スイス生まれの哲学者アラン・ド・ボトンは、「コロナ時代」を生き抜くためには徹底的に”悲観的”であれと説く。
「笑って。大丈夫、すべてうまくいくから」などという人たちは皆、自分の首を絞めているだけなのです。
心に平安をもたらす唯一の方法は、最悪のシナリオを想定することです。そうすれば何が起ころうとも、大丈夫。なぜなら、最悪の事態を受け入れる準備が既にできているのですから。
たしかに楽観論を振りまいた世界の指導者たちは軒並み沈没してしまった。
アメリカのトランプでありブラジルのボルソナーロだ。
楽観論を振りまくほどの度胸がなくて、ただ右往左往しているのが日本の安倍晋三と菅義偉であろう。
哲学者も考え方を突き詰めていくと宗教家に似てくるのであろうか?
今から800年ほど前に、親鸞は次のように語る。
煩悩具足の我らはいずれの行にても生死を離るることあるべからざるを憐(あわ)れみたまいて願をおこしたまう本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり。
親鸞が言うところの「悪人」は意味が深い。
煩悩具足ーー心を煩わし身を悩ませる欲望が備わっている。
これこそが真実の自己の姿であるという自覚を持った人間を「悪人」と呼んでいるのだと思う。
この自覚があれば、そして自分を捨て去ることが出来れば「救われる」と叫んでいる。
惨事の後、私たちは必ず適応し、新しい生き方を探ることになる。
ボリス・シリュルニク著名精神科医