ボリショイ劇場 & シドニ-オペラハウス観劇記

元モスクワ、現在シドニ-赴任の元商社マンによるボリショイ劇場やシドニ-オペラハウスなどのバレエ、オペラ観劇記です

新国立劇場バレエ団『マノン』2012年6月23日(土)

2012年06月27日 | Weblog

Nさんから新国立劇場バレエ団今シーズン最後の演目
『マノン』初日の寄稿頂きました。

「9年ぶりの上演でしたが、
主役から脇役の方まで大熱演で
退廃した18世紀のフランス社会の雰囲気も伝わり、
とても良い舞台でした。
是非おすすめの公演です。」

とのこと。力の入った観劇記です。ご覧ください。

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新国立劇場バレエ団『マノン』 2012年6月23日(土)

マノン:小野絢子

デ・グリュー:福岡雄大

レスコー:菅野英雄

ムッシューG.M.:マイレン・トレウバエフ

レスコーの愛人:湯川麻美子

娼家のマダム:楠元郁子

物乞いのリーダー:八幡顕光

看守:山本隆之

高級娼婦:厚木三杏 長田佳世 丸尾孝子 米沢 唯 川口 藍

踊る紳士:江本 拓 原 健太 奥村康祐

客:貝川鐵夫 輪島拓也 小口邦明 小柴富久修 清水裕三郎

新国立劇場バレエ団にとって
9年ぶりの上演となるケネス・マクミランの傑作『マノン』初日を鑑賞した。

小野さんのマノンは一瞬にして観る者を吸い寄せずにはいられない
魔性の魅力があり、これまでとは全く異なる顔を見せていた。
マクミラン特有の捻りの効いた振付や重心を傾けたバランス、
どれも非常に滑らかで安定感があり、
初役とは思えぬ出来であった。

感情表現の細やかさ、豊かさも挙げておきたい。
デ・グリューとの出会いでの衝動、
彼と寝室で過ごした直後でありながらも
部屋を訪れたG.M.に宝石を突き出されたときの抑えられない欲望が
じわりと伝わってきた。
不穏な音楽に乗って心の闇とうねりが踊り1つ1つから読み取れる。
デ・グリューへの愛を知った頃には時既に遅く、
ついには沼地で命尽き果てるまでの波乱の生涯を
体当たりで演じていた。

豪華な衣装をまとったときの煌きと
ぼろぼろの服で汚れた囚人姿のときとはまるで別人で、
同一人物には到底思えなかった。
宝飾で全身を輝かせていてもまた他作品の姫や女王と違い、
何か複雑なものを内に秘めていることを窺わせ悲劇を
想起させていたことも印象深い。
どこまでも気まぐれな少女ではあるものの
恵まれない境遇に打ち勝つためには美貌を武器に生き抜くことしか方法が無く、
流刑地アメリカで看守に苛められる姿はあまり哀れであった。

福岡さんのデ・グリューは
娼婦や金欲情欲にまみれた社会で異質なほど
世間知らずな生真面目さが際立つ神学生であった。
マノンをはじめ周囲に翻弄されても一身に愛を捧げる
どこまでも純粋な青年で、
日本人初のデ・グリューに相応しい好演だった。
日本バレエ界に新たな歴史を刻んだことは劇場の誇りである。

大人しく素直で規律正しい人生を送ってきた青年には無縁であろう
賭博に手を染めてしまうところでは、
マノンを愛する余りに周りが見えなくなり、
いかに深い愛を注いでいたかが伝わってきた。
パ・ド・ドゥの多さ、難易度の高いリフトの多彩さは
同じマクミラン振付の『ロメオとジュリエット』以上であるが、
危なげなくしっかりこなしていて頼もしく、
小野さんとの確固たるパートナーシップが光っていた。
バレエ団のファーストキャストとしてすっかり定着し、
来シーズン開幕作品である新制作『シルヴィア』の共演が待ち遠しい。

菅野さんのレスコーは富への執着だけでなく知性をも感じさせる
ただの悪役には留まらない魅力のある男性で、
酔っ払いながらの踊りも弾けていて許し難い人間味があった。
ムッシューG.Mによって銃殺され倒れ込み、
寄り添って悲嘆に暮れるマノンの姿から、
不運な境遇を兄妹が力を合わせ、
強い意志を持って乗り越えてきたことを察する。
妹を巡って取引をしつつも、
レスコーもまた惜しみない愛情をマノンに注いでいたのであろう。

