先日私の友人で、このブログのブックマークにさせていただいているHappy-sanが”強さ”について書いていらした。バイオリン奏者の五島みどりさんや五島龍さんのお母様の五島節さんのお話だ。
”強さ”について、私もひとこと・・・。
離婚して以来、私には”強い女性”というイメージがあるようだ。もっともなことだと思う。仕事をしながらひとりで子供を育て(ありがたい両親の援助はあるが・・・)、決断し、行動してきたのだから。
それは、日本の男性には嫌われがち。なんでもひとりで出来てしまう女性は、彼らの目には魅力的とは映らないらしい。ひとりで”できる”ことと、ひとりで”しなくてはならない”には大きな違いがあるのだが、そのあたりのことは、なかなか理解してもらえない。
日本の男性は”頼られる”のがお好きだ

でも生物学的には雄よりも雌のほうが強い。子供の出生率だって、男児の死亡率の方が高いから、女児が多く生まれるようになっているし、2度と経験したくないと思っている陣痛だって、あれほどの痛みを男性が経験したら死んでしまうらしい

強くなったような気分になりたいのは、雄が雌をゲットするための自然界の法則なのだろう。

以前おつきあいした男性でこの”強さ”について悩む私を解き放ち、泣かせた男性がいる。
「僕にとっては、君の強さは魅力だ。だって自分が弱くなっている時には、君に支えてほしいから。君が弱くなっている時には、僕が支えてあげるから。お互いに支え合う関係では、君の強さはすばらしい資質だ」 そう言われた時、私には運命の赤い糸が見えたような気がした。
心に力の入っていない、自然体の人だった。残念なことにその男性との恋は実らなかったが、彼の言葉は、今でも変わらず私を支えてくれている。
Happy-sanはご自分を”受け止める強さ”、五島さんのことを”投げる強さ”を持つ人だと表現しておられた。
なるほど・・・。では、私の強さは?
私の強さは、”守る”べきものがある時に発揮されるように思う。
簡素に生活する私には、守るべきものはそう多くはない。でも、かけがえのない息子、見守ってくれる両親、財産とも呼べる友人たち、小さいけれど手塩にかけてきたお店など・・・、どれひとつが欠けても今の私はないし、それらを手放さないためには、どこまでも戦うだろう。
近頃なぜか、その男性のことをよく思い出す。
今になって、その男性は私のことをほんとうに、よく見てくれていたんだなぁと思う。私が大切な両親やお店を離れて、遠くに住む彼のもとへ行けなかったこと、でももしそうしていたら、間違いなく、彼を自分の守るべきものリストの筆頭に(息子の次に)加えていただろうことを、彼は気付いてくれていたのだから。
強さにもいろいろある。
彼のおかげで、私は、”強い”ことは女性として決して悪いことではないと思えるようになった。
強さにもいろいろある。
その強さを守っていきましょう。ね、Happy-san
