国際情勢について考えよう

日常生活に関係ないようで、実はかなり関係ある国際政治・経済の動きについて考えます。

ロシアの闇

2006-11-26 | 地域情勢

私は1966年生まれなので、ソ連という国がどんな国だったか、多くのさまざまな記憶があります。感覚的なイメージで言うと、ブレジネフ書記長の時代は生気のない灰色のイメージ、その後のアンドロポフ書記長の時代は、この人の前職がKGBの議長だった事情や、在任中に大韓航空機撃墜事件があったために、なにやら暗黒のイメージがあります。

その後チェルネンコ氏を経て、ゴルバチョフ書記長に政権が渡り、ソ連は改革解放政策へ一気に舵を切るとともに、冷戦への敗北を認めて米国と和解し、冷戦に幕を引きます。しかし、この改革開放路線が国内の経済的、政治的な大混乱を生み、それがもとで共産党指導部の中にも制御不能の分裂が生じるようになって、最終的にソ連は国家として消滅することになります。

ロシアとなってからは、ソ連時代の暗いイメージから脱却して、右往左往しながらも、必死に市場経済制へ移行し、政治の面でも複数政党制を導入して、まともな選挙をするなど、明るい普通の国のイメージに切り替わったような感じがありました。政府自身も、政府が国家を私物化する計画経済、独裁制を打ち捨てて、国民が国家の主人公となる市場経済、民主制へ移行しようとする明確な意思を持っていたように思います。

 

しかし、プーチン氏が大統領になってからのロシアは、明らかに様子がおかしい感じがします。ロシアという国が、かつてのソ連のような暗黒の国家に回帰しようとしているかのような感じさえします。たしかに経済制度としては市場経済を導入していますが、エネルギー産業のような基幹産業がプーチン大統領の側近や取り巻き連中に牛耳られる動きが目立つなど(関連記事)、市場経済に必須の自由競争の要素が消えつつあり、もはやロシアの経済制度が市場経済制と言えるのかどうかも、だんだん分からなくなってきたような気がします。

そして、いわゆる"先進国"として信じられないことに、今のロシアでは、反体制派と目される人々が、国内で、また海外へ逃げても次々と殺される事件が相次いでいます。先月には、チェチェン紛争について政権の方針を批判していたジャーナリストが、モスクワの自宅で殺害されました(関連記事)。また、今週は元情報部員とされる男性が、亡命先の英国で毒を盛られて殺害されました。こうした手法は、旧ソ連の情報機関KGBがやっていたやり方と同じであることが前々から指摘されていますが、今回亡くなった元情報部の男性は、遺書の中で政権の関与をはっきり明記しているようです(関連記事)。

 

政治制度としての民主制、独裁制、また経済制度としての市場経済制、計画経済制というものを、かつて私は形式的な統治制度としか思っていませんでした。しかし、いくつかの独裁制や計画経済制を採用している国を訪れ、そこで生活をするにつれて、こうした制度は形式的なものではなく、政府が国家というもの、また国民というものをどのように捉えているかという国家の意思によって導かれる、実体を伴った支配制度であると思うようになりました。

つまり、もし政府が、国民こそが国家の所有者であり、政府は国民の僕(しもべ)であることを認めるのであれば、国民が自由に経済取引を行うことができる市場経済制が導かれ、また国民が自由に政府を選択できる民主制(複数政党制)が導かれることになります。当たり前のことと言われればその通りなのですが、最初に制度が設定されるのではなく、最初に政府の意思があり、そこから制度が導かれるのです。そして、どちらかと言うと、経済制度が政治制度を導き、その逆は稀であるということも指摘できるかと思います。

 

一方、もし政府が、政府が国家の所有者であり、国民を政府の僕として利用するつもりであるならば、おのずと独裁制が導かれます。経済制度としては、二つの行き方があります。一つは、政府に忠実な財閥だけに市場を独占させて、市場の利益を吸い上げる、形式だけの権威主義的な市場経済制が導かれる場合であり、もう一つは、政府が経済活動を完全に管理する計画経済制が導かれる場合です。今のロシアは前者に近く、昔のソ連や中国、今の北朝鮮は後者と言えます。両者に共通している点は、政府が国民経済を私物化して、政府の都合に合わせて国民の利益を恣意的に搾取しているところです。

ちなみに、計画経済制というのは、もともとマルクスやレーニンが想定していたものとしては、市場経済制によって生じる経済格差を是正し、国民の生産活動による利益を、国民の間で公平に分配する仕組みとして考案されたものでした。しかし、ソ連や中国などで実際に社会に導入した結果、理論上に想定していたものとは、様相が全く異なる極めて不公平で不適正な制度に変質してしまいました。

その理由は、たとえば一億人の国民が生み出した利益を公平に分配するのに、同じ一億人の国民自身が利益の分配に参加することは物理的に不可能で、どうしても一握りの官僚が利益の分配に当たらざるを得なかったという点に見出すことができます。この利益分配のプロセスに、意図しなかった過誤や恣意的な不公正がどんどん入り込み、結果的に分配が著しく不公平・不適正になってしまったということです。

いずれにしろ、政府が国民の経済活動を管理する計画経済を導入するためには、国民の経済的な欲求を徹底的に封殺する必要があり、そのためには独裁制(一党制)を導入して、国民が政治活動に参入して統治制度を変更するような試みを阻止しなければならなくなります。そのため、経済制度としての計画経済制は、政治制度としては、おのずと独裁制を必要とします。これが、第二次大戦後、計画経済性を採用した国が、例外なく独裁政を採用した理由とも言えます。

 

ロシアは、その母体であるソ連の末期以来、政治制度としては民主制、経済制度としては市場経済制へ舵を切ったはずでした。しかし、プーチン大統領が政権を握るようになると、その経済制度は、形としては市場経済制を維持しつつも、政府が市場活動の大きな部分を占める財閥を支配下に置くようになり、もはや実質的には市場経済制とは言えないものに変質しつつあります。

当然、こんな不公平なことをすれば、公正な自由競争を望む市場のプレーヤーから文句を言われるようになります。そうなると、これらの批判を封じるために、反政府勢力に有形無形の圧力をかけ、時には政敵を消すような、外見な形式は民主制でも、内面の実質は独裁制の政治制度を採用せざるを得なくなっていきます。

そのような意味では、プーチン政権のやっていることは、実に分かりやすく辻褄が合っているのですが、こんな恣意的な統治をやっていれば、長期的には国民経済の生産能力を落とし、外国からも信頼を失って投資も冷え込むことになります。今のところ、どうにかWTOへの加盟も内定し、チェチェン紛争も外見上鎮静化しているように見えますが、政治と経済の根幹的な部分は、すでに少しずつ腐りかけているように見えます。なんか今のロシアが、消滅する少し前のソ連とダブって見えるのは、私だけでしょうか・・・。


 ランキングに参加しております。もしよろしければ、ポチッとお願いします。