北朝鮮政府が、六カ国協議の枠組みに復帰することに合意しました。実際の次期会合の開催は、今月下旬ころが見込まれています。このニュースは、日本の安全保障にとってプラスの話ですが、あまり手放しで喜んでいられない要素もあります。
それは、六カ国協議が、果たしてその所期の目的を達成することができるのかという問題です。六カ国協議の主な目的は、北朝鮮に核兵器の開発・製造を完全に放棄させることですが、最近は六カ国協議を開催すること自体も難しい状況にあり、ここ1‐2年は、あたかもオリンピックのように「参加する(させる)ことに意義がある」かように、その目的のハードルをどんどん下に落としていかざるを得ない状態になっています。
そんな状況にあるため、アメリカをはじめ、北朝鮮以外の五カ国は、今度の協議の場でも、北朝鮮に核開発の放棄を再び本気で迫るつもりではあるでしょうが、北朝鮮が事実上の核保有国となったいま、これら五カ国は、六カ国協議はもはや本来の目的は達成できないのではないかという現実的な展望も持ち始めているのではないかと思います。
六カ国協議で、その目的をなかなか達成できないのは、およそ二つの理由によるものと思われます。一つは、関係五カ国の国益の間に互いに共有できる要素が少なく、構造的に合意形成が極めて難しいため、効果的な対北朝鮮「包囲網」のような政策を打ち出しにくいということです。もう一つは、北朝鮮が、この五カ国の国益の違い、協議での訴求点の微妙なズレを利用して、その間隙を突き、自国にとって不利な政策が形成されることを巧みに防いでいるということです。これら二つの理由は、コインの裏と表のような関係にありますが、この六カ国協議に生来的に内蔵されている構造的な問題が、そのままその弱点になっています。
そういうことなら、六カ国協議なんかやめてしまえということも考えられそうなのですが、それができないところが、この問題の悩ましいところです。なぜなら、北朝鮮の核問題において、この六カ国の一国でも抜けた状態で合意を作ったとしても、その実効性が担保されないからです。また、どこか他の国が余計に入ってきても、さらに利害関係が錯綜して、もっと意思決定が難しくなるだけだからです。 ですから、現状維持しかないのが実情であり、当事者以外の五カ国は、こうした構造的なジレンマを織り込んだ上で、外交をやっています。
しかし、関係国が、こうした六カ国協議の問題点に悩みながら、他に何もしていないのかというと、そうではないように思います。とくにアメリカと中国は、それぞれ独自のイニシアティブで、またもしかしたら時には互いに協議しながら、北朝鮮の将来的な政権移行について、真剣に準備を進めているのではないかと思われます。こうした話は、当然のことながら、ふつうは絶対に報道ベースには乗ってこないのですが、中国サイドの動きは、ここに来て少しずつ西側メディアに取り上げられるようになってきています(報道1/報道2)。
この政権移行のシナリオが、どのようなものか、また最終的に実現するかどうかは未知数ですが、アメリカの政策イニシアティブと、中国のそれとではまったく違う内容であることは容易に想像されます。関係五カ国のうち、アメリカは、韓国と日本の同意をもとに、ソウルを中心にした民主主義(複数政党制)、資本主義(市場経済)の親米国家を、朝鮮半島を統一する形で成立させることを狙っているように思われます。
一方、中国は、ロシアの支持を取り付けつつ、半島を分断させたままの状態で、ピョンヤンに穏健な一党制の親中国家を成立させることを狙っているものと思われます。おそらく現実的に考えれば、アメリカが妥協して、中国のプランを大筋合意し、何年後かに半島統一の国民投票を南北両国で実施することを条件付けるような折衷案で妥協が図られるようなシナリオも考えられます。なぜなら、国民投票をすれば、南北両国の国民の総意として、かなりの高い確率で、半島の統一が実現すると思われるからです。そして、半島が統一されれば、韓国経済からの市場の圧力で、北半分にも市場経済制が浸透・導入されることなり、結果的にアメリカの意向もほぼ達成されることになるからです。
このような政権移行のシナリオは、その計画の上でも、実現可能性の上でも、まだまだ未知数のところがありますが、政権の移行自体は、全世界のほぼすべての国の政府と、また誰よりも北朝鮮のすべての一般市民が、強く望んでいるものではないかと思います。したがって、そのプロセスさえうまく運べば、その実現可能性は決して低くないように思います。ただし問題は、この政権移行のための政策を、北朝鮮の現政権を脅すようなアプローチで進めると、ほぼ確実に彼らは激昂し、制御不能な方向へ暴走していくということです。国際社会は、北朝鮮の恫喝に左右されてはいけませんが、暴発したときのリスクを計算しておくことは大切だと思います。この辺は、以前もリンクを張らせていただいたことのある専門家の方が、関係者の人々の見解を紹介しています。
このような高いリスクがあるため、現政権に無理強いするような方法は、なかなか難しいかもしれません。ですから、一時的に中国などが政権関係者に安全な亡命先などを提供するような申し出をして、合意の上で退出してもらうということも有り得るでしょう。しかし、その場合も、後から国際刑事法を駆使して関係者を訴追することは可能ですので、様々な実効性の壁はあっても、完全に無罪放免になるということにはならないように思われます。この点については、現在の国際刑事裁判の世界的趨勢、過去の様々なケース(チリの軍政、旧ボスニア紛争、ルワンダ内戦、リベリア内戦、カンボジア内戦等の政治指導者に対する刑事訴追)を考えても、北朝鮮の現政権幹部が、国際的な刑事訴追をまったく受けないということは、極めて考えにくいように思われます。
ですから、北朝鮮問題の解決には、おそらく複眼的な思考が必要なのだと思います、一方では六カ国協議で粘り強い外交努力を継続し、もう一方では政権移行の準備をして、さらに国際的な刑事訴追のための証拠集めを今からはじめておく、といった具合です。これらの政策を、ときにはリンクさせながら、ときには相互に分離させながら、同時進行させていくというのが、問題解決のために望ましいように思われます。おそらく、こうしたことは関係国、特にアメリカと中国では、すでに着手しているものと思われます。また、日本政府としても、アメリカと協力・連携して、拉致問題の解決を、こうした政権移行プロセスの中に織り込んでいくような水面下の外交努力をしていく必要もあるのではないかと思います。
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