日本海に米第7艦隊が百隻近く集結したことを羽田首相は知らないでいた・

古沢襄
1994年の繰り返しか? 
・・・北朝鮮は核を放棄しないという政策転換の兆しがみえる。チベットはじめ少数民族の叛乱を押さえることに汲々としている中国には、北朝鮮を押さえる意志が感じられない・・・・

政治改革を旗印にして日本は細川政権、羽田政権と目まぐるしく国内政局が動いたが、この時に北朝鮮情勢をめぐって米朝関係は一触即発の状態にいっていた。

日本海に米第7艦隊が百隻近く集結したことを羽田首相は知らないでいた・・・
ペリー国防長官はクリントン大統領に「全面戦争になった場合、死者は百万人、米国人も八万から十万人が死亡、米国が負担する軍事費用は1000億ドル」と報告している。ワシントンとソウルが緊張状態にあった時に東京はまったくのツンボ桟敷。
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