18世紀のイギリスは、海外に広大な植民地を持っていました。
広大な世界市場には商品の需要があり、その結果、手工業では供給に間に合わず、手工業に変わる各種機械の発明が始まりました。
そして、イギリスで始まった“産業革命”は、それまでの人間の“手”で行う生産システムを工場にて“機械”で生産するシステムに置きかえました。
しかし、実際には、外観は手工芸品であるかに見える商品が工場で模倣して製造されるに過ぎなかったのです。
と言うのは、当時、職人が丹念に作っていた製品とまるっきり同等のものを機械化して作る技術はまだありませんでした。
極論すると粗悪品の大量生産をしていたとも言えます。
又、産業革命により一部の中世の職人たちは単に工場で働く労働者となり、伝統的な技術と誇りを失っていく事にもなり、結果、ものづくりは、無教養な製造業者に委ねられていたと言っても過言ではないかと思います。
さて、手作業なら、それにふさわしい構造、架構法があり、結果として形態が出来上がります。
構造はその構成美を演出し、手の込んだ造形や装飾に職人ひとりひとりの心がこもります。
一方、工場であれば、製品の形態やその構造が過度に複雑でなく、シンプルに構築されていればこそ、短時間で製品を大量生産できる生産システムのメリットが最大限に活かせるはずです。
果たして、“生産力は高いけれど粗悪品を生み出す工場は豊かさを求める近代生活にとって有効なのか、あるいは、中世の手工業がやはり良いか”という葛藤の中、ヨーロッパ各国で様々な“運動”が始まっていく事になります。