水川青話 by Yuko Kato

時事ネタやエンタテインメントなどの話題を。タイトルは勝海舟の「氷川清話」のもじりです。

・輝くようなベネディクト記事 英の人気コラムニストがご両親宅を訪れて 

2013-05-13 02:09:04 | BBC「SHERLOCK」&Benedict Cumberbatch

 Caitlin Moran。英タイムズ紙の超人気コラムニスト。近著「How to be a Woman」はイギリスでベストセラーに。かなり早くから超『シャーロック』押し。彼女がぐいぐい『シャーロック』を絶賛する記事の一部が、シャーロックやホームズ関連商品の惹句に使われている、そういう存在。私はかなりファンです(ちなみに彼女のファーストネームは、「ケイトリン」と読まれることが多いけど、本人は「Catlin=キャトリン」だと言っています)。

彼女は5月2日のStar Trek Into Darknessのロンドン・プレミア会場にもいました。たまたま、本当にたまったま、(会場の隅の方にいた)私の目の前で、ベネディクトと「やあやあ!」みたいな感じでお互い嬉しそうにハグハグしていました。

仲良しなんだなあとこちらも嬉しくなるその様子を見て、このプレミアのことも何か記事を書くのかなあと楽しみにしていたら、ベネディクトの両親宅に招かれたようだという情報がぐるぐるっと回ってきました。なのでますます記事を楽しみにしていたら、5月11日付のThe Times Magazine (本紙タイムズの付録冊子)にこの記事が。

What’s not to love about Benedict Cumberbatch

訳しにくい見出しだけど、直訳すれば「ベネディクト・カンバーバッチを大好きにならないわけない」とかそういう意味。

素晴らしいです。私が今まで読んだベネディクト関連の記事で、まぎれもないベスト。彼の人となりを温かく表現していて、1本の記事に新しい発見がぎっしり詰まってる。しかも、美しい田園地帯にあるご両親宅を訪れてのインタビューだからか、文章からはイギリスの春の日射しがきらきらとこぼれるかのよう。そして描き出される心象風景は、少し切ないくらいに美しい。

内容もさることながら文章そのものもとても美しいので、本当なら全文訳したいところですが、まさか新聞記事を許可なくそういうわけにもいかず。ましてタイムズ記事はオンライン版も有料なので。なので、要点の抜粋紹介にとどめます。あと、ベネディクトがいかに『シャーロック』をきっかけにスターダムに駆け上がっていったかなど、彼が置かれている客観的状況についての説明は、これを読んで下さるような皆さんはすでにご存知なので割愛します。記事は一人称なので「私」とはキャトリン自身のことです。私・加藤のコメントは【かっこ内】で。

 

○ ベネディクトを取材するにあたって、両親宅で日曜ランチを一緒にしないかと招かれた。ロンドンから電車で1時間くらいの郊外にある最寄り駅からタクシーに乗る。乗りながら、去年の夏になぜか発生したベネディクトに対する「ポッシュ・バッシング」騒ぎを思い出し、あれはなんだったんだろうと不思議になる。ところが、タクシーの運転手に「ここだよ」と降ろされた目の前には巨大な豪邸があり、「え、やっぱりすごいポッシュ(上流階級)だったの?」と驚く。どう入っていいか分からないので、入り方を尋ねようと、近くにある(かつては小作人用住宅だったはずの)小さいコテージに向かう。するとその入り口にベネディクト・カンバーバッチが立っていた。よれよれの紺色コーデュロイスリッパを履いて。「私」が近づくのを面白そうに見ていた。近づくと、「ケイト・モスの家で何してたの?」と。

○ 正真正銘の労働階級出身のケイトは、大成功を収めて豪邸に住んでいる。対して、息子をハロウ校にやったがゆえに「ポッシュ」と言われてしまうカンバーバッチ家は、その隣の小さい家に住んでいる。低い2階建てで、上と下にそれぞれ小さい部屋が3室ずつある。身長6フィートのベネディクトの頭がついてしまいそうに天井は低く、あらゆる表面は本と家族の写真と、(母ワンダ・ヴェンサムお気に入りの)フクロウ・グッズで埋まっている。

