知り合いのイエメン人宅で夕食をご馳走になったときのことである。
私は左利きなので、いつものように何気なく、左手でパンをちぎったり、スプーンを持ったりしていたのだが、それを見た女主人が、「左手は不浄な手だから、使わないほうがいいわよ、がんばって右手だけで食べるようにしてみて!」と言い出し、その日は左手を使わずに食事する羽目になってしまった。
イエメンでは(他のアラブ諸国でも基本的に同じだが)左手は、トイレで用を足した後、急所を水で洗ってキレイにするのに使う、不浄な手である。アラブのトイレはたいてい、手動のウォッシュレットなのだ。紙を置いているところもけっこうあるし、私は普段ティッシュペーパーを持ち歩くようにしていたけれど。
実際にやってみたことのある人には分かると思うが、利き手を使わずにゴハンを食べるのは非常に難儀な作業である。私のように、もともと不器用な人間であれば、なおさらのこと。パンをちぎりそこね、スープやおかずをこぼしまくり、スプーンを取り落とし…女主人はそんな私をにこにこ眺め、「がんばって!」と暖かく激励するのだった。ああ…。
その晩、私はベッドの中で考えた。
「郷に入れば郷に従え」という諺があるが、外国人はどの程度まで、その国の文化に合わせる必要があるのだろうか?いつもいつも相手の習慣に合わせていると、疲れてストレスがたまるし、かといって、自分の国にいるかのように好き勝手に振舞うと、不用意に相手の感情を害してしまう。その中間を行く、自分なりの折衷案を見つける必要があるのだ。
検討した結果、「イエメン人の家で食事するときは、左手を使わずに食べる、それ以外の場所(寮の台所とか、レストランとか)では、いつもどおり左手を使って食べる」ことに決定した。でもこれは私のやり方で、あんまりおススメ出来ない。左手を使わずにすめば、それに越したことはないのである。
そんな私は、日本に帰ってきた今、箸の使用に悩まされている(最近はだいぶ上達したが、エヘン)。スムーズに食事をするのって、本当に難しいことである。口を開けたら、食べ物がテレポートして、勝手に入ってきてくれないだろうか、と時々夢を見る...。