MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2564 インフレは隠れた税金

2024年03月30日 | 社会・経済

 半年ほど前の数字になりますが、2023年6月時点の消費者物価指数(2020年=100)は、全ての対象商品によって算出される「総合指数」で105.2だったとのこと。前年同月比は3.3%の上昇だったということなので、約41年ぶりの高さとなった1月時点の上昇率4.3%よりも(伸び率は)鈍化したものの、依然として物価高騰が続いていることが判ります。

 世界中から「日本病」などと呼ばれ、30年以上にわたりデフレに悩まされていた日本ですが、2023年、消費者物価が約41年ぶりに上昇に転じた後は、賃金上昇を上回る消費者物価の高騰に生活を脅かされる国民も増えているようです。

 一方、政府・日銀は、アベノミクスの「第1の矢」とされた「異次元の金融緩和」において、欧米の例に倣い(物価上昇率目標を概ね2%とする)インフレターゲット政策を進めてきました。

 しかし、実際に消費者物価が上昇に転じてみれば、市場のインフレ期待が高まっても家計の「買い急ぎ」が起こる気配はなく、もちろん賃金水準がインフレ率に併せて上昇していくわけでもありません。今後、行き過ぎたインフレを回避するため政策金利が上がれば、企業の投資意欲が削がれ経済全体の活性化も抑制されるかもしれません。

 物価上昇の局面に入り(こうして)新たな問題に直面する日本経済に関連して、3月11日の経済情報サイト「DIAMOND ONLINE」が、ローレンス・サマーズ元米国財務長官が絶賛したとされるインフレ解説書『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない』(HSBC上級経済顧問 スティーヴン・D・キング著)の概要を紹介しているので、その一部を小欄に残しておきたいと思います。

 全ての政府がインフレの道を選ぶわけではないが、政府の置かれている状況は、その政府がいずれインフレの誘惑に屈するのかどうかを判断するうえで役立つだろうと、キング氏はこの著作に綴っています。

 インフレは、いわば「隠し球」のような方法で市民に課税するメカニズムとして機能する。通常は、たとえば「増税」のような歳入確保の手段が政治的に望ましくない場合に使われることが多いというのが氏の認識です。

 (一般論として)構造的に、税制にはほかと比べて効果の高いものとそうでないものがある。一部の新興国が先進国と比べ、財政的な選択肢としてインフレに頼りがちな1つの理由がそこにあるとキング氏はしています。

 氏によれば、インフレが「隠れた税」として有効であるという究極の証拠は、戦時中にあるということです。アメリカ南北戦争のような内戦であれ国家間の紛争であれ、軍事支出の増大とそれにともなう民間支出の減少は、貨幣を印刷しインフレ率の上昇を促すことで容易に実現できると氏は話しています。

 一方、グレート・モデレーション(大安定期)以降、政府がインフレの創造において果たしうる役割は忘れられがちとなっていた。しかし、中央銀行の独立性とインフレ目標政策の有効性への信頼が広がるにつれ、インフレに優しい制度改革が水面下で「浸透」しているというのが氏の見解です。

 この浸透は、直接的には、マネタリストたちがよく主張するように、貨幣供給量の単純な拡大に関する問題ではない。むしろ、債券市場におけるシグナルの機能不全、金融の安定と財政の安定のあいだにある対立関係、そしてユーロ圏の場合、全力で共通通貨の崩壊を防ぐという固い意志をめぐる物語だとこの著書で氏は指摘しています。

 実は、こうしたテーマの1つ1つが、裏口からこっそりとインフレ圧力が高まる余地を生み出している。誰もインフレ率の上昇を意図したわけではないが、世界金融危機以降の政策構成の変化が、異常なインフレを起こりやすくしたことに変わりはないということです。

 インフレ抑制の責任を政府に移すべきだと訴える人々は、民主的に選ばれた政治家たちのほうが技術家集団たる中央銀行家たちよりも、インフレ率と失業率の絶妙なバランスを取るのに長けている…と信じているのかもしれない。しかし、歴史的証拠は間違いなくその逆を示しており、政府は放っておくといやおうなくインフレの誘惑に負けてしまうと氏は話しています。

 で、あればこそ、政府がそうしたセイレーン(美しい歌声で船乗りを惑わし、船を難破させるギリシャ神話の海の怪物)の声に惑わされないよう、歯止めをかけるのが中央銀行の役目だというのが(この著書で)氏の指摘するところです。

 (市場から見れば理解しづらいところもありますが)確かに、悪化した財政のすべてを「チャラ」にできるハイパーインフレは、政権(の特に財政を)を預かる者にとっては時に怪しげな魅力を放つ「伝家の宝刀」のように映るのかもしれません。

  政府に自由裁量を与えるのは、オデュッセウスの縄をほどき船員たちの耳から蜜蝋の耳栓を抜き取るのと同じこと。ギリシャ神話を信じるなら、悲惨な結末が待ち受けているのは間違いないと記すキング氏の見解を、私も大変興味深く読んだところです。



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