瑞穂のラグビー好き

ラグビーをみんなで盛り上げましょう

交流戦ってご存知ですか?

2005年11月28日 | 思い出話
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 かつて関東の大学ラグビー界は、伝統を重視する対抗戦グループと
実力重視のリーグ戦グループのがお互いの立場から対立していた時代
があり、今のシステムにつながってます。
 何年前から今のシステムの大学選手権に変わったか把握してません
(すみません勉強不足です)が、変わってないのは勤労感謝の日の
早慶戦と12月の第一日曜の早明戦位です。

 かつて明治は北島監督が健在で率いられていた頃は、ラグビーで正月を越すか
どうかが大きなテーマの時代でした。当時の大学選手権は8チーム、関東4、
関西2、関西+中京で1、九州1でした。

 その関東4チームを決める戦いが12月半ばに実施されていた交流戦です
対抗戦グループの1位~4位とリーグ戦グループの1~4位をタスキ掛けし
対戦し、勝者のみが大学選手権に進める厳しい関門でした。私が知っている
’84年頃は対抗戦グループが圧倒的に強く、リーグ戦の1位が対抗戦の
4位に負けることも多々あった様に記憶してます。

 ラグビーマガジンが出る月末には交流戦の結果が出ており、明治が交流戦で
勝てなかった時の北島監督は「正月が寂しい(ちょっとちがうかな)」と
記憶してます。

 その後1回戦が年末、1月2日に国立で準決勝2試合(NHK生中継)が
年末年始の風物詩ですね。(一時期システムが変わりましたが、また戻りました)
その後大学チャンピオンとこれまた全国社会人のトーナメントを勝ち抜いた勝者
との日本一決定戦が1月15日(当時は成人で祝日)、着物を着た女性が多く
国立をあでやかにしていたのを思いだします。
 
 ラグビー人気は負けたら終わりのトーナメントが取り上げられたことが人気に
なったのかもしれないです。トップリーグの創設は、ラグビーに携る人々に
取っては高いレベルの試合を行うことによるレベルアップの願いが詰まってい
ますが、一般の方にとっては分かりにくいシステムなのかもしれないですね。
(でもリーグ戦中に、ナビスコ杯を実施するサッカーに比べたら分かりやすいと
 思いますが、人気で負けているのであまり言えないですね

 さて今年の大学選手権もほぼ組み合わせが固まってきました。そのうち
トップリーグと同じようにプレビューしますので、みなさんの予想と一致するか
楽しみにして下さい