○ ヴェンサム—カールトン—カンバーバッチ一家のもてなしは、とても温かい。お父さんのティモシーは庭から(膝に泥をつけたまま)入ってくるなり、たっぷりした飲み物はどうですかと勧めてくれて、とても強いジンをついでくれる。お母さんのワンダは日曜の昼食【イギリスではここで大きな肉のかたまりを焼くのが伝統的】を用意しながらでも、60年代にはいかにセクシーだったかうかがわせる。夫妻は未だに若い恋人同士のようにやりとりしながら昼食の用意をしている。

○ 両親が昼食の用意をしている間に、ベネディクトが家の中の案内をしてくれる。寄り道をしなければ1分もかからない広さだが、ベネディクトは寄り道が大得意なので、たっぷり20分はかかる。彼が12歳の時に両親が手に入れた家で、階段の壁にも子供時代の彼の写真がずらずらっと並ぶ。水着姿でギリシャの海辺にいる痩せたブロンドの少年は、当時まだ10歳。お母さんが海水パンツを降ろして息子のお尻にキスをしている写真もある。ちょうどそのころトランペットを習っていたので、何かと評判の口の形ははそのせいだと本人。

○ ベネディクトの寝室は小さくて花柄で飾られている。テーブルには小さい陶器があり、そこには「I Feel Pretty & Witty」と書いてある【訳注・『ウエストサイド物語』の曲のタイトル。「きれいで楽しい気分」】。「毎朝そう思うことにしてるの?」と尋ねると、「けっこうきれいな気分だしね」という答え。そこにお母さんが上がってきて、少し切迫した様子で「ともかく、この子に女の子を探してくれない? ロンドンに誰かふさわしい人がいるでしょう。お願い。孫が欲しいの」とキャトリンに迫る【bird=女の子というスラングをお母さんが使ってるのがすごく印象的】。「僕は大丈夫だよ」と息子は10代少年のように抗議するが、母親は「もうそんなに時間がないのよ」とぴしり。

○ 子供のころのベネディクトはあまりにいつも動き回っていて、どんなにたくさん食べさせてもガリガリにやせていたので、甲状腺の病気ではないかとご両親は心配していた。しかもあまりにうるさくて目立ちたがりなので、そのエネルギーを何かに向かわせなくてはと、演劇を始めさせた。『真夏の夜の夢』が初舞台で、「ベネディクトのボトムはみんなよく覚えてますよ」とお父さん。人気ミュージカル『Half a Sixpence』にも妻のAnn役で出たよ!と36歳のベネディクトが、10歳当時の自分の真似をして踊り始める。

○ 演劇はただの趣味ですむだろうと両親は期待したが、父親が出ているウェストエンドの劇場に連れて行かれたベネディクトは、舞台の袖でいきなり大きな声で、「僕も出たい! 僕も出たい!」とわめき始めた。実際に舞台に駆け出さないよう、抑えなくてはならなかったほど。「だってそうじゃないか」と今のベネディクトが「私」に。舞台裏みたいに不思議でワクワクする場所に連れて行かれて、子供なら当然じゃないかと。

○ ベネディクトは『シャーロック』のために「5:2ダイエット」を実施中。これは週7日のうち5日間は普通に食べて2日は1日500~600カロリーに制限するというもの。

○ おいとまするはずだった時間の1時間後にやっと食卓から別室に移動して、ベネディクトのインタビューを開始する。「ベネディクト・カンバーバッチをインタビューするというのは、滝をインタビューするのに少し似ている。実は質問には何も答えてくれないが、眺めは最高だ。わざと答えないのではない。絶え間なく、ひたすら、次から次へと答えて語ってくれるのだが、とどまる所を知らないのだ」。母親が嘆いたように、エネルギーの塊なので。その力を彼は、自分が演じる大きな、そして変わった人物たちに注ぎ込む。

