以前、ハリネズミの物語の話を書きましたが、あの話しは有名な話しなんだけれども、自分の中ではあまりよくわかっていなかったんです。
けど、注意深く考えたらこんなことかなと漠然とですがわかりました。
それは寒い冬やまでお互いを愛し合っているネズミがいて、寒いので暖めようとしてお互いを傷つけてしまう。それを何度も何度も繰り返してしまうという話ですけどね。
自分がハリネズミだって知っていたら傷つけてしまうことは当たり前なのに、どうして傷つけてしまうのだろうって考えてた。
人間同士ならハリというものは言葉なのかなって思うんです。
言葉や態度で相手を傷つけてしまう。だけど愛し合っている複雑な心境。まさにこれって恋愛ですよね。じゃあ愛ってのはどんな風に接するだろう?
愛ってのは「荘子」が知っていました。
恋愛は愛し合っているとき自分の肌と相手の肌が触れ合っていないと不安になっちゃうんだよね。けどほんとうに愛し合っている者同士は思いが一致しているから、どんな状況でも落ちついていられるの。
たとえ距離が離れていても不安にならないのよ。
親しき中にも礼儀ありってことの距離じゃない。人間として愛するものとつながりあって生きていたいっていう思いの距離は近ければ近いほど、熱く感じることができるんだけど、離れていても思いが一致していれば、安心なんだよね。
思いが一致するってのはしっかりと結ばれた状態です。どんなに遠く離れていても繋がっている状態です。思いが一致しないから思いが離れてしまってね。寂しい思いをするのだから。思いがつながっていたら反対意見でも争いはないよね。
もし、心を残さず語り合って、おたがいの心がいつも同じに結ばれていくなら、ただ黙って向かいあっていても、心は自然に暖かくなってくるんだ。
体が寒いんじゃなくて心が寒いんだよ。だからみんな寒い同士があっためあって生きてる世の中だよね。
宇宙の親神様はいつもあったかいんだけどね。僕たち肉体を持った子供はさ。親の愛の心を受け取れなくて寂しいんだよね。肉体の親とのつながりばかりクローズアップされてるけどね。本当は肉体を持たないけど、見えない親と肉体の親以上につながっているから寂しくはないんだって気がついたら、誰も不安になんてならないんだなぁって考えた。
そだよ。誰も不安になんてならないんだよ。つながっていることがわかればね。つながっていることがわかったら、今度は次の人につなげていくんだよ。みんなは誰かにつなげていく役割があるんだよ。
その役割を果たしてね。
そして、つなげていくんだよ。