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よい子の読書感想文 

2005年から、エッセイ風に綴っています。

読書感想文670

2019-05-12 16:38:00 | 評論・評伝
『中国、「宇宙強国」への野望』(寺門和夫 ウェッジ)

中国版GPS『北斗』が間もなくサービスを開始するというニュースは、象徴的だった。中国は、米露が主役だった宇宙に、脇役としてでなく、主役級として参入したのである。
 本書は、中国の宇宙開発の歴史と現状をまとめたものであり、あまり知らなかった中国の先進的技術と宇宙進出の現在を知る良いガイドブックとなっている。
 ロケット、人口衛星開発の黎明期から紐解き、有人宇宙飛行そして現在に連なる月面探査や宇宙ステーション開発の経緯も分かりやすく述べられている。ロケットの種類、系統や人工衛星それぞれの目的も整理されており、資料的にも役立つものになっている。
 だが最も興味深いのは、宇宙開発の目的、表題に謂う“野望”の中身である。よく言われるように、中国が軍の近代化を重視するきっかけとなったのは湾岸戦争であり、いわゆるC4ISR(指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察)が戦争の根幹となることを認識させられたことで、それまでの質より量の軍備を見直したという。
 本書においては、また違った考察がされている。

 江沢民政権の時代から、人民解放軍は近代化を進めてきた。その人民解放軍に大きなインパクトを与えたのが、1991年の湾岸戦争である。人民解放軍は、湾岸戦争におけるアメリカ軍の作戦は、インテリジェンス活動の70~80%、通信手段の80%を宇宙に依存していたと分析した。つまり、人工衛星とネットワークによってもたらされる「情報」が、作戦を成功させる決定的な要因であることに気付いたのである。この確信は2003年のイラク戦争でさらに深まった。こうして、人民解放軍は未来の戦争に勝利するには「制情報権」を握ることが必要であり、そのためには「制天権」が必要と考えるにいたった。


 これは面白いと思った。陸における決戦が勝敗を分けていた時代においては、戦場を見下ろす地点、「制高点」を得た者が戦いを有利に進めた。海軍力が重要視されると制海権、そして航空機が戦場を跋扈する第一次世界大戦以降は制空権が重視された。さらに宇宙を制する「制天権」・・・
 中国が国家を挙げて宇宙への進出に力を注ぐ理由が一つは理解できた。また、宇宙における開発が強力な外交ツールになっているという指摘は、私には盲点だった。本書はこう指摘している。

 2022年に完成予定の中国の宇宙ステーションには、中国にとって戦略的に重要な国々の宇宙飛行士が訪れることになるであろう。(中略)
 これは、かつてソ連が共産圏の結束を固めるためにインターコスモス計画で用いた手法である。共産圏諸国の宇宙飛行士が次々とサリュート宇宙ステーションやミール宇宙ステーションを訪れたものである。自前の宇宙ステーションをもつということが、いかに国際的な地位を高め、周辺の国々をひきつけるものであるかを、中国はロシアから学んだのであろう。

 もはや中国の宇宙進出に対抗したり、それを抑制できる国家はないだろう。とするなら、取るべきは共存の道であり、平和、友好でしかない。
 欧米諸国を含めて、私たちは中国の動向に、不安を抱くことがある。それは彼らの謂う“復興”とか“夢”というものが、かつての屈辱の裏返しであると知っているからであり、私たちの祖父以前の世代が、加害者だった歴史を否定できないからだ。
 著者は最後にこう書いている。

 中国の宇宙開発は確かに目覚ましい進展を遂げている。ただしその未来は「中国の夢」として語られ、宇宙開発の本来の姿である「人類共通の夢」として語られることはない。この点が、中国の宇宙開発に対して多くの国が不安や懸念をいだく最大の原因となっている。


 「中国の夢」=「人類共通の夢」であるという文脈を得られるよう努力する必要があるだろう。その場合、日本が架け橋となり得るのかもしれない。
 私は以下に引用する日中平和友好条約の精神を信じたい。それが世界の平和にも貢献するものであることは確かである。

第一条

1 
両締約国は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させるものとする。
2
両締約国は、前記の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。

第二条

 両締約国は、そのいずれも、アジア・太平洋地域においても又は他のいずれの地域においても覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国又は国の集団による試みにも反対することを表明する。

第三条

 両締約国は、善隣友好の精神に基づき、かつ、平等及び互恵並びに内政に対する相互不干渉の原則に従い、両国間の経済関係及び文化関係の一層の発展並びに両国民の交流の促進のために努力する。




