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よい子の読書感想文 

2005年から、エッセイ風に綴っています。

読書感想文796

2021-10-02 06:47:00 | 社会科学
『中国の「一帯一路」構想の真相』(トム・ミラー 田口未和訳 原書房)

 アフガン情勢を見ていて、今後の展望をうかがうために、中国の「一帯一路」を知る必要に迫られた。
 イギリス、ソ連、そしてアメリカ。当時の大国が似たような顛末をたどったアフガン。次に関与するなら、中国だろうと誰しも想像する。しかしアフガンは一筋縄じゃない上に、「一帯一路」も中国がいうほど単純に「ウィンウィン」な夢物語ではない。では何が問題で、何が可能で、日本はどうするのが良いんだろう。
 と考えるとき、自分に「一帯一路」の知識がほとんどないことに気づいたわけだ。新聞やNHKが教える概要くらいしか知らない。それがアフガンを通るのかさえ。
 ということで大変勉強になる読書で、本は付箋だらけになった。
 ロシア主導のCSTOも、中国が注力するSCOも、テロの流入を大いに警戒し、それを結束の一因にすらしている。アフガンへの西進という野望云々の前に、大きな懸念が転がっている。大国がアフガンでやらかした失敗をつぶさに観察してもいる。中国は賢い。そうそう、強引にアフガンをフロンティアとしていくことはしないだろう。
 とはいえ、私は一種の無力感のようなものにも捉われる。海洋進出だ現状変更だといって欧米各国と日本は中国を非難するが、国力の増大にしたがって勢力を拡げ、現状を変更してきたのは、まさに時の大国である。因果応報、歴史は繰り返すのみと思ってしまう。
 クアッドやAUKUSといった新たな枠組みは、信頼よりも不信と恐怖を燃料源にしているようだ。中国が屈辱の歴史を糧にしてきたのと表裏一体で。
 
 


読書感想文757

2020-11-19 22:03:00 | 社会科学
『「対テロ戦争」とイスラム世界』(板垣雄三編 岩波新書)

2002年の発行であるが、読み終えて、まったく古びていないことに気づいた。
 序文にはこう記されている。

 アメリカが、みずからに対置する凶悪な敵として、攻撃的他者・異物として、「非自己」性を託したウサーマ・ビン・ラーディンの存在、関係性、思考法、ライフスタイルは、皮肉なことに、いかに「アメリカ的」であることか。(中略)タリバーン兵士の中にアメリカ市民ジョン・ウォーカーらがいたように、反時代的とみなされたタリバーンはk、実はトランスナショナルな、あるいはコスモポリタンな組織だった。
 
 本書はこうした前提で「対テロ戦争」を括弧に入れて論じていく。そもそも我々はイスラム世界のことを知らな過ぎた。無知につけこまれ、スローガンは政治的な意図を含んだまま強化されていった。誤解の上に虚偽が乗っかっていったのである。
 本書は丁寧に、イスラム世界を解説し、欧米国家が彼らに与えてしまった矛盾やトラウマを垣間見せてくれる。本書が書かれたころにはまだ出現していなかったが、「イスラミックステート」の必然性をも感じざるを得なかった。
 80年代以前なら、解放戦争や独立戦争と呼ばれていたであろう紛争も、21世紀には「テロ」でひとくくりにされる。本書は早期に警鐘を鳴らした比較的若手の有識者によって共著されているが、最初に書いたように、その論旨がまだ古びていないことに暗然たる気持ちになった。
 結言はこう記されている。

まず「テロリズム」という言葉を使うことを止め、あらゆる政治的暴力を批判し、共通の法規範を確認し合う努力をすること。迂遠ながら、われわれに残された道はこれしかない。

「対テロ戦争」はブーメランのように、私たちのデモクラシーを破壊する。真綿で首を絞めるごとく。
 軍需産業の要請なのだろうか。まるで、米が売れなくなったからといって米粉でパンを作ったり甘酒の効用を宣伝して販売網を拡げようとするように、新しい敵を作る。人命や人の尊厳、生きる権利を犠牲にした商売は、人類共通の敵として、やめにできないものなのだろうか。


読書感想文745

2020-07-23 19:32:00 | 社会科学
『ユーラシア胎動』(堀江則雄 岩波新書)

