報告 三浦佳南
各々の言葉に話し合いとなるにふさわしい意見が出されましたが、大きくは2つのテーマになりました。
① 無教会、集会の在り方
・ドイツ版無教会について
・自分の信仰と無教会の信仰とのギャップ
・無教会のもつ多様さ(社会派、福音派等)への違和感・葛藤
・無教会のもつ多様さ(社会派、福音派等)への共感
・社会と人間とのつながり:心の内面の課題が解決されてはじめて社会の問題が自分に内包されて現実性を伴うのではないか。
・経験の掘り起こし:経験や信仰をベースになってはじめて非戦論や原発反対という意見が発することができるのではないか。逆にそういうベースがないと非戦論や原発反対はとれないのではないか。
・秘密保護法案等の危険性は身近な問題でもあるから、勉強は必要ではないか。
② 集いの前に鑑賞した映画「金星」について
・登場人物たちそれぞれが自己主張していながら最後はそれを吐き出して分かり合っていくストーリーだったのではないか。
・障害がある方は電車の中で席を譲られた場合、その障害ゆえに席を立ちづらい場合がある。障碍者に対する思いやりとはなんだろうか。
・書き物の場合、結論は考えていないが、結論らしいものができてしまう。映画作りも似ているのではないか。
・計算して映画を作るとかえって面白くなくなってしまう。自分の結論を言いたいがためのコマとなってしまう。
・罪の問題:聖書の盲人の喩え。
・主人公の男の子が子ともらしく見えるのは責任感がないからではないか。自分の過ちに対する認識の甘さではないか。
・主人公は、障害があるということによって大人になることを阻まれている(障害があるから「責任を負わなくていいのだ」という甘えの発想に繋がっている)のではないか。
・金星を見た際に、主人公に何か心の変化があったのではないか。
40分ほどの短い集まりの都合上、「テーマの種」が大きな実りを結ぶほどの深い話し合いは難しかったものの、ここにその種を示すことによりいつかどこかで大きな身を結ぶことになれば、と思います。