湯川さんのレスコーの愛人の存在感も忘れられない。
理知的であるながらも黒の魅力をも漂わせ、
妖艶な踊りに圧倒された。
力強く舞台を引っ張り、
舞台の格を一層引き上げていた。

看守の山本さんもまた強烈な印象を残した。
端整な顔立ちと涼しげな表情と相反するいやらしさ全開で、
部屋に呼び寄せたマノンを力でねじ伏せ、
とことん追い詰める酷薄な姿に全身が震え上がるほどであった。
30日、正反対のデ・グリュー役での登場も益々楽しみである。

この作品の舞台は18世紀フランスの退廃した社会で、
様々な人間模様が描かれている。
物乞いから娼婦、華やかな女優、貴族まで
1つの場面を切り取るだけでも階級社会の厳しさが見て取れる。
恐らくは他のどのバレエ作品よりも
人間くささ、闇社会を抉り出した演目であろう。
古典作品での統制のとれた群舞に定評のある新国立劇場バレエ団が
この作品をどう作り上げるのか楽しみであったのだが、
幕が開くと顔の判別が困難なほど汚れた姿をした物乞い役のダンサー達が
舞台のあちこちでお金を求めては這うようにして歩き回り、
芝居に違和感も無い。
当時の雰囲気がしっかりと伝わってきた。

衣装・美術は今回ピーター・ファーマーによるものを採用している。
渋さと煌びやかさの対比が際立つ前回のニコラス・ジョージアディスの色合いの方が
個人としては好みであるのだが、
パステルカラーの娼婦の衣装をはじめ、東洋のダンサーには
よく似合う衣装ばかりが揃っている。
高級娼婦のシック且つきらきらとした落ち着いたトーンの衣装も良い。

そしてマスネの甘美な音楽が舞台を盛り立てる。
あらゆるオペラ作品、ピアノ曲、管弦楽組曲などから選び出しているのだが、
場面運び、振付と見事一体化していて
オペラ『マノン』の曲を一切使用していないことに
改めて驚かされる。

特に、幸福と不幸同時の始まりを予期させる出会いのパ・ド・ドゥ、
束の間の幸せの絶頂をドラマチックに彩る寝室のパ・ド・ドゥは
心を掻き立てる旋律である。
2幕の娼家で流れる哀愁漂うワルツは
見違えるような豪奢な姿で現れたマノンの揺れ動く心、
彼女を目の当たりにしたデ・グリューの葛藤、苦悩そのものを
表現しているように感じさせ、耳に残る音楽である。

日本のバレエ団での上演は非常に難しく、
全幕を鑑賞する機会は滅多に無い演目だ。
新国立劇場バレエ団の果敢な挑戦の舞台に
是非とも多くの方に足を運んでいただきたい。
明日はヒューストン・バレエからのゲスト・
サラ・ウェッブとコナー・ウォルシュが主演する。
ともに新国立劇場初登場であり、
ビントレー振付『アラジン』上演が決定しているバレエ団でもある。
どんな舞台を作り上げるのか、期待したい。



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3 コメント

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いつもありがとうございます (バレエファン)
2012-06-28 22:54:21
Nさん管理人さん
いつも新国立バレエ団の演目の観劇記ありがとうございます。
マインというめったに見られない演目の事が良く分かりました。
Nさんいつもありがとうございます。
返信する
ありがとうございます (N)
2012-06-30 07:00:51
バレエファンさん

この度もコメントありがとうございます。
とても嬉しく拝読いたしました。
全幕上演の機会がなかなか無く、
日本のバレエ団でレパートリーに持つのは
新国立と小林紀子バレエシアターのみで
鑑賞できたのは本当に喜ばしいことです。
バレエと演劇両方の要素に重きを置いた
ダンサーにとって非常に難しい作品であると思いますが、新国立の皆さんは見事期待に応えています。
本日も観て参りますので
またお立ち寄りいただければ幸いです。

返信する
ありがとうございました (管理人)
2012-07-02 22:47:10
バレエファンさん
何時もコメントありがとうございます。
管理人もNさんにも励みになります。
今日も今シーズン最後の寄稿を頂きました。
是非ご覧ください。
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