あのね!あまねがね!

ねこの『あまね』成長記録。連れずれなるままの日常日記の自分へのメモ残し

1971年 その1 1位~25位

2015-07-26 10:13:31 | アルバム ジャケット
アイドル歌手の先駆けとして南沙織、小柳ルミ子、天地真理が揃ってデビューした。
特に小柳ルミ子は、デビュー曲でいきなり大ヒットしてミリオンを達成、日本レコード大賞新人賞を受賞。
尾崎紀世彦の「また逢う日まで」が日本レコード大賞を受賞した。
また、日本テレビ「スター誕生」が放送開始しました。 

■ 1位 わたしの城下町 (小柳ルミ子) 110.3万枚

1970年宝塚音楽学校を主席で卒業。
この年、NHK連ドラ「虹」で女優デビューした。
そして、この曲で歌手デビューをした。160万枚の大ヒットを達成し一躍注目を浴びた。



■ 2位 知床旅情 (加藤登紀子) 102.7万枚

東大在学中に日本アマチュアシャンソンコンクール優勝。
1969年「ひとり寝の子守歌」、そしてこの「知床旅情」で2度、日本レコード大賞歌唱賞を受賞している。



■ 3位 また逢う日まで (尾崎紀世彦) 92.8万枚

この曲がミリオンヒットとなり、日本レコード大賞と日本歌謡大賞のグランプリをW受賞し一躍脚光を浴びた。
立派なもみ上げがトレードマークで、そのダイナミックな歌唱力から「和製トム・ジョーンズ」と称された。
残念ながら2012年に69歳でお亡くなりになっています。



■ 4位 傷だらけの人生 (鶴田浩二) 77.8万枚

東映の任侠映画シリーズを高倉健とともにヒットさせたトップスター。
左手を耳に添えて歌う独特のスタイルはよく知られているところである。
残念ながら1987年に62歳でお亡くなりになっています。



■ 5位 ナオミの夢 (ヘドバとダビデ) 66.6万枚

第1回東京世界音楽祭にイスラエル代表で出場しグランプリを獲得したのがこの曲。
イスラエルでコーヒーのCMソングだったそうです。
もちろん日本語で歌っている筈が無く、東京に1週間滞在中にヘブライ語の歌詞を日本語に変えてレコーディングしたそうです。




■ 6位 よこはま・たそがれ (五木ひろし) 60.5万枚

デビューして5年間売れず、歌手生命の全てを賭けて挑んだ「全日本歌謡選手権」で10週連続で勝ち残りチャンピョンとなり、賞品の「レコードを出す権利」で発表したのがこの曲。
このヒットにより、スターの道へと歩き出した。
マイクを左手で持ち、右手は拳を握り締め、腰をシェイクさせてリズムを採る独特の歌唱スタイルは「モノマネ」の対象となりコロッケさんを一躍有名にした。



■ 7位 花嫁 (はしだのりひことクライマックス) 60.5万枚
フォーク・クルセダーズの解散後に、はしだのりひこが作ったグループのひとつ。



■ 8位 雨のバラード (湯原昌幸) 55.4万枚

この曲は、ソロデビュー前に在籍していたバンド「スウィング・ウェスト」時代の曲のリメーク版である。
累計120万枚の大ヒットを記録し一躍歌手として脚光を浴びました。



■ 9位 望郷 (森進一) 54.4万枚



■10位 さらば恋人 (堺正章) 52.8万枚

1970年にグループサウンズ時代の終焉とともにザ・スパイダースも解散した。
ソロ歌手として活動を展開したほか、俳優、司会、コメディアンと他方面に活躍した。

1970年にスタートしたドラマ「時間ですよ」では、
樹木希林さん(ジュリーと叫ぶシーンで有名)、
天地真理さん(隣のマリちゃん)、
浅田美代子さん(屋根の上で歌うシーンが有名と思っていたら勘違い。
時間ですよは物干し台、寺内貫太郎一家が屋根の上だそうです。
尚、劇中歌の「赤い風船」はその後80万枚の大ヒットを記録した。)
らと共演し、人気番組となった。



■11位 17才 (南沙織) 51.1万枚

この曲がデビュー曲である。大ヒットにより一躍有名になる。
同時期にデビューした小柳ルミ子、天地真理らと共にアイドルの代表格であった。
一説には、日本初のアイドル歌手とも言われています。
実際1970、71年のブロマイド売上第1位であった。
御主人は写真家・篠山紀信さん。
次男はNHK「あさイチ」でレポータを務める篠山輝信さん。

