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よい子の読書感想文 

2005年から、エッセイ風に綴っています。

読書感想文757

2020-11-19 22:03:00 | 社会科学
『「対テロ戦争」とイスラム世界』(板垣雄三編 岩波新書)

2002年の発行であるが、読み終えて、まったく古びていないことに気づいた。
 序文にはこう記されている。

 アメリカが、みずからに対置する凶悪な敵として、攻撃的他者・異物として、「非自己」性を託したウサーマ・ビン・ラーディンの存在、関係性、思考法、ライフスタイルは、皮肉なことに、いかに「アメリカ的」であることか。(中略)タリバーン兵士の中にアメリカ市民ジョン・ウォーカーらがいたように、反時代的とみなされたタリバーンはk、実はトランスナショナルな、あるいはコスモポリタンな組織だった。
 
 本書はこうした前提で「対テロ戦争」を括弧に入れて論じていく。そもそも我々はイスラム世界のことを知らな過ぎた。無知につけこまれ、スローガンは政治的な意図を含んだまま強化されていった。誤解の上に虚偽が乗っかっていったのである。
 本書は丁寧に、イスラム世界を解説し、欧米国家が彼らに与えてしまった矛盾やトラウマを垣間見せてくれる。本書が書かれたころにはまだ出現していなかったが、「イスラミックステート」の必然性をも感じざるを得なかった。
 80年代以前なら、解放戦争や独立戦争と呼ばれていたであろう紛争も、21世紀には「テロ」でひとくくりにされる。本書は早期に警鐘を鳴らした比較的若手の有識者によって共著されているが、最初に書いたように、その論旨がまだ古びていないことに暗然たる気持ちになった。
 結言はこう記されている。

まず「テロリズム」という言葉を使うことを止め、あらゆる政治的暴力を批判し、共通の法規範を確認し合う努力をすること。迂遠ながら、われわれに残された道はこれしかない。

「対テロ戦争」はブーメランのように、私たちのデモクラシーを破壊する。真綿で首を絞めるごとく。
 軍需産業の要請なのだろうか。まるで、米が売れなくなったからといって米粉でパンを作ったり甘酒の効用を宣伝して販売網を拡げようとするように、新しい敵を作る。人命や人の尊厳、生きる権利を犠牲にした商売は、人類共通の敵として、やめにできないものなのだろうか。


読書感想文756

2020-11-03 12:21:00 | その他
『さくらと扇』(神家正成 徳間書店)

 新聞の紹介記事で見つけて、後で読もうと思っていたのを、半年ほどしてから入手した。
 歴史小説は巷に溢れていて、読み物的な、消費されて終わる品質のものが少なくない。だから余程のことがないと冒険はしない。たとえば地元に縁ある武将の話とか、個人的に思い入れある戦国大名のストーリーなら、多少は文章がまずくても感情移入できる。まあガッカリしても良いから読んでみようと思う。本作もそのような経緯で手に取った。
 何故か分からないが凋落した由緒ある武将に惹かれる。かつて熱中した歴史シミュレーションゲーム『信長の野望』においても、足利将軍家や姉小路家が捨てがたかった。弱いからスリルがあるし、なんとか生き延びさせようと判官贔屓の情熱が沸いてくるのだ。
 さらに弱小過ぎて、『信長の野望』においても一部のシリーズでしか大名として登場しないのが、古河公方や小弓公方の足利家だ。で、本作は、この足利家を舞台に描く話なのである。これまで題材に選ばれたことはないだろう。読んで損なしと思った。マニア心をくすぐる。歴史小説にも隙間産業があるのだろうか。
 古河公方家が戦国期、北条家の傀儡となり、さらに足利義氏が世継ぎないまま死に、小弓公方系の男子が婿入りして江戸の世に名を残した。という経緯は知っていた。本作は、義氏の娘で婿を取って名を残した足利氏姫と、婿の姉で、家を守るため秀吉の側室に入った足利嶋子、ふたりの女性を主人公として描かれる。
 子を成し或いは政略結婚で家名を守る、女の戦がテーマで、チャレンジングな内容だが、歴史ものとしては難しいだろうと思う。
 どうしても普通の武将を中心に据える話に比して、合戦の場面はメインにならない。いろいろな駆け引きや、女ゆえの知恵を活用した権謀術数で、“戦”は進められる。
 数年前の大河ドラマ『女城主直虎』もそうだったが、退屈さは否めない。本書は枕頭で読み進めたが、なかなか熱中はできなかった。
 人間の人生模様を描くドラマとしては、面白かった。終盤に向け、次々と伏線が回収されていく構成も、なかなかのものだった。
 ただ、ちょっと子供向けというか、『ジャンプ』にでも連載されている歴史マンガみたいに、くさい表現が散見され鼻についた。現代におけるエンタメ系歴史小説が纏う、デフォルトの匂いなのかもしれない。もしくは、最初から読者をジャンプのような週刊コミック誌愛読の輩と想定しての文体だったのか。