1月26日(木)
テレビが壊れたので、今朝早速に連絡を、と思いながら外を見る。
周辺の家々の屋根はたかだか数センチの積雪なのに昨日の朝と全く変わってない。
南側の家々の、見えるのは北側の屋根だけだから余計そうなのだろうけど、とにかく雪が解けない。十数年に一度、こういうことが起きる。
一週間ほどバイクでは通勤できない、なんてことも経験した。もう隠居だから関係ないけど。
ということは路面も同じこと。
新聞配達や早朝出勤らしいタイヤの跡はあるが、雪が踏み固められただけで、アスファルトの路面は全く見えない。積もった雪がそのまま凍り付いてしまっているということだ。
散歩だって昨日と同じく、無理。そんな状態で電器店に連絡を入れる?わざわざ事故を招くようなもの。そこまでして直してもらうこともない。
というわけで、今日もテレビはない。
しかし、テレビのない中で食事をしてみると、随分中身の薄い時間を過ごしていたんだな、と分かる。
早い話、御飯と真面目に向き合って食べることができる。
そうでなくても本を読みながら食事ができる。行儀が悪いと言わば言え。テレビを「見ながら」よりも、本を「読みながら」の方がよっぽど良い。
朝食を摂る。10時を過ぎていたと思うが、後の時間の方が長い。テレビがないからだ。
かと言って二階に行ってまで見ようとは思わない。
「どうしても見たいものだけ書き出してみるか」と思いついた。
ただ、深夜映画や同じく大方は深夜にやっているアニメは諦める。二階の小さなテレビには録画機能がない。
幸いなことに楽しみにしていた「スパイ×ファミリー」「呪術廻戦」「チェンソーマン」等は終わっている。深夜映画は滅多に「これは!」というものはない。
書き出してみて驚いた。見たい番組は僅かに5本。それも木土に集中している。家計簿やダイエット記録を書くよう推薦される理由が分かるような気がする。
目先のことを克明に記録することによって、却って全体の流れが分かり、振り回されないようになる。「神は細部に宿る」、だな。
2時間も3時間もかけて微に入り細を穿った説明を展開するワイドショーを片手間に見たって、振り回されるだけで、とてもじゃないけど「分かった!」とはならない。
これは却って好都合なのかもしれない。実際に今日は読みさしの本を読みながら朝食を摂ったし、晩御飯なんていつもより遅い7時だったのに、後片付けをしてからでも十分、日記を書く時間が採れる。
取り敢えず、暫くの間は実験的にリストアップした番組だけを見ることにしようと思っている。