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初夏の上野散策:東大病院鉄門から岩崎邸前まで

2012年07月11日 15時47分11秒 | 台東・上野周辺


約10年ほど前の東大病院と言えばどの建物も古くてボロボロだった印象がありましたが、この10年間で見違えるほど病院そのもののイメージが変わったと思います。新しい入院棟の建物が出来たのもそうですが、独立行政法人化がなされて病院内にコンビニや喫茶店、新しいレストランが出来たりと単なる病院の枠を超えた場所になっていました。




新しい入院棟の正面玄関から外に出ることにします。この正面玄関は「夜間・休日救急入り口」と併設されていました。実際に歩いていたときは良く観察はしていなかったのですが、一切の段差がなくしてあるなどバリアフリー対策が採られていました。




ロータリーから鉄門を通って無縁坂へ向かう際にこの案内板を発見しました。「加賀藩本郷邸内石積地境溝築石」といい入院棟地点の発掘調査により出土した江戸時代の石積地境溝の築石が保存されていました。




外来診療棟と入院棟の間にある「中央診療棟1・2」周辺は人通りも少なくて閑散としていました。中央診療棟1・2は旧中央診療棟を取り壊してその跡地に建設されました。




東京大学の「鉄門」が見えてきました。医学部附属病院中央診療棟南側に、1879年から1918年まで存在していた門です。1918年に鉄門の外側の民有地を大学が購入し、大学の敷地を門で区切っておく必要がなくなったため、撤去されました。現在ある鉄門は、2006年5月31日に同位置に再建されたものです。なお、現在の正門が設置されるまでは、鉄門が本郷キャンパスの正門とされていました。




2000年代の初頭によく東大病院周辺に来る機会があったのでここの道路を歩いたことがありましたが、ある日突然塀があった場所に新しい門が出来ていて驚いた記憶があります。確かにこの門があると竜岡門まで遠回りせずに東大の敷地内に入ることができるので便利と言えば便利です。




小さな門に見えますが人間や自転車はもちろん自動車も通れる設計になっています。東大病院が目の前にあるので電動車いす等も通れるようにバリアフリー対策がなされていました。門周辺をしばらく観察していたところ、東京大学の学生さん等が自転車に乗って門の中へ入って行きました。




鉄門から不忍池方面にはまっすぐな下り坂が続いていて「無縁坂」の名前が付けられています。以前の記事でJR上野駅から東大病院までタクシーで来た時に、運転手さんが裏道で来たお話をしたことがありますが、不忍池前からこの無縁坂の上り坂を一気に上り切って竜岡門の前に出てきたのです。当時は鉄門が再建される前でした。




そういう意味では鉄門が再建されてすごく良かったなと感じています。「無縁坂」は不忍池のほとりから湯島方面へ伸びている坂のことで、坂の途中には岩崎庭園跡地や坂の名前の由来となっている無縁寺(現・講安寺)が存在します。坂上にあるのが東京大学の鉄門です。




鉄門の由来は古く、東京大学の前身の一つである江戸時代の種痘所「お玉が池種痘所」に遡ります。種痘所の門扉は厚い板を鉄板で囲い、鉄板の間を頭の丸い鋲釘で打ちつけ真っ黒に塗ってあったので、江戸の人々は種痘所を「鉄門」と呼んでいたそうです。




天然痘を取り扱う研究施設なので、当時は近寄りがたかった雰囲気があったのかもしれませんね。




無縁坂を鉄門前から不忍池方面へ歩いていきます。この坂は不忍池方面から湯島方面への一方通行となっていて、タクシーが頻繁に坂を上って竜岡門へ向かっていました。やはりJR上野駅やJR御徒町駅からタクシーで東大病院へ向かうのに、この無縁坂を上るルートというのが最短距離なのかもしれません。




しばらく坂を下ると明治時代を彷彿とさせる赤レンガの塀の敷地が見えてきました。これが「東京都立旧岩崎庭園」です。この庭園のご紹介は次の記事です。




古びた赤レンガはまったく補修されておらず、おそらく戦前からこのままなのではないでしょうか?




この無縁坂からは東京スカイツリーがよく見えることで有名なのですが、この赤レンガの塀に気を取られて撮影しそこなってしまいました(><)




鉄門を出て不忍池方面へ少し歩いた場所が中心点です。「鉄門」がある場所は地図の「設備管理棟」という文字の右側の直角カーブがある位置です。

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