“一帯一路”が標榜されて久しいが、本書はそれ以前の出版、古い印象は拭えなかった。
 ただ、“一帯一路”に至る前史ともいうべき状況を知らなかったので、空白期間を埋めるかのような学習となった。ソ連の解体から上海協力機構の立ち上げまでの十数年間と、資源で復興していくロシアと経済成長著しい中国の十年間・・・
 本書は2010年の発行であり、まだ中国と日本の対立が先鋭化する前だし、ロシアがウクライナに侵略する以前だ。資源での結びつきに過ぎなかったのかもしれないが、中国とロシア及び中央アジアの国々が結束する過程を、著者は概ね好意的に紹介している。
 はしがきではこう述べられている。

 ユーラシア、とりわけ中国やロシアのこととなると、日本と対立的に捉える向きも少なくないが、そうした冷戦思考は実態にそぐわない。むしろユーラシア各国については、日本は「ステイクホルダー(利害共有者)」の関係にあると見なす方が適切だ、と痛感している。そして、そのユーラシアへ向ける視線は、今日の日本を覆っている閉塞感への眼差しと重なってくるだろう。

 思えば同時期、政権交代した民主党は在日米軍を削減し、この異常な占領状態からの脱却を目指そうとしていた(少なくとも、そう受け取れる言説をもって彼らは選挙に勝利した)。
 しかし、事態はまったく逆に日米同盟強化、反中国の風潮を招いて、日本は長らくユーラシアの新たな胎動において利害を共有するどころではなかった。先年、ようやく“一帯一路”に賛意を示し、日中関係を改善の方向に向かわせようとしたくらいだ。
 本書の希望に満ちた書きっぷりを見て、私はふと、欧米なかんづくアメリカの情報戦が私たちの舵切りを偏らせているのではないかと疑った。
 ユーラシアの勃興を喜ばないのは誰か。彼らに尾を振るやつらが日本で政権を維持するからには、日本はユーラシアの一員としてステイクホルダーたり得ないのではないだろうか。
 尖閣の購入とか、国有化を発案したのは誰だったのか。ここまで疑りだすと謀略史観になってきりがないけれど、歴史が回答を示すのを待ってから『失敗の本質』みたいな本が出たって手遅れなのだ。

 日本外交の「日米同盟」固執というベクトルを全面的に見直すことが、二一世紀の世界の構造の大転換に日本が関与できるかどうか、「新たな世界」のなかで日本がしかるべき地位を占められるかどうかの鍵になるだろう。

 日本は自ら二流国に成り下がろうとしているのか。同盟国が数十年かけて、かつての敵国を骨抜きにしようとしてきたのか。



読書感想文729

2020-04-28 15:43:00 | 社会科学
『インテリジェンスの基礎理論』(小林良樹 立花書房)

