MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2616 ハイリスク社会がやってくる(その2)

2024年07月29日 | 社会・経済

 国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2050年には単独(一人暮らし)世帯が全世帯の実に44.3%に達し、一人暮らしの高齢者だけでも1千万人を超える社会がやって来るとのこと。

 中央大学教授の山田昌弘氏は6月7日の日本経済新聞の経済コラム「経済教室」において、「日本の社会保障・社会福祉制度はこのライフコース上のリスクの高まりに対応しきれていない」と懸念を示しています。(『変わる家族像 社会保障制度を個人単位に』2024.6.7)

 現行の社会保障制度は、未だに人々が(昭和の)標準的なライフコースをたどることを前提につくられている。標準的ライフコースとは「若いうちに結婚し、主に夫が仕事で家計を支え、妻が家事やケアを担い、子どもを育て、離婚せずに老後を迎える」というもの。そして、隠された前提として、すべての人は結婚して離婚しないことが想定されているということです。

 それに加え、実はリスク化しているのは、結婚、離婚といった家族イベントだけではない。夫が十分な収入を得られるということもリスク化していると氏はしています。

 フリーランス、非正規雇用の男性など不安定収入の人が増え、妻子を養うのには十分な収入を得られない。これが未婚化や少子化、さらには離婚の増大の原因にもなっているというのが氏の指摘するところです。

 社会保障の第1の目的は、人々が貧困など生活困難に陥ることを防ぎ、生活困難に陥った人を救うこと。今の日本の社会保障制度は、標準的ライフコースをとる人、つまり結婚して離婚せず、(女性であれば)収入が安定した男性に扶養されていることを前提に構築されているというのが氏の認識です。

 例えば、高齢になって働けなくなった場合のリスクをヘッジするための年金制度。厚生年金であれば、男性正規雇用者が退職後、妻と2人でそれなりの生活を送れる収入を確保することを想定しており、夫が亡くなった後でも妻は現役時代無収入でも遺族年金で暮らすことができる(よう設計されている)と氏は説明しています。

 一方の国民年金は、そもそも農家などの自営業者を想定したもの。自営業では夫婦が働けるうちは働いて収入を得られ、引退後は息子夫婦に家業を譲ってその見返りとして扶養されることを前提としていたことから、それだけでは十分に生活できる額でない額(1人月7万円弱)でもさほど問題にならなかったということです。

 さてそうした中、50年ぐらい前まで(この日本では)95%の人が結婚し、男性は望めば正規雇用者になることができ、女性は望めば正規雇用者と結婚でき、自営業者は保護されて順調に息子夫婦に家業継承ができた。そして、そのような時代であったからこそ、この制度はうまく機能したと氏は話しています。

 一方、家族においても雇用においてもリスクが高まっている今、この制度からこぼれる人が増えているというのが現状に対する氏の認識です。

 結婚して夫の厚生年金で暮らしたいと若いときに思っていても、未婚や離婚でそれが期待できない女性が増え、結婚相手によっては厚生年金も遺族年金も存在しない。正規雇用に就けなかったり辞めたりするケースや、離婚して年金分割するケースなどもあり、老後に十分な厚生年金が受け取れない人も増えると氏は言います。

 自営業も跡継ぎがいなければ、家業を譲る見返りに子どもに扶養されることはできない。こうして、引退後の生活の見通しが立たない人が増えていくということです。

 単身高齢世帯増大の裏側には、従来の年金制度では十分に包摂されない(このような)人々の増大があると氏は指摘しています。そして、この事態は皮肉なことに、未婚化や少子化、離婚の増大に結び付く。たとえ結婚しても、配偶者の収入が不安定だったり離婚されたりすれば老後生活が厳しくなると思えば、そうしたリスクを避けるため結婚相手の選択に慎重になる。しかし十分な収入を得られそうな若者(優良物件)の数は減少していて、若者の不安を益々搔き立てるといった「負のサイクル」ができてしまっているということです。

 老後を迎えたときに、未婚でも離婚・再婚していても、非正規雇用やフリーランス、自営業でも、子どもがいてもいなくても、人並みの生活ができるようにすべきだと、山田氏はこの論考の最後に提案しています。そして、そのためにもまず、今の年金など社会保障制度を「個人単位」に抜本的に構築し直す必要があるというのが氏の見解です。

 さて、政府が国民向けに投資と資産形成の重要性、特にNISAだとかiDeCoだとかの投資優遇策のPRに力を入れているのにも、おそらくそうしたリスク軽減の意図があるのでしょう。

 政治的な影響力の強い高齢者の手前、年金制度などにはそう簡単に手を付けられない。ならば、現役世代一人一人の自助努力に期待するといったところでしょうか。

 それでも(山田氏も言うように)、社会保障の見直しは急務ではないかと私も思います。そうしなければ若者は不安の中で、ますます結婚や出産に慎重になり、少子化が深刻化するに違いないと話すこの論考における氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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