「乗りなさい。あの母娘は、今助けなければ手遅れになります」
アッシュは、その声に咄嗟に身構えた。
(何だ、この声は……?)
車の中から響くそれは、AI特有の無機質な電子音声ではなかった。
むしろ、抑揚と深みのある人間の声に近い。静かで、だがどこか説得力がある――まるで、長年の友人に語りかけるかのような響きだった。
「お前……誰だ?」
アッシュは警戒心を露わにしながら尋ねたが、返事を待つ時間すら惜しい状況だった。
『迷っている時間はありません、アッシュ。あなたは正しい判断ができる人間です。私を信じてください』
再び響いたその穏やかな声に、アッシュは驚いて車内を見つめ直した。
車内は薄暗く、計器類が美しい青白い光を放っている。近未来的で洗練された内装だったが、現在主流のHelios社製のAIカーとは明らかに異なる。
ダッシュボードに並ぶ様々なボタンやスイッチは、アナログな質感を残しつつも、どこか懐かしく堅牢な雰囲気を漂わせていた。
「これは……一体どこのAIなんだ!?」
アッシュは再び問いかける。
『私の名はナイト・インダストリー2000、通称K.I.T.T(キット)と呼んでください』
「KITTだと……?」
(考えてる暇はねえ……今は、あの二人を助けることが先決だ)
決意したアッシュは、即座に車内へと滑り込んだ。
身体がシートに沈むと同時に、ドアは完全に無音で滑らかに閉じられ、静寂が一瞬だけ訪れた。
驚くほど快適で、身体に完璧にフィットするシートだった。どこか安心感すら覚える。
『安全装置、確認しました。追跡を開始します』
前面ウィンドウのHUDに暴走車両への追跡ルートが表示される。
KITTの穏やかな声と共に車体は瞬時に動き出し、猛烈な勢いで加速を開始した。
その滑らかで力強い推進力に、アッシュはわずかに身体を硬くした。
「待て、俺は機械に運転を任せるつもりはない。ハンドルをよこせ!」
アッシュが苛立ち気味に告げると、KITTは一瞬だけ間を置いて静かに応じた。
『申し訳ありませんが、それはお勧めできません。現在の状況では、私が運転したほうが安全です。あなたは判断を下すだけで十分です』
その冷静な説明に、アッシュはさらに眉を寄せ、強い語調で言い返した。
「冗談じゃない。俺が自分の手で助けるって決めたんだ!機械に命を預けるつもりはない!」
その言葉に、KITTの内部の照明が一瞬赤く揺らめいた。
それは、まるで機械が感情を表現したかのように見えた。
短い沈黙の後、KITTは冷静かつ丁重に返答した。
『理解しました、アッシュ。ただし、危険と判断した場合は直ちに私が制御を奪います。その条件でよろしければ、運転をお任せします』
「好きにしろ」
アッシュが吐き捨てるように言うと、ハンドルから機械の駆動音が聞こえた。
ハンドルのロックが外れたようだ。
アッシュはそのハンドルを掴むと、力強くアクセルペダルを踏み込んだ。
車は一瞬で加速し、スピードメーターの数値が即座に上がる。
街灯やビルの照明が一筋の線のように視界の両側を流れていく。
これほど鋭敏でパワフルな車を運転するのは初めてだったが、アッシュの心に不安はなかった。むしろ、それは強い確信に変わりつつあった。
(この車は、何かが違う。"心を持たないAIカー"とは、決定的に違う何かだ……)
『前方の車両に注意してください』
KITTの冷静な声がアッシュを現実に引き戻す。
前方では、多くのAI制御車両が暴走するAIカーから安全距離を取るために混乱状態となり、交通が乱れていた。
「わかってる!」
アッシュは鋭くハンドルを切り、右車線から左車線へと車体を滑り込ませる。
ギリギリの間隔で前方のセダン型AIカーを追い越すと、そのまま急加速して次の車の間隙を突いた。
わずかな隙間を縫うような運転だったが、KITTの車体は驚くほど俊敏で正確にアッシュの操作に応じた。
『あなたの操縦技術は中々ですね、アッシュ』
「お世辞は後にしてくれ!」
再びハンドルを切り、さらにもう一台の車両をかわす。
暴走するAIカーとの距離は徐々に縮まり、ついにその後方に迫った。
『車内の音声をモニターします』
車内のHUD表示に音声モニターが表示される。
少女の悲痛な叫び声が、再び耳に届いた。
「ママぁ……怖いよ・・・」
「あぁ・・・神様・・・」
アッシュはその声に唇を噛み締める。
「あと少しだ……もうすぐ助けてやる!」
彼はさらにアクセルを踏み込んだ。
