昨日、アメリカの超党派のイラク研究グループ(ISG; Iraq Study Group)が、ブッシュ大統領に政策提言レポートを提出しました(レポート原本/関連記事)。レポートは、現状が内戦状態にあることを事実上認め、内戦に間接的に関与しているイランとシリアとの外交を強化して、米軍からイラク軍へ主要任務を早期に委譲し、2008年3月までに米軍を撤退させることを提言しています。
以前の投稿にも記しましたが、このレポートをまとめたISGには、ジェームズ・ベーカー元国務長官(共和党)、リー・ハミルトン元下院議員(民主党)をはじめとする両党の重鎮が参画しており、レポートに法的拘束力はありませんが、影響力の大きさは多くの関係者が認めているとおりです(関連資料)。
また、とき同じくして、昨日はロバート・ゲーツ元CIA長官が、上院で次期国防長官として正式に承認されました(記事)。この承認のための上院公聴会でゲーツ氏は、アメリカのイラク政策が蹉跌していることを認めるとともに、その原因の一つが、初期段階で兵力を大量投下しなかったことを挙げて、ブッシュ大統領やラムズフェルド国防長官らが編み上げてきた現行のイラク政策の欠陥を事実上認めました(記事)。これからブッシュ政権の閣僚になる人物が、大統領の失政を野党議員の前で認めることは異例のことです。
ここまでゲーツ氏がはっきり物を言える背景には、この人が次期国防長官の指名を受ける先月までISGの正式メンバーであり、ベーカー氏など国際協調派の重鎮や、党派を超えた議会からのサポートを得ているからだと言われています。ISGのレポート提出と、ゲーツ氏の正式承認が同じ日になったのは、演出か偶然か分かりませんが、このことで今後アメリカのイラク政策が、短期間のうちに大きく転換する可能性が出てきました(記事)。
そもそも、イラク戦争というのは、途中から非常に分かりづらい戦争に変質してしまったということを、おそらく多くの人が感じているのではないかと思います。2003年の春に、米軍を中心とした多国籍軍がフセイン政権を倒した段階では、<米軍(多国籍軍)・対・イラク軍>という単純な対立の構図だったのですが、その後間もなくして現地勢力同士の内部抗争が始まり、対立関係が複雑に入り乱れるようになりました。
この対立関係を少し整理しますと、内部抗争が激化していった2003年の夏以降の「イラク戦争」というのは、<米軍&イラク政府軍・対・イラク非正規軍>という、米軍が主要戦力となってイラクの非正規軍を上から抑えつける「タテの戦争」と、<スンニ派・対・シーア派>という現地勢力同士の「ヨコの戦争」が、シンクロしながら同時進行する複雑な戦争になっていったということが言えるのではないかと思います。そして、このタテとヨコの対立軸は互いに分離しているのではなく、ヨコの戦争に参加しているアクターが、それぞれ事態を自軍に有利に導こうとしたり、もしくは純粋な敵対行為として、米軍やイラク政府軍に対して巧みなテロ攻撃を仕掛けた結果、タテとヨコの対立軸が互いに交錯する状況も生じています。
ただこの複雑さにとどまらず、「ヨコの戦争」は、<スンニ派・対・シーア派>という整然とした一対一の戦争ではないという追加的な要素もあります。たとえば、スンニ派の中は、旧フセイン政権勢力、アルカイダ勢力、アンチ・シーア派勢力などにそれぞれ割れていて、お互いに一致団結しているわけではありません。また、シーア派も、過激なサドル師の勢力から、やや穏健なシスターニ師に同調する勢力まで、これも中が割れていて、一枚岩ではありません。その上、スンニ派のアルカイダ勢力はシリアから、またシーア派の一部はイランから、それぞれ直接・間接のサポートを受けており、単なる内戦の枠組みを超えた国際紛争の要素も含んでいます。さらに、これらの複合的な構図に加えて、ときおり第三の勢力であるクルド人勢力も、散発的に「ヨコの戦争」に関与することもあります。 ― この極めて複雑な「ヨコの戦争」が、「タテの戦争」と絡んでいるのが、私たちがふだん「イラク戦争」と呼んでいるものの実態ではないかと思います。
今後この複雑な戦争をどうやって終わらせるかは容易ではありませんが、「タテの戦争」が「ヨコの戦争」を作り出して、「ヨコの戦争」が制御不能になってしまったということですから、「ヨコの戦争」を鎮静化させながら、「タテの戦争」を終わらせるという順番になるのではないかと思います。ISGのレポートで、イランとシリアへの建設的関与をことさら強調しているのも、そのためではないかと思われます。
ISGのレポートは、79もの具体的な提言から構成される詳細なもので、おそらくこれに沿って動けば、アメリカは予定通りイラクから足が抜けて、「タテの戦争」を終わらせることができるのかもしれません。しかし同時に、「ヨコの戦争」を終わらせるのも、これを作り出したアメリカの責任です。レポートは、当然のことながら、「タテの戦争」と「ヨコの戦争」の両方を終わらせる包括的な提言をしていますが(タテ、ヨコといった表現は使っていませんが)、実行段階においても、「アメリカが撤退して終わり」ということではなく、両方の戦争を終わらせて初めて任務完了になることを忘れてはならないと思います。
いまのところ、「ヨコの戦争」をやっているアクターの戦闘意欲は極めて旺盛であり、これをいかに鎮静化させていくかというのは、大変な大きな困難を伴うことが予想されます。しかし、国連や世銀などの国際機関には、戦後復興支援をインセンティブにした内戦の収拾計画をこれまで数多く手がけてきた実績がありますから、アメリカもこの点について、今後謙虚に国際社会と対話を重ねていくことが望まれているように思います。これは、今後ボルトン国連大使の後任人事にも関係してくるポイントかもしれません。
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