カトリック信徒であり、英語名シンシア(月の女神)を愛称としている。
彼女のファンは著名人にも多く、羽仁進、泉谷しげる、大岡昇平、岩崎宏美、泉麻人、やくみつる、さくらももこ、よしだたくろうなどがいる。
よしだたくろうとかまやつひろしの楽曲「シンシア」は、南沙織に捧げた楽曲である。
現在、御年61歳ですが、いつまでもお若い感じで素敵にお年を召されています。



■12位 小さな恋のメロディ (ビー・ジーズ) 41.6万枚

映画「小さな恋のメロディ」の主題歌。
この映画は欧米ではヒットせず、日本でのみヒットした。
日本での人気は根強く、今でも定期的にサウンドトラック版は生産され続けているそうです。



■13位 二人の世界 (あおい輝彦) 41.2万枚

この人は、「あしたのジョー」の主人公「矢吹丈」として有名ではないでしょうか。
元々は、「ジャニーズ」の一員。
声の良さから声優、歌手はもちろん、俳優(水戸黄門助さん)でも大活躍されています。



■14位 さよならをもう一度 (尾崎紀世彦) 41万枚



■15位 京都慕情 (渚ゆう子) 39.3万枚

前年、ベンチャーズ作曲の「京都の恋」の大ヒットをうけての第2弾がこの曲。



■16位 霧の中の二人 (マッシュマッカーン) 37万枚

日本ではイントロ部分がカットされて発売。
日本で1位になった洋楽シングルの数少ない曲のひとつです。



■17位 ポーリュシカ・ポーレ (仲雅美) 36.1万枚

1971年TBSの木下恵介・人間の歌シリーズ第4作、「冬の雲」に出演。
ドラマ挿入歌のロシア民謡「ポーリュシカ・ポーレ」をカバーして歌い大ヒットとなった。
芸名と顔立ち、活動時期が似ていることから沖雅也と混同されることが多い。



■18位 雨の御堂筋 (欧陽菲菲) 35.1万枚

台湾の人気歌手だった彼女が、日本デビューしたのがこの曲。
いきなり売上136万枚の大ヒットを記録し一躍人気歌手となった。
この年の日本レコード大賞・新人賞を受賞した。



■19位 砂漠のような東京で (いしだあゆみ) 34.5万枚



■20位 走れコウタロー (ソルティー・シュガー) 33.7万枚

この曲は前年に発表されミリオンセラーの大ヒットとなった。
名前の由来がおもしろい。
メンバーの佐藤敏夫が大学進学で抜けるに際し、その名前をバンド名に残そうということになり、
佐藤敏夫→さとうとしお→砂糖と塩→シュガーアンドソルト→ソルティーシュガーとなったそうです。
しかし、池田さんが急死し、佐藤が1年間だけという約束で再加入。
そして、約束通り1年後の1971年に解散しました。



■21位 大勝負 (水前寺清子) 32.9万枚

前年(1970年)よりTBSのドラマ「ありがとう」に主演している。
このドラマは民放ドラマ史上最高の視聴率56.3%を記録した。
その後も数々のドラマ・バラエティに出演されている。



■22位 男の世界 (ジェリー・ウォレス) 32.7万枚

「…ウ~ム マンダム」
資生堂マンダムのCM曲として覚えている方が多いのでは!



■23位 雨がやんだら (朝丘雪路) 32.4万枚

宝塚歌劇団を退団後11PMのアシタントで人気を得る。
父(日本画家の伊東深水)の溺愛により、極端な世間知らずのお嬢様育ちとなる。
小学校の通学は養育係とともに人力車で通っていた。
結婚するまで自分でお金を払って買い物をしたという経験が全く無く、結婚してから買い物はすべて1万円札で支払っていた。
お釣りの千円札や硬貨はお金とは知らず引出しにしまいこんでいた。
また家事は一切出来ない。娘が乳児だった頃もオムツは家政婦任せであった。

お嬢様育ちのおっとりしたキャラクターと常識外れな発言で人気を集め、バラエティ番組に多数出演している。



■24位 ある愛の詩 (アンディ・ウイリアムス) 32万枚




■25位 ついて来るかい (小林旭) 31.7万枚



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