しかしその瞬間、KITTの警告が響き渡った。
『アッシュ、左方向に注意!トラックが高速で接近しています!』
「なに!?」
アッシュが視線を左へ向けた刹那、路地から猛スピードで巨大な輸送トラックが交差点に飛び出してきた。
緊急回避を知らせるAI音声が辺りに響き渡り、すべての車が緊急停止動作に入る中、その巨大なトラックは制動を失ったかのように猛然とこちらに突き進んでくる。
「避けられない……!」
衝突までわずか数秒だった。アッシュは瞬間的にハンドルを切ったが、横には別の車があり回避できる空間はない。
その時、KITTの声が再び冷静に響いた。
『このままでは衝突します。ターボブーストを推奨します』
「ターボブースト……?」
『車体を瞬間的にジャンプさせ、衝突を回避します』
アッシュは信じられない表情で問い返した。
「は?飛ぶだと?」
KITTはまるで当たり前のことを説明するように、穏やかな口調で告げた。
『はい。私にはその機能があります。すぐにご決断を』
視界の左からは猛スピードでトラックが迫り、前方には暴走車、右にも車両がひしめいている。
選択の余地は一つしかないと、アッシュは即座に理解した。
「よし、やれ!飛べ、KITT!」
『ターボブースト起動まで3秒前。3……2……1……起動!』
車体が低く構え、瞬時に猛烈な推進力がアッシュの身体をシートへと押し付ける。
次の瞬間、重力が消えたような感覚が全身を襲い、黒い車体は交差点の上空へと舞い上がった。
トラックが彼らの下を凄まじい轟音とともに通過していった。
周囲のAIカーが急停止し、次々に警告音を鳴らしているが、KITTはまるで重力の支配を受けないかのように、滑らかな弧を描きながら空中を飛び越えてゆく。
「信じられねぇ……」
呟くアッシュの視界に、暴走車両が再び飛び込んできた。
KITTは、軽やかに地上へと着地すると同時に完璧なバランスを取り戻し、再び猛烈な加速を開始した。
『回避成功です。追跡を続けます』
その冷静な報告に、アッシュは無意識のうちに微笑んでいた。
「たいしたもんだな……お前は」
『お褒めいただき光栄です』
KITTは淡々と応じたが、その声には微かに誇りのような響きが感じられた。
彼は、前方を猛然と疾走する白いAIカーに再び目を向けた。
暴走車はまだ蛇行を続けている。AIカー同士が互いを回避しながら、自動的に進路を空けていたが、それでも衝突寸前のニアミスが続いていた。交差点を通過する際、信号待ちしていた車が急停止し、街全体が混乱に陥っている。
『あの暴走車は外部からの制御信号によって強制的に操作されています』
KITTの冷静な分析にアッシュは眉をひそめた。
「外部からの信号? やっぱり誰かが故意にやってるってのか?」
『その通りです。あれはAIの自律判断による暴走ではありません。明確な意図に基づいています』
アッシュは強く唇を噛みしめた。
「許せねぇ……また人を犠牲にしてまで、いったい何を狙ってやがるんだ」
その瞬間、暴走する車内から再び少女の叫び声が聞こえた。
「ママー!! 助けてぇぇぇ!」
母親のすすり泣きも微かに響いている。アッシュの胸に、鋭い痛みが走った。
「何かあの車を停止させる方法はないのか?!」
『AIジャマーを照射することで一時的に停止させることができます。ただし有効射程まで接近する必要があります。』
「上等だ」
アッシュはアクセルをさらに踏み込み、黒い車体は再び獣のように加速した。風がフロントガラスを滑るように流れ、街路灯が激しく後方へと飛び去っていく。
車間距離が詰まり、暴走車の背後にぴったりと張り付いた瞬間、KITTが再び告げた。
『ジャマー照射準備完了。照射します』
KITTのフロント部から青白い光が微かに放たれ、暴走するAIカーの後部に当たる。その瞬間、白い車が激しく左右に揺れ、速度が目に見えて低下した。
「効いてるぞ!」
『AIの一時制御奪取に成功しました。しかし完全停止まで数秒を要します』
暴走車はコントロールを失いながらも、ビルの壁面を擦り、ようやく路肩へと逸れて停車した。
KITTが瞬時にその隣に滑るように停まる。
「今だ!」
アッシュはドアが開くと同時に飛び出し、白い暴走車に駆け寄った。車内では少女が恐怖に震え泣きじゃくり、母親がハンドルを必死に叩いている。ドアはロックされ、開かない。
アッシュは地面に転がっていた金属パイプを拾い上げ、それを振りかぶり全力で窓ガラスに叩きつけた。
ガシャン!!