【これから演じる役として、Caitlinは「ハムレット」と書いてるんだけど。そうなの?】

【ここらで放り出すように書かれてるんだけど、イソギンチャクにペニスを刺されたことがある???】

○ 『シャーロック』撮影中のベネディクトは翌朝7時半にブリストルの現場に入らなくてはならない。台本をめくりながら「この場面だけで40ページ。40ページ分の推理なんだ。基本的にモノローグで。それを寝るまでに覚えなきゃならない」。壁にかかった時計には、数字のかわりに鳥の絵が。「だから(このインタビューは)チャフィンチ半で止めなきゃならない。いい?」 

○ ハロウでは物真似が得意で、物覚えが良かった。両親にすさまじく愛されていたので、自分と世界について自信があったからか、いじめられなかった。一生ものの友人も作った。「とてつもなく幸せです」と学校から両親に手紙を書いたのは、本心だった。一度だけいじめられそうになったとき、「自分は自分に自信をもって幸せでいたいだけなのに」その相手のせいで不安でビクビクした気持ちになってしまったので、激怒した。怒りにかられてそのいじめっ子を壁に押しつけたら、相手はおどおどと謝った。

○ クラスで道化役を演じたのは、いじめられないようにではなくて、下級生に言うことを聞いてもらいたかったから。「笑ってもらったほうが、小さい子たちは時間通りに歯を磨いてくれる」。

○ 体の成長が遅いのが唯一の悩みで、心配のあまり医者に相談したほど。18歳になるまでは子供だった。ただ男子校だったので、実際に女の子と一緒にいるところを周りに見せなくてもいいのが助かった。みんな休暇中の武勇伝をでっちあげて嘘をつけばそれで済むから。自分は女の子についてはヒュー・グラント的で「えーと、おや、うーん、そうですね、えーと、あなたのそこを、ふむ、触ってもよろしいですか? おや、妙な気持ちになってきました」みたいな調子だった。だから自分の子供は絶対に共学にやるつもりだと。「女の子がどういうのかは分かったけど、どこにいるんだよ」という感じだった。

○ 初キスの相手はメアリー。11歳の時。水中で。それが初キスだと思う。それより先に学校のお芝居で男子相手にキスしたりしてなければ。

○ ハロウの最終年で「大麻と女の子と音楽」を発見して「ちょっとなまけて」、オックスブリッジ進学の可能性はなくなった。

○ 大学進学前のギャップイヤーにチベットで【と書いてあるけどご承知のようにそれはインドのチベット系仏教寺院で】英語を教えた。その資金作りにロンドンの香水店【Penhaligon's】で半年働いた。ベルガモットなどの「明るいシトラス系」が好きになった。ひどい風邪をひいた状態で俳優のリチャード・E・グラントの接客をしたことがある。香水Blenheim Bouquet(ブレナム・ブーケ)をプレゼント用に包んでいるまさにその時、恐ろしいことに、包装紙の上に鼻水がぽたっと垂れたと。

○ インドで高山病で死にかけた話。「星が稲妻に変わる夢を見た」と興奮した調子で語るそのとき、激しい鳥の鳴き声が部屋中に響き渡った。「Sh**、s***」と今のベネディクト。壁の時計はとっくに「チャフィンチ半」。インタビューが「メンフクロウまで続いたりしたら、今晩中にブリストルに着くのはもう無理だ」。

○ 2010年7月の「シャーロック」放送開始から生活が一変したはずだが、それがどれだけ異様なことか、象徴的な話を何か聞かせてと頼むと、じっと1分近く考えこんだ後(そんなに長いこと彼が黙っていたのはこの日初めてだった)、「ゴールデン・グローブ」と言った。メリル・ストリープがやってきて『シャーロック』のファンだと絶賛してくれたんだと。テッド・ダンソンに「うわあ、シャーロックだ!」と言われ、ジョージ・クルーニーからはスターダムにどう対応すればいいかアドバイスをもらったと。