読書感想文669

2019-05-06 18:01:00 | ノンフィクション
『勝てないアメリカ』(大治朋子 岩波新書)

 米国が莫大な戦費と人命をかけて続けたイラクやアフガニスタンにおける「対テロ戦争」とは、いったい何だったのか。
 
 プロローグにおいて著者はこう書きだしている。
 多くの書籍やドキュメンタリーによって、米軍による「対テロ戦争」が泥沼化し、解決の目途が立たなくなったことを私たちは知っている。しかし、それがいかなる手法によって、終結の宣言へと至ったかは、あまり知られていない。
 本書は題名通り、勝てないアメリカが、どのように戦争を収拾しようとしたかを知る手がかりとして画期的だ。同じくプロローグでそのことを匂わして著者はこう続ける。
 米国は自ら始めた戦争でありながらカネと人と時間を使い果たし、終結を宣言せざるをえない状況に追い込まれた。終わりの見えない戦争にしびれを切らし、いら立ち、疲弊し、やがて「低コスト」で「米兵の死なない」戦争へと転換をはかった。
 
 著者は4年間、ワシントン特派員として米国内外の米軍基地を取材、アフガンの戦場も経験している。日本の机上で練り上げた論考ではなく、現地現物にあたって書かれたものだから説得力がある。
 第一章『見えない傷』では、IEDによる爆発の後遺障害(TBI:外傷性脳損傷)について独自の取材をもとに論及、
 第二章『従軍取材で見た基地の日常』においては、様々な取材ルールを紹介しつつコンバット・ストレスに対処しようとする米軍の施策から、悲惨な戦争の実情が浮き彫りになっていく。
 第三章『泥沼化する非対称戦争』では、アフガニスタンの戦場を取材、実際にIEDの爆発をも体験してしまう。その一方で取材の手法は多角的で、戦争の困難さも、さまざまな角度から理解できるように編集されている。
 第四章『「終わらない戦争」の始まり』は、無人機による米兵の死なない戦争について論究していく。ここに至る必然性のようなものは三章までで理解できるように構成されている。しかし無人機で、ゲームのように殺人が行われていく戦争の形には、空恐ろしさを禁じ得ない。無人機パイロットは、米国内で、自宅から基地に通勤してアフガニスタンのテロリストを殺害しているという。しかもCIAは、議会等の了承も経ず、独自の判断で暗殺任務を遂行できるというから、どっちがテロリストだか、もはや分からないくらいだ。
 と、知らぬ間に、アメリカは“勝てないアメリカ”となり、テロリスト紛いのアメリカとなった。とはいえ、それを一概に責めることもできない。人命を重んじる国家ならば、科学の進歩に伴い、いずれ採用するであろう無人機による攻撃。これは必然的帰結にも思える。
 だが、終章『勝てないアメリカ』で著者は、ボストン大学准教授アレギンタフト氏の言葉を引用して書いている。
 「弱者」も「強者」も人道上問題のある兵器や殺害方法を用いると、戦場の内外を問わずその支持を失い、あるいは大義名分を失い、結果的に戦争継続を難しくさせて相手を利することになる。 

 米国がアジアに重点をシフトしたのは、日本や韓国といった同盟国のためではなく、中東での敗北から、目を逸らしたかった、そういう側面も大いにあるのだろうと思う。
 戦争は、継続中にばかり熱を持って報じられやすいが、それをさまざまな角度から検証し記録に残すこと、そこから何を学ぶかということが大切であることは言うまでもない。
 あとがきにおける結びの言葉である。検証すること、学ぶこと。それを活かすこと。これが、犠牲になってしまった人たちへの、せめてもの誠実なありかたかと思う。


読書感想文668

2019-05-06 18:00:00 | ノンフィクション
『巨龍の目撃者』(加藤直人 中日新聞社)

 中国に関して調べようとしていて、「東京新聞には中国通の記者が多いらしい」と聞いた。それは清水美和著『「中国問題」の核心』を読み実感していたことなので、本書を見つけた私は、著者の中日新聞社特派員という肩書を見て、ひとつのパスポートを得たように安心してレジに向かった。
 現地に2500日も暮らしたという。現地ならではの空気感を知るには最高の読書になるだろうと期待した。プロローグで著者は書いている。