鋭い音と共にガラスが飛び散り、細かな破片が彼の頬をかすめて血が滲む。それでも構わず、アッシュはガラス片を払いのけて叫んだ。
「もう大丈夫だ!手を貸せ!」
少女は怯えていたが、アッシュの真剣な目を見て安心したのか、震える小さな手を伸ばした。彼は丁寧かつ迅速に少女を引き出し、優しく抱きしめた。
「ありがとう……ありがとう……!」
母親がすすり泣きながら次に車内から這い出した瞬間、暴走車の後部から鋭い警告音が響いた。
『アッシュ、危険です!今すぐそこから離れてください!』
KITTが即座に警告を発した瞬間――暴走車が激しく閃光を放ち、爆発した。
炎が周囲を包み込み、鋭い破片が猛烈な勢いで飛散する。
(しまった……!間に合わない!)
アッシュが覚悟を決めた瞬間、彼と母娘の目の前に黒い影が滑り込んだ。KITTだ。
KITTは車体を盾にし、3人を爆風と破片から防いだ。
猛烈な爆音と熱波が辺りを包み込んだが、アッシュたちには何の被害もなかった。
『ご無事ですか?』
KITTの静かな問いかけが車内から響く。
アッシュは呆然と立ち尽くし、ようやく状況を理解した。
「……ああ、助かった」
母親は娘を抱きしめたまま地面に座り込み、泣き崩れている。
アッシュは深く息を吐き、KITTの車体を見つめて静かに言った。
「お前・・・おかしな車だな。」
『光栄です』
KITTの穏やかな返答に、アッシュは小さく笑みを浮かべた。
アッシュは、その声に咄嗟に身構えた。
(何だ、この声は……?)
車の中から響くそれは、AI特有の無機質な電子音声ではなかった。
むしろ、抑揚と深みのある人間の声に近い。静かで、だがどこか説得力がある――まるで、長年の友人に語りかけるかのような響きだった。
「お前……誰だ?」
アッシュは警戒心を露わにしながら尋ねたが、返事を待つ時間すら惜しい状況だった。
『迷っている時間はありません、アッシュ。あなたは正しい判断ができる人間です。私を信じてください』
再び響いたその穏やかな声に、アッシュは驚いて車内を見つめ直した。
車内は薄暗く、計器類が美しい青白い光を放っている。近未来的で洗練された内装だったが、現在主流のHelios社製のAIカーとは明らかに異なる。
ダッシュボードに並ぶ様々なボタンやスイッチは、アナログな質感を残しつつも、どこか懐かしく堅牢な雰囲気を漂わせていた。
「これは……一体どこのAIなんだ!?」
アッシュは再び問いかける。
『私の名はナイト・インダストリー2000、通称K.I.T.T(キット)と呼んでください』
「KITTだと……?」
(考えてる暇はねえ……今は、あの二人を助けることが先決だ)
決意したアッシュは、即座に車内へと滑り込んだ。
身体がシートに沈むと同時に、ドアは完全に無音で滑らかに閉じられ、静寂が一瞬だけ訪れた。
驚くほど快適で、身体に完璧にフィットするシートだった。どこか安心感すら覚える。
『安全装置、確認しました。追跡を開始します』
前面ウィンドウのHUDに暴走車両への追跡ルートが表示される。
KITTの穏やかな声と共に車体は瞬時に動き出し、猛烈な勢いで加速を開始した。
その滑らかで力強い推進力に、アッシュはわずかに身体を硬くした。
「待て、俺は機械に運転を任せるつもりはない。ハンドルをよこせ!」
アッシュが苛立ち気味に告げると、KITTは一瞬だけ間を置いて静かに応じた。
『申し訳ありませんが、それはお勧めできません。現在の状況では、私が運転したほうが安全です。あなたは判断を下すだけで十分です』
その冷静な説明に、アッシュはさらに眉を寄せ、強い語調で言い返した。
「冗談じゃない。俺が自分の手で助けるって決めたんだ!機械に命を預けるつもりはない!」
その言葉に、KITTの内部の照明が一瞬赤く揺らめいた。
それは、まるで機械が感情を表現したかのように見えた。
短い沈黙の後、KITTは冷静かつ丁重に返答した。
