『壁』(安部公房・新潮文庫)
名前を失った男を描く「第一部 S・カルマ氏の犯罪」
影を失い影の原因である実体をも喪失する「第二部 バベルの塔の狸」
帰る家をなくした人間の寓話「第三部 赤い繭」
いずれもが、根本の欠落を描いたものである。それも、不条理に。
しかしカフカの後に読んだせいだろうか、違和感なく、さながら自らにも起りうる日常の事件に似て、すんなりと読めてしまった。それがある意味恐ろしかった。
著者は喪失や欠落という負債を描くべくしてこれらを書いたのではあるまい。かえって、この場合にあらわれてくる価値逆転を狙うのである。
既存のもの。既知、通念、常識。そんなものがいかに脆弱な記号に過ぎなかったか。
少なくとも、私はそう読んだ。

名前を失った男を描く「第一部 S・カルマ氏の犯罪」
影を失い影の原因である実体をも喪失する「第二部 バベルの塔の狸」
帰る家をなくした人間の寓話「第三部 赤い繭」
いずれもが、根本の欠落を描いたものである。それも、不条理に。
しかしカフカの後に読んだせいだろうか、違和感なく、さながら自らにも起りうる日常の事件に似て、すんなりと読めてしまった。それがある意味恐ろしかった。
著者は喪失や欠落という負債を描くべくしてこれらを書いたのではあるまい。かえって、この場合にあらわれてくる価値逆転を狙うのである。
既存のもの。既知、通念、常識。そんなものがいかに脆弱な記号に過ぎなかったか。
少なくとも、私はそう読んだ。