 職場の蔵書を処分する際、勿体なくてもらってきた中の1冊である。
 元警察官僚で大学教授の著者が、講義録をまとめたような体裁のテキスト。きっと大学の一般教養科目用に編集したのだろう。入門編/概説編といった具合で、これから専門的にやりたいなら、いらっしゃいという雰囲気だ。全体像をとりあえず知り、その問題点や展望についてこれから考えるという読者には良いテキストだと思った。
 私自身も、この度、情報や情報組織について、おさらいの良い機会となった。また、恥ずかしながら初めて知った概念や傾向もあって、勉強にもなった。
 例えば、インテリジェンスが或る目的をもって歪曲される危険についてである。それは以下3点のような場合が考えられるという。
 第一は、インテリジェンス機関が、ある特定の政策の実現を意図し、政策決定者に伝えるインテリジェンスの内容を故意に歪曲・操作する場合である。例えば、戦争中に、インテリジェンス機関が「戦争の遂行こそが好ましい政策判断である」と勝手に判断し、戦争の現状と見通しに関する分析・評価を戦争続行が有利であるとの方向に歪曲して政策決定者に伝えるような場合である。
 この傾向は太平洋戦争中の日本で横行した歪曲であろう。情報を扱う部署のプロ集団としての性格や秘密主義が、この意図の遂行を可能にしてしまうのは容易に想像がつく。政策決定者は、それを信頼するか、まったく疑ってかかるかしなければならないが、政策への反映を意図する者らは、決定者を手なずけることも忘れはしまい。政策立案と政策決定の峻別が重視される所以である。
 次は、
 インテリジェンス機関が政策決定者におもねる目的で、インテリジェンスの内容を歪曲する場合である。
 これは最近の例だと、大統領におもねるためアメリカのインテリジェンス機関が大量破壊兵器の存在を肯定的に分析した(という疑惑が持たれているが、そういう歪曲はなかったと結論づけられている)ことが記憶に新しい。
 そして三点目は、
 政策決定者が、自己の好む政策オプションを支持するようなインテリジェンス・プロダクトを得るために、インテリジェンス・コミュニティ側に圧力をかけ、客観性を欠くインテリジェンス・プロダクトを生産させるような場合があり得る。
 実際には、二点目と三点目が相乗効果を上げるような状況が生起しがちなのではないか。忖度と圧力とが補完し合い、裸の王様が雄叫びを上げる。恐ろしいことだ。
 ちなみに本書は、ニーズについての言及はなされるものの、インテリジェンス機関が提案する、いわゆるシーズについては一切取り上げられない。一点目の懸念がシーズを排除するのか、単に著者がそれを軽視しているためかはわからない。
 他にも情報を扱う上で陥る弊害や現象について、本書では網羅的に取り上げられていて、勉強になった。特にOSINT=公開情報の短所として挙げられる『反響効果』は成るほど! と膝を打った。
 ある一つのメディアに報じられた内容が他のメディアでの引用を繰り返されるうちに、あたかも複数の情報源によって裏付けされた確度の高いインフォメーションであるかのように誤解されてしまう現象
 これに騙されることが少なくないのだ。“関係筋によると”とか“現地メディアによると”などと様々な報道で目にするのに、元を辿れば一つのソースしかないことが多々ある。気を付けたいものだ。
 と、頭の整理・体操のためにも、こういった大学一般教養課程レベルのものでも、たまに読むのは有意義であると再認識した。
 


読書感想文706

2020-01-24 11:49:00 | 社会科学
『日本が売られる』(堤未果 幻冬舎新書)

 これも先日、同僚が貸してくれたものである。
 標題から、私はネット右翼が喜ぶような内容を想像してしまい、敬遠しそうになったのだが、「これも何かの縁」と思って手にとった。
 勝手なイメージで決めつけてはいけないなと、今は反省している。想像とは裏腹に、真摯な警世の書であった。
 著者は『ルポ 貧困大国アメリカ』の取材において気づく。

「アメリカより日本に住む方が、安心して暮らせると?」
「そう。アメリカでは保育も介護も学校も病院も、今じゃまともに暮らすためのものが全部贅沢品になってるから。売国政府が俺たち国民の生活に値札をつけて、ウォール街と企業に売りまくってるからね」
 ジェラルドのいう売国とは、「自国民の生活の基礎を解体し、外国に売り払うこと」を指している。自国民の命や安全や暮らしに関わる、水道、農地、種子、警察、消防、物流、教育、福祉、医療、土地などのモノやサービスを安定供給する責任を放棄して、市場を開放し、外国人にビジネスとして差し出すことだ。


 そして、このことは日本においても進行している。知らなかったでは済まされない事態であると、いま自らのアンテナの低さを恥じている。
 私は正直、読んでいて不安と不快を禁じ得なかった。第1章『日本人の資産が売られる』では、以下が投資目的等で自由化され、或いは民営化され、売られていく過程が述べられる。
 水
 土
 タネ
 ミツバチの命
 食の選択肢
 牛乳
 農地
 森
 海
 築地
 暗澹たる思いで頁を繰ると、救いようのないような第2章『日本人の未来が売られる』が展開される。
 労働者
 日本人の仕事
 ブラック企業対策
 ギャンブル
 学校
 医療
 老後
 個人情報

 子どもを持つ人間として、これはいけないと思った。対案として、著者は、われわれ自身が“消費者”から“市民”へと成長することを提起し、協同組合の可能性を説く。
 20年前に柄谷行人が試みようとしたことに、ようやく一部の識者が追い付いてきたということか。いま一度、真摯に、“可能なるコミュニズム”について考察すべきときなのだろうと思った。
 それにしても、当初、題名から連想した内容とは正反対のもので、自分の先入観を反省せざるを得ない。