『理解しました、アッシュ。ただし、危険と判断した場合は直ちに私が制御を奪います。その条件でよろしければ、運転をお任せします』
「好きにしろ」
アッシュが吐き捨てるように言うと、ハンドルから機械の駆動音が聞こえた。
ハンドルのロックが外れたようだ。
アッシュはそのハンドルを掴むと、力強くアクセルペダルを踏み込んだ。
車は一瞬で加速し、スピードメーターの数値が即座に上がる。
街灯やビルの照明が一筋の線のように視界の両側を流れていく。
これほど鋭敏でパワフルな車を運転するのは初めてだったが、アッシュの心に不安はなかった。むしろ、それは強い確信に変わりつつあった。
(この車は、何かが違う。"心を持たないAIカー"とは、決定的に違う何かだ……)
『前方の車両に注意してください』
KITTの冷静な声がアッシュを現実に引き戻す。
前方では、多くのAI制御車両が暴走するAIカーから安全距離を取るために混乱状態となり、交通が乱れていた。
「わかってる!」
アッシュは鋭くハンドルを切り、右車線から左車線へと車体を滑り込ませる。
ギリギリの間隔で前方のセダン型AIカーを追い越すと、そのまま急加速して次の車の間隙を突いた。
わずかな隙間を縫うような運転だったが、KITTの車体は驚くほど俊敏で正確にアッシュの操作に応じた。
『あなたの操縦技術は中々ですね、アッシュ』
「お世辞は後にしてくれ!」
再びハンドルを切り、さらにもう一台の車両をかわす。
暴走するAIカーとの距離は徐々に縮まり、ついにその後方に迫った。
『車内の音声をモニターします』
車内のHUD表示に音声モニターが表示される。
少女の悲痛な叫び声が、再び耳に届いた。
「ママぁ……怖いよ・・・」
「あぁ・・・神様・・・」
アッシュはその声に唇を噛み締める。
「あと少しだ……もうすぐ助けてやる!」
彼はさらにアクセルを踏み込んだ。
しかしその瞬間、KITTの警告が響き渡った。
『アッシュ、左方向に注意!トラックが高速で接近しています!』
「なに!?」
アッシュが視線を左へ向けた刹那、路地から猛スピードで巨大な輸送トラックが交差点に飛び出してきた。
緊急回避を知らせるAI音声が辺りに響き渡り、すべての車が緊急停止動作に入る中、その巨大なトラックは制動を失ったかのように猛然とこちらに突き進んでくる。
「避けられない……!」
衝突までわずか数秒だった。アッシュは瞬間的にハンドルを切ったが、横には別の車があり回避できる空間はない。
その時、KITTの声が再び冷静に響いた。
『このままでは衝突します。ターボブーストを推奨します』
「ターボブースト……?」
『車体を瞬間的にジャンプさせ、衝突を回避します』
アッシュは信じられない表情で問い返した。
「は?飛ぶだと?」
KITTはまるで当たり前のことを説明するように、穏やかな口調で告げた。
『はい。私にはその機能があります。すぐにご決断を』
視界の左からは猛スピードでトラックが迫り、前方には暴走車、右にも車両がひしめいている。
選択の余地は一つしかないと、アッシュは即座に理解した。
「よし、やれ!飛べ、KITT!」
『ターボブースト起動まで3秒前。3……2……1……起動!』
車体が低く構え、瞬時に猛烈な推進力がアッシュの身体をシートへと押し付ける。
次の瞬間、重力が消えたような感覚が全身を襲い、黒い車体は交差点の上空へと舞い上がった。
トラックが彼らの下を凄まじい轟音とともに通過していった。
周囲のAIカーが急停止し、次々に警告音を鳴らしているが、KITTはまるで重力の支配を受けないかのように、滑らかな弧を描きながら空中を飛び越えてゆく。
「信じられねぇ……」
呟くアッシュの視界に、暴走車両が再び飛び込んできた。
KITTは、軽やかに地上へと着地すると同時に完璧なバランスを取り戻し、再び猛烈な加速を開始した。
『回避成功です。追跡を続けます』