○ 『August: Osage County』でメリルと共演したときのこと。共演者全員、彼女相手に演技できなかった。あまりに素晴らしいので、ついつい観客目線になってしまうから。

○ 去年11月の米大統領選の夜、オクラホマのマリオットホテルで、メリルたち『August』の共演者たちと開票速報を見ていた。オバマがリードするたびに、みんなで大声を出して喜んだ。最後までずっと見ていたのは自分とメリルで、オバマ勝利が決まったとき、メリルと「フィストバンプをしたんだ」。【アメリカ政治オタで大統領選ウオッチャーの私には、ここが、本当に嬉しいです】

○ 最後に「ここで演技して」と「私」は頼む。まず「スタトレの悪役。えーと、サイモン?」「ジョン・ハリソン」。ベネディクトの髪が天井につきそうなほど天井の低い、ピーチ色の小さい部屋で。

【たまたま前に友人と「桃色」と「ピーチ色」の違いを話題にしたことがあります。ピーチ色とはこういう色です】

窓の向こうには庭で膝をついて作業しているお父さんが見える。水仙が風に揺れている。家にはまだ日曜ランチの匂いが漂っている。ジーンズとスリッパとヨレヨレのTシャツ姿のまま、ベネディクトが演技を始める。そしてそのまま、スピルバーグやストッパードやメリル・ストリープの目に留まったものが、見える。彼がシャーロックやパレーズ・エンドでやったことが、見える。大きくてワサワサして落ち着きがなくまとまりのない子供が、急に集中する。輪郭が鮮明になる。「痛いくらいに。明るく、くっきりと。そしてまったく別の存在になる」。

「もうひとつやって。ドラゴンをやって」と「私」はさらに頼む。すると「彼は何も言わず、ただ息をし始める。ドラゴンとして。洞窟で息をするドラゴンの音を出し始める。首が伸びる。手が伸びて、見えない何かをつかもうとする。その先には爪がある。はっきりと」。

○ 5月2日のレスター・スクエア。徹夜して待っていた『スター・トレック』ファンの女性は「みんなスター・トレックのことなんかどうでもいいの。彼のために集まってるだけ」と忌々しげにベネディクトを指差し、その場を立ち去る。「ベネディクト、妊娠してるの。あなたの子よ」と書いたポスターを振る女の子もいる。みんな彼の名前を叫んでいる。しかも正確に。「狂ってるね」と本人はその場の状況について冷静に言いながら、キャプテン・カークの衣裳姿で泣いている女の子にサインをしている。

○ 5月3日午前3時。チェルシー「Aqua」でのアフターパーティー。ずっと人に囲まれて、これから君の人生は決定的に変わるよと言われ続けていたベネディクトは、「もうしゃべるのを止める」とダンスフロアで踊りはじめる。ミラーボールの下、80年代のゲイ讃歌が響き渡る中。


○ プレミアの数日前。インタビューを終えて電車に乗ったばかりの「私」に、ベネディクトからテキストメールが来た。あれもこれも話せなかったと。シンプソンズのこと。新年をニューヨークで迎えたこと。アイスランドのこと。

"I’ve seen and swam and climbed and lived and driven and filmed. Should it all end tomorrow, I can definitely say there would be no regrets. I am very lucky, and I know it. I really have lived 5,000 times over.”
(僕は色々見た。泳いだ。登った。生きた。運転した。撮影した。たとえ何もかも明日終わったとしても、これははっきり言える。心残りなんかない。僕はとても幸運で、そのことは分かってる。本当に5千回分は生きたと思う)

 


追記。これ以外にも、「へえそうなんだ」という情報は色々書いてありますし、キャトリンの描写そのもの、使う表現のひとつひとつもとても味わい深い。全体として彼女が描き出す「ベネディクト・カンバーバッチという存在」はうねりのある物語になっています。素晴らしいです。