で増えます。
「かげ」「ひかげ」とはヒカゲノカズラの古名です。
「ひかげもの」には、<公然と表に出られないもの><妾><私生児>の意味があります。
出産日から逆算して、桐壺帝と藤壺宮との子であるはずが無い冷泉帝。
冷泉帝は、<陰で源氏と藤壺宮が宿した不義の子>です。
「みるめ(海松布)」は類似音の「見る女(め)」<契る女><男と交わる女><源氏と契る藤壺宮>をも連想させます。
「みるめ(海松布)」<不貞の女><藤壺宮>
ちなみに、「みるめ(海松布)」は「見る目」<会う機会><結婚する可能性>の掛詞として常用されます。
「めこ」には、以下のような意味があることも興味を引きます。
「めこ(女子)」<女の子><娘>
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さべき人のめこ、皆宮仕へに出ではてぬ。(「栄花物語」つぼみ花)
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「めこ(妻子)」<妻と子><妻子><妻>
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(万葉集892).父母は 飢ゑ凍ゆらむ 妻子<妻と子>どもは 乞ふ乞ふ泣くらむ、、、
(宇津保物語 嵯峨院).天の下には、我が妻子<妻>にすべき人なし。
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「や」係助詞<疑問><反語>
「や」間投助詞<詠嘆><感動><呼びかけ><整調><強調><列挙>
「や」感動詞<呼びかけ><おい><もしもし>、<驚き><思いつき><あっ>、<囃し声><掛け声><えい>
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や、すらへの花や
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「いせをのあま(伊勢男の海人)」<伊達男源氏>
「な(汝)」<汝><あなた><お前>
まあ、結局本音はこれかもしれません。
見る目こそ うら古りぬらめ 年へにし / 伊勢男の 海人の 汝を や 沈めむ
(藤壺宮12)G.
(冷泉帝は)年を経て、見た目は大人びて(源氏そっくりに)なってきた。
(色恋沙汰で須磨の海に流された)遊び人のお前(源氏)を、ええい、そのまま海に沈めてしまおうか。
(てゆーか死ね)
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(藤壺宮12).みるめこそうらふりぬらめ 年へにし伊勢をのあまのなをや沈めむ (後編)
に続く。
****参照:(藤壺宮12).みるめこそうらふりぬらめ 年へにし伊勢をのあまのなをや沈めむ (後編)
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