
なおも後任の国司様のお邸でのお接待はつづきます。飲めや食えやの大騒ぎ、大判振る舞いして従者にまでご褒美のものを与えて「ご主人様」しちゃったそうです。
漢文の詩も朗読されました。和歌は、主人も客も、その他の人も、みな詠み合いました。
漢文の詩は私には書けません。(女ですもの

和歌なんですが、新任の国司様が詠んだのはこんな感じ。
都出でて君に逢はむと来しものを来しかひもなく別れぬるかな
(現代語訳)都より 君に会わんと 来たものを もうお別れですか あっけないんだよね
と詠めば、帰京する貫之様が詠まれたのは、
白たへの波路を遠くゆきかひてわれに似べきはたれならなくに
(現代語訳)
はるばると 波路を超えて ゆきちがい 帰京されるべきは あなたでもあるはずよね (あなたもしばらく頑張ったらきっと・・・・)
他の人が詠んだものもありますが、たいしたものはありません。
とか何とか言って、新任の国司も、前の国司もともどもに庭に下りて、今のご主人様も前のご主人様の貫之様も、手を取って酔っ払ったまま、お互いの将来を祝して、それぞれお別れしました。

「大変だったよね」「そうね、でもあなたも頑張ってね」と、和歌で言い合っています。やっとここで私の好きな和歌が出てきました。
やっぱり土佐にやられるのは左遷的扱いだったのでしょうか。新任の国司は、来たばっかりなのにもう帰りたそう・・・
京より土佐の方が私はずっと好きだけどなあ、魚もあるし、ラミーせんべいもあるし。
お酒にまかせて、お互いの本音を歌に出しているんですが、貫之様の歌の調べはうっとりするものがありますね。さすがです。何度も詠んで「いいなあ」と思っています。
他のものも和歌をよみあったと書いてあるので、今のカラオケか、ツウッイターぐらいの感覚で、軽くダレでもよめちゃったんですね。
「ご主人様」しちゃいました、と訳したところは原文では「あるじす」という動詞で、「饗応してもてなす」、という意味だそうです。
この言葉はなかなか便利そうなので、宴会で大判振る舞いするときに「今日は私があるじするからね!まかせといて」とか、「今日は課長があるじするって!ワーイ」とか、今でも使ったらいいのではないかと思います。