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今、自分が出来ること。やれること。それを精一杯やっていかなくちゃ!!

コラム備忘録【12/25】

2018年12月26日 00時33分11秒 | マリーンズ2018
≪2018/12/25≫

【千葉魂】苦しみに背向けたら終わり 井上、鳥越ヘッドの言葉に奮起

 プロの世界では必然的に苦しい事、つらい事、悲しい事と出会う。ただ苦しさに背を向けたら、そこで終わり。目の前の苦しい現実を真正面から受け止めることが出来る人間が生き残る世界。プロ5年目。充実したシーズンを終えた井上晴哉内野手にとって2018年は苦しみと共に歩むことの大切さを知った一年となった。

 「シーズンを終えてみると色々と苦しんで良かったなあと思うようになりました。シーズンの途中、本当に体が思い通りに動かなくてつらい時があったけど、ここが踏ん張りどころだと思っていた。こういうところから変わらないといけないと。弱音を吐くのではなく我慢の積み重ねが必要だと思った」

 井上は結局、今シーズン、自己最多の133試合に出場。打率2割9分2厘、24本塁打、99打点を挙げた。すべてにおいてキャリアハイ。1軍でのチャンスを掴み切るために必死に生きた結果、たどり着いた栄光だった。疲労が蓄積し体が思い通りに動かない時もあった。それでも歯を食いしばり、最後まで最高のパフォーマンスを続けた。そこには強い決意があった。

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 1軍でレギュラーとして試合に出続けるのは初めての経験。最高のパフォーマンスと結果を要求される毎日が続いた。猛暑の真夏はなんとかしのいだが、疲労は残暑と共に訪れる。9月に入ると突如、体の重さを感じた。練習の時から思い通りに体が動かない。頭もボーッとした。いつもは練習の中にも試合に向けたひらめきが起こるものだったがこの時ばかりは、ただ時間だけが過ぎている状態となった。疲労は表情にも出た。ある日の試合前、鳥越裕介ヘッドコーチに呼び止められた。そして言葉を投げかけられた。胸の奥深くまで響く忘れられない一言だった。

 「苦しいか? そうだろうな。ここまで頑張るのは初めてだから。いいんだ、それで。苦しんで苦しめ。そういう経験がこれからの財産になる。今、苦しいと思えていることをありがたいことと思ってプレーをしてみろ。そうするとすべていい方向に行く」

 ハッとさせられた。これまでの井上はここぞというところで踏ん張り切ることが出来なかった。その結果、1軍と2軍を行ったり来たりする毎日。いつも苦しみと真正面から向き合えない自分がいた。スタメンで試合に出続けることが出来ている2018年。シーズンも残り少ない今こそが踏ん張りどころだと思い直した。

 「いつの間にか下を向いていた。自分の性格上、そういうのが表に出てしまうタイプ。それではいけないと思った。ヘッドコーチの言葉は凄く重くて自分にピッタリだった。今、目の前にある苦しみとしっかりと向き合い、打ち勝とうと思いました」

 その結果、4番として誇るべき数字を残した。マリーンズで20本塁打以上は2013年の井口資仁(現監督)以来、実に5年ぶりの快挙となった。打点は惜しくも100打点まであと1打点足りなかったが、4番として申し分のない成績だった。

 「来年は全試合に出場して、99打点で終わったので100打点を超えたい。すべてにおいてまた今年以上の成績を狙っていきたいです。もちろん、来年も苦しいと思います。でもそういう経験が自分を成長させる。そう思って乗り越えます」

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 自己最高の成績を残した井上の2018年は幕を閉じた。ただ成績より得たものがある。それは苦しみから逃げない事。背を向けない事。苦しい事に向かっていく精神の尊さ。人は苦しみを財産に変え、大きくなる。来年もまた苦しい時は来る。その時はまた鳥越ヘッドコーチの教えを思い出し、前に出るつもりだ。その先にこそ本当の栄光が待っている。生涯、忘れることのない想いを手に入れた一年はあっという間に終わった。そして、また新しい一年が始まろうとしている。

(千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)

(千葉日報)

