「私の従軍記」 子供たちへ

平成元年父の誕生日に贈ってくれた本、応召されて帰還するまでの4年間の従軍記を今感謝を込めてブログに載せてみたいと思います

出航

2006-10-20 19:00:26 | Weblog
 どれだけ時間が経ったか、やがて船は動き出した。みんな甲板に出てみた。船は島々の間を通って行く。誰かが
 「オイ、この船には敵さんが乗って指揮しとるぞ」
 「本当かい」 操舵室と思われる高いところには、英軍の将校らしきカーキ色の軍服を着たのが4,5人傲然と突っ立って中の1人が指示を下していた。
 「さあて、これじゃ何処に連れて行かれるか分からんぞ」
 「やはりそうか、とにかく着いてみないことには分からん」
 いつか内地帰還だといわれて喜んで船に乗り、連れて行かれたのは小さな島で、そこで重労働させられた部隊があったと聞かされたことがあるので、全員不安に包まれてしまった。
 「まあ、ここ迄来たからにはなるようにしかならない。度胸を据えろ」という具合で 「さらば思い出のシンガポールよ」 なんて感傷は誰にも湧いてこなかったことは事実だ。 しかし、やがて英軍将校達も居なくなった。
 「パイロットだったのだろう」と私は言ったが、それでも「そうかなあー」と半信半疑で誰も余り喋らなかった。
 この水路を通る帰還船には、何処からともなく島影から「万歳」の声が聞こえたり、又、うめくような音が聞こえてくると、まことしやかに言われていた。これは帰ろうと思っても帰ることが出来なかった幽冥(薄暗いあの世)を異にした、幾万の同胞たちの無念の叫びではなかろうかとも思われていた。今度の時は何もなかった。

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