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よい子の読書感想文 

2005年から、エッセイ風に綴っています。

読書感想文848

2023-03-21 15:59:34 | 純文学
『教団X』(中村文則 集英社文庫)

 以前から気になっていた。
 同著者のものは『何もかも憂鬱な夜に』しか読んでいなかったが、印象は良かった。
 純文学作家が、現代の問題意識・切り口で、どのようにカルト宗教を描くのか。高橋和巳『邪宗門』との比較という視点でも興味深かった。
 読み比べてみて思うのは、時代の要請が下味になっているということだ。『邪宗門』は“世直し”が根底にあったし、破滅へと向かう現実の“世直し”を、宗教団体の壊滅という形に託して作品中で描いてみせる。一方で本作は、ポスト・オウムの時代に、自然科学と宗教を横断的に捉えながら、その先へと超越するかに見えるポスト新興宗教的なモチーフ。これが各人各様の解釈によって、作中人物らの物語を交錯させる。
 約600頁の大著だが、600頁で描き切れる内容ではなかったと思う。『教団X』を率いる男の内面や、教義や、教団のありようが表現し切れておらず、読んでいてそのカリスマや必然性などが全く感じられなかった。荒唐無稽さに終始し、最後に軽く語られる男の経歴は、補完にも足らず、言い訳じみてさえ見えた。
 根本にある世界への反感、義憤みたいなものは、『邪宗門』に遠くないのだろうと感じる。主要な登場人物たちは、こぞってそれを匂わせている。著者の隠しきれない個人的な想いなのだろうと思う。器用とは言えない手法で溢れさせ、結末にもっていった著者の並々ならぬ力には感服する。
 『邪宗門』とは違い、疑問符を抱えながらも、残された者らは前を向き、生きようとしている。これは、著者の決意でもあろうかと希望的に観測しつつ、今後の作品にも期待したい。

読書感想文847

2023-03-06 13:36:16 | ノンフィクション
『ドキュメント滑落遭難』(羽根田治 ヤマケイ文庫)

 トレイルランニングを本格的にやるようになって、山によく通うようになった。
 しかしランナー出身のトレイルランナーにありがちなこととして、山のスキルがない。危険なことであるし、いざというとき、多数の人に迷惑をかける。だから、経験のなさを補おうと、こうしてたまに山の本を読む。
 滑落は、トレイルランニングでは大いにおりえる。事例を学んでおこうと思った。
 助からないことが多い。そして、道迷いが滑落を招くことには頷かされた。私も幾度か、「ここを下れば道路に出られるのでは?」と無理なことをした経験がある。
 気を付けよう。そして、どこに行くのか、誰かに必ず伝えねばと反省した。
 こうした、尊い人命によって示された教訓を、これからも受け取っていき、それを生かしていかなきゃと思った。

読書感想文846

2023-03-06 13:29:41 | 大衆文学

『その日のまえに』(重松清 文春文庫)

 心を動かされる瞬間は幾度か訪れた。
 “その日”を予期せぬままに別れてしまった友人や、祖父母との(後悔を含む)思い出が連想されるからだろう。
 必ずやってくる日のことを、知らぬふりで済ませるわけにはいかない。自分の親も、相当な年齢になったのだ。
 という当然なことを思い出させてくれる読書にはなったが、文学として鑑賞した場合は、絶賛するわけにはいかないなと感じた。
 ドラマやアニメでよく感じる作り物めいた雰囲気、文体。動画作品の原作となることを意識したのか、逆に動画作品の纏う作風が、この手の作品にとってのベースレイヤーとなってしまっているのか。鶏と卵の関係に陥るのだが、違和感に度々見舞われたのは否定できない。
 (一例として)アニメオタクの話し方が、アニメのキャラの模倣によって形成されていることに、妙な気持ち悪さを感じるような瞬間と似ている。
 純文学的なものを求めているわけではない、一般の読者にすんなり受け入れてもらうためには、こうしたテレビナイズされた文体が必要で、著者は意図的にやっているのかもしれない。