北山・京の鄙の里・田舎暮らし

北山、京の北に拡がる山々、その山里での生活を楽しんでいます。

美山学で見たもの

2015-11-02 20:04:33 | 歴史・社寺・史跡など

11月28日は美山学に参加させていただき、何箇所を訪れ、またお話を聞かせていただきました。当日の報告とまでにはいきませんが、当日の写真を少し載せてシェアします。あくまで我が個人的な関心事でございます。

美山学も今回が第七講とのことです。当日フィールドは大野地区で、案内役は美山町誌や大野誌の編集にも関わられた東慧氏です。



まず行ったのは大原神社。今年平成27年8月23日の午後、台風15号の余波で、本殿裏の幹周り約3m、高さ40mの杉の大木が倒れ、本殿の1/3が損壊し、拝殿は全壊してしまってました。鎮守の森のなかでも杉の木は根が張っていないので調査しないと、と参加者も自分たちの神社の事を気にしてられました。



大原神社は古くは丹波でも有数の神社で、由緒等などいろんな話がありますが、書き出すとキリがありません故、今回はパスです。

次に訪れたのは大野・小渕にある、宝泉寺。ここの太子堂は京都府と南丹市が文化財に指定されていて、当時の切れ者大工といわれ、舞鶴の松尾寺の本堂を再建した,宮津の富田河内守藤原盛常や舞鶴・綾部・和知の大工さん達が建立したそうで、その内部は支輪小組格天井や彫刻も素晴らしいものでした。この太子堂に惚れ込んで、京都府に登録文化財として選定して貰うように調査して働きかけられた東さんの説明にも力が入ってました。



お隣の薬師堂や本堂で涅槃図なども見せていただきました。

このお寺はもともとこの裏にある長老ヶ岳にあったものが里に下りてきたそうです。次に行った川谷の行福寺や鶴ケ岡の?寺などもそのように伝えられているそうです。

この後、三埜は川谷にある行福寺へ移動、持参の弁当(私は東さんに用意して頂きました)をいただきながら、文化財やよもやま話に花が咲きました。

ここでは立派な大日如来像や涅槃図その他を見せていただきました。

最後に大野屋に集合、振興会の教室で座学です。大原神社やカラス田楽、文字権左衛門さんの話や文化財の保護など、多岐にわたる話を聞くことが出来ました。

大原神社の摂社、川上神社の神事、からす田楽、で使われる太鼓とピンザサラをこの時に見せていただきましたので載せておきます。いずれも歴史を感じさせてくれます。太鼓などあと何年持つかなと心配してしまいます。



からす田楽のピンザサラ


私はこの「からす田楽」はまだ見たことがないので、来年の10月10日は予定に入れておかないと...

東さん、仁清のことは触れないでおかれないはずと睨んでいたら;

お盆の8月15日に行われる「夢陶路」(地元の人達自作の陶器製の灯籠に火が灯されます)の話題になりました。その写真と、



野々村仁清のイメージキャラクター、「にんさま」の写真を載せておきましょう。そのうちに、にんさまのゆるキャラが登場するのではとの予測もなりたちますね(^_') この「にんさま」、花咲かじいさんみたい、との声も上がっていますが(^_')東さんの腰が曲がり始めた頃にはご本人がぬいぐるみの中に入ってあちこち歩き回られることでしょう。






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