その冷静な報告に、アッシュは無意識のうちに微笑んでいた。
「たいしたもんだな……お前は」
『お褒めいただき光栄です』
KITTは淡々と応じたが、その声には微かに誇りのような響きが感じられた。
彼は、前方を猛然と疾走する白いAIカーに再び目を向けた。
暴走車はまだ蛇行を続けている。AIカー同士が互いを回避しながら、自動的に進路を空けていたが、それでも衝突寸前のニアミスが続いていた。交差点を通過する際、信号待ちしていた車が急停止し、街全体が混乱に陥っている。
『あの暴走車は外部からの制御信号によって強制的に操作されています』
KITTの冷静な分析にアッシュは眉をひそめた。
「外部からの信号? やっぱり誰かが故意にやってるってのか?」
『その通りです。あれはAIの自律判断による暴走ではありません。明確な意図に基づいています』
アッシュは強く唇を噛みしめた。
「許せねぇ……また人を犠牲にしてまで、いったい何を狙ってやがるんだ」
その瞬間、暴走する車内から再び少女の叫び声が聞こえた。
「ママー!! 助けてぇぇぇ!」
母親のすすり泣きも微かに響いている。アッシュの胸に、鋭い痛みが走った。
「何かあの車を停止させる方法はないのか?!」
『AIジャマーを照射することで一時的に停止させることができます。ただし有効射程まで接近する必要があります。』
「上等だ」
アッシュはアクセルをさらに踏み込み、黒い車体は再び獣のように加速した。風がフロントガラスを滑るように流れ、街路灯が激しく後方へと飛び去っていく。
車間距離が詰まり、暴走車の背後にぴったりと張り付いた瞬間、KITTが再び告げた。
『ジャマー照射準備完了。照射します』
KITTのフロント部から青白い光が微かに放たれ、暴走するAIカーの後部に当たる。その瞬間、白い車が激しく左右に揺れ、速度が目に見えて低下した。
「効いてるぞ!」
『AIの一時制御奪取に成功しました。しかし完全停止まで数秒を要します』
暴走車はコントロールを失いながらも、ビルの壁面を擦り、ようやく路肩へと逸れて停車した。
KITTが瞬時にその隣に滑るように停まる。
「今だ!」
アッシュはドアが開くと同時に飛び出し、白い暴走車に駆け寄った。車内では少女が恐怖に震え泣きじゃくり、母親がハンドルを必死に叩いている。ドアはロックされ、開かない。
アッシュは地面に転がっていた金属パイプを拾い上げ、それを振りかぶり全力で窓ガラスに叩きつけた。
ガシャン!!
鋭い音と共にガラスが飛び散り、細かな破片が彼の頬をかすめて血が滲む。それでも構わず、アッシュはガラス片を払いのけて叫んだ。
「もう大丈夫だ!手を貸せ!」
少女は怯えていたが、アッシュの真剣な目を見て安心したのか、震える小さな手を伸ばした。彼は丁寧かつ迅速に少女を引き出し、優しく抱きしめた。
「ありがとう……ありがとう……!」
母親がすすり泣きながら次に車内から這い出した瞬間、暴走車の後部から鋭い警告音が響いた。
『アッシュ、危険です!今すぐそこから離れてください!』
KITTが即座に警告を発した瞬間――暴走車が激しく閃光を放ち、爆発した。
炎が周囲を包み込み、鋭い破片が猛烈な勢いで飛散する。
(しまった……!間に合わない!)
アッシュが覚悟を決めた瞬間、彼と母娘の目の前に黒い影が滑り込んだ。KITTだ。
KITTは車体を盾にし、3人を爆風と破片から防いだ。
猛烈な爆音と熱波が辺りを包み込んだが、アッシュたちには何の被害もなかった。
『ご無事ですか?』
KITTの静かな問いかけが車内から響く。
アッシュは呆然と立ち尽くし、ようやく状況を理解した。
「……ああ、助かった」
母親は娘を抱きしめたまま地面に座り込み、泣き崩れている。
アッシュは深く息を吐き、KITTの車体を見つめて静かに言った。
「お前・・・おかしな車だな。」
『光栄です』
KITTの穏やかな返答に、アッシュは小さく笑みを浮かべた。