 書店を歩けば、国際関係のコーナーだけでなく店頭にも、決めつけや偏狭な視野で中国を非難する「中国たたき」の本が山積みになっています。日本を追いぬいて世界第二の経済大国となった中国の傲慢な側面ばかりを強調した「中国脅威論」もやむことを知りません。
 もちろん、「東洋の病人」とまで言われた中国が「中華民族の偉大な復興」ばかりを声高に言いつのり、十九世紀半ばからの「歴史の屈辱」を一気に晴らそうとするかのような姿勢には危うさを感じます。
 確かに、汚職腐敗やとめどない格差をはじめとする中国社会の病理は深く、この国を根幹から揺さぶりかねない危険水域に入っています。
 しかし、中国という巨大な隣国との共存なくして、将来の日本の進むべき方向を的確に考えられないのも事実です。そのためには、中国という途方もなくさまざまな顔を見せる巨龍の等身大の姿を、客観的に見つめることが何よりも大切であると思います。


 はじめから好き嫌いのフィルターでもってものごとを見るのは、知的な、大人の態度とはいえない。まずは知ろうとすること、自らの無知を知ることが誠実な姿勢であろうと思う。反射的で短絡的な昨今の風潮(インターネットの普及がこれに拍車をかけた)に呆れ切っていた私も、書店に並ぶ隣国叩きの本たちを、複雑な心境で見ていた。著者もまた、同じ光景を悲しんで見ていたのだと思う。本書執筆の動機を、『真の中国を理解してもらえるような航海図の一つを描くこと』と書いている。 
 航海図とはうまく言ったものだと思う。かつて海の果ては断崖絶壁で、滝のように流れ落ちていると想像されたりしていた。航海図などない時代、水平線の向こうは、未知と恐怖の世界だったろう。中国を非難するメンタルは、未知ゆえの不安と表裏一体であるとしたら、本書のような知中派の航海図は、もっと読まれるべきと思う。
 と、いつもながら良くないと知りつつ、プロローグを読んで過大な期待を抱いてしまった。つまり、やや期待外れ感は否めなかったのである。
 例えば一時期、大いに話題になり中国嫌いを増やしたであろう食品の安全を巡る問題では、中国人ジャーナリストの著書を引用して注釈を与えるのみだ。センセーショナルな内容で、それはそれで意義深いものかもしれないが、現地に2500日も住んだのなら、もっと地に足の着いた、自ら屋台で食べて飲んで見聞したようなことを書いてほしかった。
 とはいえ本書が貴重な“航海図”であるのは確かで、その航海図の中で、もっとこういう海図が欲しい、ここの海底の地形を知りたかったと文句を言っているようなものなので、私の期待外れというのは贅沢な話なのだと思う。
 格差の問題(特に農民と都市との)、環境問題、そして日中の抱える尖閣等の懸念。これらを、一方からでなく、さまざまな方向から、かつ歴史的背景も踏まえて、さらにそれぞれの連動や関係性にも触れながら学ぶことができたのは、有意義だった。
 勝手に開高健や小田実のようなルポ的文章を期待してしまったが、著者のスタンスは通常の取材では得難い情報を読者に提供してくれている。長らく、記者として日本と中国を股にかけてきたことと、おそらくは奥さんが中国人であることが、少なからず影響していると感じた。
 中国人も、心情的に、そういう知中派を、大切にしようとするのではないだろうか。
 

 


読書感想文667

2019-05-06 17:58:00 | エッセイ
『愛国者は信用できるか』(鈴木邦男 講談社現代新書)

新右翼の考え方には以前から興味を持っていたし、いちおう見沢知廉の愛読者だった身としても、素通りできないと思っていた。必然的に、鈴木邦男氏の著作には出会う筈だったが、今さらになったのはなぜだろう。
 なんとも捻りのない題名だ。そう、つまり『信用できない』と謂うのだろう。実際、内容上もそれを論考するもので、だからこうこうすべきだという対案も示してはいるものの、全般に話し言葉が延々続く感じで、口述筆記かと見紛うほどだった。
 街宣ばかりしていて、文章もそうなってしまったのだろうか。残念ながら、軽いのである。正直な感想として、芸能人がSNSに書いて出版したような、コンビニの窓際に並ぶ程度の本を想起させた。新書用に軽いものとして書いたのだろうか。他のもの、代表作的なものにも手を出してみねばなるまい。
 確か著者は新右翼『一水会』の理論誌で長年執筆してきたと記憶している。それが本当に理論誌というレベルのものなのか、本書の印象によって疑わざるを得なくなった。