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≪2018/12/25≫

ロッテ・岡田、守備を武器に育成からはい上がった経験伝える

【第2の人生へプレーボール】

 生まれ育った栃木を愛する岡田らしい再出発となった。BCリーグ・栃木で外野守備走塁コーチとして、指導に当たる。ロッテから1年間の“出向”である。

 球団から告げられたのは10月4日で、その4日後に引退試合が行われた。最初は「エッ」と戸惑ったが、将来を見据えた武者修行の色彩もある。

 「ありがたい話だと思いました。感謝です。やれることしかできないが、(10年間)いろんな方に教わり、僕なりの考えもある。しっかり伝えたい」

 全足利クラブでの活躍が認められ、08年度育成ドラフト6位でロッテに入団。翌09年の3月に支配下登録された。俊足を生かしたその広い守備は「エリア66」と呼ばれ、11、12年にゴールデン・グラブ賞を獲得した。最大の武器である守備で、チーム内での居場所をつかんだ。

 10月8日の引退試合は伝説となった。59打席連続無安打は野手のプロ野球ワーストとなったが、60打席目で安打が出るとポン、ポンと3安打の猛打賞だ。今、つくづく思う。

 「ヒットが打てないと焦りが出る。それが1本出たら気持ちが楽になった。悩んでいたのは何だったのかと思いました」

 全2501打席で本塁打なし。野球の華とは無縁だったが、これこそ岡田がプロで生き抜いた勲章だ。「僕が本塁打をいっぱい打てるような打者だったら、(守備に)興味がなかったと思う」。守備の向上については「(打球の行方を)予測することが大事です」と話し、こう強調した。

 「一番いいのは一番多く打球を捕ること。練習中のフリー打撃の打球を数多く捕った。いろんな発見がある」

 外野守備走塁コーチとして、選手たちに基本練習の大事さとともに、練習を通じて何かを発見する。そんな姿勢を伝えたいと願う。

 つい最近、中学校で「諦めないこと」をテーマに講演した。育成からプロでの活躍を諦めずに一時代を築いた岡田が、指導者として地元で新たな一歩を踏み出す。

 ◆岡田 幸文(おかだ・ゆきふみ)1984年7月6日生まれ、34歳。栃木県出身。177センチ、70キロ。左投げ左打ち。外野手。作新学院から日大中退、全足利クラブを経て、2008年度育成ドラフト6位でロッテ入団。09年支配下登録。10年6月1日・巨人戦(千葉マリン)でプロ初出場。デビューからの全2501打席連続無本塁打はプロ野球記録。ゴールデン・グラブ賞2回(11~12年)。通算成績は910試合出場で打率・255、0本塁打、119打点。

(デイリー)

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≪2018/12/25≫

狭球場改修中のマリン、選手賛否もファンはワクワク

<ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム>

ZOZOマリンの改修工事が進んでいる。新たに3席種計746席を増設するためで、来年3月のオープン戦から使用を開始する。

ひと言でいえば狭くなる。ダッグアウトは最大5メートル、外野フェンスは最大4メートル前に出る。球場の特徴の1つだった広々としたファウルゾーンも狭まる。この変化をどう捉えるか。選手のポジションによって意見が分かれるのが実情だ。

野手からは歓迎の声が多い。例えば今季24本塁打を放ち、和製大砲として開花した井上晴哉内野手は「今までのフェン直(フェンス直撃打)がホームランになる。次の大台(30発)に乗れるかもしれない」と息巻く。安田尚憲内野手も「そこを狙うわけじゃないですけど、よりホームランが増えると思う」と話す。チームの総得点アップが見込める。

逆に投手陣は改修に反対したという。自軍の得点力が増す一方で、被本塁打も増える。益田直也投手は「野手はうれしいだろうし、見る人もホームランが出るほうが楽しいだろうけど、僕らはいやですね。打たれてもチームが勝てればいいですけど」。リードする田村龍弘捕手は「ヤフオク(ドーム)と一緒ですからね。これまでマリンでできた配球ができなくなる。ライナーを打たせられない。バッテリーからしたら得はない」と証言する。

守備の観点では、ロッテの外野手は名物の浜風を読んで守る「地の利」があった。強風に翻弄(ほんろう)されてボールに追いつけない他チームの外野手をたびたび見てきた。その利点はなくなってしまうように思う。

