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南英世の 「くろねこ日記」

徒然なるままに、思いついたことを投稿します。

「聞く」ということ

2010年08月27日 | 日常の風景
 私は人前で話をするのが大の苦手である。元来が人見知りするたちなのだ。から、何か話をしなければならない時は、1か月以上も前から準備をする。もし、これを読んで、「そんなことはないだろう」という人がいるとすれば、それは「職業」として、話すことを意識的に努力した成果なのかもしれない。

ところで、話すこと以上に難しいのは「聞く」ことなのかもしれない。今日、宗教科のO先生から宗教教育研究会で配布された資料をいただいた。そこに「聞く」ということには5段階あるとあった。

 ①無視する
 ②聞いているふりをする
 ③自分にとって都合のいいところだけを聞く
 ④すみずみまで一生懸命に聞く ←学校の勉強
 ⑤他人事としてではなく、相手の立場に立って聞く

なるほど。いい教えをいただいた。

まさか・・・

2010年08月10日 | 日常の風景
 この年になると、いつ死ぬかもわからぬという思いからか、時に自分でも思わぬことを思いついたりもする。
去年の夏だったか、高校生のころ密かに思いを寄せていた人が大阪に住んでいることを偶然知り、どんな所に住んでいるのか急に行ってみたくなった。もちろん、自宅を訪ねる勇気などない。遠くからちょっとだけ見てみたい。それだけの話である。グーグルマップを片手にいそいそと出かけた。

 確か、看護師をしていたはずである。幸せに暮らしているのだろうか。そんなことを思いながら電車を降りて、暑い中をテクテク歩いて行った。駅からは随分遠い。30分くらい歩いたであろうか。近づくにつれ心臓がバコバコ高鳴り始める。偶然道端で出会ったらどうしよう、などというあり得ない想像をしたりもする。気持ちはすっかり高校生だ。

 ところがいくら探しても、その住所にたどり着けない。確かにこのへんのはずなのだが、それらしき家がないのだ。1時間ほども探し回っただろうか。
ようやく間違いなくその住所にたどり着いた。
しかし、そこにあったのは普通の家ではなかった。
なんとラブホだったのだ。
まさか…。
げー、ウッソー、ショック!!!------------

 これは何かの間違いだろう。
きっと転居して、その後に建てられたものに違いない。いやいや、ラブホの経営だって立派な職業だ。さまざまな思いが脳裏をかすめる。

 目の前に流れている大和川の河川敷にしばし腰を下ろし、気持ちを整理する。もちろん電話番号もわかっている。電話をすれば確かめられるのかもしれない。しかし、その勇気はない。

 家に帰って、家族にこの話をしたら大笑いされてしまった。そして、娘が言うことには
「お父さん、私が代わりに電話をしてあげようか」だって。
いやいやありがとう。何でもかんでもわかればいいというものではない。世の中には、よくわからないことのほうがいいこともあるんだ・・・・・
 いまだに真相は謎である。