では益田の言うように、ファン視点ではどうだろう。単純に点の取り合いは見ていておもしろいだろうし、現地観戦派もよりグラウンドレベルに近づける新シートはワクワクするはずだ。最大収容人数は3万806人となる。新シートの年間席分は既に完売。観衆が多いほうが球団としても盛り上がる。

昨年から2年連続80敗を喫したロッテ。3年連続というわけにはいかない。改修が勝敗に損と出るか得と出るか。新しくなった本拠地で19年はどんな戦いを繰り広げるのか-。5年ぶりにロッテ担当を務めたが来季は遊軍となる。また時々マリンにおじゃまして取材するのを楽しみにしたい。1年間、ありがとうございました。【ロッテ担当 鎌田良美】

(日刊)

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≪2018/12/25≫

「Aクラス請負人」―捕手で珍しい同一リーグ4球団目、細川はロッテを変えるか

強豪チームで正捕手を張ってきたベテランのキャリアとは…

 12月6日、ロッテは細川亨捕手が入団することを発表した。通算1396試合に出場し、ゴールデングラブ賞とベストナインをそれぞれ2度受賞した38歳は、実働17年間で在籍チームが13度Aクラス入りした「Aクラス請負人」でもある。自らの貴重な経験を若手に伝え、2年間低迷を続けるチームを変えられるだろうか。

 2001年ドラフト自由獲得枠で西武に入団した細川は、野田浩輔氏や炭谷銀仁朗捕手(現・巨人)との競争に勝利し、名捕手・伊東勤氏の後継者としてチームの正捕手へと定着。強肩と高い守備力に加え、パンチ力のある打撃を武器にリーグ屈指の捕手へと成長を遂げ、2004年と08年の2度の日本一に大きく貢献した。

 西武において確固たる地位を築いた細川は、2010年のオフにFA権を行使し、ソフトバンクへ移籍。高谷裕亮捕手や鶴岡慎也捕手(現・北海道日本ハム)と出場機会を争いながら、主力捕手として活躍した。円熟味を増したインサイドワークで常勝軍団形成の一翼を担い、在籍6年間で3度達成した日本一にも確かな貢献を果たしている。

 2017年からは自身3球団目となる楽天に活躍の場を移し、嶋基宏捕手の控えとして豊富な経験をチームに還元。2017年6月28日には、故郷の青森県で29年ぶりに行われたプロ野球1軍公式戦で初の先発出場を果たし、移籍後初安打も記録した。

 しかし今季は1軍での出場試合数がわずか2試合にとどまり、チームも前年のAクラスから一転して最下位に沈んでしまう。オフには戦力外通告を受け、退団が決まった。

ジャーニーマンの知識をロッテに還元できるか

 そんな細川に目を付けたのが、金澤岳氏の引退によって捕手陣が全員20代になっていたロッテだった。かつて細川自身も薫陶を受けた伊東氏の愛弟子・田村龍弘捕手をはじめとする若手たちにとって、パ・リーグの酸いも甘いもかみ分けてきた大ベテランのプレーやアドバイスは「生きた教材」となることだろう。

 細川にとってロッテは4つ目の在籍チームだ。捕手としてNPBの4球団以上を渡り歩いた選手は、そう多くはない。光山英和氏(近鉄、中日、巨人、ロッテ、横浜)、山中潔氏(広島、ダイエー、中日、日本ハム、ロッテ)などは5球団に在籍したが、いずれの選手のキャリアもリーグをまたいだものとなっている。同一リーグのみで4球団目という細川の球歴は、きわめて珍しい。

 ロッテへの入団が決定した際には、「とにかくキャッチャーとしてピッチャーをリードしアドバイスし、若いキャッチャーにも自分の姿を見て勉強をしてもらえるように頑張るだけだと思います」「千葉ロッテマリーンズはすごい応援の後押しがあるので、その応援の後押しをもらいながら日本一になるためにチームに貢献したいと思います」と意気込みを語った。

 戦国パ・リーグを17年間生き抜き、行く先々でチームの成功に貢献してきた男の経験は、ロッテを変える貴重なピースとなるかもしれない。

(「パ・リーグ インサイト」望月遼太)

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